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奴隷の王様  作者: 本郷
33/36

第2部 33


 ダンは剣を振り下ろす。


 ダンを縛っている奴隷契約が、彼を攻撃へと導いていた。


 エマの提案は嬉しかった。だが、受け入れられない。


 契約が、受け入れることを許さなかった。


 後ろに下がるエマを追従して前に出る。脇を締めて繰り出したのは突きだった。相手の顔に吸い込まれていく剣先を、彼女は寸前で避ける。


 ダンの攻撃の隙を狙って、エマが仕掛けてくる。それを避け、空いた彼女の脇腹に蹴りを入れた。


「がっ!」


 苦悶の声をあげて、後ろへと弾き飛ばされていった。


 エマの動きが明らかに鈍くなっている。精神への影響が、肉体にも出ているようだ。


「どうした。もう、終わりか?」


「あなたが仲間になれば、すぐにでも終わる」


「断ると言ったろ」


 奴隷契約には複数の種類がある。ダンは最上級の契約で縛られていた。エマはそのことを知らないのだろう。


「仲間になってくれないと、あなたを殺さなくてはいけない」


「おいおい、自分の状況が分かっているのか?このままだと、殺されるのはお前だぞ」


 エマは膝立ちの状態からゆっくりと立ち上がる。


「私は負けない」


 エマの体を漆黒のカゲが覆っていく。


「準備はできた」


 カゲはすぐに霧散して消える。現れたのはエマではなかった。いや、正確には、これまでのエマではなかった。


 頭には二本の角が生えており、容姿も明らかに成長している。それまであった子供っぽさは完全に消えていた。


「それが本来の姿か?」


「ええ。最後の通告。仲間になりなさい。魔人を殺しなくはない」


 ダンは何も答えなかった。ただ無言でエマへ向かって、剣を振り下ろす。


 エマの目を見ると少し悲しげだった。


 二人の武器が交わり合う。金属がぶつかり合う鈍い音が響き渡り、火花が散る。


 エマから繰り出される攻撃は、先程と全くの別物であった。威力、スピードが格段にあがっている。これが本来の力か。


 擬態をといて、真の姿に戻った彼女は強かった。






 既に何分経過しただろうか。互いに武器をぶつけ合い、ひたすらに相手の命を刈り取ろうとした。


 しかし、実力は拮抗し、どちらも致命傷には至っていない。


 エマを見る。最初に見た時は小柄で綺麗な女性だと思った。だが今は、艶のあった黒髪は乱れ、肌には切り傷や打撲痕がいくつもできていた。


 まさしく戦士である。


 なんの因果だろうか。ダンもかつては魔王軍の一員であった。家族ため、仲間のため、国のために懸命に戦った。それが今は同胞を殺すために剣を振っている。


 家族や親しかった仲間は戦争で死んだ。自分だけは生き残った。なぜ生きているのかは、今でも分からない。


 それでも契約によって・・・いやそれは言い訳だ。本能が生きたいと叫んでいるのだ。


 ダンの振り下ろした剣が、エマの体を掠めて血が噴き出す。彼女は気にもしない様子で、攻撃を続けた。


 エマと目が合う。その目には強い意志が宿っていた。ああ、なんて眩しい目なんだ。きっと自分の目は、濁り腐っているだろう。


 一撃ごとにエマの斬撃は重さを増していく。


 そろそろまずい。


 そう思った時には、遅かった。ダンの剣は虚空を切り、エマの小刀が胸を貫いていた。


 血が溢れ出す。余計な抵抗はしなかった。魔人にとっての重要な器官である魔核が、今の一撃で破壊された。そのおかげで魔核を基盤として結ばれていた奴隷契約も、破棄された。もう、何にも縛られる必要はない。


 エマが小刀を胸から抜き去ったため、ダンは支えを失い、後ろへと倒れる。しかし、体を床にぶつける寸前で、エマが優しく支えてくれた。


「救えなくて、ごめん」


 泣いていた。エマの目からは大粒の涙が流れている。先程までの戦闘の余韻はなく、あたりは優しい空気が満ちていた。


「っ!」


 ダンは話そうとした。しかし、口からでたのは大量の血液だった。ああ、駄目だ。もう、言葉を紡ぐことすらできない。


 意識が朦朧としてくる。


 手を伸ばすと、その手をそっとエマが優しく握りしめてくれた。


 ダンにはまだやるべきことがあった。能力を発動する。


 その瞬間、ダンの意識は暗闇の中へ飲み込まれた。





ーーー


 エマはダンの記憶の中にいた。彼の手を握った瞬間に目の前が暗くなり、記憶の世界へ誘われたのだ。


 エマは、記憶の中のダンの横に立ち、一緒になって人生を振り返った。楽しかった日々。奴隷としての苦しい日々。感情がストレートに伝わり、心が大きく乱された。


 そして、魔人奴隷として、この街の裏の者として行動してきた記憶が照らし出される。


 これは・・・。ここまで深く裏側を知ってしまっては、この深みから抜け出すことはできないだろう。エマはダンを買うと約束したことが、恥ずかしくなった。


 そんなエマにダンは優しく微笑む。そしてら彼は最後に搾り出す様に言った。


 「ありがとう、後は・・・」


 視界が歪む。


 再び視界が鮮明になった時、ダンはエマの手の中で冷たくなっていた。


 相手に記憶を読ませることもできたのか・・・。


 ダンの最後の言葉を、心の中で反復する。


 情けない。情けなかった。


 死期を悟り、最後に出た感謝の言葉を、未来へ向けて全てを託した言葉を、受け取る資格がない自分が恥ずかしかった。


 自然と目から溢れていた涙を拭う。


 救ってみせる。


 かたく心に誓ったエマだった。

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