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第12話 生きるか死ぬか

 ウィルの行く先には、体長三メートルを超えるブタ頭のモンスターがいる。オークだ。


 動きはそれほど俊敏ではないが、好戦的な性格で、人間に比べて力が桁外れに強い。一人で相手をするのは厄介な相手だ。

 無能な魔法使いが囮になってくれるだけでも戦いやすくなる。ウィルは先ほどまで一緒にいた男の顔を思い出したが、すぐに消し去った。


 開けた場所なので身を隠す場所がなく、やり過ごすことはできそうにない。一体しかいないのが不幸中の幸いか。とはいえ、分が悪い条件に変わりはない。


 ニオイなのか目視なのかはわからないが、オークもウィルを認識したようだ。丸太のように馬鹿でかい棍棒を振り回し、ブタ鼻を鳴らしながらウィルのほうへ突進してきた。おもちゃでも手に入れたかのように笑っている。


 ウィルは剣を抜き、オークが来るのを待ち構える。

 オークが突進しながら力任せに棍棒を振り下ろした。ウィルはオークの股下へ飛んでかわすと、剣を一振りし駆け抜ける。剣先がオークの足に当たったが、深手の傷にはなっていない。


 振り向いたオークが続けざまに棍棒を振り回す。ウィルは右へ左へと身をかわす。大振りなので攻撃の予測はつくが、振り下ろすスピードが早く威力は計り知れない。まともに当たったらひとたまりもないだろう。盾で受けて反撃など到底無理だ。


 ウィルはヒットアンドアウェイで、オークの攻撃をかわした隙に剣で腕や足を斬りつけるが、傷が浅く致命打にならない。少しずつダメージを蓄積させていくにも時間がかかりそうだ。


 テオの剣より避けるのが大変だ、と一瞬思ったあと、この状況でそんなことを考えていられるほど精神的な余裕があることにウィルは気づいた。


 テオとは昼過ぎまでには戻ると約束をしたが守れそうにない、と思った次の瞬間、ウィルは視界の左端にオークの棍棒をとらえた。かわしきれない。とっさに盾を構えて攻撃を受けたが、そのまま弾きとばされた。


「チッ……馬鹿力が」

 ウィルは舌打ちをしながら上半身を起こしオークをにらむ。

 余計なことを考えて集中を欠いた。こんな場所でこんなヤツ相手に無駄なダメージだ。

 左腕は義手なのでしびれも痛みもないが、いつまでも相手をしていたら体力がもたない。逃げるが勝ちだ。


 オークは間髪入れずに攻撃してきた。ウィルはまだ片膝をついた状態で完全に立ちあがっていない。オークの振り下ろす一撃を横っ飛びで避けたあと、オークに背を向けて全力で走った。

 木が生い茂る手前まで来ると振り返り、

「ここまで来てみろ、クソブタ!」

 煽るように言った。


 オークが追ってきたのを確認すると、ウィルは茂みへと入っていく。

 怒り狂ったオークは馬鹿力で木をへし折りながら進んでくる。

 茂みでオークの動きが悪くなれば隙を突きやすくなると思ったが当てが外れた。木陰に身を潜め不意打ちを狙おうにも、これでは茂みに誘い込んだ意味がない。


 ウィルは茂みの奥へと誘い込むように逃げる。そして、木陰に身を潜めて息を整える。オークはしぶとく追ってくる。

「まだか」

 焦り始めたウィルは思わずグチる。


 オークの足音が徐々に近づいてくる。いつまでも隠れていたら木ごとなぎ倒されてしまう。ウィルは意を決してオークの前に立った。

 ウィルを見つけたオークは立ち止まると満足そうな笑みを浮かべた。


 覚悟を決めたウィルがオークへ飛び込もうとする矢先、ウィルの背後から何か音がしたかと思うと、茂みの中から何かが一つ、二つ、三つとウィルの横をかすめて飛び出した。姿を現したのは赤い牙をもったオオカミ、レッドファングだ。次々と現れオークを取り囲む。


 やっと来たか。ウィルは心の中で叫んだ。狙いどおりレッドファングの縄張りまでオークを誘い込むことができた。


 レッドファングの群れがうなり声をあげオークに襲いかかる。しかしオークも手練なのか、棍棒でレッドファングの攻撃を弾き返す。

 どちらも生きるか死ぬかの命をかけた一進一退の攻防だ。


 お互い致命打に欠け、このままでは五分五分の消耗戦になりそうだ。ウィルはレッドファングに加わりオークの隙を突いてダメージを与えていく。


 すると、オークはダメージが蓄積して集中力がきれてきたのか、徐々にレッドファングの攻撃がクリーンヒットしだした。

 そしてついに、オークの両手両足にレッドファングが噛みついた。ダメージの蓄積と体力の消耗で身動きのとれないオークは、棍棒を落とし地面に両膝をついた。しかし、まだ倒れない。


 ウィルはすかさずオークに駆け寄りジャンプする。

 オークの睨みつける目がそこにはあった。こんなところで死んでたまるかという怒りの目だ。ウィルはためらうことなく力の限り剣を振った。

 オークの首が胴体から切り離され、地面に転がった。そして、オークの体が仰向けに倒れた。


 何匹かのレッドファングが遠吠えをした。他の仲間に狩りの成功と場所を教えているのだろう。

 そして、レッドファングたちがオークをその場で食べ始めた。オークのはらわたを食らうレッドファングの頭が血で赤く染まる。


 ウィルはオークの返り血を浴びたことなど気にせず剣を鞘にしまうと、急いで茂みを出てしばらくそのまま走った。

 そして、石の上に座り込み、バックパックから皮水筒を取り出しあおるように水を飲んだ。

 呼吸を落ち着かせ、携行食のドライフルーツとナッツの入った袋を取り出し口に放りこむ。味わうどころの心境ではない。ただただ無心で食べた。

 食べ終えると再び北西へと歩き始めた。


 どれくらい歩いただろうか、川に行き当たった。ウィルは川で喉を潤したあと、ためらうことなく川の中へと入っていく。ウィルの知るなかでここが一番、川の水深が浅い地点だ。

 みるみる腰の高さまでつかるが、焦らず進み渡りきった。


 川を渡り終えたら南へと進み、山をおりていく。


 丘の近くまで戻ってきた。ウィルは歩くペースを落とさず家へと向かう。家が遠くに見えるくころには、日が少しずつ傾いてきていた。窓から明かりがもれている。


 早ければ昼過ぎには戻ってくると言っていたのにこんな時間になってしまい、テオに心配をかけてしまった、とウィルは思った。

 これまで帰る時間など気にすることがなかった。なぜ帰る時間が遅いといけないのだろう。なぜテオに心配をかけたらいけないのだろう。

 答えは出ないが、帰りを待つ人がいるということがウィルの疲労感を軽減させた。


 家の入り口の前に立つと、疲れをどっと感じた。一日中歩き詰めで疲労困憊だ。ウィルはいつも言っている「今帰った」も言わず家に入った。

 ウィルの帰りを待っていたのだろうか、ダイニングに座るテオは驚いた表情だ。急にドアが開いてウィルが入ってきたのだから無理もない。


「おかえり。仕事終わったの?」

 テオが椅子から立ち上がって出迎えた。バディも尻尾を振っている。


「水をくれ」

 ウィルは立ったままバックラーのついた手先具を外しながら言った。

 テオはウィルの格好がいつもより汚れていることは聞かず、あわててコップに水をいれてウィルに手渡した。

 ウィルはコップを受け取ると一気に喉へ流し込んだ。バックパックを下ろし、手先具を曲鉤に付け替える。パックパックの中から麻袋を取り出すと出入り口に向かう。


「どこにいくの?」

 テオが心配そうに聞いた。

「もうひと仕事だ」

 ウィルは家を出ると町のギルドへ向かった。



 ウィルは無言でギルドに入る。なにやら人が集まっている。コンラッドが出入り口に立つウィルを見つけて駆け寄ってきた。


「橋が崩落して戻れなくなったと聞いて、捜索隊を出すかどうか話し合っていたところだったんだぞ」

「あいにく死に損ねたみたいだ」

 ウィルは皮肉たっぷりに言った。


「あんた、どうやって……」

 ルインが動揺しているのは誰の目にも明らかだ。


「山が町の北まで連なっているのは知っているだろ。山道はないが、町の北側へ抜けられる。いっぱしの冒険者なら山道以外のルートも知っているはずだ」


「でも、あそこにはレッドファングが」

「生態を知っていれば問題はない。ヤツらは薄明薄暮性だから、縄張りさえ荒らさなければ問題はない。オークが出たのは想定外で少し手こずったが。忘れるところだった、これ」

 ウィルは麻袋をコンラッドに差し出した。


「それは?」

 コンラッドよりも先にルインが聞いた。


「依頼の品だ」

「あのときオレが受け取ったじゃねえか」

 ルインはウィルから受け取った麻袋が置いてある机まで走って行き、麻袋を見せた。


「俺はお前と違って初見の相手を安易に信じるほどお人好しじゃない」

「じゃあ、これはなんなんだよ」


「どこにでも生えている普通の花の葉だ。ちゃんと見なかったのか? それに、俺はそれが本物だとはひとことも言っていないぞ。冒険者のくせに、ろくに薬草の種類さえ覚えていないヤツが悪い」

「卑怯だぞ!」

 ルインは袋ごと床に叩きつけた。


「人をワナにはめようとしたヤツに言われる筋合いはない。ワナにはめる相手のことを安易に信じるとは、お人好しにもほどがある。お前が花畑に行きたがらない理由がわかった。お前の頭がお花畑だからだ」


「ふざけやがって!」

「ふざけてるのはお前の方だろ。ちんけな魔法で橋を燃やしたくせに、よく逆ギレできるな」

 顔を真っ赤にして炎のように怒りを表に出すルインと打って変わって、ウィルは氷のように淡々と言った。


「橋を故意に崩落させたのは本当なのか?」

 コンラッドがウィルとルインの間に入ってきて二人に聞いた。


「いくらボロい橋だからといって、何の前触れもなくきれいさっぱり崩落するわけがないだろ」

 ウィルの言葉にルインは言い返さず黙っている。


「わかった。何はともあれ無事でよかった。公共物を故意に破壊したこと、所属する構成員を故意に危険にさらしたこと。これらの行為は、ギルドの重大な規約違反に該当する。相応の処分を考えなければいけない」

 コンラッドは落ち着いた声で言った。


「ちょっと懲らしめようとしただけじゃないか」

 ルインは開き直った態度だ。

「これがちょっとのレベルか? 彼のようなベテランだったからよかったものの、自分自身が同じことをやられたら生きて帰って来られたと思うか?」

 コンラッドがルインに問いただした。ルインは答えない。


「この中に、ルインの規約違反の処分に異議がある者はいるか?」

 コンラッドがギルド内全体に聞こえるように言ったが、冒険者たちは皆、黙って下を向いた。


「みんな、なんとか言ってくれよ。おまえ、オレが計画を話したら、どうせなら成功するかどうか賭けようって言って、みんなからカネを集めてたじゃねーか」

 ルインはキツネ目の男に言い寄った。


「し、しらねーよ」

 キツネ目の男はウィルとコンラッドの方をチラッと見てばつが悪そうに言った。


「今さらとぼけてんじゃねぇよ。成功したら総額の一割がオレの取り分だって言っただろ。まさかネコババしたんじゃねぇだろうな」

 ルインはキツネ目の男に詰め寄る。


「オレの賭け金も使っちまったのか!?」

「オレは失敗するほうに賭けたんだぞ。ちゃんと払ってくれるんだろうな!」

 周りにいた冒険者たちもキツネ目の男に詰め寄った。


「ネコババなんかしねえって。ちゃんと名前と賭け金を記録して、カネと一緒に保管してあるから心配すんな」

 キツネ目の男は渋々言った。


「何やらコソコソやっていると思ったら、そんなことだったとは。ギルドをまとめる長として情けない」

 コンラッドはあきれたように言った。


「賭けなんてどこのギルドでもやってるぜ」

 ルインはあっけらかんとしている。


「そういう問題ではない。酒ぐらいしか娯楽のない小さな町だが、人が死ぬことを賭けにするとは、我がシルバーライニングの品位を問われる由々しき問題だ。賭けに参加した者たちも何らかの処分が必要になる」


 コンラッドの毅然とした態度に周りがざわつきだした。

「だからオレはやめとけと言ったんだ」

「そう言って三口も賭けたくせに」

「オレは誘われて仕方なく一口乗っただけだ」

「おまえのせいだぞ」

「オレは関係ない」

「自分だけ逃げようなんて卑怯だぞ」

 仲たがいや暴露のしあいで醜態をさらす冒険者たち。


 ウィルが命からがらオークを倒したことも、一日中歩き詰めで山を下りたことも、彼らにとっては取るに足りない話でしかない。生きるか死ぬかという二択の賭けの結果には関係のないことなのだから。

 自分の死が賭けの対象にされていたことに、ウィルは怒りよりも欲にまみれた人間という生き物に対する不信感しか抱かなかった。

 そして、自分も同類だと思った。ルインの誘いに乗ったのもカネが目当てだったからだ。カネが欲しくて何が悪い。人は裏切るがカネは裏切らない。

 ウィルはやかましくののしり合う冒険者たちの声を聞きながら、胸の中にあったさまざまな感情が闇に溶けて消えていくのを感じた。


「全員静かに! 賭けに関しての処分はまた別途検討する。まずはルインの処罰を決めなければならない」

 コンラッドが大きな声で言うと、ピタリと喧噪がやんだ。


「ウィルは被害者としてどの程度の処分が妥当だと思う? 規約では除名に該当する行為に当たるが」

 コンラッドがウィルに意見を求めてきた。


「俺は報酬をもらいに来ただけだ。もちろん全額だ。それ以外には興味がない。そいつがどうなろうが俺の知ったことではない」

 ウィルは冷たく言い放った。被害者として哀れんでほしいとか、仕返しをしたいなどという感情は毛頭ない。欲しいのはカネだけだ。


「酒の席で最初に言ったのはオレかもしれないけど、みんなに乗せられてやっただけだ。なんでオレだけが悪いんだよ」

 ルインは悪びれる様子もない。


「謝罪も反省の弁もないとは……除名処分も仕方がないか」

 腕組みしたコンラッドの抑揚のない声が重く室内に響いた。


「ちょっ、本気かよ。それだけはカンベンしてくれ」

 ルインはコンラッドにすがるように言ったが、コンラッドは答えない。


「どうしても冒険者を続けたいのなら、浅い経験と幼い知恵をブロンズランクから叩き直せ」

 ウィルが言うと、全員がウィルの方を見た。

 なぜこんな言葉が出たのか、ウィルは自分で言っておきながら、自分でおかしいと思った。これまでは相手に情けをかけることなんて絶対になかった。この町から追い出してしまえと思ったはずだ。


「俺は疲れたから帰る」

 居心地が悪くなったウィルは、報酬を受け取ると家へと戻った。


 その後、ルインとキツネ目の男の処分は、罰金とブロンズランクへの降格に決まった。一年間、上位ランクの者に同行して上位ランクの仕事を受けることも禁止となった。文字どおり、ブロンズランクの依頼しかできなくなった。


 また、賭け金は全額没収され、壊れた橋の再建費用に充てられることとなった。そして、賭けに参加した者は全員、橋の再建作業に無償で強制参加させられることになった。


 ウィルの町での評判は良くなるどころか悪化した。

 普通の冒険者なら「よく戻ってきた」と評価が上がるはずだが、ウィルの場合は「隻腕の疫病神が悪運の強さで戻ってきた」とウワサが広まった。

 地上のヒーローなどではなく、地獄の使者のような言われ方だ。

 異名の信憑性が増しただけで、余計に人が近寄らなくなった。ランクもブロンズのままだ。

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