第2部 29
エマは嘆息する。事態が良くない方向に、転がり始めていた。
ことの始めりは、カイサルに向かう馬車の中だった。エマはコニンを補佐すべく、今回の商談に同行していた。なお、アランやニーナ、ガトは他にやることがあるのでいない。
事前の調査で不穏な情報がいくつかあり、エマは馬車の中でずっと気を張っていた。特に今回はアランがおらず、エマ一人で全て対処しなければならない。
向かい側に座るコニンが、視線を度々こちらに送ってくる。コミュニケーションを取りたいのかもしれない。しかし、そんな余裕はないだろう。
エマの予測はあたり、馬車の周囲が慌ただしくなる。どうやら囲まれているようだ。
護衛の一人が馬車に入って、状況を知らせてくる。
今回馬車を守っている護衛達は優秀だ。通常の盗賊であれば、問題なく倒せるだろう。そう、通常の盗賊であればの話だ。
エマの推測が正しければ・・・
エマは馬車から降りて、取り囲んでいた敵を見渡す。盗賊のようにも見えるが・・・違う。
訓練された動きに、エマは深いため息をつく。護衛と襲撃者が睨み合いを続けるなか、一人で歩みを進める。
護衛の一人が何やら叫んでいるが、聞こえないふりをする。
襲撃者は一人で出てきたエマを警戒しているようだ。仕方がない。軽く助走をつけて走り出す。そして、相手のふところに入り込んで、拳を振り抜いた。
拳を受けた男は、くの字に体を曲げて、後方へ吹き飛ばされる。男の後ろにいた何人かもまとめて吹き飛んでいったのは、ラッキーだった。
エマの一撃を見た敵に、どよめきが走る。そして、動き出そうとした敵に向かって、走り出した。拳に魔力をこめて、殴る、殴る、殴る。
本来のエマの戦闘スタイルではないが、今はこれが正しい戦い方だろう。
「っは、っは、っは」
十分ほど経過しただろうか。肩で息をしながら周囲を見渡す。気絶した男達を、護衛が縄で拘束していた。
「先を急ぎましょう」
エマの予想が正しければ、こんなところで、無駄に時間を使うべきではない。本来であれば、襲撃者達を縛り、衛兵に引き渡さなければならないが、時間が惜しかった。
護衛達を説得して、先を急いだ。途中で何度か襲われるも、小規模な襲撃であったため、馬車を止めずに、エマだけが馬車から降りて、敵を迎撃した。
そして無事にカイサルの街へ到着できた。安全対策の施されている宿に、宿泊の手配をとり、ひと段落する。
ここからが勝負だ。エマはコニンの部屋の扉をノックする。中から出てきた彼は、異常に周囲を警戒している。何度も襲撃に遭えば当然ではあるが。
コニンの部屋に入り、彼と向かい合う。
「野望用を済ませてくる。私が戻るまでは、この部屋から出ないで」
エマは自身のカゲの一つを具現化させ、コニンの側へ向かわせる。
「何かあれば、そのカゲが貴方を守る」
「連れていっては、くれないのですよね?」
「危険だから連れて行けない。貴方には、あなたにしかできないことをやってほいしい」
「そうですか。もし、狙われている理由を知っているなら、それだけでも教えてくれませんか?」
エマは頷き、これまで手に入れた情報に、自らの推測を交えて語った。
ことの始まりはニーナが、義母のカーラとその息子のビッコを、追い出したことに始まる。カーラはサクセスの街から追い出され、実家のあるカイサルの街へ戻った。
しかし、実家にはもどらず、懇意にしているファテイスト家を頼った。おそらくプライドが、邪魔をしたのだろう。
ファテイスト家へ厄介になったカーラとビッコは、ニーナへの復讐を決意したようだ。ファテイスト家の力を使って、ニーナが進める紙の販売の妨害を画策している、というのがエマが、前回の調査時に入手した情報であった。
証拠はないが、道中の襲撃はカーラの手配の可能性が高い。
妨害されていては商談どころでない。かと言って、カーラやファテイスト家を叩くほどの証拠もない。だから、証拠を集める。
証拠を集める際の手段として、エマが選んだのは囮作戦だった。街の外での襲撃が失敗したことは、まだ伝わってないはずた。こちらの戦力も、知られていない。
エマを囮にして、敵を引きつけ、相手の本拠地を探る。そこから、カーラやファテイスト家に繋がる情報を、見つけるのだ。
エマの説明にコニンは頷きを見せた。
「本当に一人で大丈夫か」
「問題ない。障害は私が取り除く。コニンは商談を成功させることだけを考えて」
エマは立ち上がり、部屋から出ていく。コニンは何も言わなかった。
夕暮れの、ほのかな光が街を照らす。エマは一人で繁華街を歩いていた。人通りは多い。エマの周囲には有象無象の複数の気配があるが、そんな中でいくつかエマのことを注視しているものがある。
明らかにこちらを探っている。
敵が想定通りに動いてくれたことに感謝しながら、ゆっくりと歩みを、人気のない方向へ進めた。
徐々にこちらを見つめる視点が絞られていく。そして、さらに数分後。こちらを監視する存在を全て把握できた。全員に影に目印をつける。
エマは周囲を不自然に見渡す。何か違和感を覚えているかのように。すると、こちらを見ていた視線は、一斉に消えて、遠ざかっていった。
エマはその場に留まり、後を追わない。ゆっくりと歩みを、人通りの多い繁華街へ戻すのだった。




