第19話 試験
ウィル、テオ、ロアの生活は変わることなく続いていった。
ウィルはギルドの仕事をこなす。テオはウィルと剣の稽古や、ロアと魔法の稽古。ロアは薬草調合師の仕事。たまにウィルとロアのお茶会。
そして、ウィルとテオの共同生活が始まってから2年がたった春。テオは十五歳になった。まだウィルより少し小さいが身長も伸び、体つきもたくましくなった。エルフの血が入っているので、これからまだ成長しそうだ。バディーも立派な中型の成犬になった。
暖かな春の日差しの中、町の人たちはいつもの日常をいつもどおり過ごしている。
ギルドの二階にある応接室には、六人掛けのテーブルがしつらえてある。ウィルにとってはいつもの日常ではない。テオは今まさに、冒険者の試験を受けている最中だ。
午前は、試験官のコンラッドとテオの二人でルシフェリオ山へ行き、剣術の試験が実施された。第三者は同行できないので、どんな様子だったのかまったくわからない。
午後から行われている別室での筆記試験の様子もわからない。
ウィルは、「俺は手伝えない。自分自身の手でつかみ取れ」と言ってテオを送り出したものの、じっと座って待っていられず振り子のように部屋の中を行き来する。何度も壁の時計を見るが、なかなか時間が過ぎない。
大丈夫だろうか。ど忘れしたり、ケアレスミスをしていないだろうか。自分が不安になってどうする。テオを信じるんだ。テオは頭がいい。何も心配はいらない。ウィルは何度も自分に言い聞かせる。
「他人のためにソワソワ落ち着かなくなることがウィルにもあるのね」
入口側の左端の席に座るロアが話しかけてきた。
「うるさい。俺は常に落ち着いている」
ウィルは右端の椅子にドカッと腰掛けた。
ロアもテオが試験を終えるのを待っている。
一見、落ち着いて座っているように見えるが、ひっきりなしに時計をちらちら見たり、髪の毛を触ったり、足を小刻みにゆすったりとどこかせわしない。
ウィルはロアが顔をじっと見てきているのに気がついた。
「俺の顔がそんなに変か?」
「ううん。あたしも落ち着かなくて。なんとなく」
「なんとなく、何だ?」
「なんとなく……何でもない」
応接室のドアをノックする音がして開いた。テオが入ってきた。
「どうだった?」
ロアはそう言いながら立ちあがるとテオのところまで駆けよった。
「やれることは精いっぱいやりました」
テオはロアに言うと、ウィルの方を見た。ウィルは黙ってうなずいた。
テオを真ん中にして座って待っていると、ドアをノックする音がしてコンラッドが入ってきた。ウィルたちは思わず立ち上がる。
コンラッドはウィルたちの向かいの真ん中の席へ座ると、
「これより、合否を発表する」
粛々と言った。
落ち着いて座ってなどいられない三人は、立って次の言葉を待った。
コンラッドが軽く咳払いをする。
「合格だ。おめでとう」
テオとロアは手をつないで飛び上がって喜んだ。
ウィルはほっと胸をなで下ろし、テオと握手した。
落ち着きを取り戻した三人が席に座ると、三人が喜ぶのを見守っていたコンラッドが話を始めた。
「まずは、我がキルド『シルバー・ライニング』に所属するにあたって、名前の由来の説明からする」
「お願いします」
テオは姿勢を正し、礼儀正しく返事をした。
「空を覆う雲は灰色でも、その裏側は太陽に照らされ、銀色に輝いている。つまり、壁が立ちはだかり行く手を阻んでも、その壁を乗り越えた先には必ず光が待っている、ということからこの名前がついている。スローガンは『くじけず進め。どんな困難にも必ず希望の兆しがある』だ」
「希望の兆し、か」
テオの目は希望に満ち溢れている。コンラッドは続ける。
「ギルドに登録されると仕事を受けることができるようになる。自分ひとりでもいいし、誰か仲間を見つけてパーティーを組んでもいい。初心者の場合は、先輩について仕事を教えてもらいながらやることが多い。簡単な仕事でも、最初のうちはウィルの助手がいいだろう」
「僕もそう思っています」
コンラッドはテオの返事にうなずく。
「テオはそう言っているが、ウィルはどうだ?」
「テオがそれでいいなら、俺は構わん」
ウィルはそっけない感じで言ったが、まだ自分を頼ってくれていることに少し安堵した。
「親方さんが思う、大事な心構えってありますか?」
「いい質問だ。強さには、自分の責任だけではなく、自分の周りの人へも責任が伴う。不正を倒すのは、別の不正ではない。君の力を正しいことに使ってくれ」
「はい。精いっぱい頑張ります」
テオの力強い返事に、ウィルは頼もしさを感じた。
「これから君の新しい人生が始まる。過去を向いていては前に進めない。君の過去に何があったかは言い訳にならない。だからといって、過去を捨て去る必要はない」
テオは視線を一度下に移すが、再度、視線を上げてまっすぐにコンラッドを見た。
コンラッドは一呼吸して話を続ける。
「私の経験をふまえて言っておきたいことがある。私も、親類だけでなく、何人もの友人・知人・ギルドの仲間たちが事故や病気で亡くなった。中には自ら命を絶った人も。彼らの死に対して、『なぜ?』『どうして?』と考えれば考えるほど、自分のせいなのではないかと思ってしまう。そして『私が代わりに死ねばよかったのに』と思ってしまう」
コンラッドはテオをまっすぐ見る。
「亡くなった人のために心を痛めるのはいいが、『なぜ?』『どうして?』と自分を追い込むのはやめにしよう。亡くなった人はそんなことを望んではいない。『最後まで頑張って生きてくれてありがとう』『一緒に生きてくれてありがとう』と思うようにしよう。彼らは間違いなく頑張って生きてきたのだから、頑張りを認めて見送ろう。彼らは私の心の中で生きている。君の心の中に彼らは生きているはずだ」
コンラッドはテオに話しかけているが、まるで自分に語りかけられているようだとウィルは感じた。
自分は過去の人にとらわれて生きているのか。深く胸に刻み込み、一生忘れてはいけない過去なのか。死ぬまで足かせのように引きずって生きていかなければならないのか。捨てる覚悟も、一生引きずっていく覚悟もない。逃げているだけなのか。
泥で汚れたアンナの顔は、あの時のまま年を取らず脳裏に焼きついている。ろう人形のように笑いもしない、泣きもしない。目をつぶり横たわっているだけの横顔。
ウィルは、記憶だけは色あせることがなく、現在の方が色あせて見えるような気がした。
その後、書類手続きなどを済ませ、ギルドを後にした。
日が落ち始め、町は夕日で赤く染まっている。春の陽気がまだ残っていて暖かい。
町のレストランでささやかな合格祝いをすることになった。
この小さな町で一番高級なレストランだ。といってもこんな町にドレスコードのある店なんてあるわけがない。
お金がある人はいつも食べに来ている。普通の生活をしている人たちが、祝い事や記念日などで普通に食べにくるような所だ。あとは若い人たちのデートなど。
ウィルは何かあったときのためにと少しずつ貯めたカネを持ってきていた。
食事をしていると、二十代半ばくらいの酔っぱらった男がふらふらとウィルたちのテーブルへやって来た。
「隻腕の疫病神がこんなところでお食事なんて、いいご身分になったもんだ」
「テオが冒険者に合格したの。ちょっとくらい祝ったっていいじゃん」
ロアが真っ先に言い返した。
「このハナタレのガキが合格? またうちのギルドにお荷物がひとつ増えたな」
「何よあんた偉そうに」
「オレサマはシルバーランクだぞ。もうすぐゴールドランクにだってなれるんだぞ」
「だから何よ。テオはあんたなんかすぐ追い越しちゃうんだから」
「やめないか」
ウィルはロアを静止した。
「こんなこと言われて悔しくないの?」
「言いたいことを言ったらさっさとどこかに行くから、好きに言わせておけ」
「でも……」
ロアは腑に落ちない様子だ。
「さすが、万年ブロンズランクのおっさんは自分の立場がよくわかってる」
「酔っぱらった勢いでしか強がれないあんたなんかに、何を言われたって悔しくないんだから」
ロアは鬱憤を吐き出すように言った。
「女はすっこんでろ。おまえはこのガキのなんなんだよ」
「あたしはテオの……そんなのどうでもいいことでしょ」
男は鼻で笑うと席へと戻って行った。
店の奥からオーナーの男が慌てて出てきた。
「あんたがいるとロクなことがない。他の客にも迷惑だ。帰ってくれ」
オーナーはウィルに向かって言った。
ウィルはポケットからカネを取り出し、数えもせず無愛想な態度で机の上に置くと、黙って店を出た。
外はすっかり日が暮れ、通りに面した店の窓からもれた明かりが暗くなった道を照らしている。
ロアがテオの腕を引っ張って店から出てきた。そして、手に持っていた釣り銭をテオに無言で渡した。
暗くなった通りを三人はしばらく黙って歩く。
「ごめんなさい。せっかくの合格祝いが、あたしのせいで……」
ロアはウィルとテオに謝った。
「いや、僕がいけないんだ。僕が言い返せるほど強くないから。全部僕のせいだから……」
「気にするな。ヤツらのたわごとは小鳥のさえずりより意味がない」
ウィルは、いつものようにそう言うしかなかった。それ以外に何も言葉が思いつかなかった。
合格を祝福するような春の陽気は消えうせ、冷えた夜の空気が体だけでなく心まで冷たくしていくようにウィルは感じた。
翌朝。
朝食をとりながら、ウィルはこの日のために考えていたことを話した。
「これからはギルドで仕事を受けることができる。町で一人暮らししてもいいんだぞ。俺と一緒にいれば、昨夜のようなことがこれからも続く」
テオは食べる手を止めてウィルをまっすぐ見た。
ウィルも誠意をもってテオをまっすぐ見る。
「これからは自分で自由に決めていいんだ。その代わり、自由には責任が伴う。何もルールがないのはただの無秩序だ。そんなものは自由とは言わない。ルールがあるから自由がうまれる。町で暮らすなら町のルールに従う必要がある」
「ここで暮らします。いえ、ここに居させてください。この先どうなるかはわからないけど、とりあえず今は、これまでウィルにお世話になった分はお返ししないといけないから。遅くなりました。これから本当の意味で、お金を稼いでお返しします」
「いつだって遅すぎることはない」
「はい」
「これからは、ギルドで仕事をしたら公平に貢献した度合いで分ける。もちろん、お前が俺より頑張ったら、それだけ分け前が多くなる。それでいいな」
「はい」
テオの返事に確かな信念をウィルは感じた。
テオは父の残したお金と貯めた小遣いで、装備一式を購入した。
小さな町ではたいしたものは購入できないが、初心者が装備するには十分だ。
◇
テオが買ったばかりの新品の装備をつけ、ロアの部屋まで見せに来てくれた。
お気に入りのバンダナがいつものように首に巻かれ、すっかりテオのトレードマークになっている。
「とっても似合ってるね」
とロアが言うと、テオは少し照れくさそうにはにかんだ。そして、忙しそうに帰っていった。
テオが冒険者として活動を始める。
合格だと聞いたときは、とてもほっとしたし、自分のことのようにうれしかった。
しかし、ロアには複雑な思いもあった。
無事に受かってほしいと思っていた反面、受かってほしくないとも思っていた。もし、危険な仕事をすることになったらと思うと、不安と心配で胸が押しつぶされそうになった。
テオが選んだ道なのだから、応援してあげないとダメなのはわかっている。誰しもが自分で自分の道を選んでいる。ロア自身もそうだ。テオにはテオの人生がある。道を切り開こうとしている。邪魔をしてはいけない。
ロアはウィルと応接室で待っているときのことを思い出した。
「俺の顔がそんなに変か?」
「ううん。あたしも落ち着かなくて。なんとなく」
「なんとなく、何だ?」
「なんとなく……」ウィルの顔を見ていると落ち着く。「……何でもない」
言えなかった。言わなくてもいいことだと思った。
ウィルがロアの部屋でお茶を飲むようにはなったが、テオやウィルとそれ以上、関係が深くなることはなかった。
このままの生活を続けていたほうが、お互いに気を使わず楽だった。そして何より、今の関係が崩れてしまうことがロアは怖かった。
レストランで男から言われたことを思い出した。
テオの何なのかと言われ、言い返せなかった。ロアにとってテオは生きる希望だが、テオにとって自分という存在は何なのか、ロアにはわからなかった。聞きたくても怖くて聞けない。
ただの顔見知り? 友人? 親友? 家族という言葉が頭をよぎり、すぐに打ち消した。
自分なんかがテオと家族になるなんておこがましいことだとロアは思っていた。その一方で、血はつながっていないが、できることならそれに近しい存在であれたら、というかすかな願望もあった。
自分の存在がどこか宙ぶらりんの状態にあるような感じがした。自分という存在のあいまいさ。耐え難い自分という存在の軽さ。
家族になることなどできない。ロアは再度自分に言い聞かせる。
勝手に生きる希望にされてテオは迷惑じゃないだろうか。
春の暖かい空気は、若者にとっては希望を運んでくる。
しかし、地面の深くにあるロアの心にはまだ春の陽気は届かず、冬眠から目覚めることができずに取り残されてしまっているような気がした。
◇




