表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
奴隷の王様  作者: 本郷
6/36

第1部 6

 

 アランは高級住宅街を歩いていた。


 ゴミ一つ落ちていない綺麗に舗装された道路。周囲の家々は、どれも大きく、その外観は趣向を凝らせたものが多かった。いかにもお金をかけていることを強調している建物ばかりである。


 どの家にも門番が立っており、一挙手一投足を見逃すまいと目を光らせている。


 さすが多くの大金持ちが住むエリアである。


 アランとエマは、ニーナと今後の話をするために、彼女の家に向かっていた。


 ニーナの家は、この高級住宅街の中においても、裕福な者が住まうエリアに建てられており、それは彼女が資産家であることを物語っていた。貴族であるニーナの家がわお金持ちであることは当然であると思われがちたが、実際はそうではない。貴族であっても貧乏で、このエリアに住めない者もいる。


 アランは、そんな金持ちの住むエリアを歩きながら、昨日のことを思い出した。


 先日、アランはニーナと初めて出会い、出会ったその日に意気投合した。しかし、互いに思いが高ぶりすぎて、建設的な話ができなかった。そのため、ニーナの家で後日改めて会うことになったのだった。


 アランは自身が宿泊している宿屋の、何倍もの広さをほこる邸宅の前で立ち止まる。


 門番がこちらを睨んできた。


「すいません。ニーナに用があるのですが」


 怖いよ。怖いですよ。アランがニーナの名前を口にした途端、門番の目つきはさらに厳しくなった。


 武装した人間がそんな顔を向けちゃいけません、帯剣していれば、思わず剣の柄に手をかけたくなるほどの、殺気が門番から放たれていた。


「話は聞いております。こちらへどうぞ」


(聞いているんかい!)


 アランは思わず心の中でツッコミを入れた。


 話を聞いているということは、アランとエマが、ニーナの客人であることは理解しているはずだ。それなのに門番のまるで敵を睨みつけるような態度に、アランは目を丸くする。




 門番に連れられて、邸宅の中へ入る。中の調度品は洗練され、この家がいかに裕福であるかを証明していた。


「こちらです」


 門番がとある部屋の前で立ち止まり、彼に促されるままにその部屋へと入った。


 テーブルを挟んでソファが置いてある。これまで歩いてきた廊下とは異なり、中はシンプルな内装であった。門番からソファにかけて待つように言われる。




 待つように言われてから十分ほど待つが何の音沙汰もない。


 はて、約束していた時間通りのはずだが。

 

 不思議に思っていると、部屋の扉が無遠慮に開かれた。

 

 室内に甲高いヒールの音を響かせて入ってきたのは、五十代前後のマダムだった。


 銀色の髪をミディアムくらいの長さで切り揃え、黒の衣装を纏ったその姿は、オーラも相まってなんとも気が強そうだ。


 マダムは部屋に入るなり、不躾にアランとエマの対面のソファに腰を下ろした。


「あなたがニーナのお友達?」


 なぜだろうか。アランはこのマダムの言い方に、とても腹が立った。


 嘲笑、侮蔑、そして警戒の入り混じった声色に、自分の顔が強張っていくことが分かる。


「友達と言いますか•••。仲間ですかね」


 アランとニーナは友達ではないだろう。それなら2人を表す関係性は何なのか。強いて言えば同じ志を持つ仲間だろう。


「仲間ねぇ•••」


 マダムはの言葉にはやはり何らかの含みがあった。薄ら笑いが実に腹立たしい。


「申し訳ありません、マダム。私はニーナとお約束していたのですが、どのようなご用件でしょうか?」



 マダムはすぐには答えずにソファの背もたれに体を預ける。そして、まるで命令するかのようにアランへ言葉を投げかけた。


「ニーナに近づかないでくださる」


「は?」


 危ない。危ない。思わず素が出てしまい、表情を引き締める。


「ゴホッん」


 マダムは咳払することで、場を仕切り直してから、先程の言葉を続けた。


「あなた方がニーナに近づいた目的は大体想像ができます。当家のお金か地位を利用しようとしたのでしょう」


 マダムがこちらを凄まじい形相で睨む。


 なるほど、そうだったのか。このマダムの言葉を受けて、門番やマダムが自分に敵意を剥き出しにしていた理由を理解した。


「魔人の権利保障?そんなものは、酔狂なあの子以外は考えません!本当の目的を言いなさい」


 (酔狂ね・・・)


 魔人の権利保障を謳うことが、この街で、いやこの世界でどのような印象を持たれるのかを、アランは改めて認識する。


 そして、そんな中でも己が信念を貫いているニーナを改めて尊敬した。


 室温が数度下がったかのように思える雰囲気の中、アランが口を開こうとしたその時、扉がまたしても勢いよく開かれた。


 「お義母様!」


 室内に芯の入った声が響く。目を向けるとそこにはニーナがいた。


「お義母様、私の客人でございます」


 ニーナはそれ以外言葉を発しなかった。


 しかし、それを聞いたマダムは大きくため息をつく。

 

 そして、アランとエマをひと睨みすると、ニーナが開けた扉から出ていった。


 去る際にニーナへ何か呟いたようではあったが、アランの耳には届かなかった。






「申し訳ありません」


 マダムが退出した後、ニーナはソファに腰を下ろした。


「お義母様が失礼なことをしました」


「いや、失礼だなんて・・・」


 アランは乾いた笑いを浮かべる。


 本当に失礼なおばさんであった。横にいたエマなんて視線だけで人を殺せそうな表情をしていた。


「ニーナこそ、あんなのがいると大変でしょ」


 その言葉にニーナは苦笑を浮かべる。


「お義母様も、ぴりついているのですよ」


「それはまたどうして」


 ニーナは少し目を伏せがちにしながら話す。


「実は我が家は、後継者争いの最中でして」


 その情報はエマから聞いて知っていたが、アランは口を挟まずに続きを促した。


「私は一ヶ月前、亡き義父よりこの家の財も権力も相続しました。しかし、この相続は議会の承認が下りるまで正式なものではありません」


 ニーナは早口であるが、聞こえやいす声で説明する。


「どうやって相続を証明するんだ?」


「遺言書があります。義父は私に全てを託すと記した遺言書を残しました」


「なら何の問題もないのでは?」


「普通ならそうなのですが、それを面白いと思わない人が多くいます。いや、ほとんどの人がそう思っているかもしれません。貴族の世襲は、この街の議会に認められることで決まります。遺言書があれば問題ないのですが、もしなければ、お義母様の息子のビッコがこの家の当主に認められるでしょう」


 アランは少し驚く。そんなことになっていたとは。


「そんなにビッコってやつが有能なのか?」


「ビッコが有能というよりは、多くの方は、私を当主にしたくないのですよ。魔族の権利保障を声高に叫ぶ私を」


 ニーナの説明にアランは苦い顔をしながら納得した。


「でも遺言書はある。それなら次の議会で、ニーナは当主として正式に認められるのだろう?」


「そうだといいのですが・・・」


 ニーナは含みのある言い方でさらに話を続ける。


「お義母様が私の遺言書を奪おうとしているのです。幸いにもまだ見つかってはいませんが」


「そんな理不尽なことが認められるのか?」


「議員の多くは、お義母様の味方です。強引に押し通すつもりでしょう。それに、こんな短期間に重要な書類を紛失するということは、それだけで当主の資格がないとみなされます」


 アランはニーナの顔を見た。しかし、彼女の目はしっかりと先を見据えていた。


「次の議会まで一ヶ月、必ず守りきります」


 ニーナは力強く言い切ったのであった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ