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奴隷の王様  作者: 本郷
10/36

第1部 10


 アランとエマ、ニーナはコニンの屋敷を出ると近くの喫茶店へと入った。


「ありがとうございます、アラン」


 対面に座っているニーナが頭を下げ、お礼を述べる。


「まだ何も成してないよ。それよりも大変なのはこれからだ」


 そう、まだ何かを成し遂げたわけではない。ここからが本当の勝負だ。


「そうですね。ちなみに、これからどうするのですか」


 アランはニーナの瞳をじっと見つめる。今後は彼女の働きにかかっている。


「ニーナには大広間で演説をしてもらう。ただし内容はこれでね」


 アランは鞄から分厚い冊子を取り出し、彼女に渡した。


「これは?」


「新紙の税率が引き下がった場合に、起こることが書いてある。多くの民衆にとってはメリットになるから、大勢の人に訴えてほしい」


「す、凄いですね!アランが書いたのですか?」


 ニーナは冊子の中身とアランの顔を交互に見ながら、忙しない動きで賞賛する。


「これなら多くの方に聞き入れてもらえますよ!」


 ニーナの声には嬉しさが滲んでいる。


「まぁ、敵も作ることになるけどね•••」


「先程コニンと話していたことですか?」


 アランは頷き、頭の中にひとりの人物を思い浮かべる。


 グスターヴ・アンダーソン


 古くからこの街の貴族として君臨し、絶大な権力を持つ男。本来なら敵対すべきではない。誰も目をつけられたくないから、税率を変えてまでで旧紙を保護しても、不満を訴えないのだ。


 アランはグスターヴと敵対することを選んだ。ニーナの義母であるカーラを調べていくうちに、背後にグスターヴがいることが判明したからだ。グスターヴは、カーラに息子のビッコが当主になるための、知恵や人材を提供していた。


 どのみちニーナが正式な当主となるためには、対立は避けられない。ならば、こちらから喧嘩を売ってやろとアランは考えたのだった。










 翌日、ニーナの周りにはいつもと違って、大勢の人が集まっていた。多くの者が彼女の話に耳を傾けている。

 

「皆さんはこの紙に、いくらの税が課されているか、知っていますか」


 ニーナの提示した数字に、話を聞いていた人がどよめく。


 「この新しい紙は本来であれば、旧紙より質がよいにも関わらず安いのです。しかし、税が上乗せされている分高くなってしまったのです。この税金が皆さんの生活の役にたっているなら、まだ私は我慢できます。しかし、ここで回収された税金はなんと旧紙の産業支援の為に使われているのです」


 ニーナはそこで一呼吸おき、周りを見渡す。


「おかしいとは思いませんか?」


 周囲からは『確かに!』という声が、複数あがる。


「ここにいる皆さんの中には、自分には関係ないだろと思っている方はいませんか?そんなあなたにこそ、私は言いたことがあります」


 ニーナの一声で、広間を歩いていた何人もの足が止まる。


「この街の行政機関で毎年、紙の代金としていくら使っているかご存じでしょうか?」


 多くの人が首を傾げる中で、ニーナが衝撃の金額を述べた。


「行政は街の中で一番多くの紙を使うところです。そして、その紙の価格が安くなればそれだけ予算が余ります。この余ったお金を私は皆さんの生活の役に立てたい。また、それだけではありません!」


 気がつけば多くの民衆が、ニーナの話に聞き入っていた。


 アランは遠くからニーナの様子を見ていた。やはりニーナには、人を惹きつける力がある。彼女はこれまで、多くの人が興味をそそられないことを話していたので、注目されなかった。しかし、話題さえ適切に選べば、彼女には人を惹きつける魅力がある。


 アランはこの演説のためにサクラを雇って、盛り上がっている雰囲気を作ろうとしたが、その必要はなかった。


 ニーナの話はなおも続いている。


「新紙はこの街の優良な産業として、これからどんどん発展していきます。他の街への輸出も増えていくでしょう。そうなれば、この街に落ちるお金は多くなり、結果として皆さんに還元できるのです」


 ニーナの話に、多くの群衆が耳を傾ける。彼女のこの日の演説は、多くの人の心に刻まれたたのだった。



ーーーー


 

 グスターヴは怒り狂っていた。


「くそっが!」


 怒りに震えた拳で机を叩く。その大きな音で、近くにいた執事がびくりと震える。


 グスターヴはそんな執事の様子を見て、いくらか落ち着きを取り戻した。冷静になるように自分に言い聞かせる。


 こんなにもグスターヴの心がざわついたのは、久しぶりであった。最近では多くの者が自分を恐れ気を使っているのが分かる。だからこそ、久しぶりの感覚に感情を高ぶらせてしまった。



 今日のグスターヴは自室に籠って仕事をしていた。第一報が入ったのは朝の小休憩の時だった。ウォーカー家の娘が、自らを批判する演説をしているということだ。


 バカな娘だ。初めはそう思っていた。


 しかし時間が経ち、多くの民衆がニーナの声に共感しているという情報が入り始める。そのため、グスターヴは次第に焦り始めた。


「どうなっている!」


 執事を怒鳴りつけるも、彼もまた聞きでしか情報を把握しておらず、何が起こっているのか、理解できなかった。


 らちがあかないと思ったグスターヴは、自らの足で現場を見に行った。そこでは信じられない光景が目の前で繰り広げられていた。


 多くの民が、ニーナの声に賛同して、彼女を応援していた。


 熱い。とっさにそう思った。その場の熱気がグスターヴの心にさえ影響を及ぼし、気持ちを高ぶらせていた。


 民衆へ話しかけているニーナをじっと見つめる。話している内容もそうだが、何よりニーナ自身に目を引き寄せられてしまう。爛々と輝くアメジストのような瞳から目が離せない。


 ニーナ・ウォーカー。グスターヴの調べでは、魔人の権利を主張する頭のおかしなやつだったはず。それがまるで・・・。


 駄目だ。ダメだ。だめだ。


 グスターヴはそれ以上考えるのをやめにして、屋敷へと戻ることにした。


 屋敷までの道のりが普段よりも長く感じられた。距離は変わっていないはずなのに。


 やっとのことで屋敷に戻ったグスターヴは、書斎に入るとこれまで溜めていた感情を発露させる。勢いよく机を叩き、その怒気で執事が身を震わせる。


 

「ウォーカー家の者を呼べ!」


 グスターヴの怒声に執事は慌てて礼をして、主人から逃げるように部屋から出ていくのだった。

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