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奴隷の王様  作者: 本郷
32/36

第2部 32


 ダンは走っていた。

 

 拠点の一つが襲われているという情報が入り、襲撃者の討伐命令がでたのだ。


 この街で、まだ組織に喧嘩を売る奴がいたとは、驚きだ。逆にどんな相手なのか、興味があった。


 足早に目的地へと向かい、中の状況を確認する。構成員らしき男達が床で伸びていた。


 気配を消して、ゆっくりと中を歩く。すると、人の形をした、黒い存在がいた。動きと、呼吸も止める。気配も可能な限り消した。


 黒い物体は、ダンの前をゆっくりと通り過ぎていく。おそらくあいつが、ここにいたメンバーを倒したのだろう。そして、その黒い物体を生み出したやつこそが侵入者だ。


 黒い物体の魔力のつながりを、慎重に探る。細い細い糸のような魔力を、気がつかれないようにたどる。


 いた、地下だ。


 あそこには、見られるとまずい資料が多い。急足で敵を処理すべく向かった。




 地下にいたのは、まだ二十代であろう女性だった。


 いかつい侵入者を予想していただけに、少し驚く。だが、敵ならば排除しなければならない。


 こちらが仕掛ける前に、女は気がついた。


「魔人・・・」


 これには驚いた。まさか正体を一発で見抜く者がいるとは。


 外見は人間と変わりないので、魔人だと初見で見抜く者は、ほとんどいない。だからこそ、奴隷という身分でありがなが、こうして比較的自由に行動できているのだが。



 

 女は強かった。こちの攻撃を、適切に処理してくる。なかなか、一撃が入らない。本来であれば、もう少し肉体的ダメージを負わせてから、能力を使いたかったが仕方ない。


 ダンは攻撃を仕掛けながら、自己開示を始めた。相手に、己の能力を説明することで、効果を信じ込ませる。


 ダンは相手の記憶を読むことができる。加えて、その記憶の中でつらい部分を増幅させ、敵の精神にダメージを与えることもできた。


 増幅された辛さは想像を絶し、自害する者がいるほどだ。


 記憶を読むことができるのは、存外便利なものだ。相手や、相手の組織の弱みを簡単に握ることができる。


 こうして奴隷の身分でありながらも、自由に動くことができのは、ダンの能力が、これまで組織に貢献してきた結果だった。


 

 (今だ!)


 一瞬の隙を狙い、相手の手首を掴む。その瞬間、エマの記憶の世界に入ることに、成功した。


 燃えている。城が燃えていた。そこは見覚えのある魔王城だった。一人の人物が懸命に武器を振りながら戦っている。先程の女だ。頭には角も生えている。


 魔人だったのか・・・。


 女は懸命に目の前の相手を排除している。それでも、敵は次々と現れるので、彼女が討たれるのも、そう遠くない未来だろう。


 そう思った時、近くで爆音が響き渡った。土煙がまい、そこから出てきたのは魔王一行である。その後を勇者達が追いかける。


 ああ、これは魔王と勇者の、最終決戦時の場面か。ダンはあくまで人伝で聞いたので、目にしたことはなかった。


 魔王はこうして討たれたのか。


 女は周りの仲間に手伝ってもらいながら、魔王を追いかける。


 無駄だ。どうせもう殺されている。


 女に思わず声をかけたが、記憶の中の人物には、干渉できない。当たり前なことなのに、それを忘れるほど、ダン自身が感情的になっていた。自分が奴隷となった、最たる原因を見ているからであろうか。


 女は走る。仲間の命を犠牲にして。走る、走る、走る。


 ダンはエマが魔王に追いつくことはできないだろう、と思っていた。だが、彼女は予想を裏切る。見事に魔王の下まで、辿り着いたのだ。



 ・・・運命とは残酷だ。魔王は既に死んでいた。


 泣き叫ぶ女。見ていられない。ダンの能力は、読んだ相手の記憶が、ダンの精神にも影響を及ぼすのだ。


 女は魔王に縋り付いて祈る。無理だ。もうやめてくれ。それでも女は諦めない。能力を使って心臓を動かそうとする。だから、無理だ・・・。


 無理だ、無理・・・動きだした?


 魔王の鼓動が微弱ながらも振動する。


 魔王が生き返ったのだった。


 それから女は、魔王と共に人間の手から逃れ、傷を癒した。長い年月がかかったが、魔王も最終的に目を覚ました。そして、そして・・・。


 

 視界が戻る。記憶の世界から目覚めると、想像以上に消耗していた。足下は汗で水溜りのようになっている。


 それは目の前にいた女も同じだった。滝のような汗をかき、顔色も悪い。女が持っていた小刀は、女自身の首元まで迫っていた。


 ガドは女と距離をとる。


「まさか・・・まさか生きていたとはな、魔王が」


 完全に死んだと思っていた。魔王城が落とされ、勇者が魔王の死を高らかに宣言した。その後も、魔王は姿を現さなかったことから、誰もが魔王は討ち取られてしまったと思っていた。


 多くの魔人は最後まで人間に抵抗し、殺された。しかし、ダンのように捕らえられ、奴隷になった者もいる。


 俺たちは奴隷になり、死ぬより苦しい思いをしたのに、魔王は、魔王は・・・。


 いや、女の記憶の中では、目覚めた魔王は、苦しんでいた。それでも、それでも俺は。


「さぁて、こんな大きな秘密を、どこに売ろうか」


 ダンの口から飛び出した言葉は、あまりにも安っぽかった。


 女は無感情な目で、こちらを見てくる。同じ魔人であるにも関わらず、魔王を売ろうとすることが、許せいないのだろう。


「ねぇ、あなた。私たちの仲間にならない」


「は?」


 予想していなかった言葉に、思わず聞き返してしまった。


「俺はお前を捕まえて、その後に、魔王も捕らえに行くんだよ」


 また、薄っぺらい言葉が口から出る。

 

「何のために?」


「いい暮らしをするために決まっているだろ!お前達の情報を売れば、奴隷から正式に解放されるかも知れない」


「なら目的は同じはず」


「ふざけているのか、お前は!」


 どうしてこんなにも思ってもいないことが、口から出るのだろうか。


 奴隷になってから、少しでもマシな生活をするために、人間の言いなりになった。裏仕事も多くやった。奴隷契約で自死すら許されない中で、死ぬ以上に辛いことも多くやった。


「大真面目。私もアランも、魔人の権利獲得のために動いている。あなたが協力してくれれば、その実現は早まる。それはあなたの目的にもつながる」


 頭が混乱する。これ以上、何も言わないで欲しかった。


「私たちがらあなたを買う。そして、奴隷から解放する」


 一番聞きたくなかった言葉が、女の口から述べられた。彼女の記憶を除いたダンには分かった。言っていることは本当だろう。彼女らは、ダンの購入に動き出す。


 それがメリットのあることだからこそ、提案されたものだということを、理解していても、久しぶりの優しさに、心が揺さぶられた。


 だけれども無理なのだ。そもそも裏の仕事を多くやり、この街の暗部に、どっぷりと浸かってしまったダンを、手放すわけがない。ダンの存在をしっている時点で、抹殺の対象となりうる。奴隷契約は絶対だ。魔術的な拘束で逆らうことはできない。


 仮にもし、彼女が自分を買えたとしても、散々後ろめたいことをしてきた自分には、合わせる顔がなかった。


「残念だが、その提案は拒否する」


 ダンは宣言して攻撃を仕掛けるために、駆け出すのだった。

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