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奴隷の王様  作者: 本郷
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第1部 5


 翌日、アランはニーナのもとへ向かっていた。


 彼女は街の大広場で演説をしているらしい。


 熱心なことだ。エマが調べた情報によると、ニーナは時間さえあれば人々の前に立ち、魔人の権利保障を呼びかけている。


 よほど高い熱量がなければ、出来ることでない。一体何が彼女をそこまで突き動かすのか、非常に興味があった。



 大広場へ向かって歩く。中央に位置する大広間まではそれなりの距離がある。その間にも何人もの奴隷とすれ違い目を背けたくなった。しかし、目を向けないなんてことはできない。現実をしっかりと瞼に焼き付ける必要があった。


 魔人に対しての悪意が、敵意が、まだ多くの人間の中に残っていることを実感させられる。


 

 街の中心部に近づくにつれて、人の数が徐々に増えていく。小さな子供から老人まで多様な人間が街を歩いていた。そんな人混みを進みながら中央の大広場に到着した。そこは多くの出店と人で活気に溢れている。


 魔人と人間の戦争が終結してら五年以上経過した今では、暗い雰囲気など微塵も感じさせないような明るさが、そこにはあった。


 その広場をぐるりと見渡してニーナを探す。



「いた」


 探していた人物はすぐに見つかった。広場の隅で何やら演説をしている。


 アランは人をかき分けながら近づいた。


「私たちは今一度考え直さなければなりません」


 ニーナの声が耳に届く。


「魔人と人間に大きな違いはありません。確かに、一時は争いました。しかし、戦争は終わりました。私たちは互いに手を取り合えるはずです」


 ニーナの演説を、ある者は最初から何も聞こえなかったかのように前を素通りし、ある者は侮蔑の視線を向けて前を通り過ぎる。


 賑わいのある広場ではあったが、ニーナの周りだけは空気が死んでいた。


 そんな雰囲気の中でもニーナはめげずに声を上げていた。こんな空気の中で話し続けることは大変だろう。しんどいだろう。辛いだろう。しかし、ニーナは訴え続ける。


 アランは自然と拳を力強く握っていた。いつ以来であっただろうか、ここまで誰かを尊敬できたのは。


 周囲に誰も賛同者がいないどころか、侮蔑までする者がいる中で、それでもなお、ここまで強く立っていられる人を、アランは数える程しか知らない。


 アランの握られた拳に、エマがやさしく触れる。彼女も同じ気持ちなのなのだろう。


 アランとエマはニーナの演説が終わるまで、その場に立ち、ニーナの話に耳を傾けるのであった。



 三十分後。ニーナは別の者に追い出されるかのように演説を終えた。あの場所は、誰もが使用できるスペースだったようで、次の者がニーナを押しのけてすぐに演説を開始する。その者はこの街の政治体制に不満があるようで、その改革を訴えていた。


 ニーナが疲れた顔をして、その場から立ち去ろうとする。アラン咄嗟に歩き出していた。人混みを掻き分け進む。


「すいません。少しお話しをしたいのですが」


 話しかけられた当人は、突然のことに目をぱちくりとさせた。


 綺麗なアメジスト色の瞳がこちらを見つめてくる。


「私ですか?」


「はい。私も魔人の権利保障に興味があって」


 ニーナの目が大きく開かれる。


「本当ですか!」


 ニーナはアランの手を掴み、満面の笑みを浮かべた。


「ええ、出来ればお話をしたいのですが、ご都合のよろしい時はありますか?」


 アランの提案にニーナは大きく頷く。


「今からでも大丈夫です」


 ニーナはアランの手を掴んで歩き出した。


「ちょ、ニーナさん、待ってください」


 突然の出来事に驚いて、思わず手を振り解いてしまった。


「あ、ごめんなさい。急に迷惑でしたよね」


 目を伏せて、しゅんとした表情のニーナは、まるで捨てられた子犬のようだった。


 なんだかとても悪いことをしたような気分だ。


 焦ったアランはニーナの前に歩み出た。


「大丈夫ですよ。さあ、行きましょう、ニーナさん」


 その行動にニーナは小さく笑った。


 「ニーナとお呼びください。あと、敬語も不要です」


 ニーナの注文に、顔を少し引きつらせるも、先程の、打ち捨てられた子犬のような顔を思い出し、渋々承諾するのだった。





 アランとエマ、そしてニーナは大広場から移動して、近くの喫茶店に入った。


 四人掛けのテーブルにアランとエマが並んで座り、その対面にニーナが腰を下ろした。


 三人とも紅茶を注文し、飲み物が来るまでに自己紹介をした。ちなみにアランは偽装した身分である商人と名乗った。


 紅茶が三人の前に運ばれ、それぞれが口をつけ、一息つく。


「すまないな、時間をもらって」


 口火をきったのはアランだった。


 アランの謝罪に、ニーナは「構いませんよ」と言いながら、顔の前で手をぶんぶんと振る。


 アランはその仕草を見て笑い、続きの言葉を口にした。


「俺があなたに話しかけたのは、是非とも協力したい、いや協力して欲しいと考えたからだ」


「協力ですか?」


 ニーナの体が少し前のりになる。


「ええ、協力です。俺も魔人の権利のために何か出来ればと思っております」


 アランは言い終わると、前に置かれてい紅茶で口を潤した。


 ニーナの反応を待つが何もない。


 不思議に思って、紅茶からニーナの顔に視線を向けると、彼女は一筋の涙を流していた。


「え、大丈夫?」


「すいません。嬉しくてつい」


 ニーナは手の甲で涙を拭った。


「今まで誰も理解してもらえなかったから」


 ニーナは自らの思いを吐露した。


 「周りの誰も、私の考えに賛同してくれなくて。親も私の考えはおかしいと言いました。しかし、それでも私は自分の中にあるこの思い、この気持ちが間違っているとは思いません」


 ニーナは言い切った後にはっとする。


「すいません。今日会ったばかりの方にこんなこと」


 アランは何も言わずににニーナの顔を見つめる。


「•••」


 沈黙が二人の間に舞い降りる。それを破ったのはエマだった。


「あなたは立派だと思います。ニーナに救われた魔人は、たくさんいるでしょう。自信を持ってください。あなたは素晴らしい」


 エマの言葉にアランは大きく首を縦に振る。アランの心は、込み上げてくる熱さで震えていた。


「もしよかったら聞かせてもらえるかな?ニーナがなぜ魔人のために動くのか」


 アランの問いかけにニーナは自らの過去を話してくれた。


 ニーナは語る。魔人に助けられた過去を。たったそれだけの事と言えば、そうかも知れない。しかし、彼女とってはそれがとてつもなく大きなことだったらしい。


 時間にして十分ほどであろうか。ニーナの話を聞き終えたアランはこれまで魔人のために動いてくれたニーナに、最大級の感謝を伝えるのであった。


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