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第11話 シルバーランク

 ギルドへ仕事を探しに来たウィル。依頼の紙が貼られた壁の前で、女性職員が入ったばかりの依頼の紙を貼りつけている。


 ウィルは早速、女性職員が貼り付けたブロンズランクの依頼を確認した。

 ゴブリン退治だ。ゴブリン相手ならブロンズランクでも依頼を受けられる。報酬もいい。


 依頼内容を確認する。オッドアイのゴブリンが単独で行動しているのを西の森で見たという情報が複数よせられた。生息域の調査・報告をする。状況によっては退治をしてくる。という内容だ。

 しかし、紙の左上には星が二つ記されている。これはシルバーランクを示している。ブロンズランクは星が一つ。ゴールドランクは三つだ。


「この依頼はいま出たばかりか? ブロンズランクで受けていいんだよな?」

 ウィルは依頼の紙を貼りつけている女性職員に声をかけ、依頼の紙を見せた。


「えーっと」女性職員はウィルが差し出した紙を受け取る。「ゴメンナサイ。これはシルバーランクのお仕事です。貼り間違えました」


「ゴブリン退治がどうしてシルバーランクなんだ?」

「オッドアイなので、要警戒ということでランクをひとつ上げてあります」

 オッドアイのモンスターは、普通のモンスターよりも魔力が高いと言われている。


「そうなのか」

「あと、ゴブリンは群れで動くので、二人以上のパーティー推奨となっております」

「わかった」

 他にめぼしい依頼がないか、ウィルはほかの依頼を探す。


「ちょっといいっすか?」

 ウィルは不意に後ろから声をかけられた。見ると二十代半ばくらいのいかにもチャラそうな男が立っている。

「なんか用か?」

 ウィルは警戒して答えた。


「仕事探してるんだろ?」

「見ればわかるだろ」

「オレと一緒に仕事でもやらねーか?」

「俺が何て呼ばれているのか知らないのか?」

「知ってるぜ、いちおう」

「だったら、なぜ俺がお前と仕事をしなければならんのだ」

「なぜって、コレだよコレ」


 男がウィルに依頼の紙を見せた。シルバーランクの仕事だ。

 町医者からの依頼で、ルシフェリオ山に自生する『トゥウィンクリウムの若葉』を取取してくる、という依頼だ。この薬草が自生している場所へ行くには、好戦的で少し手強いモンスターが出る地帯を通らなければいけないので、シルバーランクの仕事になっているようだ。簡単には取ってこれない薬草なので希少性が高く、報酬も高い。

 しかし、熟知した冒険者であればとくに難しい依頼ではない。シルバーランクの者がブロンズランクの者を帯同させるのは可能だ。


「この程度なら、一人でできるだろ」

「あんた薬草に詳しいかなと思って」


 ウィルにとっては、報酬がいいシルバーランクの仕事ができるのは願ったり叶ったりだ。しかし、基本的には怪しい誘いは断っている。わざわざ隻腕の疫病神に話をもちかけるということは、何か裏がある可能性が高いからだ。


 とはいえ、テオとバディがいる今は状況が違う。割の良い仕事は喉から手が出るほど欲しい。この依頼なら、報酬の三割でいつも受けている薬草採取くらいもらえる。四割以上ならやる価値がある。

 だが、相手に弱みを見せるわけにはいかない。


「この程度の依頼に俺と報酬を分ける価値はないだろ。それ以前に、素直にお前が俺と報酬を分けるなんて信用できんな」

「分け前ならはずむぜ。オレが七であんたが三でどうだ?」

「半分でなければやらん」

「じゃあ。オレが六であんたが四」

 ウィルは立ち去ろうとする。

「ちょ、ちょっと待てって。半分ずつでいい」

 男は慌ててウィルを止めた。


 そこまでして誘ってくることにウィルは不審を抱いたが、危険な場所とはいえ薬草を取ってくるだけだ。

「わかった」

 二人でカウンターに行き手続きをする。書類の報酬分配比の欄は五対五とし、両者サインをしてギルドを出た。


「じゃあ、明朝出発ってことで。集合は山の入り口でいいな」

 ウィルの経験では、早ければ昼過ぎに帰って来られるのではないかと試算した。

「かまわん」

 ウィルが答えると男性は去って行った。


 家に戻ったウィル。

「スマン。明日の剣の稽古は中止にさせてくれ」

「どうして?」

「ギルドの仕事が入った」

「急な仕事なの?」

「そうだ。かなり割の良い仕事だ。朝から出かけるから、家の仕事はたのむ」

「お仕事ならしょうがないか」

 テオは残念そうだ。


「仕事を早くこなせれば、昼過ぎには終えられるかもしれん。そしたら剣の稽古をしよう」

「うん、わかった」

「別の仕事でもっといい仕事もあったんだがな」

「どんな仕事なの?」

「オッドアイのゴブリン退治だ」

「なんで受けなかったの? ウィルなら倒せるでしょ?」

 テオが純粋に聞いてくる。


「俺には無理だ」

「どうして?」

「オッドアイになるのは普通よりも魔力が高いからだ。ピークを過ぎた俺には敵わないだろう。それにランクも足りない」

「ウィルなら絶対に倒せるよ。『諦めたらその時点で負けになる』って言ってたじゃないか」

「ランクが足りないんだ。無理を言うな」


 仕事を受けられないのは自分のせいではない。ブロンズランクから上げてくれないのが悪い。ウィルは自分に言い聞かせようとするが、何かが心にひっかかり納得できない。テオに言った言葉が自分に返ってきて、心を締めつけられるような感じがした。


 翌朝。バックパックには薬草採取で使う道具一式と曲鉤を入れ家を出た。いつもの装備に加え、左腕にはバックラーが取りつけてある義手をあらかじめ装備している。


 山の入り口の前に来たが、まだ昨日の男は来ていない。町のほうを見ると人影がひとつ見えた。昨日の男が町のほうからゆっくりと歩いて来た。軽めの鎧を装備し、ロッドを持っている。魔法使いのようだ。


「オレはルインだ」

 男性は到着するなり言った。


「いちいち名乗るなんて律義だな。俺の名を知りたいのか?」

「いや、やめとく」

 それ以上、会話をすることなく、二人は山道をのぼり始めた。

 山を越え東の都会へと向かう広い山道から、山頂の方へ向かう細い道へと入っていく。


 トゥウィンクリウムは、日当たりと水はけの良い土手や山の斜面に生える。初夏から秋にかけて白・ピンク・オレンジなどの鮮やかな五弁の花を咲かせる。

 花弁は星のような形をしており、群生した花が太陽の光を受け風になびいているさまは、まるで星がキラキラと瞬いているように見えることから、トゥウィンクリウムと呼ばれるようになった。

 すべての部分に毒が含まれるが、精製することで薬になる。死に至る病にも効くと言われている。


 山の中腹から山道を外れ草原を進む。ここからはモンスターに遭遇する可能性が高くなる。


 しばらく進むと大型のムカデのモンスター、ブラックレッグが出現した。体は赤色で足が黒い。体長は小さいので一メートル、大きいものは二メートルを超える。肉食で好戦的な性格、動きは俊敏。毒牙をもっており、噛みつかれると危険だ。基本は単独行動で、群れで行動することはない。


 二メートルほどの一体のブラックレッグが、ヘビが鎌首をもたげるようにして二人に襲いかかってきた。

「出やがったな!」


 すかさずルインが小型の火の玉を連続で打ち込む。ブラックレッグの硬い甲羅のような外皮に弾かれ有効打にはなっていない。しかし、ブラックレッグはルインに近づけないでいる。


 ウィルは火の玉の間をすり抜けるようにしてブラックレッグに駆け寄ると、ブラックレッグの外皮の隙間を狙って剣を突き刺した。そして、そのまま横に切り裂いた。地面に倒れもがきうごめくブラックレッグの頭部に剣を突き立てた。


「オレの獲物を横取りするんじゃねえ」

 ルインがいら立たしげに言った。

「効いてなかったから、見かねて手が出た」

 ウィルは剣を鞘にしまいながら淡々と言った。


「あのあと、とびっきりのがあったんだよ」

「それは知らなかった。てっきり手こずっているのかと」

 ウィルが話し終える前にルインは舌打ちをして歩き出した。


 その後も、微妙な距離感の連携でモンスターを倒しながらウィルとルインは先へと進む。


 草木が生えていない場所に出た。少し進むと十メートルほどの大地の裂け目が行く手をふさぐ。裂け目には一本の木の橋が架かっているが、ボロボロでところどころ踏み板が割れている。はるか下の谷底には水が流れている。

 この橋の先が目的の薬草が自生する場所だ。


 橋を渡り終え茂みに入ろうとしたらルインが急に止まって言った。

「オレはここで待ってる」

「薬草が怖いのか?」


「ちげーよ。薬草を採るのはあんたに任せた」

「わざわざ報酬を折半してまで、俺を雑用係に使いたかったのか?」

「あんたが薬草を取っている間、オレはモンスターの見張りだよ。ここのモンスターは手強いからな」

「無駄だと思うが」

「早く取ってこいよ。無駄口たたいてる間に日が暮れるぞ」


 ウィルはため息をつくと茂みを下っていく。茂みを抜ければトゥウィンクリウムが群生しているところに出る。


 ここに出るモンスターはレッドファング。赤い二本の牙が特徴的な、この山だけに生息する固有のオオカミだ。群れで狩りをするので、こちらが単身で遭遇すると厄介だ。


 茂みを抜け開けた場所に出た。斜面には色とりどりのトゥウィンクリウムの花が咲いている。

 谷風が吹き抜け優しくウィルの頬をなでる。光を受けて花が揺らめく光景は、まるで緑のカーペットに星をばらまいたようだ。


 ウィルは義手を付け替え、モンスターを警戒することなく薬草の採取にとりかかった。


 少し時間をかけて吟味して採取した。依頼では麻袋一袋分でよかったが、一袋分採取したあと、場所を変えてもう一袋分採取した。義手をバックラーの方に戻し、採取した薬草のうち一袋はバックパックに入れ、もう一袋は手に持つ。


 採取を終え戻るとルインがいない。

 橋の方へ向かうと、煙のようなものが立ち上っているのが見えた。さらに近づくと火も見えた。裂け目に架かる木の橋が勢いよく燃えている。


 ウィルが橋のすぐ近くまで来ると、獣の断末魔のような音をたてて橋が谷底へ崩れ落ちていった。向こう側にはルインがにやけた顔で仁王立ちしている。


「三十過ぎて、ブロンズランクでくすぶってるみっともねえおっさん。ここでくたばったほうがみんなのためなんだよ。依頼はこっちで完了させておくんで、それをこっちに投げてくれ」

 ルインはウィルを小馬鹿にするような口調で言った。


「……そうだな。お前の言うとおりだ」

 ウィルは足元に落ちている握りこぶしくらいの石を二つ麻袋に入れると、ルインのいるほうに投げた。


「物わかりがいいじゃねえか」

 ルインは麻袋を拾って中身を確認した。

「満足したか?」


「これであんたが死んでみんなハッピーってわけだ。オレは報酬をいただいた上に、隻腕の疫病神を仕留めた英雄としてランクアップ間違いなし。せいぜいモンスターにいたぶられて死ね」

 ルインは言い捨てて去っていった。


 ルインが見えなくなると、ウィルは黙って北西へと進む。


 レッドファングは意味もなく人を襲うことはほぼない。薄明薄暮性であり、日中は無闇に縄張りに入ったり、寝床を邪魔したりするようなことさえしなければ無害といってもいいくらいだ。

 レッドファングの寝床や縄張りもわからないバカな冒険者が、うかつに入り込んで襲われるのがほとんどだ。


 ウィルは縄張りにしていそうな茂みを避け草原を進む。

 獣道も使わない。嗅覚の優れるレッドファングはニオイで獲物を見つけるので、動物が通った獣道を使うと万が一遭遇して襲われるリスクがあるからだ。


 開けた場所をしばらく進んでいると、ウィルは急に足を止めた。

「こんなところで……今日はツイてねえな」

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