第16話 魔法
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ロアはウィルが初めて部屋に来たときのことを思い出す。
ドアを開けたときはびっくりした。テオが来ていることがバレて怒鳴られるかもしれないと思った。でも違った。薬草の納品に来ただけだった。
自分でもおかしいと思うくらいぎこちなかった対応に、おかしな人、変な人だと思われたのではないか、と思い返して恥ずかしい気持ちになった。
わかったことは、やっぱり悪い人ではないということだ。テオと暮らしているのだから当たり前だと納得した。
次にウィルが来たら、お茶でも飲んでいってもらおうとロアは考えている。乾燥させた果物を使った自家製のフルーツティーだ。薬作りで余った素材を使った安い紅茶だが、お気に入りなので一緒に飲めたらと。
ドアをノックする音がした。ロアの鼓動が早まった。
ロアは小走りでドアまで行き開けた。残念、買い物帰りのテオとバディだった。いや、ぜんぜん残念ではない。十分うれしい。この間、納品に来たばかりだし、まだ新しい依頼も出していないのだから、ウィルではないのは当たり前だ。なぜウィルではないと残念だと思ったのだろうか。
部屋に入ってきたテオの首にはバンダナが巻かれている。バディの首にもおそろいのバンダナが巻かれている。
「今日はいいものつけてるわね」
「ウィルが買ってくれたんだ」
テオは自慢げな表情をした。バディもどこか誇らしげに立っている。
テオはいつものように自分でスツールの上に乗ったカゴをどけて座った。
ロアもいつものようにフルーツティーをテオにいれた。
しばらく雑談をしたあと、テオは真剣な表情になった。
「あの、お願いがあるんだけど。魔法を教えてほしい」
いつも自分から何かをねだることはないテオからの急なお願いに、ロアは少し困惑した。
「なんで魔法が使えるようになりたいの?」
「僕、冒険者になりたいんだ。畑仕事とか買い物とかじゃなくて、冒険者としてウィルのお手伝いをしたい。少しでも役に立ちたいんだ」
「今の生活でも、役に立ってるんじゃないの?」
「今のままじゃダメなんだ。いつまでも面倒をみてもらうだけじゃダメだと思うんだ。ただで教えてとは言わない」テオはシャツをめくってお腹に巻いてあった白い布を外す。「このお金。父さんが僕のために残してくれた」
机の上に広げられた布の中には大金が入っていた。テオが布を広げた拍子に何かが床に落ちた。ロアはとっさに拾った。
「それは母さんの手紙。大事なものだから、父さんが残してくれたお金と一緒にしてるんだ」
「読んでもいい?」
テオは少し考えてからうなずいた。ロアはひとことひとことを噛みしめるように読んだ。そして、手紙をたたんでお金の上に置いた。
「とても愛されていたのね。そのお金は将来のためにとっておきなさい」
「じゃあ、お手伝いでも何でもするから」
「わかったわ。ただで教えてあげる」
「ほんと? ありがとう!」
「その代わり約束して。人を傷つけることには使わない。たとえ町でいじめられても、絶対に魔法を使わないこと」
「うん絶対に使わない。でもモンスターにはダメなの?」
「理由もなくむやみに殺すようなことには使わないで。魔法はここぞっていうときに使うものよ」
「うん。約束する」
ロアは昔使っていた『魔法の基礎』と表紙に書かれた本を本棚から持ってきた。
「いきなり魔法を使うことはできないから、まずは基本的な考え方と注意点から覚えましょうね」
ロアは本を使って基礎的なことを教えた。本当に教えてもいいのか戸惑いを感じつつも、ひとことも聞き漏らすまいと一生懸命に聞こうとしているテオを見ると、信用したいという気持ちのほうが強くなった。
テオは本を貸りて帰った。ロアは使っていないからあげると言ったが、テオは返すと言って聞かない。素直というか、頑固というか、それがテオのいいところでもある。
その夜、ロアはテオの母親からの手紙を思い出した。
自分にはテオに対してあれほどの愛があるのだろうか。一方的にテオをかわいそうだと思い、自分がいいことをしていると思いたいだけなのだろうか。テオを自己満足のために利用しているだけなのだろうか。激しく自己嫌悪が襲ってくる。
誰かを傷つけたくない。それでも傷つけてしまう自分がいる。逃れられないのだろうか。いっそどこかの山奥で、人との交流を断ち切って生きていったほうがいいのだろうか。
この町に来る前のことがよみがえる。
ロアは二十代前半まで魔法使いとして冒険者をしていた。パーティーも組んでいた。「真面目」で「いちず」に取り組んでいた。そんな性格もあり、仲間たちからの信頼を得ていた。その反面、他人のミスが許せなくて厳しく注意してしまうことがしばしばあった。
それが原因で次第に疎まれ、嫌われていき、ついにはパーティーを辞めさせられた。いくつもパーティーをはしごするが、次々に冒険者の間でロアの悪いウワサが広まっていった。
自分勝手で、いろんな人を傷つけてしまっているのはわかっているけれども、性格なんて簡単に変えられない。葛藤を抱えながらもなんとかやっていた。
ある日、ロアが放った魔法が誤って仲間に当たってしまい傷つけてしまった。ロアの判断ミスによるものだ。命に別状はなかったが、傷を負わせたのは事実だ。一気にウワサが広まり孤立した。
今までさんざん他人のミスを指摘しておきながら、自分が一番やってはいけないミスをしてしまった。ロアは自分が一番許せなかった。そして、冒険者から足をあらった。
その後、魔法を使えるのを応用して、薬草作りをするようになった。「真面目」で「いちず」に打ち込むタイプだったので、薬草作りにはまっていった。
そんなときに出会った男性がいた。同年代で商人をやっており、薬草を店の一画で売らせてもらったところから知り合った人だ。
ロアの薬草はその店では売れ筋の商品になった。常時、店頭に置いておけるラインナップとして売りたい、と意気投合した。二人で協力すれば、お店をもっと大きくできると。
そして結婚した。家事もこなし、薬草作りも並行してこなした。
結婚から一年。二人の間には子どもができなかった。いろんな町の教会に行って、いろんな儀式を受けた。しかし、子どもができることはなかった。
男性からは「子どもができないのは、おまえが呪われているからだ」、「子どもができない女などいらない」、と心ない言葉を浴びせられ、離婚することになった。
パーティーでうまく人付き合いができない。やってはいけないミスもした。そして、女性として子どもができない。
これまで他人のだめなところばかり指摘してきたが、自分が一番ダメな存在だった、とロアは自己嫌悪に陥った。生きていく価値がないと思った。死にたいと思った。でも死ぬのも怖かった。いざ死のうと思っても、こんなダメな自分でも命が惜しいと思ってしまう。
町にいるのがつらくなり、死ぬ決心がつかないまま、逃げるようにこの町へ来た。
小さな町。誰も自分のことを知らない町。この町で薬草調合師としてほそぼそと暮らすようになった。それが五年前のことだ。
過去を変えてくれる都合のいい魔法なんてない。誰にも過去を知られることなく暮らしてきた。
自分が誰かを傷つけてしまうのではないかという恐怖。自分が教えた魔法で、誰かが傷つくかもしれないという不安。
テオのまっすぐな目で頼まれると断れない。きっと、テオなら正しいことに使ってくれるはず。約束を守ってくれるはず。ロアは祈るように夜空を見上げた。
夏の闇の中でひときわ輝く星が、色を失った町で輝いて見えるテオのように見えた。
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