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第13話 ロアとテオ2


「魔法を使って薬草を作るってことは、攻撃魔法も使えるの? 冒険者をやってたことがあるの?」

 テオは、ロアが入れたフルーツティーを一口飲んで言った。


 ロアがテオの傷の手当てをして以来、たまにテオがロアの部屋へ遊びに来るようになった。今日も買い物帰りに寄ったのだろう。床に置かれたテオのトートバッグに入っている食料品がチラリと見える。


 テオは悪気があって言ったわけではないということは目を見ればわかる。疑問に思ったことをただ純粋に聞いただけだ。しかし、改めて問いかけられると、そんなテオの無邪気さにロアは少し心がトゲトゲするのを感じた。その半面、うらやましくも思った。

 大人と子どもが混在している。知識は少しずつ大人と同じになってきているが、まだ子どもの部分の方が大きい。

 大人には聞かれたくないこともあるのよ。子どもは知らなくていいの。ロアはそんなひとことで片付けてしまおうかとも思った。


「いろいろあってね。冒険者はもう卒業したの」

「なんでやめちゃったの?」

「いろいろよ。とにかく、今はモンスターを倒すとか、そういうことには魔法を使わないと決めたの。薬草を作るときに魔力を使うだけ」

「ふーん」


 テオは膝の上で丸くなっているバディをなでながら言った。それ以上は深く追求してこない。はやり純粋な疑問で、深い意味はなかったようだ。


 ロアはリンゴを手に取ると皮をむき始めた。

 雪の中で貯蔵・熟成された雪中リンゴだ。暖かくなると北方地域の行商人が都会へ売りに来て、売れ残ったものがたまにこの町にも入荷される。見切り品として安く買えるので、ロアは見かけると好んで買う。


 テオは渦巻状に皮がむかれるリンゴをじっと見ている。

「どうしたの? 何かおかしい?」

「母さんは病気だったからいつも家のベッドに寝てたけど、たまにベッドでリンゴをむいてくれたんだよ」

「お母さんを思い出したのね」

 テオはうなずいた。


「母さんと同じむき方だったから。一瞬だけど、母さんのリンゴに見えたような気がして」

 病床の母が子どもにできることはそれほど多くないだろう。リンゴをむいてあげることは母親の精一杯の愛情表現だったのかもしれない。


「あたしのことお母さんって呼んでみる?」

「いやあっとえっとその……」

 テオは顔を真っ赤にして顔を横に振った。バディはびっくりして体を起こすとテオの膝の上から床に飛び降りた。


「ゴメン。からかうつもりはなかったの。大切な思い出なのね。テオのお母さんほど上手にむけてないかもしれないけど、よかったら食べて」

「うん。いただきまーす」


 くし形に切り分けられたリンゴを、テオは照れ隠しするように勢いよく一個つかむと、半分に割ってバディにお座りをさせてからあげた。残りの半分はテオが食べた。


「どお?」

「うん、おいしい。ウィルは皮をむかずにまるかじりなんだ。皮にも栄養があるから、皮ごと食べればいいんだって」

「それも一理あるわね。リンゴの皮は乾燥させてから粉にして薬草に入れてるのよ。栄養もあるし、ほのかな酸味と香りが薬草の苦味を和らげてくれるの」


「ロアが作っている薬って、薬草と魔法がつかえればつくれちゃうの?」

「薬草だけだと、においがキツかったり味が苦かったりして売れないのよね」

「だからリンゴの皮を入れるんだね」


「果物を乾燥させて粉にして入れたり、果汁を入れたり、花のエキスを入れて香りをつけたり、季節やその時期に入荷されるものによって、いろいろ組み合わせを工夫してるのよ。初夏はベリー系やプラム、秋はブドウ、冬はレモンとか」

「ふーん。いろいろ大変なんだね」

 テオはリンゴを食べ終えたバディを再び自分の膝の上に乗せてなでだした。


「テオは好きなお花ってある?」

「うーんと、マーガレット」


「どうしてマーガレットが好きなの?」

「母さんが好きな花なんだ。母さんの名前もマーガレットっていうんだよ」


「とてもいい名前ね」

「僕がお花をつんできて、ベッドの脇の花瓶に飾ってたんだ」


「テオがつんできてくれるなんて、お母さんうれしかったでしょうね」

 ロアに言われ、テオはうれしそうにはにかんだ。


「ロアの好きな花は何ていう花?」

「スノードロップっていうお花よ。冬に咲く花で、このが咲くと春が近いと言われていることから、別名『春の使者』とも呼ばれているわ」


「冬に咲く花なんて珍しいね」

「白い花を下向きに一輪咲かせるの。花だけを見ると可憐に見えるけど、雪解けの間から咲いているところを見ると、とっても力強く見えて寒い冬でも元気をもらえるのよ」


「なんでわざわざ雪の中で咲くのかな?」

「この花は厳しい寒さを経験することで花が咲くの。どこか人間と似てるって思わない? つらいことや厳しいことを乗り越えると、花が咲いたように成長できるでしょ」


 ロアは雪の中に咲く花を思い出しながら言った。ふとテオを見ると、先ほどまでのやわらかい表情がなくなっていた。


「成長するのって難しい。厳しいことを乗り越えないと成長できないのかな」

 テオはポツリと言った。

「何もしなくても体は成長できるけど、心は成長できると思う?」


「だって、苦しいだけだし。母さんはなんで僕を産んだんだろう。僕はどうして生まれてきたんだろう」

 テオはバディをなでる手を止め下を向いた。まるでバディに向かって言っているようだ。しかしバディは答えてくれない。


「どうしてかしらね。苦労するためかも」

「苦労させるために産むの? 苦労するために生まれてくるなんてバカバカしい。どうせみんな最後には死んじゃうのに」


「そうね。バカバカしいわね。でも、バカバカしくてもいいんじゃないかしら。バカバカしい人生を一生懸命に生きるのよ。あたしの人生も、生まれてからずっとバカバカしいわ。これからもずっと、死ぬまでバカバカしいのかもしれないわね」


「それでいいの?」

 テオはロアを見る。


「だって、そうやって生きていくしかないじゃない。明日、英雄になれるわけじゃない。一年後、王女様になれるわけじゃない。他人から見たらバカバカしい人生かもしれないけど、あたしはあたしなりの人生を生きていくわ。たとえ他人からバカにされても」

 ロアもテオを見つめ返した。


「バカにされながら生きるのって、結局、苦しい……」

「どんな人も生きていれば必ず苦しいことはあるわ。苦しみを経験しないと、何が苦しみかなんてわからないでしょ。とりあえず、今はなにが苦しいのかを知ればいいんじゃないの? 焦っても答えなんて見つからないもの」


「ロアは焦っていたとき答えが見つからなかったの?」

「そうね。いきなり何かができるようになったり、急に考え方が変わったりなんてできないもの。一つずつ経験しながら積み上げていくしかないのよ」


「すぐには上達しないのか……少しずつならできるかな」

「応援するわね」


「うん。頑張ってみる。あっ、もう帰らなきゃ。おじゃましました」


 テオは荷物を持つと小走りで部屋を出た。ロアは窓際に行き外を見る。貧しい家並み。見飽きた景色。バディを連れて走るテオが小さくなっていく。

 ロアには、灰色の町でテオだけが色彩を放って輝いているように見えた。


 ロアは仕事に取りかかろうとしたが、手につかない。

 テオの問いかけがロアの頭の中をぐるぐると回る。自分はどうして生まれてきたのか。なぜ生きているのか。生きている価値はあるのか。

 テオの手前、強がって言ったが、思い返して改めてバカバカしいとロアは思った。自分の人生も、強がった発言も。

 自分よりもテオのほうが、他人に差別されたりバカにされたりしてつらい思いをしているのにあんなことを言うなんて、自分はなんてバカなのかと嫌になった。バカな自分らしい、バカバカしい浅はかな考え。

 テオと比べたら、自分のほうが生きている価値なんてない、とロアは思った。

 でも、一生懸命、今を生きているテオを見ていると元気づけられもした。テオが頑張っているのだから、自分も生きていてもいいのではないか、自分も頑張って生きようと。だからテオにはもっと何かしてあげたいと。


 テオが自分と会っているのをウィルは知っているのか、ロアは気になった。

 テオはここでのことをウィルには何も話していないのかもしれない。

 ここに来ていることをウィルが知ったら、テオはウィルに怒られるかもしれない。テオをたぶらかしたとウィルがここへ怒鳴り込んでくるかもしれない。


 ロアはたまにウィルを町で見かける。声をかけようと思うが、どう声をかけたらいいのかと思ってためらってしまう。そのうちにウィルを見失ってしまう。


 ウィルにテオのことを聞きたいが、聞けないでいる。声をかけたらまた険悪な感じになって、ケンカみたいになってしまい、二度とテオと会えなくなってしまうのではないかと思うと怖かった。


 ロアがこの町に来たときには、すでにウィルは町の他の人たちから良くない異名で呼ばれていた。しかし、テオと一緒に暮らしているような人がそんな悪い人だとも思えない。


 ウィルに対しても何か手伝ってあげられたら、一緒に暮らしているテオのためになるのではと思った。一緒にテオの面倒を見ることができれば、もっとテオにとって良くなるような気がした。


 そう思う一方で、それは違うとも思った。テオにとってではなく、自分にとってだけなのかもしれない。自分の勝手な思い込みで良くなると思っているだけ。自己満足のためにそう思っているだけ。自分が生きていく理由を得たいがためにテオを利用しているにすぎない。そうに違いない。


 今夜も自己嫌悪で眠れない夜になるのだろう。


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