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第21話 ただの素材

 ある日の夕食後。

「トゥインクリウムっていう薬草が生えてるところって知ってる?」

 不意にテオが聞いてきた。

「ああ、知ってるが。それがどうした?」


「その薬草を採りに行きたいんだけど」

「どうしてだ? ギルドの仕事か?」


 テオはロアに誘われてヴィントと会ったことを話した。


「ヴィントのために採りに行きたいと思って。お金にならないけど、いいかな?」


 ウィルは少し考えた。

「お前がやりたいなら、俺は構わん」


 以前のウィルなら、カネにならないことや、自分以外の誰かのために無償で仕事をすることなんて考えられなかった。

 テオがやりたいと言っており、テオの経験にもなるなら悪くはないと思った。


 あくる日、トゥインクリウムを採りにルシフェリオ山へ行った。


 バディが吠えてモンスターの接近を知らせる。

 ウィルがモンスターを引きつけて、テオが横や背後から攻撃をする。この連携にもかなり慣れてきた。


 ウィルはテオの訓練をした日々を思い出した。

 訓練を始めてから一年ほど経過したころ、予備で置いてあった軽装備の防具とショートソードをテオに装備させ、少しずつ実践を重ねていった。

 最初はおっかなびっくりだったが、テオはめきめきと上達していった。

 バディもテオ同様、最初のころは戸惑うばかりだったが、今では森や山の地形も覚え、モンスターを察知する能力が向上した。今ではウィルも頼りにしている。


 二年前、トゥインクリウムを取りに行った時は、一緒にいた男がどうなろうと知ったことではなかったので、ウィルにとってはある意味、戦いやすかった。

 しかし今回は、そうはいかない。テオに何かあったらロアに申し訳が立たない、とウィルは一瞬思ったあとすぐに否定した。なぜロアに対して申し訳が立たないと思ったのかわからず、自分で自分をおかしいと思った。


 すぐに頭を切り替え、これは冒険者として自立を目指すテオと、冒険者として自立させる自身の問題だと思い直した。

 とにかく、モンスターだけでなく、テオにも注意を向けておくことが必要だ。

 とはいえ、テオはこれまで安易なミスをしたことがない。忠実に基本を守っている。


「だんだん立ち回りがうまくなってきたな」

「まだまだ足を引っ張ってばっかり。どうやったらウィルみたいに相手を引きつけたりできるようになるんだろう」


「全部を倒そうとか、一撃で倒そうとか、余計なことは考えなくていい」

「じゃあ何を考えたらいいの?」


「まずは相手の攻撃をくらわないことに集中するんだ。そのために注意を向けておかなければいけないところはどこかを、常に頭の片隅においておくことだ」

「常に相手より有利に動く。それが必殺技だって言ってたね」


「群れだったら、自分を狙ってくるヤツだけに気を配ればいい。相手も自分の命が一番大切だ。予想外の動きをすることはあっても、むちゃはしてこない。その上で、誰を倒したらいいのか状況を見極める。群れを率いているヤツを仕留めれば統率がとれなくなる」

「モンスターを前にそれだけのことを冷静に考えるのか。ゼンゼン経験が足りないな」


「勝てそうにないと思ったら、逃げてもいい。逃げる決断にも強さがいる。常に相手の特徴的な動きに注意を向けておかなければ、逃げることはできない。自分に大きな隙ができれば、逃げる前にやられてしまう」

「逃げる強さか。親方さんも、自分の弱さを知ることがほんとうの強さだって言ってたな」


 コンラッドが言うとおり、テオは自分の弱さを知っている。

 そして、その弱さを味方につけ、まるでバネのように次の段階へと飛び跳ねていく。悩んでいるときは縮み、その力を利用して大きく跳ねる。


 現実から逃げてきたウィルにはできなかったことだ。コンラッドの言葉がテオを反射してウィルに突き刺さる。

 今さら自分には遅い。ウィルは自分にそう言い聞かせた。


 その後、順調に山を登っていく。

 建て直されたきれいな木の橋を渡りトゥインクリウムの群生地へと着いた。

 2年前と変わらない風景が広がっている。


「山には危険なところしかないと思ってたけど、こんなにきれいな場所もあるんだね」

 テオは目を輝かせて言った。


 ただの素材としか思っていない人には何とも思わない景色だろうが、テオには、ひとつひとつのことを全身で受け止め感動する能力がある。

 ウィルもかつてはもっていたはずだが、忘れてしまった感覚だ。

 今さら取り戻せるのか。もう遅いのか。ウィルはそんなことを考えながら薬草採取を手伝った。



「ロア、これ見て!」

 ロアの部屋にやって来るなり、テオが笑顔で大きな麻袋を差し出した。


「何かな?」

 受け取って開けてみると、中には花のついたトゥインクリウムがたくさん入っていた。


「どうしたの? こんなにもたくさん」

「ウィルと採ってきたんだ」

「そうだったの」


「これでロアが薬を作れば、ヴィントの薬代がかからなくなるね」

「ごめんね。それができないの」


「どうして?」

「この草はすべての部分にとても強い毒性があって、その毒を精製することで薬になるんだけど、強い毒を精製して薬にするのは専門の知識と許可が必要なの。あと専門の道具も。冒険者として働くために試験があるのと同じようなものだと思ってくれればいいかな」


「勉強したらすぐに取れるの?」

「強い毒物を扱うには信用が必要なの。そのためには、それなりの社会的地位とお金がないと、試験を受けることさえ難しいの」


「そうなんだ。ちゃんと聞かずに早とちりしちゃった。ごめんなさい」

 テオは来たときの笑顔とは打って変わって残念そうだ。


「でも、使えないわけじゃないから大丈夫。ヴィントの家に届けましょ。ヴィントのお母さんからお医者さんに渡して薬を作ってもらえれば、薬を作る手間賃だけで済むだろうから、かなり安くなるはずよ」


「よかった。全部ムダになっちゃったら、ウィルになんて言おうかと思った」


「あと、この花の花言葉は『優しさ』『生涯の友情』なのよ。ヴィントの部屋にも何本か飾ってもらうといいかもね」

「うん。じゃあ、早速持って行こう」


 ロアはヴィントの家へ向かう道中、テオが母親に花を摘んであげた話を思い出した。テオと出会ったばかりのころのことだ。

 今回も同じ思いで花を摘んだのだろうか。危険な思いをしてまで採ってくるなんて、そうそうできることではない。

 他人にとってはただのトゥインクリウムの入った袋だが、テオの思いの詰まったこの袋をもらえるなんてうらやましい、とロアは少し嫉妬心がわいた。


 ヴィントの家へと着くと、ロアから母親に説明してトゥインクリウムを袋ごと渡した。

 母親から何度もお礼を言われ、テオは気恥ずかしそうにしていた。


 その後、テオはヴィントに一輪のトゥインクリウムをプレゼントした。花言葉をテオから聞いたヴィントはうれしそうに受け取った。

 テオはウィルやバディと山へ薬草を採りに行ったときの話を楽しそうにした。ヴィントもテオの話を楽しそうに聞いていた。


 ロアはそんな二人を見ながら、このまま永遠に時間が止まればいいのにと思った。

 嫌なことも苦しいことも二度とやってこず、こののどかな時間の中で永遠に暮らせたらどんなに楽だろうか。


 そんなロアの思いもむなしく、楽しい時間はあっという間に過ぎていった。

 窓から見えるルシフェリオ山は初夏の夕暮れで赤く染まっている。時間が無情に現実を告げる。

 テオとヴィントはさらに絆を深めた。少年たちは短い時間でも成長していく。


 一方で、自分はなにひとつ変わることがない。時間から変わる猶予を与えられることもない。ただ時間だけが過ぎていく。

 ロアは、時間に意地悪をされているような気がした。


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