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第20話 兄弟

 ウィルはテオと一緒に仕事ができるようになり、ギルドで受けられる仕事の幅が広がった。もちろんバディも一緒だ。

 森を抜けた隣町まで商人の護衛、比較的弱いモンスターの討伐、山から素材を取ってくるなど。ロアからの依頼の薬草採取も続けている。

 山をガイドする依頼では、ウィルだけだと依頼主に警戒心をもたれることが多かったが、バディがいることで依頼主の警戒心がやわらいだ。マスコット的な役割も果たしてくれている。


 次の仕事を探すため、ウィルとテオはギルドへ来た。

 ドアを開けると、出会い頭に人とぶつかりそうになった。よく見ると若者だ。

「腰抜けの疫病神」

 若者は舌打ちをすると不機嫌そうに言って去っていった。


 中に入るとコンラッドが眉間にしわを寄せ腕を組んで立っている。

「どうかしたのか?」

「さっき出て行った彼なんだが、ちょっといろいろあってな」


 コンラッドがかいつまんで説明してくれた。

 彼の名前はゲイル。十九歳。ブロンズランク。

 報酬の高い仕事を請けた先輩冒険者たちに「パーティーに入れてくれ」と無理に頼み込んで、やみくもに仕事をしている。

 まだまだ若いので将来がある。今むちゃなことをしても何の得にもならない。

 忠告しても「カネが必要だ」と言って聞かない。


「何を考えているのか……困ったもんだ」

「そのカネは何に使うのか聞いたのか?」


「相談に乗ると言っても話してくれなくてな」

「何か欲しいものがあるのか、よその町へ行くための資金を貯めたいのか。なんにしても、本人が納得いくまでどうしようもないな」

 ウィルもカネ欲しさにいろいろやったことを思い出した。


「怖い顔をしてたけど、なんか、ちょっと悲しい目をしていたような気がする」

 テオが横から言った。


「そうだな。彼は強がっているだけかもしれん。強がっているのは自分が弱いと言っているのと同じだ」

 コンラッドはテオに向かって言った。


「親方さんが考える強さってなんですか?」

「ほんとうの強さとは、自分の弱さを知り、その弱さに向き合うことだ」


「どうやったら弱さを克服できるんだろう?」

「弱さは克服するものではない。弱さを知って自分を知るんだ」


「克服できないからずっと僕は弱いままで、いつまでたっても強くなれない」

「何事にも動じない岩のような心になる必要はない。いや、岩のようにはなれない。なぜなら、心は常に動くものだからだ」


「岩のように動じない心以外に、強い心なんてあるの?」

「ヤナギのように、だな。根拠のある自信という根を張り、風を受けてもしなやかに揺れ動く枝のようでいることが大事なんだ」


「岩じゃなくてヤナギのように、か」

 テオは考えるように言った。


「ときに悩んだり、ときに希望をもったり、揺れ動きながらも目標に向かっていく力が心の強さなんだ。そして、その強さがあって初めて、体を強くし技術を磨くことができる」

「悩んでもいいってこと?」


「そうだ。思う存分悩み、その悩みを受け入れるから強くなれる。悩みから目をそらし、強がって自分の力を過信していては、自分の力を正しく知ることができない。自分の弱さを知っている者ほど強くなれる」


「悩んで強くなるのか。できるかな」

「心配しなくても、君はできているさ」

「ゼンゼン強くなってる実感がないけど」

「そういうものさ」

 コンラッドは笑顔でテオの肩をたたいた。

 テオは自信なさげにはにかんだ。



 朝晩の冷え込みも薄れ、徐々に夏の気配を感じる日もでてきた。

 久しぶりにテオがロアの部屋に来た。バディはおそろいのバンダナをつけ、いつもテオと一緒にいる。仲の良い兄弟のようだ。

 テオが冒険者として活動を始め、ロアの部屋へ遊びに来る回数が減った。

 冒険者として経験したことを楽しそうに話しているテオを見て、ロアは少しさびしく思いつつも、年相応に成長していることでもあると喜びも感じられた。


「忙しそうで何よりね」

「まだまだウィルの足を引っ張ってばっかり。もっと頑張らないと」


「頑張りすぎてケガしないようにね。ところで、テオにちょっと頼みたいことがあるんだけど。ギルドのお仕事じゃないんだけどいいかな?」


「どんなこと? 僕にできることなら手伝うよ」

「町のお医者さんへ薬草を持って行ったときに聞いた話なんだけど――」


 お医者さんが診ている人に、十代半ばの治療の難しい病気の男の子がいる。最近は薬の効きがあまりよくないようだ。

 そのせいもあってか最近はあまり元気がなく、調子のよくない日が増えてきた。


「お医者さんが言うには、友だちができれば元気になるかもって。本人の生きようとする力が強くなれば、きっと病状がよくなるはずだって。そこで、デオはどうかなと思って」

「僕なんかでいいのかな?」


「むしろ、テオがいい。病気が治ったら冒険者になるのが彼の夢なんだって。テオと年も近いから、いろんなお話ができるかなと思って。肩肘張らず遊びに行く感じでいいんだけど。でも、嫌だったら無理強いしないから」


「僕に何ができるかわからないけど。せっかく声をかけてくれたんで、会ってみようかな」

「じゃあ、行く日が決まったら連絡するね」

「わかった。あっ、そろそろ帰るね。買い物して帰らないといけないんだ」

 テオは忙しそうに帰っていった。


 数日後。

 テオは冒険者の仕事をする格好で来た。バンダナがいつもどおり首に巻かれている。しかし、いつものものとは違い色あせている。今日は二年前から使っているものをつけてきたようだ。

「この格好でよかったかな」

「きっと喜ぶと思うよ」


 男の子の詳細をテオに伝えながら家へと向かう。

 名前はヴィント。年齢は十六歳。

 薬の副作用で髪の毛が抜けるので、人に会うときはニット帽をかぶっている。

 看病だけでなく、薬代もかかるので家庭はいろいろと大変なようだ。


 ヴィントの家に着いた。庭先に花が植えられた普通の家庭だ。

 ヴィントの母親が明るく出迎えてくれた。バディは家の外で待機させ、母親に二階の部屋へ案内してもらった。

 部屋にはニット帽をかぶったヴィントがベッドに座っている。肌は青白く少し頬がこけているが、笑顔で迎えてくれた。


「こんにちは。彼が先日話したテオよ」

 ロアはつとめて明るく言った。

「はじめまして。テオっていいます。よろしく」

 テオは少し緊張した様子だが笑顔で言った。


「彼がヴィントよ」

「こんにちは」

 ヴィントの声の調子は明るい。ロアが見た感じでは調子がいいように見えた。


 待ち遠しかったのだろうか、ヴィントは早速テオに話しかけた。

「十五歳ですぐ冒険者になれたなんてすごいね」

「そんなことないよ。みんなが手伝ってくれたおかげでなんとかなれただけ。僕ひとりだったら何もできなかった」


「バンダナもかっこいいね」

「いつもつけてるんだよ。今日つけてきたこれは大切な人からもらった特別なものなんだ」

 テオは言いながらはにかんだ。


「冒険者ってどんなことをやってるの? 話を聞かせて欲しいな。兄さんも冒険者なんだけど、あんまり詳しく話してくれなくて」

「まだたいしたことはやってないけど」

 テオは謙遜しながらも、冒険者としてやった仕事について話した。

 ヴィントは興味津々で相づちを打ったり、質問したり、楽しそうに話を聞いた。

 テオとヴィントはすぐに打ち解けることができ、ロアはひと安心した。


「僕も冒険者になりたいな」

 テオの話が終わり、ヴィントは宙を見て言った。

「治ったら一緒にパーティーを組もうよ」


「足手まといにならないかな?」

「大丈夫だよ。僕だってまだまだ足を引っ張ってばかりだから」

「じゃあ、約束だよ」

 テオとヴィントは握手をした。


 話を終え、母親にあいさつをしようと階段を下りると、リビングから声が聞こえてきた。

「オレの苦労も知らないで、いつまでも病気だと甘えてるんだ」

 見ると、青年が母親に向かってグチっていた。


「彼はお兄さんのゲイル。冒険者をやってるみたい」

 ロアはテオにだけ聞こえる小さな声で言った。

「あの人……」

 テオはゲイルをじっと見たまま言った。

「知り合い?」

「いや……」

 テオは一度だけ首を横に振って黙った。

 リビングでは母親とゲイルの会話が続いている。


「そんなこと言ったらヴィントがかわいそうじゃない」

「何かにつけてヴィント、ヴィントって。そうやってすぐ甘やかすから治らないんだ。あいつは治そうという気がないんだ」

「ヴィントだって頑張ってるのよ」

 ゲイルは言い返すことなくリビングを出ると、ロアたちをにらんで通り過ぎ、足早に二階へと行ってしまった。

 残された母親は疲れた顔をして座っている。


「あの……あたしたち今日はこれで失礼しようかと……」

 ロアは、何と声をかけていいか戸惑いつつも言った。


「ごめんなさいね。みっともないところを見せてしまって」

 母親がロアたちに気づき、申し訳なさそうに言った。

「いいえ。こちらこそ立ち聞きみたいになってしまって」

 ロアも何だか申し訳なく思った。


「ゲイルも悪い子じゃないんだけどね。夫の稼ぎだけじゃ薬代が足りないから、頑張ってお金を稼いでくれるのはいいんだけど、あまり危険なことをしてケガでもしたら元も子もないから心配で」

「いろいろと大変なんですね。何もお力になれず」


「いいのよ。ヴィントの話し相手になってくれるだけでも十分。すごく楽しみにしてたみたいで、今日はいつもより調子がいいのよ」

「それはよかったです。よかったねテオ」

「また話をしに来てもいいですか?」

「ええ。いつでも来てね」

 母親に見送られ家を後にした。



「病気を治す特効薬ってないのかな?」

 帰り道、テオはつぶやくように言った。


「唯一効果がある薬はトゥインクリウムっていう薬草なんだけど、それなりに高いのよ。冒険者がルシフェリオ山から採取してこないといけないから」

「たくさんあればいいの?」


「お医者さんが言うには、少し効き目が悪くなってるから量を増やしたいみたいだけど、その分お金もかかっちゃうし。副作用もそれだけ強くなるから、本人も家族も大変になる覚悟もいるし」


「いろいろ難しいんですね」

「せめて薬代の負担が少し軽くなるだけでもいいんだけど。あたしにはそんなお金はないし」


 ロアとテオは無言で歩いた。

 ロアは帰り道の方が、来たときより時間が長く感じられた。

 テオとは違うかたちで一生懸命に燃える命。

 いつもより青く見えた空が、なぜだか少し切なく感じた。


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