第1部 14
ビッコはその知らせを受けた時、膝から崩れ落ちた。腹の奥から込み上げる何かを押し留めるために、口に手をあてる。
「嘘だろ」
グスターヴから母のカーラにもたらされた報告は、事実上の死刑宣告だった。
『ニーナをウォーカー家の当主とする』
ビッコはその内容を、素直に承服することができない。
「つい、先日まで僕が当主になることを推していたのに、・・・どうして」
ビッコの心からドス黒い何かが湧き出てくる。
「どうして、反対してくれなかったんだ!」
目の前にいるカーラに当たり散らすが、彼女は目線を下に向けたままで、こちら見なかった。
「くそっ、くっそ、クソが!」
大声をあげて喚き散らした。部屋の物を壊して、壊して、壊した。
いつの間にかカーラは部屋からいなくなっていた。
「はっ、はっ、はっ」
普段からあまり動かないため、すぐに息があがった。床にへなへなと座り込む。どうして、どうしてこうなったんだ。
帰宅したらカーラが突然部屋にやってきたかと思えば、当主をニーナにすると言い出した。理由を聞けば、後ろ盾のグスターヴからの指示によるものらしい。
なぜ赤の他人に、自分の家のことを介入されなければいけないんだ。
カーラはグスターヴに裏切られたことで、ビッコが当主になることを諦めている。
だが、ビッコはまだ諦めていなかった。妾の血を引くニーナよりも、正当な血を引く自らの方が、当主に相応しいと考えている。
「自分のことは自分で解決するしかない」
誰に言ったのでもない、自分に言い聞かせ、下町へと出かけた。
ビッコは微かな記憶を元に、見慣れない道を歩いていた。
「確かこっちか」
ビッコだってその手の情報は持っている。もはや、ニーナをどうにかするためには自分で外部に依頼して、なんとかするしかなかった。
しかし、その考えは大きく外れた。何の力もない、紹介状も持っていない、ビッコを相手にしてくれる組織は、一つもなかったのだ。
「どうして、どうして!」
悔しさで涙が溢れる。そして同時にポツリ、またポツリと雨が降り出し、体が濡れる。惨めだった。
その雨はいつしか土砂降りへと変わっていった。
打ちひしがれていたビッコも、流石にこのままでは体が冷えてしまうと思い、手近な店へ入った。そこは居酒屋である。
ちょうど気分転換に飲みたくなっていたビッコは、アルコール度数の高い酒をどんどん頼み、水を飲むように酒をあおっていく。飲んで、呑んで、のみまくる。
何時間くらい経っただろうか。すっかり酩酊してしまった。頭が痛く、気持ち悪い。胃の奥からムカムカとした何かが込み上げてくるが、それを抑えるだけの力は残っていなかった。
「おえっ!」
胃の中の物を床にぶちまける。店員が面倒くさそうな顔をしながら、こちらにやってくる。
「お客様、店内で吐かないで下さい。吐くならトイレへ」
そう言われた瞬間、自分の中で、何かが切れたのがわかった。これまで抑圧されていたことが、お酒の力も相まって弾け飛ぶ。
「うるせぇな!」
そこから先のことを覚えていない。気がつくと、血だらけになって、裏路地に打ち捨てられていた。
全身が痛い。痛すぎて体を上手く動かすことが、できなかった。
そんなビッコに話しかけてくる人物がいた。
「大丈夫か?」
見上げるとそこには、黒いコートを着た男が立っていた。オールバックの髪とら吸い寄せられそうな瞳が印象的な男であった。
「何だ!?何か用か?」
ビッコはぶっきらぼうに、言葉を返す。
「俺は定期的に奉仕活動をしているんだ。誰かの願いを聞くことで・・・・」
男が何を言っているのか、最後まで聞き取ることができなかった。しかし、ビッコはその吸い寄せられそうな瞳に魅了され、いつの間にか、自分のこれまでの出来事を話してしまっていた。
話を聞き終えた男が空を見上げる。ちょうど雨があがり、青空が顔を出したところだった。
「つまり君は、ウォーカー家の当主に、つきたいということなんだね」
「ああ、そうだ!俺は当主になりたいんだ」
「そのニーナという女性を殺してでもかい」
一瞬の間があくも、ビッコは頷く。
「そうか、そうなのか。ならばその願い、このカリバーンが叶えよう」
両腕を大きく広げ、高らかに宣言するその姿は、ビッコににとって天使にも悪魔にも見えてしまった。
ビッコ今起こっている現象が、酒の飲み過ぎによって引き起こされた夢であると考えた。だからこそ、現実に戻るために寝ようとする。
目を閉じて意識を手放そうとすると、酒の影響もあってか、ビッコの意識はすぐに夢の世界へと旅立っていった。
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カリバーンは、目の前でスヤスヤ眠る男を見下ろしながら、小さく息を漏らす。
善行をしようと思ったのに、結局殺しを行うことになってしまった。
「これも因果なのか」
その呟きに答える者は誰もいない。
カリバーンは背後の気配を察知して、後ろを振り向いた。
「カリバーン様、お迎えにあがりました」
後ろには部下のリオネスが立っていた。
「まだ帰れない、やることが出来たんだ」
そのの答えにリオネスは恭しく礼をする。
そして、頭を下げたまま口を開いた。
「あなた様のやることに、口出しする権利はありせん。しかし、この国でも有数の裏組織である集団の長であるカリバーン様には、そろそろ組織に戻ってきて欲しいのです」
「またその話か。だか、ちょうどよかった。この奉仕が終われば、また俺はいつもの仕事に戻れる。神のお告げだ」
カリバーンは首から下げた十字架を手にして、うっとりた目をした。
「承知しました。では、その奉仕を早く終わらせましょう。私もお手伝い致します」
カリバーンの言葉に、リオネスは安堵したようだった。




