第2部 30
エマは、街の倉庫が密集している区画へと来ていた。目印をつけた者達が、この区画の建物へと、戻っていったからだ。
日は沈み、辺りを暗闇が支配していた。
闇に潜みながら、目的の建物へ近づく。外観は何の変哲もないただの倉庫。しかし、中には無数の気配を感じた。
建物には正面についている扉以外、入れそうな場所はない。腹を括るしかなかった。
正面に回り、扉に手をかける。やはりというべきか、鍵がかかっており、びくともしない。仕方なく、扉を蹴破ろうと足を上げた。その直後、扉の向こうから、猛烈に魔力が膨れ上がるのを感じる。
横に飛び退くのと同時に、扉が吹き飛んだ。
中から五人の男たちがでてくる。
「お嬢ちゃん、道に迷ったのかい?」
舐め腐った態度をとる男の顔面に、拳を振り抜く。
男は紙切れのように吹き飛んでいった。
「てめぇ!」
「話しかけてくるなんて、随分余裕ね」
男達の顔つきが変わる。相手は四人。早く処理しなければ、まだ中にいる者達に、逃げられるかもしれない。エマはカゲを召喚して、四人の相手を任せた。
単身で建物の中に入る。男達は追ってこようとするも、それをカゲが阻んでいた。
自分の持ちうるカゲを顕現させ放つ。
黒いカゲが残像となって、エマの前から消えていった。
倉庫の中は、三階構造になっており、数十分で制圧と、中の確認が完了した。しかし、有益な情報は見つからなかった。
残るは・・・。
地下へと続く階段をみる。
ゆっくりと一歩一歩階段を、降りていく。
カゲにやられたのだろう。途中で倒れている者が、何人もいた。
歩く。歩く。そして、数分後に、通路の奥にある扉が見えてきた。
直感的にここだろう、とエマは思った。
扉に手をかけ、中に入ると、気を失った状態で、椅子に座っている男が見える。カゲにやられたのだろう。
エマは机や書棚の中を探る。この作業はカゲにできないので、自分の手で行う必要があった。
そのとき、背後に違和感を感じた。咄嗟に背にしていた、入口の方を振り向く。そこには意外な人物が立っていた。
「魔人・・・」
「おいおい、まさか俺の正体を一発で見破るとは」
どうしてこんなところに魔人がいるんだ。鎖や拘束具もつけていない。
「なぁ、あんた、どうやって俺が、魔人だって分かったんだ」
「何者?」
「人の質問には答えないのに、こっちには聞くのか?」
男は三十代後半くらいか。短髪で髭面の、少しやつれたおじさんである。見た目は人間にしか見えない。
エマが魔人だと分かったとは、魔力の感度が高く、魔人の証である魔核を見ることができたからだ。
男は自らの頭を乱暴に掻きむしって、こちらの質問へ、解答してきた。
「何者かねぇ?アジトを襲っているという情報が入ったから、見にきたんだよ。まさか、こんな小娘一人に、落とされているとは、思わなかったけどな」
次はお前が答える番だ、と言わんばかりの顔で、こちらを見る。
「私には魔核が見える。だから人間でなく、魔人だと分かった」
「へぇー、見えるやつがいるのか」
男は優雅に無性髭をなでながら、こちらをじっと見つめてくる。
「それで、私を捉えにきたんでしょ」
「そうだな。大人しく捕まってくれると助かる」
「それは無理」
二人の間の空気が、徐々に熱を帯びていく。
先に動いたのは男だった。腰に刺していた剣を抜き、エマに向かって振り下ろす。恐ろしく早くて、重い一撃。横にステップして回避するも、床を抉る斬撃の鋭さに、冷や汗が出る。
エマはカゲを触手のように伸ばし、先を尖らせて 男へ攻撃する。それを男は、持っていた剣で弾き飛ばした。
「能力もちのやつなんて、全員把握していたはずなんだがな。街の外の人間かい、お嬢ちゃん?」
こにらに攻撃を仕掛けながら、質問する男の口調は、まるで世間話をしているようだ。
エマは迫り来る斬撃を避け、時には自らの小刀でいなしながら、じっと男のことを観察する。
「おいおい、そんなに見つめられちゃ、惚れるじゃないか」
男はすっと目を細めて、急に自らについて語り始めた。
「俺の名前はダン。しがない魔人だ」
ダンの語りを聞いたエマは、嫌な予感がした。
「昔から相手を理解したい、という気持ちが強かったからか、心の中を、記憶を覗く能力を手に入れた」
エマの予感は当たった。これは自己開示。自らの情報を相手に伝えることで、先入観を植え付ける。
「この能力に目覚めた時は、天啓だと思ったよ」
ダンの口を塞ぐべく、攻撃を仕掛けるが、いなされる。
「相手の素肌に触るだけでいいんだ。それだけで、記憶に入り込み、その中にある負の感情を、増幅ささることができる」
エマは思考を停止させ、ダンの言葉を考えないようにする。エマ自身が素肌に触れられることで、記憶を読まれると思い込めば、思い込むほど、能力にかかりやすくなる。
上段から振りおさられる一撃を、寸前のところでかわす。駄目だ。考えないようにと、意識するほど目の前の戦いが疎かになる。
集中できない。仕方がない・・・。
エマは目の前の攻防に専念することにした。ダンの能力に関しては、触れられなければ良いのだから。
「素肌に触らせなければいい、と思っているだろ?」
こちらの心を読んだかのように、ダンが問いかけてきた。
「俺と戦ったやつは、だいたいお前と同じ言論に至る。だか、それは悪手だぜ」
ダンの速度が目に見えて早くなる。斬撃も今までにもまして重い。
「お嬢ちゃん、お前は既におれの術中だ」
ダンとつばぜり合いになっていたエマだが、力負けして、後ろに数歩よろめく。その隙をつかれた。
ダンから伸ばされた手が、エマの手にほんの少しではあるが、触れる。
その瞬間、エマの視界は、暗闇に覆われた。




