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風の瞬き、海の息吹

 




 波の音と鼻に残る潮の匂いで目が覚めた。



 冬馬さんは既に車から降りていた。外を見ると冬馬さんは堤防に上がり海を見ていた。



 そうだ…。いまから未来ちゃんの同僚に会うんだ…。未来ちゃんが私に描いた手紙をもらうために。


 てか、なんでわざわざ海なの…。


 私が冬馬さんに海行きたいって前に言ったから?


 目をこすりながらシートベルトを外し車を出た。


 じめっとした潮風が髪を靡かせた。思わず目を細めてしまった。まぁでも悪くない。こういう時に髪の毛がボブで良かったと思う。


 りほのロングだったら視界は髪で真っ暗だったな。


 未来ちゃんと同じ髪型だったボブカット。

 私は髪をゆっくり撫でた。


 石でできたボロボロの階段を上り堤防を上がった。風が強くなった。


 海は綺麗な深い青色だった。水面は太陽の光を反射させてキラキラ輝き、その上ではカモメが鳴いていた。


 2ヶ月後に行くはずだった修学旅行の行き先は沖縄だった。今となってはもう関係ないけど。


 隣の冬馬さんは左手で日光を遮り、右手で砂浜を指した。



 「カナエちゃん、多分あの人達だよ」



冬馬さんの指の先には、女の人が2人いた。


 1人は茶色のカールの髪をたなびかせ、杖をついていた。

 

 もう1人は綺麗な黒髪を一本で括り、杖をついた彼女を支えていた。


 2人とも綺麗な人だった。


 「冬馬さん…わたし行ってくるね」


 私は靴と靴下を脱ぎ堤防からジャンプした。


 1メートル下の砂浜に降りた。


 足の指に温かい砂が挟まるのが心地良かった。波のザザザという音がどんどん強くなっていく。


 向こうにいる女の人もこちらに気づいたようだ。杖をついた女の人が私に向かって手を振ってきた。


 私は彼女たちに向かって頭をペコっと下げた。



 近くで見ると彼女たち2人は本当に綺麗だった。


 「あなたが海野カナエさん?」


 杖をついた女性は私の方を見てニッコリと微笑んだ。


 「は、はい!」


 「ほら藤田、お前の顔がケバいから緊張しちゃってるじゃん」


 「しょうがないでしょ!出勤前なんだし!あーもうヤダ!!風で髪ぐしゃくしゃぁ!」


 「動かないで…髪縛ってあげるから」



 そう言って黒髪の女性は茶髪の女性の後ろに周り髪をまとめ始めた。


 「あなたがミライちゃんの、その…同僚の方?」


 「うーん、元同僚かな?」


 茶髪のお姉さんは髪を強く引っ張られているのか目を細めながら言った。



 「じゃあ、もうお姉さんは風俗の人じゃないの?」


 「そう。今はキャバクラのお姉さん」と言って私に投げキッスをした。



 「未来ちゃんとおんなじだ」

 私は思わず微笑んでしまった。スマホの動画で見たミライちゃんと仕草が同じだったから。


 茶髪の女性はバックから手紙を取り出した。


 「はーい、これが未来パイセンがあなたに書いた手紙〜」


 私は彼女から差し出された手紙を掴もうと手を伸ばした時だった。


 強い風が吹き手紙が目の前から吹き飛んでいった。


「「あ」」


 手紙が自分の頭を抜けた。宙を舞う手紙を私達2人は口を開けて上を見上げた。2()()()




 「っぶないなぁ!大事なものだろうが!」



 黒髪の女性が右足で踏み込み大きく飛び上がって手紙をキャッチした。バスケット選手みたいに高く飛んでいた。

 

 「ごめんなさい…」

 私は思わず黒髪のお姉さんに謝った。



 「あ違うの!海野さんに言ったわけじゃなくて藤…この女に言ったの!」と黒髪の女性はオドオドしながら私に謝った。


 瞬きするたびに目の形が変わる彼女の瞳がつい不思議で黙って見つめてしまった。



 「怯えないで。私達は貴方と同じだから」

 杖をついた女性はそう言って再び微笑んだ。


 「同じ…?」


 「そう…同じ…。いや、違うのかな」


 そう言って2人の女性は私の顔を優しい瞳で見つめた。なんだか気まずい空気が流れた。



 「未来ちゃんはどんな人でしたか?」

 私はそんな気まずい空気を変えるために話題を振った…けど少し早口になってしまった。


 「んー未来パイセンは、いつも何かに怒っている人だったかな。」


 「怒ってる…」


 「そう、男に…風俗に…自分にいつも怒っていた。」


 「そうですか…。」


 また再び場は沈黙してしまった。波の音が救いだった。



 その時、黒髪の不思議な目をしたお姉さんが場を切り込むように言った。


 「出し切れた?」

 


 「え?」

 

 「あなたは被害に遭ってから、全部出し切れたの?」


 「出し切るって何を…?」

 


 「怒りとか、悲しみとか、虚しさとか、恐怖とか、死にたい気持ちとか、生きたい気持ちとか、全部をぶち壊したい気持ちとか、もう全部出し切れたの?」  




 彼女の言葉は潮風に乗って私の耳に抜けた。



 そして頭上にいた1匹のカモメが鳴いた。


 素足がどんどん砂に沈んでいった。


 

 出し切る。何を?

 もう私は全部やりきった。言いきった。



 嘘ー。

 


 誰にも言えなかった何故か大人達に言いそびれてしまったことがあったじゃないか。 


 もう言いそびれちゃったから無かったことにしようとした私の中の些細な痛み。





 「試験管…」



 ポロッと口から言葉が落ちた。言葉が落ちたのと同時に涙も落ちた。



 「ガラスの試験管…膣の中に入れられた…」



 言葉が出るのに比例して私の目の中にあった光がどんどん消えていった。


 「ガラスの試験管入れられて、『これでカナエのお腹パンチしたら試験管割れて血まみれだね。俺との子供産めなくなっちゃうね』って言われた。」


 アイツの陰部を挿入されたことは、刑事さんにも検察にも弁護士さんにもお母さんにも言えた。


 でも何故か試験管のことだけは誰にも言えなかった。なんだかコレを言ったら私は私じゃなくなると思ったし、周りの人を粉々に壊してしまうと思った。



 何故か今ここで言えた。やっと出したかった胃の中にあった異物を吐き出せた。



 お姉さん2人は私のことをきつく抱きしめてくれた。2人とも同じ匂いで良い匂いだった。本当だ。私とおんなじだ。私は再び泣いてしまった。



 15分ほど泣いて、そしてどちらかが私にキスをするように言った。



 「                」



 私は彼女の言葉に返事をせず、ゆっくりと頷いた。



 彼女達は見えなくなるまで手を振ってくれた。私は両手で手を振りかえした。


 そして私は1人になった。


 未来ちゃんの手紙の封を手でビリビリに破いた。



 『海野カナエ様』と丁寧な字で書かれていた。


 




 

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