第2部 21
ガドはその日も、アランとチェスを指していた。
アランは毎日ガドの職場を訪れて、チェスの試合を申し込んでくる。
(つ、強い)
今日も負けた。
ガドはアランに一度も勝てていなかった。
これまで、ガドにとってチェスは、美しい指し筋を考える一人用の遊戯だった。そのため、対人戦はそこまで多くやっていない。
それでも前回の敗戦から、勝利のために勝ち方を研究し、美しさよりも勝つことを重視した。
たが、アランには勝てなかった。現在四連敗中である。
悔しい。悔しかった。ガドはアランが去った後、その日の勝負の内容を振り返り、次に備えていた。何パターンも指し手を研究し、万全をきしていた。
それでも勝てない。こんなことは初めてだった。
ガドは自分を周囲の人間より頭が良いと思っている。それはこれまでの試験の成績や、仕事の結果を見れば間違い。
初めてだった。自分が本気で挑んでも越えられない壁があることが。
ガドは今日の負けた盤面を見る。明日こそは勝つために指し手の研究をするのだった。
それから十五日後。
「か、勝った」
ガドは目の前に相手がいることも忘れ、ガッズポーズをとっていた。
アランとの対戦でようやく勝利を掴むことができた。
ここまでの道のりは長かった。九回目の対戦から、接戦の勝負をすることはできた。しかし、そこからが長かった。あと一歩、あと一手届かない。
今日はぎりぎりのところで勝つことができた。
「おめでとう」
アランが手を叩き賞賛してくれる。側から見れば、嫌味にもとれる。しかし、これは彼の心からの賞賛だろう。長い間、彼と向かい続けたガドには分かった。
「いい目ができるじゃないか」
アランから続けて発せられる言葉に、ガドは思わず反応してしまう。
「いい目?」
「最初はこの世の全てが敵だ、っていう顔をしていたじゃないか。不貞腐れて、塞ぎ込んだ、クソ野郎の目だ」
何だ突然。言ってくれる、言ってくれるじゃないか。・・・こっちの事情も知らないで。
「知っている。知っているさ」
「何だと?」
「冤罪をかけられたんだろ?なぜ、抵抗しなかった。まさか、周りに失望したとか言わないよな」
そうだ、その通りだ。なぜ、頑張るのかが、分からなくなったのだ。
口には出していないその思いを、アランが心を読んだかのようにして答える。
「それなら、ニーナ・ウォーカーの元につけ。彼女も、俺も、お前を裏切らない。お前の努力は正当に世の中に反映させる」
真っ直ぐな瞳だった。黒い大きな瞳、吸い込まれそうになる。
アランとは半月以上、チェスを通じて語り合った。だからそこ、彼の本質が少しは分かるようになっていた。
魅力的な人物だ。そして、そんな彼が慕うニーナ・ウォーカーという女性もさぞ立派な人物なのだろう。
ガド自身焦りもあった。表面上は左遷を肯定し、趣味に打ち込めるようになった、と己を納得させたが、心の奥底では、このままではいけない、とも思っている。
地獄に垂らされた一筋の糸。今掴まなければ一生ここから這い上がれない気がした。
もはや直感だった。
「分かった。お前達に協力しよう。だが・・・」
言いかけたその先の言葉を飲み込む。
「分かっている」
アランはそう言って手を出した。
ガドはその手を力強く握り返すのだった。
翌日、アランが一人の女性を伴ってやってきた。
紫色の瞳が綺麗な人物である。
「ニーナ・ウォーカーです。はじめまして」
予想通りの挨拶にガドは定型文で返事をして、席を勧める。
「この度は、我々のお話しを受けて頂きありがとうございます」
「敬語は不要です、ウォーカー殿」
「・・・そうですね。でも、癖なので許して下さい。あと私のことはニーナとお呼び下さい」
「分かりましたニーナ殿」
互いの紹介も終わり、ガド、アラン、ニーナの三人は今後の方針について話し合った。
その中でニーナからとんでもないビジョンが伝えられた。
「魔人の権利保障?人間との共存?本気ですか」
「ええ」
彼女の言葉に澱みはなく、本気であることが分かる。
ガドは魔人にそれほど嫌悪感はない。両親や近いし人で魔人の被害を受けた者がいないからだ。
しかし、そんな者は少数派だ。多くの者が戦争で大切な誰かを失い、傷つけられた。だからこそ魔人奴隷は虐げられる。
「私は力をつけたいのです。今の私では誰も言うことに共感してくれません。だからこそ、まずはこの街を良くして、多くの人から信頼を勝ち取りたいのです」
「分かりました。どこまで出来るか分かりませんが、お手伝いしましょう」
彼女のぶっとんだ理想には驚いたが、ガドとこの街のために働くという方向性は同じであった。
「じゃあ、これを」
それまで黙って話を聞いていたアランが、紙の束を机の上に置く。
「俺たちが今持っているカードだ」
ガドはその紙の束から、一束取り出し中身を読む。協力している商会や人物の情報が書かれていた。
これを最大限活かした策を考えてみてほしい。
アランの言葉にガドは顎を引いて、小さく頷いた。
忙しい日々の始まりであった。




