第1部 15
リオネスは深いため息と共に、自らの仕事に取り掛かった。
リオネスは、このサンクレア王国でも有数の闇組織所属していた。そんな彼女の頭痛の種が、トップであるカリバーンの奇行である。まさしく悪のカリスマとも呼べるカリバーンは、その才能で多くの者を従え、弱小だった組織を、国内屈指と言われるほどまでに押し上げた。
カリバーンと幼馴染であるリオネスは、そんな彼の成り上がりを間近で見ていた。贔屓目なしでも、彼のことを天才だと思っている。だか、そんな彼にも弱点はある。
時々ではあるが、よく分からない行動をするのである。
今回もそうだ。見知らずの男から頼まれた相手を殺そうとしている。カリバーンであればその程度の願いを、問題なくこなすだろう。
しかし、そんな奇行に度々振り回さられ身としては、非常に困ったものである。今回もカリバーンを追いかけて、王都からこんな辺境の街までやって来なければいけなかった。
まあ、これが終われば、王都に戻り、仕事に精を出すだろうから、問題はない。
リオネスはカリバーンの奇行を早く終わらせるため、今回の暗殺対象である、ニーナ・ウォーカーについて調べる。
ニーナ・ウォーカー、・・・貴族の次期当主らしいが、問題はない。この街に長く留まることもないし、護衛もついていない。
ニーナの家で殺すことも考えたが、依頼人と同じ場所に住んでいる以上、さすがにそれは、避けた方がよいだろう。
そこで、リオネスは彼女が毎日通っている喫茶店にあたりをつけた。
「カリバーン様、この場所でやりましょう」
カリバーンはゆっくりとした動作で、差し出された地図を受け取る。
「そうだね。さすがリオネス。仕事が早いな」
屈託のないカリバーンの笑顔に、その綺麗な瞳に、思わず吸い込まれそうになる。
そんな自分に喝をいれ、リオネスはカリバーンを促した。
「でしたら、早速実行に移しましょう」
こんなところで、長く燻っているわけにはいかない。そんなリオネスの思いが伝わったのか、カリバーンは鷹揚に頷くのであった。
ーーー
ニーナは布団の中で身を丸めて、自問自答していた。あの日の光景が、目から離れない。
飛び散る血と切り落とされる首、それだけではない。舞うは無数の刃と魔力。
また、グスターヴ邸へ乗り込んだ時も、肝を冷やした。
ニーナはアランの言葉を思い出す。今の世界で、魔人の味方をするなら、今後もこういうことが起こると。だからこそ、こんな目に会いたくないなら、大人しく手を引くべきであると。
アランはニーナに覚悟を問うていたのだった。もちらん、すぐに頷いた。そして、その場は勢いで乗り切った。
しかし、後になってから、頭の中に何度も戦いの映像がフラッシュバックして、ニーナの気を散らせる。
そんなことをしていると、もう日が上り始めてしまった。
瞬間的にまずいと感じる。今日も広場で演説をしなければならない。睡眠不足では、ろくなパフォーマンスを発揮することはできない。
目を瞑り、無理矢理にでも夢の世界へ旅立とうとする。しかし、寝ようと思えば思うほど、目は冴えていった。
そして、結局はその日は、一睡もすることなく家を出るのであった。
広場での演説の打ち合わせのために、馴染みの喫茶店へと入る。アランは既に席に座っていた。
彼の顔からは疲労を伺うことができない。昨夜はぐっすりと、眠れたのであろうか。これは覚悟の違いか、それとも慣れなのか・・・
後で聞いてみよう、そう思ってニーナは、アランのいる席へと向かった。
ーーー
アランは喫茶店で、ニーナと今日の演説について話あっていた。
彼女の顔を見た時に、疲れている様子を見てとれたが、あえてそこには触れずに話を進める。
昨夜はきっと悩んで眠れなかったのだろう。そして、晴れやかな顔をしていないことから、まだ、その悩みは解決できていないと推測できる。
ニーナに優しい言葉をかけて慰めてやることはできる。しかし、これは彼女自身で、乗り越えなければいけないことだ。
アランはニーナが、一人でこの壁を乗り越えてくれることを期待していた。
少しぎこちのない空間が生まれる。しかし、そんな雰囲気に長く悩むことはなかった。
(え!?)
アランが気がついたのは直前だった。
ニーナと会話のなかで、突然彼女の首に刃物が迫る。なんの違和感もなかった。だからこそ、この違和感を排除しようと、体が積極的に動かない。
それでも元魔王であり、彼女の首を短刀が突き刺す前に、意思の力でその状況を止めに入った。
「くっ!」
アランが咄嗟に差し出した手は、寸前で刃物を止めた。
攻撃した男と目が合う、その男は自らの行いが止められたことに少し驚きながらも、笑った。
「面白い」
確かにそう言った気がした。しかし、そんなことを悠長に確認している暇はなかった。
男は一歩後ろに下がり、右手に魔力を集める。初手が失敗したら、あらかじめどのような動きをするのか、決めていたのだろう。その動きには、淀みがなかった。
右手に集積される魔力に、嫌な予感がしたアランは、咄嗟にニーナの腕を掴み、こちらに引き寄せる。
そして間を置かずに、圧倒的な圧力が、アラン達のいた店を襲った。
魔力を使って自分とニーナ、そして店内にいた人を守る。そのおかげで、中にいた人は突然発生した力に、押しつぶされることはなかった。
だがそんな配慮は、アランに大きな隙をつくってしまう。
刹那の隙、それでも男はその隙を見逃さなない。
男は今度は反対の手で形成した魔力を、アランに向かって投げつける。
アランは抱えたニーナを覆う魔力をより一層厚くした。
敵の魔力が、アランの前で爆発する。
その衝撃はアランとニーナを、店の外へ吹き飛ばした。
アランは店外へ弾き出されながらも、ニーナが怪我をしないように庇い、そして急いで体勢を整える。むろん、次の攻撃に備えだ。
しかし、一向に二人に対しての追撃は、やってこなかった。
先程の攻撃により砂埃が周囲を多い、視界が極めて悪いなか、ニーナを地面に下ろして、後ろに庇いながら警戒を続ける。
コツコツコツ。
一人の男が、砂埃の向こう側からゆっくりと歩いてきた。
「素晴らしい」
オールバックの、綺麗な瞳をした男だった。全身黒の服に身を包んだ男は、優雅に拍手までしている。
「馬鹿にしているのか」
「そんなことはありませんよ。単純に攻撃を受け切ったあなたを、賞賛しているんですよ」
何を言っているのだこいつは。
そもそも何者だ、暗殺者か?
目の前の敵を見定めながら、今後の動きについて考えを巡らせる。
逃げるか、戦うか。逃げたとしても、また襲われることを考えると面倒くさい。戦うとなれば、ニーナをどうするか・・・。
(そもそもなぜこいつは、襲ってこないんだ)
「あなたの考えを当てましょう。なぜ、私があなたにすぐ襲いかからないのか」
心を読んだかのように、目の前の男が話し出す。
「堪能したいのですよ。強者を相手にするのは久しぶりなのでね。私の名はカリバーン。あなたの名前を教えてもらっても?」
「・・・アランだ」
名乗るかどうか迷ったが、答えた。
カリバーンはその答えを聞いて満足そうに頷く。
「では、アラン。始めましょうか」
一気に相手の魔力がはねる。
カリバーンが右手を前に突き出す。アランは左に飛ぶ。一拍のあと、アランの元々いた場所が圧力によって潰された。
カリバーンの攻撃を右にスライドして避けたアランは、抱えていたニーナを下ろした。
「ニーナ!衛兵の詰所まで走れ!」
他の伏兵が、彼女を狙っている可能性もあった。しかし、アランには、ニーナを庇いながら敵と戦うほどの余裕がないことを、先程の魔力で感じとっていた。
また、ニーナの影にはフレイの分身もいることから、目の前にいる男から彼女を遠ざけることを、最優先にした。
ニーナはこくりと頷き、詰所へ向かって走る。彼女自身も、おそらく自分がいても足手纏いにしかならないことを、本能で感じとったのだろう。
遠くなる背中を感じながら、アランは目の前の相手を排除すべく、神経を集中させるのであった。




