教師と未来②
ちょっと話前後してますー。
次回からバチバチの復讐に入ります。
「先生…怖いです…」
「大丈夫…2回目はそんなに痛くないから」
「本当ですか…それでも怖い」
「カナエ…舌出してごらん」
「…」
「気持ちいいだろう。ゆっくりお互いのこと分かっていったら気持ちよくなるから」
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私が刑事さんに渡した学生服は役に立たなかった。
まぁ冷静に考えてみれば、カナエを襲った犯人と私が性交した時の制服なんて役に立つわけないか。
教師の不起訴が決まる3日前、刑事さんから電話が来た。
“証拠で提出してくれた制服を返したい”とのことだった。
私は再び警察署に行った。受付のやる気ないおじさんに要件を伝えた。「10分待っててくださーい」と言われボロボロのソファに座るように指示された。
私はソファの中でも1番綺麗そうな所に腰をゆっくり下ろした。だが瞬間、カビた匂いがソファから鼻に、下から上に一気に来た。古びたラブホのソファと同じ匂いがした。
私はマスクを更に上にあげた。そしてスマホをいじりながら横切る人を観察した。
免許の住所変更をしに来た人、落とし物を受け取りに来た人、保険のセールス、キラキラした目の若い女性警察官、疲れ切った私服の男刑事。
近くにあるモニターからは詐欺撲滅のPR動画がエンドレスで流れている。
4回目のPR動画が終わった所に、「すみません!!お待たせしました!」と刑事さんが走りながらこちらに近づいてきた。
170センチほどのスラッとした身長。パンツスーツがよく似合う。一本縛りの髪の毛先は少しパサついている。私の事情聴取をしてくれた刑事さんだ。
手元には紙袋がある。
中身はカナエの高校の制服。
私があの男に着るよに指示された制服。
「すみません…こちらの制服なんですが警察の方で処分しますか?」
女刑事さんは申し訳なさそうな顔をして制服が入った紙袋を覗き込んだ。
本当に優しい人だな。この刑事さん。
「いえ…制服は返してもらいます。小遣い稼ぎにメルカリで売ります!」
私は笑顔でそう言った。
「そうですか…。捜査にご協力していただき有難うございました。」
そう言って刑事さんは私に深く頭を下げた。
刑事さんは5秒ほどして顔を上げ、私の目を見た。
「悔しいですね…」と彼女は言った。
そんな潤んだ彼女の目を見て「そうですね…」と私は静かに言った。
全く共感出来ない。
「悔しいですね…」と言う言葉に。
刑事さんの中で事件は終わったことになっているけど、私は違う。
まだ終わっていない。
むしろ始まったくらいだ。
警察署を出て私は地下鉄に乗った。南北線に乗り本駒込駅で降りた。そして改札を出て10分ほど歩いた所にある路地裏の喫茶店に入った。
内装はクラシックなよくある喫茶店という感じだ。ランチが終わった14時過ぎ。客は私しかいない。
この喫茶店の特徴はマスターが難聴者であることだ。そのため、やり取りはジェスチャーか筆談。注文方法は紙ナプキンにボールペンで文字を書く。なかなか描きずらい。
マスターに一才会話を聴かれないのが、このお店のお気に入りポイントだと思っている。あ、後、客が少ないこと。それにBGMが流れないこと。
私がアイスコーヒーを1杯飲み終わる頃に、扉のベルがカランカランと鳴った。
「あっつい!あっつい!」と言う若い女の叫び声に合わせて床がゴツゴツと鳴った。
このゴツゴツは杖の音だ。
私は立ち上がり、テーブルを挟んで自分が座る迎えの席の椅子を引いた。
「お!ミライ先輩お気遣い有難うございます〜」
「藤田…元気そうで良かったよ」
「もちです!」
ストレートの黒髪が綺麗に靡いた。六本木でキャバ嬢を続けるだけの美貌を彼女は持っている。片足を火傷で失ってもなお、彼女は全てが美しい。
そう…彼女の名前は藤田と言う。藤田は夜職の後輩だ。後輩と言っても同じ店で働いたのは3ヶ月くらい。別に彼女に何か教えたわけじゃない。私の方が早く夜の仕事を始めたからだ。
一緒に働いてる時は交流が無かったけど、何故か私が店を辞めた後にインスタでDMのやり取りが始まって、そしてなんとなくご飯に行く仲になった。
まぁ夜の繋がりってこんなもん。
もう知り合って5年は経つ。
「んで未来パイセン今日はどういったご用件で…?」
藤田は机に備え付けの紙ナプキンを取り出し、“アイスレモンティー”と書いた。字がカクカクしている。それに水のグラスの水滴が少しついたせいで紙はフニャフニャで文字が滲み始めた。
メモ帳を導入しないこの店のスタイルが本当に面白くて愛おしい。
「用件は2つある…」
「はいはい…なんでしょうー」
私はふー…と少し息を吐いてから
「人を紹介して欲しい…」と言った。
「ん、スカウトですかー?」
「違う。」
「え、じゃあ誰を?」と藤田は眉毛をひそめた。
「貴方のお友達2人」
藤田は一瞬、目を大きく開け動揺を見せたがすぐいつも通りに戻った。
「そのお友達…もう足洗いましたよ。てか私がもうそんな事絶対にさせたくない」
藤田は机を爪で弾いた。私のことを少し睨みつけた。
あぁ…やっぱり噂通り、すすきの の美人局集団は解散したのか。性犯罪者に対してのみ美人局と殺人を行う組織。トップは女装した男、No.2は当時女子高生だった。歌舞伎町にまで彼女達の悪行の噂は流れ着いていた。
ここに頼ろうとしたがダメだったか。
「は、てか先輩なんで?誰か殺したい人でもいるの?」
「うん」
「自分で殺せば良いじゃん…」
と藤田は冷たい口調で言った。
「そのつもり。殺し方が分からないから、方法を聞きたかったの。」
「それは」と藤田が言いかけたところでアイスティーが机の上に置かれた。
藤田はアイスティーを一口飲み、指でグラスの口紅を拭き取った。
「まず要件の一つ目は無理です。二つ目を教えてください。」
私は黙って鞄から手紙を取り出して藤田に直接渡した。机の上に置こうか悩んだが水滴が付くのが嫌だった。
「海野カナエ…って誰っすか?」
「詳しくは話せない。藤田のタイミングで良いからこの子に手紙を渡してほしい。裏に住所も書かれてるから…」
藤田は手紙を裏返した。
「私はそろそろ行くから。手紙の件…宜しくね」
と言って立ち上がった。
私はずるい人間だ。藤田がすぐに立ち上がれないことを良いことに逃げるように店を出ようとしている。
それに対して藤田は何も言わず、ただ私のことをじっと見つめていた。
私は財布から1万円を抜き出し机の上に置いた。
そして私は店を出た。振り返りもしなかった。でもきっと藤田なら手紙を渡してくれるだろう。アイツはそういうやつだ。
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家に帰ってから非通知で電話がかかってきた。
いつもだったら非通知の電話は取らない。客の可能性があるし、そもそも非通知の電話を取ってこっちが良い思いすることなんて無い。
でも今日は違った。直感でわかる。
これは出なきゃいけないやつだ。
私はスマホの着信ボタンを押した。
「もしも…」
『1回しか言いませんからね…。』
「は…」
聞いたことのない女の声だった。ちょっと低くて透き通ったアナウンサーのような声だった。
『ミライさんは逮捕される覚悟ありますか?』
「…ありますよ」
『へぇ』と言って彼女は笑った。綺麗な笑い方だった。でもどこか嘘くさい。
そして彼女は私に色々とアドバイスをしてくれた。
藤田は繋いでくれたのだ。すすきの のお友達に。元美人局に。
おそらく自分よりも年下の人間から人の殺し方を教えてもらうのは不思議な感覚だった。
時々、電話口からは男の声や小さな子供の声が聞こえてくる。
“次は僕が10円いれる!”
“おいボタンは押すなよヒソカ”
“そのやり方はダメだすぐに死んじまう”
私はどこかおかしくて笑ってしまった。
最後に電話の彼女は言った。
『まだ藤田のお釣りが余っているので、いつでもお電話お待ちしています。』
そしてガシャンと音が鳴って電話が切れた。10円が足りなかったのか、話し終えたから切ったのか分からなかった。
まぁどっちでも良い。
私は目を瞑り、頭の中で彼女の言った言葉を繰り返し思い出した。
次回からバチバチの復讐です。ちょっとグロいかもです。




