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奴隷の王様  作者: 本郷
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第2部 26


 アランはニーナとガドの三人で、貧民街を歩いていた。


 周囲からねっとりとした視線を感じつつも、気にしない。


 本来であれば、護衛をつけて入るような場所であった。しかし、アランの力を持ってすれば、他の二人を守ることくらい容易であった。


「空気が重たいですね」


 普段の街とは異なる雰囲気に、落ち着かない様子を見せながら、ニーナは周りを忙しなく見ている。


「あまり視線を彷徨わせるな。襲われるぞ」


 ここは弱肉強食のなんでもありの貧民街。何も知らない素人が来たと知れば、襲いかかってくるだろう。もちろん返り討ちにするが、これから支援する手前、あまりトラブルは起こしたくない。


 襲いかかろうとする気配があれば、アランは魔力で威圧し、その行動を抑制する。


 通りを十分ほど歩いただろうか。一際大きな建物の前で、ガドは立ち止まった。


 ここは貧民街を取りまとめる長の家だ。周囲の家よりは大きいものの、所々壁が剥がれており、ここが貧民街であることを想起させる。


 アランは扉をノックする。事前にアポは取っていなかったが、幸いにも留守ではなかった。


「何のようだ」


 扉の奥からぶっきらぼうな声が聞こえる。


「お願いがあり来ました」


 三人の中で、代表してアランが答える。


「お願いだと?面倒ごとはごめんだ、帰りな!」


 扉の向こうの男は強く言い切り、出てくる気配がない。


「ここにはこの街の議員である、ニーナ・ウォーカーがいます。私たちは、これまでのように、あなた方に不利益を押し付けに来たのではありません。この場所を、良い方向へ変えるために来たのです」


「ニーナ・ウォーカーだと!?」


 扉の向こうで、驚いたような声が聞こえる。


 その後、数秒の沈黙の後に扉は開かれた。


「入れ」


 中から姿を現したのは髭面で大柄な、山賊のような男だった。


 家の中は外壁とは違い小綺麗で、ここが貧民街であることを忘れそうな内装だ。


 男の案内で、リビングらしきところに通される。


「適当に座れ」


 男の指示にアランとニーナがソファに、ガドがその後ろへと立った。


 男はアラン達が着席したことを確認すると、ニーナの対面となる席に、腰を下ろした。


「で、お願いってのはなんだ」


 男はニーナの顔を横目で見ながら、アランに尋ねた。


「まず、あなたはこの区域一帯の顔役をしている、ボレスラフさんで間違いないですよね?」


「あぁ、そうだが」


「実は今度、この区画で食糧配布をしようと考えています」


「また酔狂なことを考えるな。何のパフォーマンスだ」


「パフォーマンスと言われれば、そうかも知れません。ただ、我々は本気でこの貧民街と言われる区画を変えたいのです」


「・・・」


 ボレスラフは何も答えない。ただじっとニーナの顔を見ていた。


「お前はリリアの娘か?」


 ニーナは突然の質問に、少し戸惑いながらも首を縦にふる。


「リリアは私の母ですが・・・」


「そうか、お前が」


 ボレスラフはしばらく思いにふける様子で、目を瞑る。次に目を開けた時には、何かを決意したような顔をしていた。


「分かった、お前達に協力しよう。食糧配布をするんだったな。場所はニ丁目の広場が適しているだろう」


 突然の協力的な態度に、アラン達は戸惑うもも、協力が得られたことで胸を撫で下ろした。


 三人はボレスラフの家を出ると、広場の場所を確認し、貧民街を後にした。





 アランは帰宅後、エマに情報収集を命じた。


「ニーナの実母と、ボレスラフの関係を調べてくれ」


「分かった」


 エマは端的な答えで、余計なことは聞かない。


 アランは事前にニーナに許可を得て、彼女の母親とボレスラフの関係を調べることにした。何もなければ良いが、場合によっては、アラン達の計画に、影響を及ぼす可能性がある。


 ニーナは幼少期の記憶を持っていない。理由は分からないが、覚えていないそうだ。一番初めの記憶は、母親のリリアと義父が一緒に暮らし始めた時だそうだ。


 リリアは過去について話さない人だったようで、ニーナもウォーカー家に来る前のことは、知らないようだった。


 


 



 その日は非常に澄み切った空であった。どこまでも青く青く綺麗な空だ。


 そんな青空の下で、無償の食糧提供が行われていた。


 当初は混乱が生じることも予想していたが、ボレスラフの協力もあったためか、比較的落ち着いて、必要な人に食糧を配布することができた。


「はい、どうぞ」


 ニーナは一人ずつ丁寧に食糧を渡していく。


 貧民街の住人は、お世辞にも綺麗と呼べる人は少なかった。そんな者達に、高級住宅街で育った彼女が、なんの躊躇いもなく接していることに、アランは改めて驚かされた。


 食糧を全て配り終えたころ、ボレスラフが姿を現す。


「特に大きな問題も起こらなかったな」


「それは、ボレスラフさんが色々と手を回して下さったかだでしょう?ありがとうございます」


 ニーナが微笑みながら、感謝の言葉を述べる。


「あいつらも腹が減ってるんだ、下手な騒動なんか起こして、台無しなんかにはしないさ」


 ボレスラフは顎髭を触りながら、今度はアランの方を見た。


「それで、これで終わりってわけではないんだろ」


「もちろん、食糧提供は定期的に続けるし、他にも第二、第三の施策も考えている」


「けっ、精々頑張るんだな。だが、ここの住民を甘く見ると酷い目に遭うぞ」


 ボレスラフは人相の悪い顔を、さらに凶悪に歪めながら、歩き去っていった。


「何をしに来られたのでしょうか?」


「心配して様子を見にきたんだろ。おそらく・・・」


 その先の言葉は推測になるため、アランが口にすることはなかった。



 


 食糧提供を控えた数日前、アランとニーナは、エマからリリアとボレスラフに関しての、報告を受けていた。


「分からなかった」


 初めてだった。エマからそんな言葉を聞くのは。


「二人に全く接点がないということか?」


「いいえ・・・」


 エマは言い淀む。


「何らかの関係はあると思う。あの区域には不自然に欠けている情報がある。あと、調べている最中に、ボレスラフに勘づかれそうになった」


「お前が?」


 エマの隠密は完璧だ。見破られることなどほぼない。それを見破ったということは。


「時間をちょうだいアラン、必ず突き止めて見せる」


「いいや、これ以上ボレスラフを刺激することは、やめよう。今後の活動に支障がでるかもしれない」


 知らなくていいこともある。それを無理に知ろうとして、目の前の大切なことに、影響を及ぼすわけにはいかない。


 アランはニーナにも確認をとり、リリアとボレスラフの関係調査を打ち切った。

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