第1部 16
アランはカリバーンに向かって、一直線に突撃する。
手には魔力で形成した剣を、携えていた。
「うぉおおお!!!」
しかし、攻撃は相手に届く前に対応された。
(重い)
カリバーンまで残り数mといったところで、体が急に重くなる。
敵の能力に捕らえられたのだった。
体にかかる圧力のせいで動きが止まり、そして圧力は次第に強くなり、膝をつく。
周囲の地面は圧力に耐えきれずに、亀裂がはしっていた。
目の前の敵を睨みつける。カリバーンの右手に魔力が収縮していく。
本能的にまずいと思ったアランは、筋肉がはち切れんばかりの力を足に込めて、その場から横に飛び退いた。
その退避とほぼ同時であっただろうか。相手の攻撃が今までいた場所に直撃した。
カリバーンの放った黒い塊はアランが元々いた場所で大きく膨張して、そのまま爆発した。
飛び退いていたアランもその衝撃を多少は受けたが、そのままあの場所にいたら、ただでは済まなかったであろう。
後ろに下がり一度距離をとる。
ニーナを追う様子はない。それを再度確認すると、アランはじっくりと目の前の敵を分析することに集中した。
生物は生まれながらにして魔力をもつ。それは人間も例外ではない。そして、そんな魔力を魔人も人間も長い歴史の中で磨き上げ、争うための力として利用してきた。
魔力はそれ単体として攻撃に使える。魔力をそのまま体外に放出するだけでも、それなりの威力となり、体に纏わせることで、肉体の強度を上げることもできる。
また、一部の才能を持つ者は、魔力による特別な力を発現させることに成功させた。各人が思う現象を、社会を、世界を、魔力を通じて実現させることができるようになった。
世間ではそれを固有能力と呼んでいる。
おそらく、カリバーンは固有能力を開花させ、それにより圧力を操ることができるのだろう。
そう考えるとこれまでの攻撃が説明できる。
ちなみに、エマの能力は、自らの影を操ることができることだ。
魔力は人の特性に応じて、様々な個性を開花させる。
だからこそ固有能力を持つ者同士の戦いは、使い方が非常に重要となってくるのだ。
アランは自分の拳を見つめる。アランの能力は・・・
アランの能力は他の人の固有能力をコピーすることであった。
他者の能力を見て、その現象を理解することで己の技にすることができる。もちろん、制約もある。
自らの能力にするために相手の技を見て、理解する必要があり、かつ、己の中に留めておける能力は2つが限界であった。
このアランの固有能力は、魔人から人間へ変化を遂げても失われていない。
しかし、自身がストックしていた能力は全て失われた。
アランは目の前の敵を見つめる。
圧力を自在に操る能力を持った男に対して、どのような手を打てば効果的であるか。相手は戦闘センスも抜群である。
敵の弱点を見極め攻撃していかなければ、勝機はないことをアランは本能的に理解していた。
「どうしたんだい。そんなにじっと見て」
「考え事ぐらいさせろよ」
カリバーンの問いかけに、気さくな感じで返して、アランは方針を決める。
「カリバーン、降参するなら今のうちだぞ」
「降参?まさか。負けているのは君の方だろ」
まったくその通りだ。
アランは薄い笑みを浮かべて大地を蹴った。
まっすぐに敵へ向かう。
「君も懲りないね」
やはり相手まで残り数mになると、上から急激な圧力が襲ってきた。そしてその圧力は徐々に強くなる。
しかし、今度は膝をつく程の圧力にさらされる前に、距離をとることで、敵の攻撃を回避した。
どうやらカリバーンは、自らの周囲数mに、上から圧力をかけているようだ。そして、相手が近づき動きが鈍ったところで、さらに上から圧力をかける。そうして、完全にその場に足止めして、とどめの一撃を放つ。
シンプルだが、非常に厄介な戦術だ。
「君の能力も見せてくれよ」
カリバーンの声は楽しそうだった。しかし、快楽だけでなく、おそらく警戒もしているのだろう。能力の相性は勝敗に大きく影響するのだから。
アランは相手の言葉には答えずに、右手を突き出す。己の中に流れる血液に意識を集中させる。
(行け!)
右手の傷口から流れていた血が、意志を持ったかのよに、鋭い斬撃となってカリバーンに襲いかかった。
しかし、血の刃は相手に辿り着く前に、上からの力に推し潰され、相手に届かなかった。
アランはそれを見届けると、相手を中心として円を描くように走る。
そして走りながら、血の斬撃を放つ、放つ、放つ・・・。体の中からギリギリまで血液を絞りだし、魔力をのせて攻撃する。
カリバーンはそんな攻撃を、一つ漏らさずに処理していった。彼の周囲がアランの血で真っ赤に染まる。
(今だ!)
アランは頃合いを見計らい、意を決してカリバーンに向かって走り出した。その途中で、相手の周囲を深紅に染めている血液を、鋭い刃へと変え襲わせる。カリバーンがそちらに気を取られた。
そして、相手の数m手前で体が急激に重くなる。
まだだ。ここからだ!
体に魔力を巡らせ、肉体を限界まで強化する。その結果、速度をほぼ落とさずに、敵の目前まで迫ることができた。
先程までとは異なる動きに、カリバーンは一瞬ではあるが、反応が遅れたような気がした。
少し手を伸ばせば届く距離まで接近したアランは、魔力で形成した剣を、相手の上半身を切り裂くべく振るう。
(入った)
勝利を確信したアランであったが、もう一歩足りなかった。
アランの腕が突然重くなる。そして、刃は虚空をきり地面を叩いた。
目前にいるカリバーンと目が合う。
蹴りがアランの右脇腹に炸裂する。その衝撃に耐えきれず、後ろに吹き飛ばされた。
受け身もろくにとることができなかったため、無防備に地面を転がる。何とか立ちあがろうと上体を起こすが、目に飛び込んできたのは漆黒の塊だった。
まずい。そう思った時に、その塊は破裂した。衝撃がアランに襲いかかる。必死に魔力でガードするも追いつかずに、体の至る所に酷いダメージを負った。
ゆらゆらと立ち上がる。
本当はこのまま倒れていたかった。身体中が痛み、悲鳴をあげている。
だが、アランが負けることで、今度はニーナの命が失われてしまうことは、承服できなかった。
「降参したらどうだい?」
慈悲にもとれるその言葉に、アランは薄い笑みを浮かべて返答した。
「降参したら、俺とニーナを見逃してくれるのか?」
「君はいいけど、彼女は殺さないといけない」
「なぜ?」
「帳尻合わせのためさ」
駄目だ。意味が分からない。話が通じないタイプの人間だ。交渉でなんとかなれば、とは思ったがそれもできそうない。
体に魔力を流し、アランは再び走り出した。
「うぉおおおお!」
再びカリバーンへの突撃を行う。その度に相手の能力に押しつぶされ、攻撃を受ける。
しかし、それでもなんとか致命傷を回避しながら戦い続けた。
時間にして五分もなかっただろう。それでもアランにとっては、数時間にも思えるような戦闘だった。
ついに体に限界が訪れる。右足に魔力を通しても感覚がなかった。もう、動けなくなる直前の合図だ。
アランは覚悟を決める。そして、最後の突撃を敢行した。
いつ以来だろうか。アランは体の限界を超えたトップスピードで敵へ突撃した。
そして、同時に能力を発動した。その能力は圧力・・・ではなくそれを応用した浮力。
カリバーンの能力が、一定の向きに加わる力を増大されることなのは理解した。カリバーンは、上から加わる力を増大させ圧力で押し潰したり、また周囲の力を一点に凝縮し、それを瞬間的に解放するのことで、爆発を引き起こしていたのだ。
理解はできた。しかし、それを自分自身に落とし込み、トレースするのに時間がかかった。
いや、まだ確実に模倣できるとは断言できない。それでも、やるしかなかった。
一定のラインを通過すると、アランの体を押し潰そうと圧力がかかる。だか、残り少ない魔力を全身に流し、筋力を強化して、それに抵抗する。
「ふっ」
最後の悪あがきだと判断したカリバーンは、アランにかかる力を強めた。
(今だ!)
心の中で叫び、アランは発動する。
下向きのベクトルで働くカリバーンの圧力に対して、アランは上向きの力である浮力を発動させる。
相手が加える力とまったく同じ力を再現し、相殺する。これは魔王として君臨し、数多の猛者と戦い、死線をくぐってきたアランだからこそ、できたことであった。
アランは減速することなく敵の懐に入れた。そして、勢いそのままに、魔力剣で相手の胸を突き刺す。
手ごたえは確かにあった。相手の心臓を確実に貫いた手ごたえが。
しかし、アランは危険を感じ、咄嗟に後ろに飛び距離をとる。
カリバーンが攻撃を仕掛けてきたのだった。
心臓を貫かれてもなお動く敵に、目を見張った。しかし、相手の動きは長く続かずに、地面に膝をつく。
もう、長くはないだろう。しかし、死なれては困る。なぜニーナを襲ったのか、聞き出さなければいけない。
アランは一歩、また一歩慎重に近いた。
だが、アランの手がカリバーンに伸びる前に、別の者がアランの前に立ち塞がった。
何者であるかは、カリバーンを庇う姿勢を見れば一目瞭然である。彼の仲間だろう
目の前に立ち塞がった女は、死んでいてもおかしくないくらい酷い怪我を負っていた。
それでも目は死んでおらず、こちらを力強く睨みつけてくる。
女の手がカリバーンに触れる。
その次の瞬間には、女もカリバーンも、アランの目の前から消えていた。彼女の能力による移動だろうか。
魔力残滓を追えば、追いつけるかもしれない。しかし、アランは追撃しなかった。
カリバーンに致命傷を負わせ、また女も瀕死である。すぐに脅威となることはないだろう。
それよりも、踵を返しエマを探す。先程の女があれだけの傷を負っていたのは、間違いないくエマによるものだろう。そして、女が目の前に現れたということは、
アランの中で最悪のイメージが浮かぶ。
しかし、そのイメージは現実にはならなかった。
「ごめん」
よろよろとした足取りで、こちらに向かってくるエマがいた。
「敵を逃した」
良かった、生きていて。アランは謝るエマの頭を優しく撫でた。
そして撫でたあと、エマにもたれかかるように気を失うのであった。




