第2部 31
城が燃えている。仲間が死んでいる。
そこには地獄が広がっていた。
「どけぇ!!!」
エマは目の前の騎士を切り捨てる。しかし、まだ多くの敵がいた。
どうして!どうしてこんなことに!
魔人と人間の戦争は、勇者ロイの活躍のせいで、魔人側が押されていた。いや、既に挽回が難しいところまできていた。今では、この魔王城も戦場と化している。
右手に握る小刀で、また一人、目の前の騎士を切り捨てる。
また敵が目の前に現れる。ああ、一体いつまで続くんだ。
もう何日も、ろくに休んでいない。体が、心が限界だった。だが、倒れるわけにはいかない。エマがいなくなれば、それだけ他の者の負担が増えるのだ。
そんなことを思いながらら、必死なって体を動かしていると、背後の覇王の間から、轟音が鳴り響いた。土煙が舞い、周囲の視界を悪くする。その中から土煙を切り裂くように、複数の魔人が飛び出す。
それはエマの仕える人物であり、この国の王でもアランだった。
アラン達一向は、第一部隊の隊長を先頭に、戦場と化した場内を駆けていく。
「逃げ出したぞ、追え!」
アランの後ろから追撃をかけている人間が、必死の形相で叫ぶ。
エマはこの時、アランが敗北したことを理解した。信じられない。勇者は確かに強い。しかし、アランもまた、歴代魔王の中でも、指折りの実力者であった。
アラン達と直接戦っていた人間は、エマ達を無視して、彼を追う。
エマ達は目の前の敵の相手もしながら、後ろから迫り来る追手の足留めを、同時に行うことになった。
負担が今までの倍になり、辛い。
前後からの攻撃は、完全に捌ききることごできず、体には徐々に傷が増えていった。
「おい、大丈夫か?」
「オヤジ・・・」
戦いの合間に、隣で戦っていた父が話しかけてきた。不思議だ。周囲では仲間達が死闘を繰り広げているのに、エマと父だけが、その瞬間だけ、何者とも相対していなかった。
「エマ、・・・魔王様に一生の忠誠を誓えるか」
突然の出来事に、頭が追いつかない。だが、父の真剣なな眼差しに、エマは精一杯の覚悟を込めて返答した。
「当然」
「そうか・・・、なら魔王様を追え!」
「え?」
「何をほうけている。魔王様を追うんだ!」
「で、でも、私が抜けたら」
「お前一人ぐらい何とでもなる。・・・お前の死に場所はここではない」
決意を固めた父の目に、何も言葉を返せなかった。父は悟ったのだ状況を。
エマは必死になって、溢れ出しそうな涙を堪える。泣いてはいけない。まだ、決めつけては、いけないのだから。
エマはアランを追うべく走り出す。敵は妨害しくるが、父が、仲間達が命をとして、エマに道をつくってくれた。
どれくらい走っただろうか。夜道を月明かりのみを頼りに走る。すでに体力も気力も限界を超えていた。
アランを追ったエマは、人間から集中攻撃を受けた。それでもなんとかここまでこれたのは、エマの仲間が、懸命に活路を開いてくれたからだ。
それでも体は、無数の切り傷、刺し傷、火傷で酷い有様だ。生きていることが、不思議なくらいだ。
ああ、月が綺麗だ。普段から見ているのに、どうして今日はこんなにも綺麗なのだろうか。これはあれだ、もう死ぬのか。
あと一歩だけ、あと一歩だけ。そう思い込ませて、一歩ずつではあるが進む。
アラン。アラン。アラン。ねぇ、どこにいるの?最後に、せめて最後には・・・。
足がもつれて、坂道を転げ落ちる。十メートルほど下ったであろうか。満身創痍の体には応える。
しかし、得るものもあった。
「ア、アラン!」
エマの視界の先には、倒れているアランの姿があった。地面を這いずりながら、彼の下まで進む。
周囲は血で赤く染まっていた。明らかに致命傷であった。それでも諦めずに鼓動を確かめる。
聞こえない。何の音もしかなった。アランは既に・・・。
死んでいない。まだ、諦めるな!必死になって自分を鼓舞する。ここまでの道を作ってくれたみんなのためにも、最後まで諦めるわけにはいかなかった。
アランの体はまだ暖かい。胸に空いた大きな傷口から、エマはカゲを侵入させた。心臓をやさしく握り、力を入れる。数秒で力を緩めて、また力を込める。それを何回も何回も繰り返した。同時に体の傷口を防いで、出血もできる限り止める。
どれくらいの時間、そうしていただろうか。奇跡の瞬間は唐突におとずれた。
「え?」
はじめは錯覚だと思った。でも、違う。心臓が動いたのだ。微弱ではあるが、動きだした心臓をサポートするように、エマはそっと魔力を注入する。
この針の穴を通すような精密な作業の結果、アランの命を繋ぎ止めることができたのだった。
しかし、安心はまったくできなかった。アランも、そしてエマも人間から追われている身である。今もなお、人間はアランの首を狩ろうと、血眼になって探しているだろう。
せっかく救うことができたアランを、人間の手に渡すわけにはいかない。
エマはアランを看病しながら、命がけの鬼ごっこをすることになった。
エマはなんとか逃げ切った。能力が隠れるのに適しているということもあったが、おそらくは運が大きく味方したのだと思う。
人間の手から逃れたエマは、使われていない山小屋を仮の拠点として、そこで本格的なアランの治療を行った。
医者ではなかったが、基本的な知識はもっており、治療もできる。なにより、現状では医者をここに連れてくることができなかった。
丁寧に、丁寧に治療をしていく。食事の代わりに、魔力を注入することで、生きるためのエネルギーを与える。
治療が始まって一ヶ月が経過した。あらかたの傷は塞がったが、アランは目覚めない。
治療が始まって半年が経過した。外傷は全て治ったが、未だに目覚めない。
治療が経過して一年が経過した。目覚めない。
ねぇ?どうして、どうして目を覚ましてくれないの。もう傷は治ったなのにどうして。
このまま一生目を覚さないのではないか、という不安がエマの頭の中を支配する。お願い目を、目を・・・。
治療を始めて。二年が経過した。
どうして、どうして、どうして・・・。
全てを投げ出したくなる。外の情報はほとんど入ってこないが、稀に近くの村へ情報収集へ行く。その時に、魔人の多くが死に、生き残ったものも奴隷になったと知った。
もう自分の感情の整理がつかなかった。
治療を始めて。三年が経過した。
周囲は真っ暗だ。エマは手にナイフを握りしめていた。もう限界だ。終わらせよう。何も考えることができなくなり、ナイフを自分の首に刺そうとした。
刺さらなかった。誰かがエマの手首を強く握っていた。
「誰?」
確認しようとしてもできない。
「どうして、死なせてくれないの。ねぇ?どうして!」
その誰かは優しく笑った気がした。次の瞬間、視界がぐにゃりと歪み、何も見えなくなった。
エマの視界に最初に映ったのは、大量の汗をかいて膝をついているダンだった。
その光景を見た時、エマは自身がダンの能力に陥っていたことを理解した。咄嗟に右手を見る。小刀が握られていた。
「まさか・・・まさか生きていたとはな、魔王が」
エマの記憶の中では、アランが目を覚ました部分まで進んでいない。それでも、ダンは先程の記憶の続きも知っているようだ。
そもそもエマは、アランが目を覚さない期間に、あそこまで追い込まれていない。確かに精神的に弱ってはいたが、自害しようと思ったことはない。
先程の記憶はエマの弱さが、ダンの能力によって誇張されたのだろう。
ダンはまだ震えがおさまらない足で、ゆっくりと立ち上がった。そして、後ろに下がって距離をとる。
「さぁて、こんな大きな秘密を、どこに売ろうか」
エマは無感情な目でダンを見る。
「ねぇ、あなた。私たちの仲間にならない」
「は?」
予想外の言葉だったらしく、ダンの口が半開きになっている。
「俺はお前を捕まえて、その後、魔王も捕らえに行くんだよ」
「何のために?」
「いい暮らしをするために決まっているだろ!お前達の情報を売れば、奴隷から正式に解放されるかも知れない」
「なら目的は同じはず」
「ふざけているのか、お前は!」
「真面目。私もアランも、魔人の権利獲得のために動いている。あなたが協力してくれれば、その実現は早まる。そして、それはあなたの目的にもつながるはず」
奴隷契約は正規の手続きをとらなければ、破棄することはできない。逆に言えば、正規の手続きをとれは破棄できる。
「私たちがあなたを買う。そして、奴隷から解放する」




