タイムスリップ③ カナエ28歳、未来18歳
「本当に勘弁してよ忍、お母さん…お兄ちゃんのことで精一杯なんだから」
未来ちゃんのお母さんは指をハンドルにトントンさせ、子供達が横断歩道を渡りきるのを注意深く見ている。
「ごめんねお母さん」
私は困ったように笑いながら、シートベルトをつけた。
おそらくお母さんは仕事中に学校から“娘さんがまだ来てません”って連絡が来たのだろう。お母さんはかなりイラついている。
さぁこの状況…どう切り抜けようか。
部屋には、妹を犯した兄と、兄に犯された妹が裸で眠っている。
そして私はその娘と顔がそっくりな赤の他人の28歳。娘に変わって現在、車で学校まで送ってもらっている。
流石に制服はもう無理でしょ…。
サイドミラーで制服姿の自分を見てため息をつく。コスプレだよ。こんなの無理無理無理無理。赤リボンとか28歳には無理だって。
もう最近は高校生役来ないし、来たとしてもCMだし、こんなザ•高校生の制服じゃないし。本物の制服ってコスプレ感半端ないよ。
「今日、アンタのせいで仕事長引くからね。」
お母さんの機嫌は更に悪くなっていた。
私がサイドミラーで自分のことばかり見ていたので、気を損ねたようだ。
「あ、うん。ごめんなさい…。」
「あーあと、お兄ちゃんのことなんだけど」とお母さんは少し間を空けて言った。
「うん…」
「今日も学校帰ってアレだったら宜しくね。」
「あ、アレ?」と私は思わず聞き返した。
「社会貢献よ社会貢献」とお母さんは左頬の口角をあげて言った。
「社会…貢…献」
「前みたいに他所の子に手出して警察沙汰になるのは嫌でしょ?」
お母さんはハンドルを切り、校門の前に車を停めた。
あぁ…そう。
社会貢献…。
喉の奥が激しく痛くなった。涙が落ちそうになった。堪えろ。私は女優だ。
演じろ。兄との性行為を社会貢献だと考える、この世の全てに絶望した妹を…。
鼻から大きく息を吸った。右のサイドの髪を耳にかけた。
「分かったよ」
そう言って私は車から降りた。
正面玄関は閉まっていたので、歩いて20メートルくらいにある職員玄関から入った。事務らしきおばさんからマスクをもらえたので、即着用した。10代だらけの空間に28歳のおばさんは絶対にバレる。
上靴の場所もロッカーの場所も分からない。クラスは教科書に書いてあるお陰で分かるけど、え…どうしよう。このまま1日私学校にいるの?
挙動不審になっているところに「しのぶちゃん!」と聞き覚えのある声が後ろから聞こえた。
振り返ると懐かしい顔が見えた。
「冬馬さん!」と私は思わず手を振った。そっか、未来ちゃんと冬馬さん同じ学校だったもんね。
うわぁ10代の冬馬さん、なんか青い。青春の匂いする。でも髪型…ダサ。なんでこんなツンツントゲトゲなんだろ。
「ん、冬馬さん?」と不思議に返された。
やばい。ボロ出すの秒すぎる。
「あはは。なんでもない。」
「体調悪かったの?」と言って冬馬さんは私のマスクを指差した。
「まぁ、風邪気味で。」
「ふーん。忍ちゃんが風邪なんて珍しいね。」
冬馬さんに足並みを合わせて歩いた。冬馬さんは私が上履きを履いていないことに全く気づいていなかった。ショーシャンクの空でもあったけど、意外とみんな足元って気にしないんだな。
「ごめん冬馬。今なんの授業だっけ?」
「情報だよ。俺トイレ行ってるって嘘ついて抜けだしてきたから早く戻ろ。」
冬馬さんはそう言ってはにかんだ。全く…なんて良い男なんだろう。
コンピュータ室と書かれた教室に冬馬と入った。
入ってすぐに“絶対静音”と書かれた張り紙に目がいった。そして、その張り紙通り、皆静かにパソコンの前でカタカタと何かを打ち込んでいた。
「席自由だから、俺の隣来いよ」と冬馬は言った。
私は黙って頷き冬馬さんの横に座った。
軽く周囲を見渡した。女子の数人が「おはよ」と口を動かし、手を控えめに振った。未来ちゃんのお友達だ。私も控えめに手を振りかえした。良かったバレていない。
教師と思われる先生は腕を組み口を半開きにして眠っていた。お前のための絶対静音なのか…。
そして私は先生から、少し視線を上にあげて黒板に書かれた文字を黙読した。
『10年後の自分に手紙を書こう!!』
私はその文字を読んで、さっき堪えた涙が一粒押し流されてしまった。
私と未来ちゃんにはどんな因果があるのだろうか。神様はなんでこんな意地悪なことをさせるんだろうか。
私はワードを開き、“三上忍さま”と打ち込んだ。
さぁ…私は10年後の三上忍…いや、未来ちゃんに何を伝えようか。
私は腕を組み上を見た。天井の穴…多いな。
考えているフリはしているが、もう何を打ち込むか決まっていた。私はふっと軽く息を吐き指を動かした。
『拝啓、10年後の私。手紙を読んでくれてありがとう。わたしは今貴方にどうしても伝えなきゃいけないことがあるの。』
「忍ちゃん…意外とタイピング早いんだね」と隣の冬馬さんが言った。でも彼は紳士だから私の画面は覗かないようにしていた。そんな冬馬さんの方を見て軽く笑って、また画面の方を見てタイピングを再開した。
『貴方はいま自分で選んだ道が正解だったのか悩んでいるかもしれません。大丈夫です。正解です。貴方はこれから素敵な人達にたくさん出会います。』
うーん。ちょっと上から目線みたいになっちゃたけど、まぁいっか。
エンターを押して改行し、スペースを押して一マス開けた。そして私は大きく息を吸って吐いた。
『今はどんなに辛くても未来は明るいから。大丈夫だから。この先あなたは絶対幸せに生きられるから…だから…』
「ふふふ…」
私はこれから打ち込もうとしている言葉を頭で再生して思わず笑ってしまった。
この手紙を未来ちゃんが見るのは28歳の時だ。
きっと彼女はこの手紙を読んで腰を抜かすだろう。冬馬さんも読んで「あり得ない」とか言うんだろうな。2人の間抜けな顔が容易に想像できる。
さぁ未来ちゃん…待ってるからね…。
未来で、あなたのことを待っている…。
『カナエのことを宜しくね(^-^)』
18歳の私はいっぱい貴方のことを振り回しちゃうけど…。いっぱい貴方を困らせてしまうけど…。
許してね未来ちゃん。
私は左上の保存ボタンをクリックした。
その瞬間、耳の中から水がポコポコと気泡を立てるような音がして、目はチカチカと強い光を浴びたような感覚になった。
どうやら私のタイムスリップは時間のようだ。
さぁ未来ちゃん、今度は貴方がタイムスリップする番だよ。18歳のわたしをどうか宜しくね…。
この話は、時間空いたらちゃんと修正する。
次で最終回です。
今週中、金曜までには掲載する予定です。




