第2部 28
コニンは馬車に揺られながら、流れゆく景色を見ていた。心地の良い気温と、馬車の振動が眠気を誘う。
寝てはいけない。馬車の中には同乗者がいるのだ。
久しぶりに街の外へ出た。最近では部下に外での仕事を任せているので、自分自身が足を運ぶことはほとんどない。
馬車の窓から澄みる空を見上げる。はじめて街の外に出たのも、こんな晴れ渡った空だった。
コニンは十歳のころから、親が経営していた飲食店の手伝いを始めた。父と母で回しているような小さな店。
そんな店の手伝いを十八歳まで続けた。ちょうど十八歳の誕生日に、両親が事故で死んだのだ。
あまりにも突然の出来事で、その時は何がなんだか分からなかった。
それでも生きていくには金はかかる。店は両親が死んでから閉めていた。いや、閉めざるを得なかった。あの味を、あの雰囲気を、コニン一人で作り出すことはできないのだ。両親あっての店。
それでもお金を稼がなければならない。食っていかなければならない。
両親が死んでから一ヶ月が経過した頃、ようやく動き出せるようになったコニンは、店の廃業を決め、新たな商売に挑戦することにした。
それは雑貨屋だった。店の常連に貿易商の客がおり、その人がコニンのことを心配して、商売を手伝う申し出をしてくれたのだ。
はじめた当初は、お客は数えるほどしかいなかった。それでも市場調査で住民のニーズを把握して、それに沿った商品を展開することで、少しずつ売上を伸ばしていった。
そこからコニンの大躍進が始まる。二号店、三号店と他店舗展開を行い、成功させた。また、飲食業をはじめとした他業種にも乗り出し、これも成功させる。
こうして、コニンはサクセスの街で、大商人の仲間入りを果たしたのだった。
そんなコニンでも、他の街での商売にまで手を伸ばしていない。リスクが高すぎるのだ。まず、市場調査がやりにくい。距離的もそうだが、街ごとに法律や慣習、やり方が全く違う。また、仮に店舗進出できたとしても、街どうしが遠すぎて気軽に行き来ができず、適切な管理ができない。
紙の輸出だけなら、貿易商に任せておけば良いが、貿易商に多額の金額を持っていかれるだろう。それでは価格競争で、従来の紙に負けてしまう。
だからこそ、コニンの商会自ら、他の街へ直接商品を卸す必要がある。
今回はそのための視察と調査を兼ねて、自ら隣街へ向かっていた。そんなコニンと一緒に来たのは、ニーナの部下であるエマだ。アランとは何回も会って話しているので、関係を築けている。
だか、このエマという女性とは、ほとんど喋ったことがない。彼女の方へ視線をやると目が合った。気まずい。軽く会釈をして、外の景色を再び見る。
今日は本当にいい天気だ。
エマは情報収集の専門家らしい。本当かどうかは疑わしい。だか、グスターヴをもやり込めたアランが断言するのだから、本当なのだろう。
コニンは景色を眺めながら、どうやって距離を縮めようか悩んでいた。そんな時に、馬車の周囲が騒がしくなった。
「盗賊だ!」
護衛を務める者の声だろう。よく響く声はコニンの耳にはっきりと届いた。同時に馬車が急停止する。
街の外には盗賊が跋扈している。特に王都から離れているサクセスの街周辺は、治安が悪い。
護衛が馬車の扉を開ける。
「報告、襲撃者あり。敵の総数不明、いつでも逃げ出せるように準備を!」
総数不明?それほどまでに大規模な集団に囲まれているのか。コニン達の馬車は三台ある。コニンが乗っているもの。荷物を乗せてあるもの。そして、部下や使用人を乗せてあるものだ。この三台の馬車を囲むように、騎乗した護衛がいる。
何の目的で襲っているのだろうか。護衛の数の割に馬車の台数は少なく、奪える物資は少ない。
そんな考えごとをしていると、対面に座っていたエマが立ち上がり、馬車の外へ出た。止める暇がなかった。
コニンも慌てて外へ出る。そしてエマを引き戻そうとするが、彼女はすでに敵目掛けて走り出していた。
十分後、全ての盗賊は殲滅されていた。
目の前では数多の敵が倒れている。この信じられない光景を作り出したのは、エマだった。彼女は単独で敵に殴り込み、相手を蹂躙した。圧倒的な実力だ。彼女が拳を振るえば、数人が吹き飛んだ。一方で敵は、誰一人として、彼女に有効な一撃を与えることはできなかった。
「さぁ、行きましょう」
淡々と述べるエマを見て、心底味方で良かったと思うコニンであった。
その後の道のりでも数度襲撃に遭あった。だが、エマがほぼ一人で殲滅した。その結果、無事に目的の街である、カイサルに到着することができた。
カイサルでも高級の部類に入る宿をとって、腰を落ち着ける。コニンはベッドの上に寝転んで、大きく息を吐いた。
一体何が起こっているのか。偶然でこんなにも襲撃に遭うことはない。明らかに狙われていた。理由は一つしかない。コニンの商談を妨害するためだ。
もしかしたら、アランはそれを見越してエマをつけてくれたのかもしれない。彼女は情報収集の専門家ではなく、戦闘要員だったのか?
頭の中でエマの戦闘シーンが思い出される。圧倒的だった。戦いに縁のないコニンでさえも感じることができる、圧倒的な実力をエマは持っていた。
物思いにふけっていると、部屋の扉をノックする音が聞こえた。一体誰だろう。今日は休むことを同乗者には伝えてあるはずだ。この宿は高級宿と謳っているだけありセキュリティが厳しく、不審者が入り込むことは難しい。慎重に扉まで行き、ゆっくりと開けた。
扉の先に立っていたのはエマだった。
「少しいい?」
予想外の人物に驚くも、コニンはエマを部屋の中に招き入れた。




