第3部 36
アランとニーナが、貧民街の改善に取組始めてから、一年が経過した。
(時が経つのは早いものだ)
アランはカップに注がれたコーヒーに口をつけながら、これまでの出来事を思い出していた。
目の前では同じくニーナも、コーヒーを飲みながら考え事をしている。
もしかしたら、同じように、この一年間の出来事に、思いを馳せているのかもしれない。
食糧の提供、紙製造工場の建設。雇用創出。その結果、貧民街は昔に比べて、見違えるほど良くなった。
言葉にすると簡単に思えるが、苦労の連続であった。
特にガドに至っては、多忙が原因で、血尿が出たほどだ。
しかし、頑張りは報われ、貧民街の状況を大きく改善することができた。
また、コニン商会の紙の売上も順調で、街に税として落とすお金も多くなっていた。
怒涛の一年が経過して、やっと最近落ち着けるようになった。
こうやってゆっくとコーヒを飲んだのも、いつぶりであろうか。
だが、そんな平和な時間も長くは続かなかった。
チャリン!
来客を告げる鐘がなる。今日は面会の約束はなかったはずだ。アランは嫌な予感がしながら、来訪者を出迎えるべく玄関へ向かい、扉を開けた。
「こちらはニーナ・ウォーカー様のご自宅で、お間違いないでしょうか?」
どこかで見たことがある老人であった。記憶の中から、懸命に目の前の老人の顔を探す。
「あ!確か・・・グスターヴに仕えている執事の方でしょうか?」
「覚えて頂いて光栄でございます」
恭しく礼をする様は、まさしく執事そのものであった。
「何か用ですか?」
わざわざ自宅を訪ねてきたということは、何か用があることは予測できた。だが、アランはあえて目の前の執事に尋ねた。
「実は旦那様が、二人とお食事がしたいということでして」
二人というのは、言うまでもなくアランとニーナのことであろう。
アランもニーナもグスターヴとは、楽しくディナーをするような間柄ではない。ということは、十中八九なにか重要なことを、話したいのだろう。
やっと落ち着きを取り戻した日々が、また忙しなくなる予感がしつつも、アランは食事の誘いを受けることにした。
数日後の夜、アランとニーナはグスターヴ宅を訪れていた。さすがはこの街の大物議員である。部屋の調度品は、超一流のもので揃えられており、コーディネートも完璧であった。
二人が部屋に入ると、既にグスターヴはテーブルについていた。
「よく来たな」
軽いあいさつとともに二人を迎え、座るように促す。
席に座ると、料理が運ばれてきた。
テーブルの上に並んだ料理はどれも一流で、この家がどれだけの財を持っているのかが分かった。
そんな一流料理に舌鼓をうちつつ、アランは呼び出しの理由を尋ねた。
「それでわざわざ呼び出しておいて、何のようだ?」
「風情のないやつだな。少しは食事を楽しまんか」
「俺たちはそんな間柄か?」
「確かにそれもそうだな」
グスターヴは口からため息を吐き出して、フォークとナイフをテーブルに置く。
「お前たちを呼び出したのは、王子からの招待を代わってほしかったからだ」
「招待?」
「そうだ。毎年各街の有力者を集めたパーティが、王家所有の別邸で開かれる。この街では何名かの者に順々に招待がかかるが、今年は私だった。だが、あいにく都合がつかなくてな」
ここから王都まで往復で二週間かかる。それに滞在期間を加えると、相当な時間が必要になる。
「だから私の代わりに、お前達に参加して欲しい。他の議員に譲るのは癪だしな。もちろん、お前らにも王都の大物と交流を持つことができる、チャンスでもある」
アランにとってグスターヴの提案は、非常に良いものであった。ニーナに王都の雰囲気や政策を体験してもらうことができるし、有力者と繋がりができるかもしれない。
確かに時間は取られるが、ガドがいればアランのニーナが不在であっても、何とかしてくれるであろう。
横にいるニーナを見る。すると彼女もアランの考えを察したのか頷いた。
「分かりました。その話を受けましょう」
その返答に、満足そうに頷くグスターヴであった。
一ヶ月後。
アランとニーナは、一台の馬車に乗っていた。
二人とも何度も発生するある現象に、辟易としていた。
そんな二人にお構いなく、再びその現象は発生する。
「盗賊だ!」
行者の声が馬車内に響き、二人はまた大きなため息をつく。
サクセスの街を出てから六日目。これで襲われるのは一体何度目であろうか。
街を出た初日。出発には最適な快晴の空に、アランはこの旅が良いものになる予感がした。予感がしたのだ・・・しかし、そんな予感は早々に外れることになる。
出発して暫くすると、盗賊の一団が、アラン達に襲いかかってきたのだ。
馬車を守っていた護衛は、その盗賊を蹴散らすも、何度も何回も何日も、朝も夜もなく、盗賊は襲いかかってくる。
一度アランが護衛に混じり、盗賊を生け取りにして、尋問した。すると、どうやらこの馬車を襲撃するように依頼されたとのことであった。
誰だそんな迷惑な依頼を出したのは。そんな依頼を出すような人物に心あたりが全く無かった。
アラン達が王都へ行くことを阻止したところで、そいつに何のメリットがあると言うのだ。
アランは隠れて同行しているエマに、情報収集を依頼するが、王都で誰かが裏組織を通じて依頼していることしか、分からなかった。
アランはともかく、ニーナは慣れない旅に、度重なる盗賊の襲撃で、疲労が溜まっているように見えた。
だがそれもあと少し、王都まであと数時間という距離まできていた。
アランは戦闘中の護衛に加勢するために、馬車の外へ飛び出そうと扉を開ける。
「頑張って下さい」
ニーナの疲れを感じさせる声に後押しされながら、アランは外に群がるに賊に襲いかかった。
その後、十分足らずで盗賊を返り討ちにして、休む間もなく王都を目指す。流石に王都周辺にまで行けば盗賊も襲ってこれないはずだ。
アランの考えは正しく、その後の襲撃はなかった。
二人は貴人専用の門から王都に入り、そのまま王家が用意してくれた宿に入った。
この宿が襲撃されることはあるまい。もし、ここが襲撃されるとすれば、この国の権威が失墜した時である。
アランの計画では王都を見て回る予定ではあった。だが、ニーナの様子を見るに、部屋で休んだ方がいいだろう。
その日は大人しく休息をとった。




