第9話 冒険者ギルド
翌日。冒険者ギルドまで来たウィルとテオ、それにバディ。
ギルドを前にウィルは立ち止まった。
テオは初めて来る場所なので緊張した表情だ。テオの緊張を感じ取っているのか、ギルドから漂ってくる何かを感じ取っているからなのか、バディもしっぽが垂れている。
「入るぞ」
ウィルが言うと、テオはひとつ深呼吸をした。
ウィルはギルドのドアを開け中に入る。テオとバディも続く。ギルドの中にいた冒険者たちはウィルたちの方を見ると、ひそひそと話を始めた。
ウィルは冒険者たちを無視して奥のカウンターまで行くと、受付の女性に話しかけた。
「親方はいるか?」
「二階の事務室にいるので呼んできます」
と女性は言うと、カウンターの横にある階段を登っていった。
ギルド内が一瞬、静かになったかと思うと、冒険者たちが大声で話しだした。
「なんだあのガキ。ヒョロヒョロでみすぼらしいヤツだな」
「エルフっぽいけど、ちょっと違うな」
「ありゃハーフエルフだぜ、きっと」
「服も薄汚いし、どうりで汚らしいヤツだと思ったぜ」
「あのチビイヌも、雑種の汚えヤツだ」
「汚えハーフエルフに、汚えイヌ。隻腕の疫病神が連れて歩くにはお似合いだ」
冒険者たちがゲラゲラと笑った。
ウィルは後ろから聞こえてくる会話など気にすることなく黙って立っている。テオも黙って立っている。
二階からバタンとドアの閉まる音がした。さっきまで笑っていた冒険者たちが急に静かになった。
吹き抜けから見える二階の廊下には、大柄の男が立っている。ギルド長のコンラッドだ。ゆっくり階段を下りてくる。
コンラッドはカウンターの前に立つウィルを見ると、笑顔で近づいてきた。
「元気でやってるか?」
「まあ、なんとか」
「今日は何の用だ?」
「訳あって、今、一緒に暮らしてるんだが」
ウィルはテオとバディを指して言った。
「こんにちは」
テオはモジモジしながら言った。
「ゆくゆくは冒険者になりたいって言うんで、道具とか本を貸してもらえないかと」
「そうか。ここで話すのも何だから、私の事務室で話を聞こう」
「イヌもいるがいいのか?」
「構わんさ」
コンラッドは笑顔で親指を立てた。
ウィルたちはカウンターの端から奥へ通してもらい、コンラッドの後に続いて二階へ上がった。
ギルド長の執務室の奥には執務机が置かれ、その手前には四人掛けの簡易の応接テーブルがある。
左側の壁一面の本棚には本がぎっしりと収まっている。右側の壁の上の方には、歴代のギルド長と思われる肖像画が並んでいる。
コンラッドに応接テーブルの方へ座るよう促され、ウィルとテオは腰掛けた。バディはテオのすぐそばに座った。
コンラッドはウィルの正面に座ると、テオに向かって話を始めた。
「私は冒険者ギルド『シルバー・ライニング』のギルド長、コンラッドだ。皆からは親方と呼ばれているので、親方と呼んでもらって構わない」
テオはうなずいた。コンラッドはテオに一つずつ丁寧に聞いていく。
「名前は?」
「テオ。十三歳です」
「どうして冒険者になりたいんだ?」
「強くなりたいです」
「どうして強くなりたいんだ?」
「それは……」
「この人なら全部話しても大丈夫だ。それに、冒険者になりたいんだろ。自分の口で説明しろ」
ウィルに促されたテオは、母親のこと、父親のこと、これまでのいきさつを自分のペースで話した。
話を聞いたコンラッドは、テオに優しく話しかける。
「君の熱意は伝わった。君に道具一式貸すことを許可する」
「ありがとうございます」
「ギルドのことでわからないことや困ったことがあったら、いつでも来てくれ。その代わり、まだ正式なギルドの構成員ではないので、君を特別扱いすることはできないが」
コンラッドは気さくな雰囲気でテオに言った。
「気持ちだけで十分だ」
ウィルが礼を言った。
「ここに出入りするにあたって、私から君に言っておかなければいけないことがある」
コンラッドは改まって話し始めた。
「どんな人が親で、どこで生まれたとしても、一人の人間として平等に尊厳があるのはわかっている。頭ではわかっているのだが、人というものはバイアスを通して物事を見てしまう。そこに悪気はないんだ。しかし、結果として誰かが傷ついてしまうことがある。もしこの町で君が傷つくようなことがあったのなら、私から謝らせてくれ。スマン」
「い、いえ。親方さんは悪くないです」
「こんな小さな町で、代わり映えのしない毎日かもしれない。でも私は、幻想はもっていないが、希望はもっている。少しでもいい町になればと思いながら、ギルド長をやらせてもらっている」
コンラッドは一呼吸おく。
「私にも両親がいない。冒険者として軌道に乗る前の十八歳のときだった。両親は町で起きた火事に巻き込まれ、逃げ切れず亡くなった」
ウィルはコンラッドの生い立ちを初めて聞いた。コンラッドは語りかけるように続ける。
「私が言える立場ではないかもしれないが……。心が悲しみや憎しみでいっぱいのときに亡くなった人のことを思うと、悲しい顔をしている姿しか見えないんじゃないか? それは、その人たちが本当に悲しんでいるからそう見えるんだろう。つらいかもしれないけど、前を向いて歩んでほしいと思ってるんじゃないのかな」
テオの目は真剣だ。でも、どこか悲しさも感じられる。コンラッドはテオにやさしく語りかける。
「その証拠に、前を向いて頑張っているときに亡くなった人のことを思うと、笑顔で励ましてくれる姿が見える。だから頑張れる。それだけを心の糧にして私は頑張ってきた。君にもきっとできるはずだ。同じ人として、私と君に特別な差はない」
コンラッドは恵まれた体格をいかして、順分満帆な人生を歩んできていたとウィルは勝手に思いこんでいた。誰しもが悩みや苦労を抱えながら生きている。冒険者として成功し、ギルド長を任されるまでになった人でも例外はない。
自分だけが不遇な目に遭い苦労していると思っていた視野の狭さに、ウィルは今さらながら気づいた。
木製の剣・盾・兜。革に薄い鉄のプレートを貼っただけの胸当て・小手・すね当て。冒険者になるための知識や心得が書かれた本。これら一式を借りてウィルたちはギルドを後にした。
一式が入った麻袋をテオが肩に背負って歩く。
「親方さんて、やさしくていい人だね」
「そうだな。皆、頼りにしている」
「自分だけじゃなくて、周りの人のことも考えられるなんてすごいね」
ウィルはテオの言葉を聞き、はっとした。
「俺じゃなく、親方みたいな冒険者を目指すんだぞ」
ウィルは、つらく苦しいのは自分だけだと自分で憐れみ、周りの人たちのことなど考えてこなかった。
以前、声をかけてきた薬草調合師のロアという人も、彼女なりの苦労があり、彼女なりの考えがあったのかもしれない。
今度、町で会ったら何と声をかけたらいいのか。声をかけられたらどう答えたらいいのか。ウィルは心配が頭をよぎった。
いや、他の町の人と同様に、もう自分のことなど嫌っているはずだから、二度と声などかけて来ないだろう。
ムダな心配はしなくてもいい。これまでどおりでいい。町の人たちがコンラッドのようになることはないのだから。ウィルは考えるのをやめた。
はやる気持ちを抑えきれないテオは、町を出ると武器や鎧を装備したいと言いだした。借り物だが、初めての自分専用の武具がうれしいのだろう。
いつもなら面倒くさがって「家に帰るまでガマンしろ」と頭ごなしに言っていたかもしれないが、今のウィルにはそんな気がわいてこなかった。
ウィルはテオがやる気のあるうちにと思い、道端で装備のつけ方を教えた。
暖かさが残る夕暮れの中、武具一式を装備したテオは、バディを従え剣を振りながら上機嫌で家まで帰った。