タイムスリップ④ カナエ17歳、未来28歳
ごめんなさい!最終話じゃないです!次回で最終話です!終わりませんでした!ごめんなさい!
カナエがレイプされたってニュースを見た時、私は病的なほどに『この子に会いたい』と思った。
言葉では説明できない、神秘的な強い力で引き付けられた。
家を出てから誰にも興味を持たなかった私が、海野カナエには死んでも会いたいと思った。
それが10年の時を経て分かった。
どうして思い出さなかったんだろう。
いや思い出せなかったんだろう。
あの日、貴方が私を救ってくれていたんだね。28歳のカナエが18歳の私を。
『ゴミみたいな環境に生まれたらゴミみたいなことして抜け出すしかないの!」
あの時、貴方が言ってくれたこの言葉。
「福祉に頼ろう」とか「信頼できる人に相談しよう」とかくだらない理想論じゃなくて、
私の現状を決定的に変えることのできる方法を…18歳の私に希望を与えてくれたんだね。
ありがとうカナエ。そのおかげで私は18歳から28歳の10年間自由に生きることができた。自分の選択で体を売ってお金を貯めて、自分の選択で好きなものを買って、自分の選択で整形をした。
自分の為に生きることができた。1人の力で生きることができた。
貴女の言葉で私は地獄の家から抜け出せた。
38歳の私は扉の前に頭を擦り付け恥もなく涙を流した。
ここは海野カナエの家だ。17歳の海野カナエの部屋の扉の前。
もう私のやることは決まっている。
涙が流れなくなったのと同時に部屋の扉を開けた。今までのカナエの話ぶりから察するに、部屋にいるのはレイプされた…被害直後の17歳の海野カナエだ。
部屋に入って1番に隆起した布団に目が入った。よく見ると布団は小刻みに震えている。
10年前を思い出す。
28歳の私が17歳のカナエに初めて会ったあの日を…。あぁいやでもそっか。カナエにとっては今日が私と初めて会う日なのか。
「こんにちは。カナエ。」と私は優しく言った。
団子のような形をした布団から 「やめてください…」と一言だけ帰ってきた。
「え?」
「家まで来たんですか?ごめんなさい。もう無理です…。絶対誰にも言いません。」
そう言って団子の形をした掛け布団のシワがいっそうピッシリとなった。
声に抑揚はなく、ただ震えていた。
私はベッドの端に座った。団子はビクンと震えた。
「カナエ安心して。先生じゃないから。」と言って私は布団をひとなでした。
「お母さん?」
「違う」
「リホ?」
「違う。」
「じゃあ…あなたは?」
「未来。カナエの未来。貴女にこれからの話をしに未来からタイムスリップしに来たの。」
少し時間が空いてから団子になっていた布団から顔が見えた。カタツムリのような姿だ。
カナエの顔は真っ赤になり、額には大粒の汗が浮かんでいた。8月の真夏に布団に丸まり込んでいたら当然だ。
でも、そんなカナエの真っ赤な頬よりも唇に目が入った。
カナエの唇の周辺はかぶれて炎症が起きている。膿も出ている。
擦って掻きむしった後だ。
「その姿勢で動かないでいいから」と私は言った。
「未来から来たってなに?もう嫌だ。訳わからないのはもう嫌」と言ってカナエは涙を流した。
私は服のポケットから鍵を取り出した。28歳のカナエからタイムスリップする直前にもらった鍵だ。
「カナエ見てコレ。貴女の家の鍵だよ」
そう言ってカナエの顔の前にウサギのストラップが付いた鍵を見せた。本来はおそらく白いうさぎだったが黒ずみボロボロになっていた。そして左耳は外れかけていた。
「私の鍵…」
「そう。今、目の前にあるのは20年後の鍵。」
「どういうこと…」
「分からなくて良いの。分かろうとしなくていい。」そう言って私は布団越しにカナエの背中を撫でた。
「まず警察に行くこと、警察に行けば無料で病院にも連れてって貰えるから」
私はカナエの背中をさすりながら話した。
「それが終わったら弁護士さんを探すんだけど、あーコレはカナエ1人でやらなくて大丈夫。」
カナエは頭をうつ伏せにしているので表情が全く見えない。
「何あなた?何も分からない。何コレ夢?。全部夢だったの?何…もう嫌だ。いや、いや。」
まぁ当然の反応だ。レイプされて家に帰ったら自称タイムスリッパーが部屋にいて警察に行けって言ってるんだもん。訳が分からないにもほどがある。
「夢だと思っていい。私は貴方に危害を加えない。」
カナエは顔を上げて私の顔をジっと見た。カナエの目はしっかり腫れ上がっていた。
「…何歳?」
「38」
「38…全然かわいい…」
「ありがとう…」
本当に夢だと認識してくれたのか、カナエの緊張が解けたように感じた。カナエの目はどこか虚になった。
「警察には行かない。忘れる。何もなかったことにする…」
そう言ってカナエは布団を被ったまま身体を起こした。ベッドの端に座る私と目線の位置が同じになった。
「ダメ。警察には行くの。戦うの。」
「無理…戦いたくない。勝てない」
「勝てなくてもいいの。戦うの。結局寝ても覚めても無かったことになんて出来ないの。忘れられないの。」
「じゃあ何の為に戦うの…?」
「貴方がこれからの人生を生き続ける為。」
「警察に行ってどうなるの?アイツ逮捕されるの?私は学校どうなるの?」
「それは教えない。貴方の目で結末を見届けなさい。」
「嫌だよ…。教えてよ…私は…私は!」
私はカナエのことをキツく抱きしめた。
「大丈夫だよカナエ。大丈夫…。あなたの未来は明るいから、10年後20年後貴方は幸せに生きてるから」
「ねぇ…20年後の私はどうしてタイムスリップしに来たの?」
「んー…カナエに…警告するため」
「警告…?」
「そう…後数日したらね、10年後の海野カナエがタイムスリップしてくるから」
私は泣きそうになるのを堪えて笑顔で言った。
「ポンコツで使えないけど、貴方のために必死で色々と考えて馬鹿するからさぁ…楽しみにしててよ…」
私は堪えきれなくなって押し出されるように涙が溢れた。私はその涙を急いで袖で拭き取った。
「10年後の私が…?」
「そう。あ、でも約束。10年後の私にね今日のことは絶対に内緒。」
「どうして?」
「それは後のお楽しみ…。」
「貴方とは…また会えるの?」
「うん…会えるよ…20年後に貴方が私のことを幣舞橋から落とせばね!」
と言って私はにっこりと笑った。
「ぬ…ぬさまい?」
「そう…」
カナエは再び重心を崩し、今度はベッドに仰向けになった。
「ごめん…疲れたから私寝るね…」と言ってカナエは左手を額の上に置いて目を瞑った。
「うん…おやすみカナエ」
私はベッドから立ち上がって部屋を後にしようとした。大丈夫。言わなきゃ言けないことはきちんと言った。これでちゃんと今回と同じ未来になる。
そう安堵しドアノブに手をかけた瞬間、「ねぇ…」とカナエが声をかけてきた。
「なに?」と私は後ろを振り返った。カナエは先程の姿勢から動いていなかった。いや…唯一口だけが動いていた。
「本当に貴方が未来の私っていうことを証明してよ」
「え?」
やばい…何かクイズを出されたらどうしよう。初めて行った遊園地の場所とか、カナエの父親の名前とか聞かれても答えられない。
「じゃあ問題です」とカナエは平坦な声で言った。
私は全身から冷や汗が流れた。
やばい、答えられない。どうしよう…どうしよう。
「わたし海野カナエの1番の秘密は何でしょうか?」
1番の秘密…?
秘密…。
17歳のカナエの1番の秘密…。
良かった。1番簡単なことじゃない。
私はふふふと思わず声が漏れてしまった。
ドアノブから手を離しカナエの方に向かった。
次回で最終回です。
明日の17時半に設定しました。




