第2部 27
アラン達が食糧提供を初めて一ヶ月が経過した。
怒涛の一ヶ月であった。
初日は問題はなくとも、ニ日目以降はトラブルが続出した。
数えればきりがない。それでも、無事続けることができたのは、ひとえにボレスラフの協力のおかげだろう。
貧民街の顔役の彼のおかげで、多く問題を穏便に処理することがだきた。
食糧提供を始めた当初は、警戒してか一部の人しか、食糧を受け取りにこなかった。
しかし、日が経つにつれて、来る人数は増えていき、貧民街の住人のほぼ全てである、五百人近くが、やってきた。
毎日一食分、五百人近い量の食糧を渡すことは非常にお金のかかる。例えばコニン商会から廃棄品の提供はあるものの、それを各店舗から回収して、貧民街の配給場所まで輸送することにも金かかる。
また、廃棄品では足りない分は、お金を払って食糧を買う必要があったので、お金がかかる。
このお金の元手は新紙の利益だった。
アラン達には新紙の特別税撤廃の功労者として、売上の一部がコニン商会より提供される予定だ。
この新紙が紙全体の売上や、他の街への輸出で多くの利益をもたらせば、そこに発生する税金の一部は、ニーナが優先的に政策に使用できることになっている。
それらのお金を計算し、前借りして使用した。
「はい、どうぞ」
ニーナが最後の一人に食糧を渡し終える。
受け取った子供は、手を振りながら笑顔で走り去っていった。
始めた当初は緊張していたニーナも、一ヶ月もやっていると慣れたようだ。多くの者の顔や名前も覚え、コミュニケーションもとっている。
「はっ、上手く馴染んだようだな」
後ろからボレスラフが声をかけてきた。
「まぁな」
ボレスラフとニーナの母リリアの関係は、分からなかった。いや、正確には、この区画の顔である彼との関係を考慮して、調べることをやめた。
ボレスラフの動きをよく見れば、戦闘訓練を受けた者の身のこなしである。体の動かし方を誤魔化してはいるが、毎日彼を見続けた結果、違和感に気づいて見破ることができた。
ボレスラフについても、簡単な調査以外行わなかった。本人がこちらの動きを、察知しているかのようだったからだ。
彼の過去には何かあるのかも知れない。だが、それを知るよりも、現状の関係性を良好にする方が重要である。
「それにしても、よく続けたな。まさかこんなに続くとは思わなかったぞ」
ボレスラフは褒めているのか、貶しているのか判断に迷う言い方をしてくる。
彼とはこの一ヶ月で、だいぶ親しくなることができた。ニーナと一緒に何回か食事にも誘われた。
貧民街の住人からもある程度信頼を得られたので、そろそろ次のステップへ進んでも良いかもしれない。
「ボレスラフ、このあと時間をもらってもいいか。話したいことがある」
「構わんが・・・」
「安心してくれ。お前達が嫌がるような話ではない」
怪訝そうな顔をしたボレスラフの肩を軽く叩いた。
その場の撤収作業を終わらせてから、ニーナやガドと共に、アランはボレスラフの家を訪問した。
何回も訪れた客間に通される。
「話っていうのは、何だ」
結論を急ぐ男である。だが、一ヶ月の間にアラン達と、ボレスラフとの間には、挨拶など必要のない関係性が出来上がっていた。
「俺達が一ヶ月前に言ったことを、覚えているか?」
「どれのことだ」
「食糧提供だけで終わらせるつもりはない、と言ったことだ」
「ああ、覚えているぜ」
ボレスラフは記憶を探るように視線を上へあげて、答える。
「そろそろ次の段階へ移りたいと思う」
「今度は何をする気なんだ?」
この一ヶ月で、ボレスラフからある程度の信頼を勝ち取ることはできた。それでも、彼の言葉には若干の疑念が混じっている。
「就職の斡旋だ」
端的に言い切ったアランの言葉で、ボレスラフの顔に刻まれていたシワが、一層深くなった。
「本気で言っているのか」
「もちろんだ」
「職がないから、いや職にありつけないからここにいるんだろ。あいつらは決して、ただの怠け者の集まりじゃない」
そんなことは知っている。街の中で仕事を見つけることは難しい。
まずは紹介がないとまともな職にありつけないことが多い。信用が第一なのだ。紹介は家族や友人、近所の人など近しい人から行われる。その紹介があってこそ、就職の面接に臨める。
行政官登用試験などの例外はあるが、そのような職種は、総じて一定以上の学力と学歴が必要になってくる。
そのため、一度社会からはみ出た者が、再びまともな職にありつくことは難しい。そして、まともでない職は数も少なければ、賃金も安い。そう言った理由で、貧民街に行き着く者が多かった。
「雇用は俺が用意する」
「冗談だろ?何人いると思っているんだ?」
アランは後ろに立っていたガドに目配せをして、書類を受けとる。
「これが計画書だ」
アランの差し出した紙束を、ボレスラフは神妙な面持ちで受け取った。
「紙の製造工場だと?」
「ああ、俺達が懇意にしている商会が輸出用に、紙の大幅な生産に取り組む。そこの従業員をやってほしい」
「奴隷のようにこき使う気か?」
「奴隷ね・・・」
アランはそこで一拍呼吸を置いてから、話を続けた。
「細かい雇用条件は書面に記載してあるから、確認して欲しい。読んでもらえば分かるが、そんなに悪い条件じゃない」
ボレスラフはしばらく無言で計画書を読んだ。
しばらくして、ボレスラフが顔をこちらに向けた。どうやら、内容の確認が終わったようだ。
「悪い条件ではない。だが・・・、本当に可能なのか」
貧民街の住人の約五百人を雇う計画。この区域に紙の生産するための工事を新設し、雇用する。もちろん、小さな子供や、働けないような病人や老人は除いてだ。
働けない者に関しては、この工場で働く他の労働者の賃金から一部お金を徴収し、それで養う。共助によって、この場所にいる全員を救う。
紙の製造工程では、様々な工程があるため、体に障害があっても、自分に合った工程を選べば作業ができる。そのため、全く働くことができない人は少ない。
「コニン商会にも話をつけてあるし、紙の販売ルートも確保した。あとはここの住人次第だ」
「一つだけ懸念があるとすれば、ここだな」
ボレスラフは計画書の内容の一部を指し示す。労働者の賃金の中から、働けない者のために、お金を徴収する旨の記載がある部分だ。
「徴収する金額は、賃金の一割程度だ。仮にそれを差し引いても、十分な金額が貰える。あとは、ボレスラフが住民にどう説明するかだと思うがな」
「ぅうむ。俺の責任が重すぎないか?」
「ここの顔だろ。頼んだよ。この一ヶ月、ここで活動してきて分かった。あなたは皆から信用されている。そんなあなたの言葉なら、きっと受け入れてくれるはずだ」
アランとボレスラフの視線が交差する。
「分かったよ。やってみる」
最終的にはボレスラフが視線を外して、立ち上がり握手を求めてきた。
アランはその手を力強く握り返すのだった。




