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第18話 フルーツティー


 いつでもフルーツティーを出す用意はできているが、ロアはまだウィルとはお茶を飲むことができていない。すぐに準備できるよう棚にしまわず、キッチンワゴンの天板に置いてある。


 ウィルは薬草の納品をしにロアのところまで来るようになったが、あまり町の人と交流したがらないようで、いつもすぐに帰ってしまう。秋も深まり、もうすぐ冬がくる。


 部屋のドアをノックする音がした。ロアが出ようとする前にドアが開いた。

 ドアの前には男が立っている。この町の小貴族のエウゲニーだ。スリムな体型に小奇麗な身なり、端正な顔立ちで、もうすぐ五十歳らしいが若く見えオジサンくささはない。


「ご機嫌麗しゅう」

 エウゲニーが言うと、ロアの許可もなくズカズカと部屋に入ってきた。

「なんのご用ですか?」

 ロアは白々しく聞いた。


「私の妻としてあなたをお迎えする件ですよ。そろそろ正式なお返事をと思いまして」

「その話でしたら、以前にお断りしましたが」


 エウゲニーの妻は三年前に病気で亡くなったと言われている。しかしちまたでは、エウゲニーの不倫がバレたため毒殺された、というウワサがある。愛人も忽然と姿を消したらしい。


「決して悪い話ではないと思いますよ。この私が君の一生を面倒みてあげようと言ってるんですよ」

「あなたなんかにみてもらわなくても結構です」


 一年ほど前、いつも卸している道具屋から、まとめて薬を購入したいという注文がはいった。とある小貴族の若旦那――といっても、もうすぐ30歳で既婚者――からの注文だ。

 ロアが直接、屋敷まで持っていき、使用人に渡して帰ろうとしたとき、若旦那の親であるエウゲニーがたまたま出先から帰ってきて鉢合わせになった。それをきっかけに以降、つきまとわれている。

 ロアのところに押しかけてくるのは月に一回程度だったのが、ここ半年くらいから徐々に回数も増えしつこくなってきた。


「貴族の夫人になれるんですよ。領主にだって君の意見を進言することもできる」

「そんなの興味ありません」


 エウゲニーは領主の政治にも口を出す。この町はそれほど大きくない規模の地方貴族が治めている。エウゲニーは都会から見たら小貴族だが、地方貴族の領主からしたら十分な発言力がある。


「願い事は何でもかなうんだよ。自分のお店を持ちたいなら、お金を出してあげますよ」

「お世話になる義理はありません。自分でやるからほっといてください」


「そんなつれないこと言われるとキライになってしまうよ」

「あなたに気に入られなくても、あたしは一向にかまわないです」


 ロアはエウゲニーのしゃべり方も、甲高い声も、キツい香水のニオイも、お金や権力で人の気を引くのも気に入らない。同年代の子どもがいることにも抵抗がある。

 ドアをノックする音がした。エウゲニーがドアの近くにいるので開けられない。


「どうぞ。入って」

 ロアはドアに向かって声をかけた。ドアが開くとテオが入ってきた。


「みすぼらしいガキだな。それに汚えイヌだ。こっちは取り込み中なんだ、帰れ!」

 エウゲニーがテオに向かって吐き捨てるように言った。


「あたしの大事なお客さんよ。あなたが勝手に決めないで」

 テオはドアを開けたまま一歩入ったところで立ち止まり、エウゲニーをチラッと見たあと、心配そうにロアを見た。バディーはテオの足元でじっとしている。


「大丈夫だからちょっと待ってて。すぐに帰ってもらうから」

「まだ話は終わってませんよ。首を縦に振ってくれるまでここを動きません。おいコラ、ガキ。ナニ見てんだ。こっちはオトナの話し合いをしているんだ。さっさと失せろ」


 エウゲニーはテオの方に歩み寄ると、バディを蹴飛ばし、テオの胸ぐらをつかみ家の外に押し出した。テオは押し出された勢いで道端に尻もちをついた。エウゲニーはドアを強く閉めた。


「よし、邪魔なガキはいなくなった。そんな儲からない薬草なんか作らなくても裕福な生活ができるんですよ。こんな汚らしい家に住む必要もないんですよ。それに、家事も使用人が全部やってくれる」

 エウゲニーは机の上の薬草を汚らしくつまんでニオイを嗅ぐと床に投げ捨てた。


「ほっといて。好きでやってるの」

「毎日キレイな服を着られるし、お化粧もできる」


 部屋の中を物色するように歩くエウゲニーは、ロアのフルーツティーの入った瓶を見つけつまむように持った。

「この食べカスを集めたようなものは何? 紅茶? うちにくれば高級な紅茶を毎日飽きるほど飲めますよ」

 鼻で笑うように言いながら瓶の蓋を開けた。


「さわらないで!」

 ロアが叫ぶと、驚いたエウゲニーは瓶を床に落とし、中身が半分ほど床に散らばった。


 エウゲニーは散らばった紅茶など意に介さず、踏みつけてロアに近づく。

「強情な女だ。でも、こういう女のほうが手懐けがいがある」

 ロアの手を強引に引っ張った。


「やめて! 離して!」

 突然、部屋のドアを開ける音がした。


 見るとウィルが立っている。左腕の義手にはいつもの麻袋がある。ウィルの後ろにはテオとバディーもいる。


「せ……隻腕の疫病神っ。なんでお前がこんなところに」

 ウィルを見たエウゲニーはロアの手を放した。 


 ウィルは答えずロアの部屋に入る。

「あんたの用事は済んだのか? 後がつっかえてるんだ、早く終わらせてくれ」

「……」

 エウゲニーは何も言わずに舌打ちをすると、逃げるように部屋を出ていった。


「ありがとう。最近しつこくて。あたしひとりでどうしようかと……」

 ロアは胸をなでおろした。エウゲニーがいなくなっただけでなく、ウィルがいることでいつもより強く安心感を覚えた。


「別に助けようとしたわけじゃない。あいつが勝手に帰っただけだ。あいつとの関係も知らないし、詮索するつもりもない」

「でも、おかげで助かった。たいしたお礼はできないけど、お茶でもどう?」


「いや、いい。これの納品に来たら買い物帰りのテオに会って、急いで来いって言われて来ただけだ。茶を飲むために来たわけじゃない」

「そう。じゃあ、また今度お礼させて。じゃないとあたしの気が済まないから。テオもありがとうね」


「わかった。また今度な」

 ロアはウィルが差し出す紙に受領のサインをすると、ウィルは早々に部屋を出ていった。

 急に誰もいなくなることに漠然とした不安を感じたロアは、ウィルたちを途中まで見送ろうと思い、一緒に外へ出た。


 ウィルを先頭に、少し距離を空けてロアはテオと並んで歩いていると、ウィルが急に立ち止まった。

 前を見ると、エウゲニーが待ち構えていた。エウゲニーの両側には、ガラの悪そうな男が二人いる。ウィルはテオとロアを静止すると、自分だけがエウゲニーたちの前に進む。


「この男が私に恥をかかせた不届き者です。私に盾突くとどうなるかわからせてあげなさい」

 腕を組んだエウゲニーが高飛車に言った。


「隻腕の疫病神だなんて聞いてないぜ、ダンナ」

「コイツにヘタに関わると、何があるかわかんねえ」

 両側の男たちは居心地が悪そうにグチを言った。


「そんなの知るか。何のために高いカネを払って雇ってるんだ。四の五の言わずにとっととヤレ」

 エウゲニーに言われた男たちは、やれやれと言わんばかりの表情で顔を見合わせると、意を決したような顔に変わり、ウィルに向かって勢いよく飛びかかった。


 構えることもせず棒立ちのままのウィル。顔面に左側の男のパンチがさく裂し、ウィルはその場に倒れた。抵抗することのないウィルに対して、男たちは遠慮することなく殴り蹴った。


「なんでやり返さないんだよ! そんなやつらなんかやっつけてよ!」


 テオはウィルに向かって叫んだ。今にも飛び出して行きそうなテオを、ロアは後ろから両肩を持って押さえる。バディはロアの足元で小さくなっている。ロアは無抵抗で殴られるウィルを見て、自然と手に力がこもる。思わず目を背けた。


「もうそのくらいにしておけ。死なれでもしてみろ、こんなヤツのせいで私の名前に傷がついたら困る」

 エウゲニーに言われ、男たちは下がった。


「こんなヤツとつるんでる女などいらん」

 エウゲニーは吐き捨てるように言うと、男たちを連れて去っていった。


「大丈夫?」

 テオはロアの手を振りほどいてウィルに駆け寄った。ロアも急いで駆け寄った。


 ウィルは「ううっ」とうめくと、かすれた声で「大丈夫だ」と答えた。

 ロアとテオはウィルを抱えて起こすと、両側から肩を貸してロアの部屋まで行く。バディは心配そうについてくる。


 部屋に着くと、ロアはウィルの怪我の手当てをした。ウィルの背中や腕についた傷を見てロアは申し訳ない気持ちでいっぱいになり、自分の心も同じ傷を負ったような気がした。


 傷の手当てを終えたロアは、ケトルに水を入れて火にかけた。床に散らばった紅茶を片付けていると、ウィルとテオの会話が聞こえてきた。


「なんで反撃しなかったの? ウィルならやっつけれたんじゃないの?」

 テオは自分が殴られたわけでもないのに、半べそをかいたように言った。


「あれでも一応、この町でそれなりの権力をもったヤツだ。下手に反抗するとこの町で仕事ができなくなる。今住んでいる家も追われることになる」

「そんなの新しい町で頑張ればいい」


「大きい町ではこんな左腕の冒険者に仕事は回ってこない。土地を借りないと畑もできない。家賃もバカにならない。この町だからやっていけるんだ」

「でも、やられっぱなしで悔しくないの?」


「そんな感情はもうなくなった。少し我慢すれば済む。俺のことを忌み嫌うヤツらは、自分の気さえ晴れればいいんだ。心配させたな。俺はこれくらいでは死なん」

 ウィルはテオを励ますように言うと、テオの頭をなでた。


 ロアは二人の話を聞きながら、ティーポットやカップを準備する。お客さんが来たときのためにと用意しておいて、これまで使うことのなかったティーセットだ。


「なにしてるの?」

 テオは気を紛らわすようにロアに聞いてきた。


「お茶の準備をしているのよ」

 ロアは手を止めずに答える。ふと視線を感じたロアはその方向を見た。ウィルがロアのほうを見ている。目が合った途端、なんだか恥ずかしい気持ちがわいてきて思わず目そらした。

 ロアは作業をしながらウィルのほうをもう一度ちらりとみると、ウィルはロアと視線が合わないようにでもしているかのように、キョロキョロと部屋のあちこちを見ている。


「僕、ちょっと用事を思い出したから先に帰るね」

 テオは急いでいるように言った。


「お茶、飲んでいかないの?」

 ロアはテオに聞いた。

「何の用事だ?」

 ウィルも聞いた。


「えっと……勉強。冒険者の勉強しなきゃ。じゃあまたね、ロア」

 テオはバディを連れて足早に去っていった。


 ウィルは椅子に座ったまま痛む体をかばうようにシャツを着た。沈黙が部屋を支配する。ケトルのお湯が沸き、蓋がカタカタと鳴る音だけが部屋に響く。シャツを着終えたウィルが先に口を開いた。


「テオはよくここに来るのか?」


 ロアは正直に答えていいものか迷ったが、ヘタに嘘をついてバレるより正直に言ったほうがいいと思った。ウィルが怒ったら、テオとの交流がなくなるかもしれない。この町にいるのがつらくなるようだったら、また違う町に行けばいい。


「ええ。町に買い物へ来たついでだけど遊びに来てくれる。というか、あたしの話し相手になってくれて、あたしのほうが助かってる」

「そうか。それならいいんだ。テオがいいならそれでいい」

 ウィルは自分で自分を納得させるように言った。


「ちょっと待ってて」

 ロアはフルーツティーを揃いのカップにいれて出した。ロアとウィルは向かい合って座りお茶を飲む。


「結局、お茶をごちそうになってしまったな」

「ただの安い紅茶よ。気にしないで」


「いや、十分うまい」

 無表情だがおいしいと言って紅茶を飲んでくれたウィルを見て、お金では手に入れられない時間だとロアは思った。そして、この時間を手放したくないと思った。


「これからは薬草の納品に来たら、お茶も飲んでいくこと」

「それは依頼内容に入っているのか?」


「もちろん。受領サインはお茶の後よ」

「じゃあ、断れないな」

 声のトーンが変わらないウィルの返事を聞いて、ロアは安堵した。


 紅茶を飲み終えたウィルは「テオが待っているから」と帰っていった。

 つかの間のティータイムが終わり、ティーポットは空になったが、ロアの心はいつも紅茶を飲んだときに感じる安らぎとは違う温かいもので満ちていた。

 秋の冷たい風が窓をたたく。葉を落とした木々の並ぶ殺風景な街並みが、少し色づいて見えた。


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