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奴隷の王様  作者: 本郷
34/36

第2部 34


 エマはファテイスト家を訪れていた。


 事前の約束はしていなかったが、予想通り面会してくれた。


 煌びやかに装飾された部屋で、エマとコニンは、当主であるスクタフ・ファテイストと対面した。


 スクタフの左右と後ろには護衛が立っており、物々しい雰囲気だ。また、天井裏や廊下にも兵士が立っていて、いつでもエマ達を取り押さえられるような布陣である。


 当のスクタフは、どこか落ち着かない様子で、こちらを見ていた。


 彼は心穏やかではないだろう。なぜなら、エマは彼の関わりのある裏組織を一つ潰した。加えて、この街の裏情報を知り尽くしている魔人奴隷のダンも、行方不明だからだ。


「本日はお目にかかれて光栄です」


 本来であれば交渉ごとはコニンの領分だ。しかし、どうしても最初だけは、エマがスクタフと直接話したかった。


「私は忙しい。手短に頼むぞ」


 忙しいなら会わなければいい。それなのに面会を断らなかったのは、やはりこちらの動きが気になるのだろう。


「はい、今日はお見せしたいものがあり、参上しました」


 エマは懐から封筒を取り出すと、机の上に置く。側にいた護衛がそれを取り、怪しいところがないか確認してから、スクタフに渡した。


 彼はそれをゆっくりとした動作で、開封する。封筒の中には、三枚の用紙が入っていた。それを上から順に、読んでいっている。


 一枚目を読んで、こちらを睨んだ。二枚目を読んで、彼の顔が青ざめた。三枚目を読んで、表情を失った。


 スクタフが内容を確認し終えてから、数十秒間、無言の時間が経過した。


 誰も何も喋らない。話さない。音を立てることすらしない。まるでこの沈黙を破ることが罪であるかのような空気が、室内には漂っていた。


 そんな雰囲気を打ち破ったのはエマだった。


「どうですか」


 様々な解釈が可能なその言葉に、スクタフは搾り出すように返答した。


「お前がダンをやったのか?」


「それはどうでしょう。ただ、そこに記載されていることが全てです」


 二人の視線が交わる。最終的に根負けしたのはスクタフだった。


 彼はため息をついて、背もたれに体を預ける。


「何が望みだ」


 ドスの聞いた声でこちらに尋ねてくる。虚勢を張っていることは明らかだった。


「私達が紙の販路拡大のために、交渉に来ていることは知っているでしょ。妨害を止めることはもちろん、カーラとビッコの追放と、こちらへの全面協力」


「協力とは?」


「我々の指示に全て従うこと」


「そ、それは」


 バン!


 エマは身を乗り出し、机を手のひらで叩いた。その行動に、周囲の者がスクタフを守ろうと武器を構える。


「あなたに選択肢はない。もしも、断るなら・・・」


 目線を先程の用紙に向ける。全て暴露するぞ、と暗に脅しをかけた。


 スクタフは目を瞑り、考える様子を見せる。そして、大きくため息をついた後、エマの提案を受け入れるのだった。


 その後はエマに変わってコニンが話をした。スクタフと商売に関する具体的な内容について中身を詰めている。


 エマは横でじっと話を聞いていた。これでよかったのだ。ダンの伝えてくれた情報を、生きている魔人のために使う。


 スクタフの屋敷を出るまで、エマの頭の中では、ダ笑顔がずっと残り続けていた。





ーーー



 コニンは順調に商談がまとまることに喜び、しかしながら疑念も抱いていた。


 エマは一体何をしたのか。


 スクタフとエマの交渉(恐喝)で、彼らはとても協力的になった。エマがどんなカードを、スクタフに突きつけたのかは知らない。しかし、ここまでの高待遇ぶりを鑑みるに、相当なことをしたのだろう。


 コニン達を脅かすような、監視するような気配も、あの日以来なくなった。


 全てがエマの思惑どうりに進んでいるのだろうか。


 それにしては、彼女は辛そうな顔をしている。


 今日も一つ大口の契約が決まった。コニンをはじめとして、仲間は皆笑顔だ。ただ一人エマを除いては。


 仲間は皆、酒場で宴会をしている。だか、コニンだけは参加しないエマを気遣って、一緒に宿屋へと戻ってきていた。


 順調か?順調である。しかし、功労者のエマが浮かばれないようではコニンは納得できなかった。この街ではあと一ヶ月ほど滞在する予定だ。その間ずっと、辛そうなエマを見るのは忍びなかった。


 寝転がっていたベットから身を起こす。数日前に一応手は打った。あとは実行できるかの問題だ。


 その時、部屋に来訪者を告げるノックの音が響いた。コニンは急いで扉を開ける。

 

 やってきたのはこの事態を打開できる、唯一の人物だった。




ーーー


 エマは来訪者を告げるノックの音で、目を覚ました。こんな時間に誰だろうか。ゆっくりとした動きで、扉を開けると、そこには予想外の人物が立っていた。


「ア、アラン」


 どうしてここに。言葉が上手くでなかった。アランは優しく微笑んでいる。


「大変だったな」


 その一言で、これまで我慢していたものが決壊した。彼の体に寄りかかる。心地よい温もりが、エマを包み込んだ。


 エマはダンとの一戦以来、情緒不安定になっていた。ダンの能力によって辛い記憶と感情を、強制的に引き出され、かつ仲間であるダンを倒さなければならなかったこが、精神的にエマを衰弱させた。


 誰にも相談できないまま時間だけが経過した。時間は心を回復させるどころか、どんどん蝕んでいく。


 仕事には支障がないように、元気なふりを演じていたが、限界だった。




 アランとエマは部屋に入って、ソファに腰を落ち着ける。エマはアランに、これまでのことを全て吐き出した。過去のことを思い出させられたこと、ダンが魔人であること。


 彼は言葉を挟まずに、ただ頷きながら聞いている。エマはそれだけで心を覆っていた闇が取り除かれていった。


 アランとエマ。二人には、二人しか知らない秘密を持っている。それは魔王がまだ生きていること。


 そんな二人だからこそ、理解しあい、慰め合うことができるのだった。

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