サジタリウス未来商会と「希望の断片」
祐也という大学生がいた。
20歳を迎えたばかりで、将来への希望と不安が入り混じる年齢だ。
「大学を出て、どんな仕事に就けばいいんだろう……」
彼は、自分が何をしたいのか、何に向いているのかが分からないまま、周囲に流されるように学生生活を送っていた。
親は「安定した仕事に就きなさい」と言い、友人たちは起業や海外留学の夢を語るが、祐也はどれも自分にしっくりこなかった。
「俺にできることなんて、何もないんじゃないか……」
そんな思いを抱えながら、深夜の散歩に出たある夜、祐也は奇妙な屋台を見つけた。
それは、閑散とした商店街の一角にぽつんと明かりを灯す小さな屋台だった。
古びた木製の看板には、手書きでこう書かれている。
「サジタリウス未来商会」
「未来商会……?」
祐也は何気なくその屋台に足を向けた。
奥には、白髪交じりの髪と長い顎ひげを持つ痩せた初老の男が座っていた。
その男は祐也を見ると、穏やかな微笑みを浮かべながら声をかけた。
「いらっしゃいませ、祐也さん。今日はどんな未来をお求めですか?」
「俺の名前を知ってるんですか?」
「もちろんです。そして、あなたが求めているものも分かっていますよ」
男――ドクトル・サジタリウスは、懐から奇妙な装置を取り出した。
それは、まるで万華鏡のような形状をしていた。金属の筒の先端には透明なレンズがついており、中を覗くと光の断片が渦を巻いているように見える。
「これは『未来の断片鏡』です」
「未来の断片鏡?」
「はい。この装置を使えば、あなたの未来に起こりうる出来事の断片を覗き見ることができます。完全な未来ではなく、あくまで『可能性』の一部ですが、それがあなたの選択のヒントになるかもしれません」
祐也は半信半疑だったが、将来への不安を少しでも解消したいという思いから装置を購入した。
「未来の可能性が見える……それで俺がやるべきことが分かるのかな」
サジタリウスは微笑みながら頷いた。
「それは、あなた次第ですよ」
帰宅した祐也は、早速装置を試してみた。
筒の中を覗くと、渦巻く光の中に映像が浮かび上がった。
そこには、祐也が立派なスーツを着て大企業の会議室で発言している姿があった。
周囲の同僚たちが彼の言葉に頷いており、自信に満ちた表情が印象的だった。
「俺がこんな風になるのか……」
次に映し出されたのは、海辺のカフェで珈琲を淹れている祐也だった。
カフェのオーナーらしい彼は、穏やかな笑顔で客と談笑している。
「まさか、俺がこんな暮らしをする可能性もあるのか」
さらに覗き込むと、今度はどこかの国の街角で人々に話しかけている祐也が見えた。
その光景は、彼が国際的な活動をしていることを示唆しているようだった。
祐也は装置をのぞき続け、次々と現れる未来の可能性に圧倒されていた。
だが、映像が続くうちに奇妙なことに気づいた。
どの未来の祐也も、一見幸せそうに見えるが、その中にどこか孤独の影が見え隠れしているのだ。
大企業で働く祐也は、会議室を出た後、一人で食事をしている。
カフェのオーナーの祐也は、閉店後にため息をつきながら売り上げの帳簿を眺めている。
海外で活動する祐也は、言葉が通じずに悩む姿が映し出されていた。
「これが俺の未来なのか……?」
数日後、祐也は再びサジタリウスの屋台を訪れた。
「ドクトル・サジタリウス、この装置は確かに未来の可能性を見せてくれました。でも、どれも中途半端で、俺が本当に選ぶべき道が分からないんです」
サジタリウスは静かに頷き、答えた。
「未来はあくまで可能性の集合体です。それらのどれを選ぶかは、あなた自身が決めるべきことなのです」
「でも、どの道を選んでも完璧にはなれないような気がして……」
「その通り。どんな未来にも欠けた部分や孤独はつきものです。しかし、それをどう埋めるかが、あなた自身の生き方を形作るのです」
祐也はしばらく考え込んだ。
「つまり、未来は完璧じゃなくていいってことですか?」
サジタリウスは微笑んだ。
「未来に完璧を求めるのではなく、不完全なままでも充実感を見つける。それが、あなたの役割ではないでしょうか」
その日から、祐也は装置をしまい込み、代わりに自分の身近なことに目を向け始めた。
大学の授業に真剣に取り組み、サークル活動では積極的に意見を出すようになった。
完璧な未来を探すのではなく、「今できること」を大切にするようになったのだ。
ある日、サークルの後輩からこんな言葉をかけられた。
「祐也さんって、いつも自分の道をちゃんと考えていて、すごく頼りになりますね」
祐也は少し照れくさそうに笑いながら、ふとつぶやいた。
「未来の可能性より、今の一歩を大事にする方が、意外と良い未来が来るのかもな」
サジタリウスは新たな客を迎えるため、屋台を片付けながら、どこか満足げに微笑んでいた。
【完】