海野カナエのモザイク写真
ごめんなさい。復讐始まりませんでした。(キリが悪いため)
私は海野カナエの写真を右手に持って口をすぼめた。
「どうした佐々木…いつもの3倍ブスだぞ」
秋口警部は私の隣に座るやいなや流れるように言った。私はブスという言葉に言及せず警部に聞こえるように大きな舌打ちをした。
「秋口さん…この写真なんですが…」
「んーなんだぁ」と言って秋口警部は椅子のキャスターを動かし私の方に近づいた。
私と秋口警部は一枚の写真を食い入るように見つめた。秋口警部も口をすぼめ、いつもの3倍ブスになった。
その写真には水色のカーテンをバックに1人の少女が後ろで手を組んで立っていた。
白い肌にボブの髪型。
艶のある黒髪。
桃色の唇。
レンズに向けたどこか恥じらった表情は、大人には出せないあどけなさがある。
「これは海野カナエか?」
「そうなんです…。海野さんの写真なんですが、何かおかしくて…」
その写真は一見、海野カナエの証明写真のように見えるが違和感がある。
「なんだよこの写真…。制服にモザイクかかってないか?」
そう、海野カナエが着用している制服は何故かモザイクがかかっていた。
「おい佐々木、この写真は誰からもらった?」
「冬梅さんから…」
「あの疫病神か…」と言って秋口警部はスマホを取り出し、海野カナエの写真を撮影した。
「ちょっと警部!何してるんです!?」
私は秋口警部のスマホを取り上げようとした。だが警部はスマホを上に掲げたため奪い取ることができなかった。
そして秋口警部は1分ほど両腕を上げた状態でスマホを操作した。
「乳酸溜まりますよ…」と私は諦めて机に頬杖をついて言った。
「ぴちぴち姫ムムの“ミライ”ちゃんだそうだ」
秋口警部は片側の口角をわざとらしい程上げて言った。
「は?ミライ」
どうやら秋口警部はGoogleの画像検索をしていたようだ。
それにしても全く聞き覚えのない名前だ。
「ほれ」と言って秋口刑事は私にスマホの画面と先ほどの海野カナエの写真を並べて見せた。
「は…え…コレなんですか…?」
スマホの画面には、私が先程まで見ていた海野カナエの写真が高画質で写っていた。
写真を下にスクロールすると
ミライ(19)
T156 B87(E) W56 H86
と書かれていた。
「なんですか…秋口さん…これ…なんですか…」
「ほれ画面、横にスワイプしてみろ」
私は指で制服姿の海野カナエをタッチし、右にスワイプした。
すると短パンにティーシャツ、そしてはちまきを巻いた海野カナエの写真に切り替わった。
2枚ともスタジオで撮影されたような写真だ。
「秋口さん…これ本当に海野さんですか?」
「いや…」と秋口警部が言いかけたところに、バンと廊下の方から音が鳴った。
「さ、佐々木さん!秋口さん!!大変です!」
息を切らした後輩の若松が刑事課に勢いよく入ってきた。
「若松くん…何かあった?」
「おいどうした若松。深呼吸しろ」
「あ、深呼吸ですね!僕にはできません!」
16年間野球一筋だった若松は声がデカくガタイが良い。ティモンディの高岸くんからポジティブを取ったような感じだ。
「若松、俺たち結構忙しいんだけど…」
「先程、通報がありました!睡眠薬を飲まされたという男性からです!」
「はぁ…?」
「その男性の話によると、薬を飲ませた女が人を殺しに行ったかもしれないとのことです。」
秋口警部があからさまに嫌な顔をした。
「俺たち…今日これから休みなんだけど、聞かなかったことにして良い?」
「ダメです!その女が殺しに向かった相手…海野カナエを強姦した男とのことです!!」
「え…」
私と秋口警部はお互いの顔を見合わせた。
「女の名前…言えるか?」
「三上忍です!」
「三上 忍…」と秋口刑事は復唱した。
私は視線を若松から手元にあるスマホへとゆっくり移動した。
スマホの画面に写る“ミライ”という女と目が合った。
「おい佐々木…お前に証拠品として制服預けた女いたよな…」
「はい…」
スマホを持つ指先が震える。
「その女の名前は?」
喉がつっかえてしまって上手く言葉が出なかった。彼女の顔を思い出そうとしたが、聞き取りの時も4日前も彼女はマスクをしていた。
「佐々木、海野カナエの事件に証言してくれた女の名前は…」
「み…三上忍さんです…」
秋口警部は立ち上がり、カバンを手に取った。
「若松、車出せ!俺は今から店に連絡する!!」
「え!理由を言ってからじゃなきゃ僕は動けません!」
「バカ風俗嬢が人殺しする前に止めるんだよ!」
心臓が刺されたような痛みがした。畜生。やってしまった。
最後に三上忍に会った時、私が彼女に向かって「悔しい」と言った時、彼女は笑っていた。
どうして、あなたはあの時笑っていたの?
何を企んでいるの?
貴方と海野さんはどういう関係なの?
謎ばかりが増えてイライラする。不起訴になり事件は終わったと考えていた自分が恥ずかしい。
「くっそぉ!!!!」
私は机を思い切り叩き、地下の駐車場へと向かった。
すみません。次回こそ復讐回です。
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