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奴隷の王様  作者: 本郷
31/36

第2部 31


 城が燃えている。仲間が死んでいる。


 そこには地獄が広がっていた。


「どけぇ!!!」


 エマは目の前の騎士を切り捨てる。しかし、まだ多くの敵がいた。


 どうして!どうしてこんなことに!


 魔人と人間の戦争は、勇者ロイの活躍のせいで、魔人側が押されていた。いや、既に挽回が難しいところまできていた。今では、この魔王城も戦場と化している。


 右手に握る小刀で、また一人、目の前の騎士を切り捨てる。


 また敵が目の前に現れる。ああ、一体いつまで続くんだ。


 もう何日も、ろくに休んでいない。体が、心が限界だった。だが、倒れるわけにはいかない。エマがいなくなれば、それだけ他の者の負担が増えるのだ。

 

 そんなことを思いながらら、必死なって体を動かしていると、背後の覇王の間から、轟音が鳴り響いた。土煙が舞い、周囲の視界を悪くする。その中から土煙を切り裂くように、複数の魔人が飛び出す。


 それはエマの仕える人物であり、この国の王でもアランだった。


 アラン達一向は、第一部隊の隊長を先頭に、戦場と化した場内を駆けていく。


「逃げ出したぞ、追え!」


 アランの後ろから追撃をかけている人間が、必死の形相で叫ぶ。


 エマはこの時、アランが敗北したことを理解した。信じられない。勇者は確かに強い。しかし、アランもまた、歴代魔王の中でも、指折りの実力者であった。


 アラン達と直接戦っていた人間は、エマ達を無視して、彼を追う。


 エマ達は目の前の敵の相手もしながら、後ろから迫り来る追手の足留めを、同時に行うことになった。


 負担が今までの倍になり、辛い。


 前後からの攻撃は、完全に捌ききることごできず、体には徐々に傷が増えていった。


 

「おい、大丈夫か?」


「オヤジ・・・」


 戦いの合間に、隣で戦っていた父が話しかけてきた。不思議だ。周囲では仲間達が死闘を繰り広げているのに、エマと父だけが、その瞬間だけ、何者とも相対していなかった。


「エマ、・・・魔王様に一生の忠誠を誓えるか」


 突然の出来事に、頭が追いつかない。だが、父の真剣なな眼差しに、エマは精一杯の覚悟を込めて返答した。


「当然」


「そうか・・・、なら魔王様を追え!」


「え?」

 

「何をほうけている。魔王様を追うんだ!」


「で、でも、私が抜けたら」


「お前一人ぐらい何とでもなる。・・・お前の死に場所はここではない」


 決意を固めた父の目に、何も言葉を返せなかった。父は悟ったのだ状況を。


 エマは必死になって、溢れ出しそうな涙を堪える。泣いてはいけない。まだ、決めつけては、いけないのだから。


 エマはアランを追うべく走り出す。敵は妨害しくるが、父が、仲間達が命をとして、エマに道をつくってくれた。






 どれくらい走っただろうか。夜道を月明かりのみを頼りに走る。すでに体力も気力も限界を超えていた。


 アランを追ったエマは、人間から集中攻撃を受けた。それでもなんとかここまでこれたのは、エマの仲間が、懸命に活路を開いてくれたからだ。


 それでも体は、無数の切り傷、刺し傷、火傷で酷い有様だ。生きていることが、不思議なくらいだ。


 ああ、月が綺麗だ。普段から見ているのに、どうして今日はこんなにも綺麗なのだろうか。これはあれだ、もう死ぬのか。


 あと一歩だけ、あと一歩だけ。そう思い込ませて、一歩ずつではあるが進む。


 アラン。アラン。アラン。ねぇ、どこにいるの?最後に、せめて最後には・・・。


 足がもつれて、坂道を転げ落ちる。十メートルほど下ったであろうか。満身創痍の体には応える。


 しかし、得るものもあった。


「ア、アラン!」


 エマの視界の先には、倒れているアランの姿があった。地面を這いずりながら、彼の下まで進む。


 周囲は血で赤く染まっていた。明らかに致命傷であった。それでも諦めずに鼓動を確かめる。


 聞こえない。何の音もしかなった。アランは既に・・・。


 死んでいない。まだ、諦めるな!必死になって自分を鼓舞する。ここまでの道を作ってくれたみんなのためにも、最後まで諦めるわけにはいかなかった。


 アランの体はまだ暖かい。胸に空いた大きな傷口から、エマはカゲを侵入させた。心臓をやさしく握り、力を入れる。数秒で力を緩めて、また力を込める。それを何回も何回も繰り返した。同時に体の傷口を防いで、出血もできる限り止める。


 どれくらいの時間、そうしていただろうか。奇跡の瞬間は唐突におとずれた。


「え?」


 はじめは錯覚だと思った。でも、違う。心臓が動いたのだ。微弱ではあるが、動きだした心臓をサポートするように、エマはそっと魔力を注入する。


 この針の穴を通すような精密な作業の結果、アランの命を繋ぎ止めることができたのだった。



 しかし、安心はまったくできなかった。アランも、そしてエマも人間から追われている身である。今もなお、人間はアランの首を狩ろうと、血眼になって探しているだろう。


 せっかく救うことができたアランを、人間の手に渡すわけにはいかない。


 エマはアランを看病しながら、命がけの鬼ごっこをすることになった。



 

 エマはなんとか逃げ切った。能力が隠れるのに適しているということもあったが、おそらくは運が大きく味方したのだと思う。



 人間の手から逃れたエマは、使われていない山小屋を仮の拠点として、そこで本格的なアランの治療を行った。


 医者ではなかったが、基本的な知識はもっており、治療もできる。なにより、現状では医者をここに連れてくることができなかった。


 丁寧に、丁寧に治療をしていく。食事の代わりに、魔力を注入することで、生きるためのエネルギーを与える。


 治療が始まって一ヶ月が経過した。あらかたの傷は塞がったが、アランは目覚めない。


 治療が始まって半年が経過した。外傷は全て治ったが、未だに目覚めない。


 治療が経過して一年が経過した。目覚めない。

 

 ねぇ?どうして、どうして目を覚ましてくれないの。もう傷は治ったなのにどうして。


 このまま一生目を覚さないのではないか、という不安がエマの頭の中を支配する。お願い目を、目を・・・。


 治療を始めて。二年が経過した。

 どうして、どうして、どうして・・・。


 全てを投げ出したくなる。外の情報はほとんど入ってこないが、稀に近くの村へ情報収集へ行く。その時に、魔人の多くが死に、生き残ったものも奴隷になったと知った。


 もう自分の感情の整理がつかなかった。


 治療を始めて。三年が経過した。

 

 周囲は真っ暗だ。エマは手にナイフを握りしめていた。もう限界だ。終わらせよう。何も考えることができなくなり、ナイフを自分の首に刺そうとした。


 刺さらなかった。誰かがエマの手首を強く握っていた。


「誰?」


 確認しようとしてもできない。


「どうして、死なせてくれないの。ねぇ?どうして!」


 その誰かは優しく笑った気がした。次の瞬間、視界がぐにゃりと歪み、何も見えなくなった。





 エマの視界に最初に映ったのは、大量の汗をかいて膝をついているダンだった。


 その光景を見た時、エマは自身がダンの能力に陥っていたことを理解した。咄嗟に右手を見る。小刀が握られていた。


「まさか・・・まさか生きていたとはな、魔王が」


 エマの記憶の中では、アランが目を覚ました部分まで進んでいない。それでも、ダンは先程の記憶の続きも知っているようだ。


 そもそもエマは、アランが目を覚さない期間に、あそこまで追い込まれていない。確かに精神的に弱ってはいたが、自害しようと思ったことはない。


 先程の記憶はエマの弱さが、ダンの能力によって誇張されたのだろう。


 ダンはまだ震えがおさまらない足で、ゆっくりと立ち上がった。そして、後ろに下がって距離をとる。


「さぁて、こんな大きな秘密を、どこに売ろうか」


 エマは無感情な目でダンを見る。


「ねぇ、あなた。私たちの仲間にならない」


「は?」


 予想外の言葉だったらしく、ダンの口が半開きになっている。


「俺はお前を捕まえて、その後、魔王も捕らえに行くんだよ」


「何のために?」


「いい暮らしをするために決まっているだろ!お前達の情報を売れば、奴隷から正式に解放されるかも知れない」


「なら目的は同じはず」


「ふざけているのか、お前は!」


「真面目。私もアランも、魔人の権利獲得のために動いている。あなたが協力してくれれば、その実現は早まる。そして、それはあなたの目的にもつながるはず」


 奴隷契約は正規の手続きをとらなければ、破棄することはできない。逆に言えば、正規の手続きをとれは破棄できる。


「私たちがあなたを買う。そして、奴隷から解放する」

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