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もう一つの真実

 



 私の高校には4階に隠し扉がある。その扉を開けると屋上に上がるための階段とその階段脇に備品を置くスペースがある。


 まず屋上に行くには重たい扉を開けなきゃいけない。いや、その前に扉の鍵を開けなきゃいけない。



 ドラマや漫画と違って屋上は基本開放されていない。


 鍵も厳重完備だ。


 鍵は職員室の教頭先生の座席の隣、キーロッカーに入ってる。このキーロッカーに音楽室や理科室の鍵、全ての鍵が収納されている。


 鍵を持ち出せるのは先生だけ。






 だと思っていた。



 唯一、学生の中で鍵を持ち出せる部活があった。部活が始まる時に部室の鍵を開ける必要のある部活。部室にカメラやパソコン、高価なものが部屋に詰まっている放送部だ。



ーーーーーーーーー

 


 私達3人は屋上に繋がる扉の前に着いた。



 「おい山口、鍵は!?」


 池上は声を荒げながら言った。


 私は後ろを振り返った。体育教師の松永と校長は後10秒程で私達に追いつくだろう。



 リホは過呼吸でゼーゼーしながら、スカートのポッケに入った鍵を取り出した。


 「はぁ…はぁ…これじゃのぉ…」とリホは場違いなおばぁちゃんのモノマネをしながら私に鍵を渡した。


 「お前なんでこの状況でくだらねー小ボケ挟めるんだよ!!」

 池上も後ろを振り向き、教師が今にも迫いついてしまいそうなことに気づいた。


 「池上…コレ持って!」と言ってリホは池上に鍵を渡した。


 「なんだよ…コレ?」


 池上は細長い15センチ定規くらいの鍵を手に取り不思議そうな顔で見た。


 「放送室の鍵だ。屋上の鍵は私が持っている。良いか!?君の仕事はこの鍵を見せつけながら鬼ごっこすることだ!!」


 「えぇ!?俺、海野と写真撮れねーの!?」


 私は聞こえないフリをして屋上の鍵を開けた。


 「よし!頼んだぞ池上!」と言ってリホは池上の肩を押した。


 「えぇ!?えぇ?え?」


 「池上くん!ありがとう!」

 私は池上に手を振った。


 「お、おぉ…おぉ!!よっしゃあ!!」と言って池上は教師の方に向かって走っていった。


 と思ったらこちらを振り返った。



 「海野さん!俺、海野さんのこと大好きだった!!美人だから!!」


 「お前そんな告白で良いのかよ!理由ダサすぎるだろ!」と今度はリホが間髪入れずに突っ込んだ。


 「あぁ!じゃあ!今度会えたらちゃんと告白するよ!」そう言って、池上は教師の方へと走っていった。



 私とリホは池上の背中を見送った後、再び扉と向き合った。


 ドアノブに手をかけると自然と手が震えた。そこにリホが私の手を重ねてくれた。



 「ねぇカナエ…あの日さ屋上には上がれたの?」


 「あ、上がれてない…」



 「そう。じゃあ君の屋上処女は私のものだな」そう言ってリホはニヤリと笑った。


 「ぷっ…屋上処女ってなによ。」



 そう冗談を言いながら私達は目を合わせて扉を開けた。



 扉を開けて中に入った。リホはすぐに内側の鍵を閉めた。


 あぁ1ヶ月半ぶりだ。


 あのカビ臭い階段。備品の入った段ボールが無造作に置かれた踊り場。私がレイプされた…。そう考えると身体が一気に重たくなった。


 その時、リホが私の手を強く握った。


「ほらカナエ…さっさと上がるよ」

 

「…うん!」



階段を1段2段とゆっくり登った。


 「実を言うとだね…」とリホは階段を登るペースに合わせてゆっくり切り出した。


 「なに?」


 「私は学校から呼び出されて、警察からいくつか質問されたんだよ」


 「事件のこと?」と私は少し声が震えた。


 「そう。女の刑事さんからね、『8月●日の放課後、あの教師から屋上に来るように誘われましたか?』って」


 「うん」


 そうだ、あの日、私はリホが一緒に屋上に来てくれるなら先生と屋上に上がっても良い。そう言ったのだ。


 結局レイプされてる時、リホは屋上に来なかった。アイツはリホに声をかけに行ったフリをした、そう思っていた。



 「誘われてないでしょ」と私は強い口調で言った。


 リホは「いや…」と言って足を止めた。私もつられて足を止めた。


 「え?りほ?」


 「本当はあの教師から誘われていたんだ。海野と3人で屋上に行かないかって」


 「え…」


 胃の下が重たくなった。


 リホの目には涙がこぼれ落ちていた。


 「ごめんカナエ。私あの時断っちゃったんだ。その日は部活でラジオドラマのレコーディングがあって…。」


 「誘われてたの?」


 「すまない」と言ってリホは手で顔を覆った。


 「私も一緒に屋上に行ってたら、君は…カナエはこんな酷い目に遭わなかったのに!!」



 「りほ…」


 リホは崩れ落ちた。重心がぐらつき階段から落ちそうになったリホの体を懸命に支えた。


 「け、刑事さんからその質問をされて、私は全てを知った。君がこんな目に遭ったのは私のせいなんだって。私が…私が。」と言ってリホは私の足元に縋りついた。

 


 あぁ。疑問だったピースが1つ埋まった。


 警察が『海野カナエが誘惑した』というのを一つの可能性として捜査していた理由を。


 あのレイプ教師はそれも含めて計算していたんだ。


 屋上に連れ込みレイプしたのを計画的犯行じゃないと証明するためにリホを利用したんだ。


 放送部は取材や録音をする時、部長のリホは場を取り仕切らなきゃいけない。


 教師は、リホが100%屋上に来れないって分かったうえでリホに声をかけたんだ。



 「なるほどね…」と私はため息をするように言った。


 性犯罪って加害者側が計画的犯行じゃないように計算してレイプしたら被害者は勝てっこないじゃないか。


 「ごめん!カナエ!私が…私が!」


 あぁリホはこの苦しみとずっと戦っていたのか。自分のせいで…。自分があの時行っていれば…。そんな絶望と戦っていたのか。


 たった1人で。



 リホはずっと前から私がレイプされたって知っていたんだ。それも自分のせいだって責めながら。ずっと私の隣の席にいたのか。


 「私こそ…そんな苦しい思いをさせてたのに気づかなかった。ゴメンね。」と言ってリホに抱きついた。



 リホは嗚咽を上げて泣いた。


 苦しかったのは私1人じゃなかったんだ。



 私は両手でリホの涙を何度も何度も拭き取った。リホの真っ赤になった顔はとても可愛かった。私は頬が少し綻んでしまった。


 「ねぇリホ…」


 「な…なに?」


 「チュウしていい?」


 「なんで?」

 リホの目から涙が突然止まった。


 「しても良い?」


 リホはこくりと頷いた。そう言ってリホはそっと目を瞑った。


 私はリホの唇を見つめ、目を瞑りキスをした。


 子供がふざけてするような下手くそなキス。




 でも、それはガラスみたいに繊細なもので愛おしいものだった。


 未来ちゃんとしたキスとはまた違うものだった。



 唇を離し私達はお互いの顔を見つめあって、吹き出すような笑いをした。


 「私のキス処女はカナエに取られちゃったなぁ」とリホは言った。

 

 「また奪ってあげるよ」


 私はそう言って立ち上がりリホの腕を引っ張った。


 「行こうか」


 私達は階段を登り、屋上の扉を開けた。



 あの教師のことを、一つも思い出さなかった。



ーーーーーーーーーーーー





 未来ちゃんは気づいていたんだな。


 気づいたうえで私とあの時キスしてくれたんだ。



 でもソレを誰かに指摘されるのは嫌だったし、警察にわざわざ伝えるのも嫌だった。


 例え教師を誘惑したと警察に勘違いされても。


 私はまだ分からないこの不安定な気持ちを大切にしたかった。


 誰かに指摘されて形作られたくなかった。


 私なりにゆっくりとこの形を築きあげたかったから。


 

 



 


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