第15話 依頼書とバンダナ
すべての装備をつけバックパックを背負ったテオが雑木林の中を歩いている。その後ろには、楽しそうに進むバディ、剣だけを装備したウィルと続く。
テオは茂みをかき分けて進む。立ちはだかる草木に苦戦しているようで、順調に進んでいるとはいえない。獣道を探すことなく茂みをかき分けて雑木林へと入っていったのだから当たり前だ。
テオに冒険の基礎を身につけさせるため、ウィルは家の北にある雑木林を練習の場に選んだ。「冒険者になったつもりで、自分が思ったように進んでみろ」とウィルはテオに言ったまま、口を出さずに様子を見守っている。
ようやく開けたところに出た。テオは緊張と疲れからか、伸びをするとその場に座り込んだ。バディは体を振って毛についた土埃や葉を落とすと、あちこちニオイを嗅ぎだした。
ウィルは石に腰を下ろすとテオに声をかける。
「装備をつけて移動する感覚がわかったか?」
「こんなに大変だとは思ってもみなかった」
バックパックから革水筒を取り出し水を飲んだテオは、ため息交じりに言った。
「そりゃそうだ。あんな進み方をしていたら俺でも疲れるぞ。無理やり茂みをかき分けていたら、目的地に着くまでに無駄に体力を消耗するし、時間もかかりすぎる」
「そんなこと言ったって、木がいっぱい生えてるし。どうしたらよかったの?」
「まずは獣道がないか探すことだ」
「見当たらなかったら?」
「むやみに突き進むのではなく、周りの状況を確認しながら進むんだ。観察が足りないな」
「とにかく進めばいいってわけじゃないのか。進みやすいところを見つける能力もいるんだね」
「道のない場所をまっすぐ突っ切るよりも、回り道に見える獣道のほうが、早く体力を温存して早く進めることだってある」
「失敗しちゃったな」
テオは近くに寄ってきたバディをなでながら言った。
「何がどう失敗だったのかがわかれば次にいかすことができる。そうやって覚えていくんだ」
「ひとつずつ経験して積み上げてけばいいんだね」
「そういうことだ。それに、木々をかき分けて進むのがすべて無駄なわけではない。そうやって進まないといけないときもある。大変さがわかっただけでも十分いい経験になっただろ。この訓練は、装備をつけて荷物を背負って歩くことで基礎体力づくりの意味もある」
訓練はランニングや掛かり稽古だけではない。鍬で土を耕すのも、鎌で草を刈るのも、生活のためだけではなく、冒険者として必要な体力づくりになるとウィルは思っている。
「やっぱり体力が足りないか」
「冒険者は相手を倒すまで剣を振り続けなければならない。相手を追いかけるのも、逃げるのも、目的地まで歩くのも、戻ってくるのも、すべて基礎体力があったうえでできることだ」
「何かすごい必殺技でもあったらなぁ」
「いきなり技や魔法を与えられたとしても勝つことなどできない。常に相手よりも有利に動き続けられることが基本であり、それが必殺技とも言える」
「基本が必殺技か……なんか大変そうだな」
「基礎体力があるから依頼をこなすことができ、敵に勝つことができる。負ければ即、終了だ」
「負けたら冒険者の仕事ができなくなっちゃうもんね」
「冒険者としてだけではなく、人生が終わる。すなわち死だ」
テオははっとしたように息をのんだ。ウィルは続ける。
「基礎的な体力や技術があって初めて、ピンチのときに発揮できるのが勇気や根性だ。基礎がない者の根拠のない勇気や根性は、ただの無謀だ」
ウィルは昨日のことを思い出した。
オッドアイの首を提出したあと、コンラッドに呼ばれ一対一で話をした。
コンラッドは、なぜこんなことをしたのか聞いてきた。
ウィルは「森で薬草採取中にオッドアイと遭遇し、単体で活動しており小型だったので倒した」と説明した。
しかしコンラッドからは、「危険な行為は推奨できない。無理をするな」と注意を受けた。
カネが必要なのだからそんな甘いことなど言っていられない、とウィルは聞き流した。
続けてコンラッドから、なぜウィルがブロンズランクのままなのか、理由を聞かされた。
ウィルを「現状のままシルバーランクに上げると、リスクの方が大きいと判断している」かららしい。
誰ともパーティーを組めない現状では、シルバーランクの依頼を一人でこなすことになる。そうなると、無謀な行動をして命の危険が増えるだけになる。
オッドアイの件もしかりで、敵の強さが未知数である以上、ウィルが一人で無謀な行動をすることによって被害が大きくなるという懸念があった。だからブロンズランクではなくシルバーランクの依頼にした。
また、ウィルがシルバーランクの依頼をこなすために誰か他の冒険者と組むことが増えた場合、またワナにはめようと考える者が出てくる可能性もある。
それだけではい。ウィルと他の冒険者との間で連携がとれなければ、ウィルだけでなく他の冒険者の命も危険にさらすことになってしまう。
最悪の事態だけは避けなければならない。だからウィルには申し訳ないが、ブロンズランクのままにしている、ということだった。
ウィルにはウィルなりの信念と自信があってオッドアイの依頼をやったつもりだった。知識も、技術も、あの場の状況判断も、なにひとつ間違っていないと思っていた。
自分がやっていることは根拠のない自信で、無謀なことなのだろうか。仮にそうだったとしても、他人に余計な口を出されたくなかった。
自分の限界をわかってやっている。とにかく今は死ねない。テオが自立するまでは。
「どうしたの? 体の調子でも悪いの?」
木の器に水筒の水を入れバディに水をあげていたテオが、心配そうにウィルを見ている。
「ちょっと考え事をしていただけだ。ところで最近、剣の稽古を頑張っているな」
最近のテオは、剣の稽古で弱音を吐かなくなってきた。剣を使わない走り込みなどでも、文句を言うこともなくなった。
「でも、ぜんぜん上達しない。このままずーっと上達しないんじゃないかって思うときがある」
「心配するな。少しずつ上達している。どんな小さな一歩でも、一歩は一歩だろ」
「ほんとに強くなれるかな」
「なるようになるさ」
「サボっても強くなれないかなぁ」
「『なるようになる』とは、遊びほうけて何もしなくても成功する、という意味ではない。目標に向かって今できることをただひたむきに取り組む。この積み重ねがあって初めて『なるようになる』んだ。いつかどこかのタイミングで頑張るから、『なるようになる』が手に入れられる」
「やっぱ、考えてるだけじゃダメか」
「失敗であれ成功であれ、具体的に動くから具体的な答えが得られる。具体的な結果が得られる。考えているだけだと、抽象的なまま抜け出せない」
「『なるようになる』は自分でたぐり寄せないといけないんだね」
「ただし、なるようになったところで、その後はどうなるかなんて誰にもわからない。すべてが思いどおりになる『なるようになる』はない。流れに身を任せる柔軟性も必要だ」
現実を受け入れず逃げれば、世界はいつまでたっても闇のままだ。
今さら変わることなどできない。偉そうに言ったことが自分はなにひとつできていないという事実に、ウィルは自嘲するように鼻で笑った。
「町で冒険者の人を見かけるけど、みんな強そうで自信満々に見える」
「みんな強さに絶対的な自信などもっていない。それだけじゃない。いろんなことに不安や悩みをもっている」
「町の人たちはみんな幸せそうに見えるけど。悩みなんてあるのかな? どんな人も生きていれば苦しいのかな?」
「コンラッドも順風満帆のような人生にみえて、いろんな悩みを抱えていただろ。町にいるバカどももきっと何かに苦しんでいる。でも、その苦しみを取り除くことができずに鬱憤がたまっているんだろう」
ウィルはギルドにいる冒険者たちの見下すような目を思い出した。
「だから俺たちのような社会が作った差別してもいいヤツをみつけては、高圧的になったり、虚勢を張ったり、不満のはけ口にしたりして当たり散らしているんだ。逆に言えば、そうしかできないかわいそうなヤツらなんだ」
「でも、僕はなんにも悪いことしてない」
「そうだ。お前は何も悪くない。ヤツらは鬱憤をため込むのが趣味なんだろ。自分に期待して、自分に失望して、自分を裏切る。誰のせいでもない。全部、自分の中で起きていることだ。自分に振り回されているだけだ」
人は皆、自分が正しいと思っている。どんなに愚かな考えであっても、その愚かさに気づくことはない。そもそも、自分が愚かだとさえ思っていない。
かくいう自分もその愚かな人間の一人だとウィルは思っている。その愚かさに気づいたとき、激しい自己嫌悪にさいなまれる。
しかし、それもまたすぐ忘れてしまい、また愚かな行為を繰り返す。
「ヤツらも俺のことをバカだと思っているだろうから、お互いさまってことろだな」
「でも、町にもいい人はいるよ」
「友だちでもできたのか?」
「うん。話を聞いてくれる」
「そうか。よかったな」
いじめられてばかりではなく友だちができたことに、ウィルはテオに対しての心配が少し軽くなった。友だちがいれば、将来この丘を出て行くための下地になるかもしれない。
「ウィルは町に友だちはいないの?」
「昔の仲間はこの町を去っていった」
「さびしくないの?」
「ここで生活するのが精いっぱいで、そんなことを思っているヒマなんてない」
こんなところでグチを言うことしかできないという事実はウィルにとって負け犬と同じだった。
テオを同じ負け犬にしてはいけない。テオが無謀な行動で命を落とさないために。無謀ではなく確信を持って行動できるように。テオが自信をもって家を出て行き生きていけるように。今のうちにすべてを教えなければならない。
ウィルは意を決したように立ちあがる。
「さて、そろそろ出発するぞ。ここから戻るには、どこを通ったらいいかわかるか?」
「うーん。……あそこはどう?」
テオは獣道を指した。
「よし。そこから行ってみよう」
その日の午後、ウィルはテオと町へ買い物に来た。もちろんバディも着いて来ている。
ウィルが雑貨屋で買い物を済ませ振り返ると、テオがバンダナを手に取り見ていた。
「欲しいのか?」
「べつに。ちょっと見てただけだから」
テオは慌ててバンダナを元に戻した。
「買ったら早く帰ってくれ。あんたらがいると客が逃げる。それにイヌなんて連れて来られると困るんだ」
店主の男は不機嫌そうに言った。
「ゴメンナサイ」
テオはバディを抱き上げてそそくさと店を出た。
ウィルは店主の方を振り返らず黙って店を出た。テオと並んで町の出入り口へと向かって歩く。
「相変わらず、対応の悪い店だな」
どこの店も同じような対応をされるので、今さら言ったところでどうしようもないことだ。
しかし、自分と一緒に住んでいるせいで、テオには負わなくてもいい苦労をさせてしまっているのではないか、とウィルは少し心配だった。
「誰に何を言われても気にするなってウィルに言われたから、気にしないようにしてる」
「そうか……いや、そうだったな」
いつ言ったことなのかウィルは忘れてしまっていた。しかし、テオはちゃんと覚えて忠実に守っていた。
「それに、友だちが言ってたんだ。人からバカにされてもいいんだって。バカバカしい人生を一生懸命に生きればいいって」
余計な心配をしなくても、テオは自分で道を切り開こうとしている。そのための手伝いだけしてやればいいとウィルは思い直した。
振り返って自分はどうなのか。
自分がいちばん自分の気分に振り回されている。自分で勝手に気分を害している。自分で自分を裏切り続けているだけだ。
自分に降りかかることは誰のせいでもない。すべて自分が招いたことだ。
誰に何と思われ言われようと気にする必要はない。テオの言うとおりバカにされようと構わない。今さらひとつふたつ増えたところで何も変わらない。嫌われるのはいつものことだ。ウィルはそう思うと気が楽になった。
町の出入り口が見えてきた。ウィルは家から持ってきた麻袋を見る。
「ちょっとギルドに用事があるから、先に帰っててくれ」
「うん。いいよ」
テオとバディが町の外へ歩いて行くのを見送ると、左手の曲鉤に麻袋をさげたウィルはギルドとは違う方向へ歩き出した。
住宅街が見えてきた。
採取した薬草を依頼人の家へ直接届けるため、ギルドで仕事を受けた際に納品先を聞いておいたのだった。
オッドアイの報酬を得られたとはいえ、育ち盛りの子どもと子犬がいるのですぐになくなってしまう。これからはギルドの手数料を少しでも減らして家計の足しにしたいと考えていた。
ウィルは立ち止まった。なかなか次の一歩が出ない。ゴブリンを倒すよりも簡単なことなのにだ。
納品して紙に受領サインをもらうだけだ。草刈りの依頼でサインをもらうのと同じだ。嫌な顔をされても嫌味を言われても、いつものことなので気にする必要はない。
ウィルは自分に言い聞かせながら再び歩を進める。
目的の建物が見えてきた。かつてアンナと暮らしていた木造長屋のある区画だ。二度と来ることはないと思っていた。
ウィルは湧き上がってこようとする記憶を押さえつけながら、依頼人の部屋の前まで来た。
ドアの前に立つと、一度深呼吸をしてからノックした。無視されたり嫌な顔をされてもいつものことだ、とウィルは再度、自分に言い聞かせた。
中から声がしてドアが開いた。
ウィルの前には、目を見開いて少し驚いたような表情をしたロアが立っている。戸惑っているようにも見えた。
「あの、依頼の薬草の納品に」
ウィルは曲鉤に引っ掛けた麻袋を胸の高さまで持ち上げた。
「あ、はい、ありがとう」
ウィルが差し出した麻袋を、ロアは両手で受け取った。
「受領のサインを」
ウィルはズボンのポケットからギルドの依頼書を取り出す。
「ちょ、ちょっと待ってて」
依頼書を受け取ったロアは部屋の奥へと行った。バタバタと音がしたあと戻ってきた。差し出された紙にはロアのサインが入っている。
「袋の中身、確認してないけどいいのか?」
「あ、そういえば。でも、大丈夫。確認しなくても、いつもちゃんと依頼どおりだから」
「今日はこれで」
「あの。お茶、飲んでいきますか?」
「いや、今日は用事があって急いでるから」
「そう……また今度」
「ああ……また今度」
ロアの部屋を後にするウィルは、背中でドアが閉まる音を聞いた。
ギルドへ向かいながら、ウィルは心の奥に何かむず痒いものを感じた。忘れていた何か。思い出せそうで、思い出せない。でも、悪い気はしなかった。
ウィルはギルドに依頼書を提出して報酬を受け取り、家へ戻ろうとして立ち止まった。道具屋へ向かう。
店に入り、テオが見ていたグリーンのバンダナを二枚手に取る。テオはきっと喜んでくれるだろう。




