教師と未来①
最終章スタートです!!
「先生…その傷どうされたんですか?」
「はは…奥さんと喧嘩しちゃってな…」
「首…真っ青じゃないですか?」
「寝てる間に絞められたからな」と言って先生は左手で首を労わるようにさすった。
「今も奥さんと…?」
「なんだ海野〜嫉妬かー?安心しろって今は快活クラブで寝泊まりしてるよ」
安心しろ…という意味で先生は私の頭を3回ポンポンした。私は少し困ったように微笑んだ。
「そうですか」
「俺…海野…いやカナエが俺のところに戻ってきてくれて嬉しいよ…」
「そんな…やめてくださいよ先生」
私は恥じらい、目を泳がせた後に先生の瞳をまっすぐに見つめた。
そして先生は私に抱きつきキスをした。
そう…あの時と同じだね。
さぁ…始めようか…。
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カナエを襲った教師は勾留満期となった。
そして処分はもちろん不起訴。
ネットニュースに下にスクロールしなくても分かる位置に記事が書かれていた。
『教え子とみだらな行為をした教員 不起訴』
東京地検の写真がトップに載っていた。
そして簡単な事件の詳細とよく見る“検察は不起訴理由を明らかにしないとしています”の一文。
私は記事下のコメント欄を一つずつ丁寧に読んだ。
“理由を公表しないってことは女側もグレーだったのかな?”
“これは美人局JK。すすきの 事件の再来じゃん”
“先生かわいそう。教員に戻れないのかな”
“被害者にとっては一生の傷コイツ死刑にしろよ”
“検察さんさぁ理由言わなきゃわかんないでしょ〜”
“性欲抑えられなかった時点で負け”
全てのコメントをチェックするのに30分かかった。ゴミみたいなコメントの中にも被害者を心配するコメントもあって安心した。でも、それよりも安心したのは被害者であるカナエの情報がどこにも書いていないことだ。
「良かった」と私は思わず声を出してしまった。
その声にすかざす「何が〜?」とキッチンから冬馬が顔を覗かせた。
「なんでもない!」と言って私はソファから立ち上がりキッチンに向かった。向かう途中、食卓テーブルの写真立てが視界に入った。私と冬馬の高校時代のツーショット。
冬馬はお玉で鍋に入ったカレーを小皿に垂らし、味見した。
「うん…まぁいつも通りの味だな…」
「ご飯よそうね」と私は言って、引き出しからしゃもじを取り出し水道水で軽く水に濡らした。
「何してるんだい?」と冬馬は不思議そうにその様子を見た。
「え…しゃもじにお米が引っ付かないように濡らしただけだよ…」
「へー…知らなかった。そんなことするんだ。」と冬馬は目を丸々にした。
中学生の時、水に濡らすのを忘れてお母さんに殴られたな…。と思い出し胸がズクンと痛くなった。
誰かとカレーを食べるのは、10年ぶりだった。誰かとどころではない…カレーを食べるのは10年ぶりだった。
私はカレーに良い思い出がない。
「カレー!肉!ない!!」
10年前の食卓の出来事だ。その日の晩御飯はカレーだった。
その日、兄は不機嫌になってカレーの皿をひっくり返した。テーブル、床、壁がカレーまみれになった。母は黙って立ち上がり片付けを始めた。その光景を私はボーと見ていた。そしたら母に殴られた。
日常茶飯事だったから、私は痛いも嫌だも何も言わなかった。
母は兄への怒りを私にぶつけた。
最初から私にぶつけていた訳ではない。一度、母は兄のことを殴りつけた。母の日に私が書いた母の似顔絵を兄が破り捨てたからだ。
母はしっかりと加減して手の平で兄の頬をパチンと叩いた。
そして兄は泣き暴れ、家中の物をなぎ倒し最後には家の電話で110番を押した。
『お母さん…我慢してよぉ…。ただでさえ彼のせいで何度も通報入ってるのにさぁ…』
『手あげたら悪いの全部お母さんになっちゃうからね。次やったら逮捕されちゃうよ』
徹夜明けなのか、目の下に刺青が入ったようなクマを付けた警察官は1人は引き攣った顔で、1人は笑顔で言った。
私はこの警察官の顔を一生忘れない。
そして、その日から母は兄への怒りを私にぶつけるようになった。仕方のないことだと思う。
私は食卓テーブルに飛び散ったカレーをキッチンペーパーで寄せ集めた。
その時、兄がカレーまみれの手で私の胸を触った。兄はこの頃から性欲というものを身分不相応に抱えるようになっていた。
「やめてよ…」と5回手を払いのけたら兄は諦めてくれた。
水色のブラウスの胸元に茶色の米粒がべっとりと付いていた。「死ね…死ね」と何度も呟いた。
兄に向けてじゃない。
兄に向けて言ったら私たちが逮捕されちゃうからね。
自分に向けて言った。
死ね…死ね….私…死ね。消えちまえ…私なんて死んじまえ…。
「死ね…」
「え、死ね!?急にどうしたの!?」
我に帰ると目の前には冬馬がいた。
そして私は10年ぶりのカレーを7割ほど既に平らげていた。冬馬に限っては完食していた。
「ふふ…美味しすぎて死ぬ…って言いたかったの」
「あービックリした!やめてよそういうの!」
と冬馬は私に笑顔を向けた。私も冬馬に笑顔を向けた。
幸せだな私。
あの時、あの家から逃げて良かった。全部捨てて、全部振り払って逃げて良かった。
大切なものは…大切な人は…ほら全部返ってきたじゃない。巡り巡って全てがほら元通り。
私は涙が溢れた。
そこに 「カナエちゃんのことかい?」と言って冬馬は私にティッシュを渡した。
「うん…そう…」
私は咄嗟に涙の理由をそういうことにした。まさかカレーを食べて10年前のこと思い出してるとは思わないだろう。
「あれが最善だったと思うよ」と冬馬は悲しい顔で言った。
「うん…」
「カナエちゃんは頑張った。」
「そうだね。」
「教師のやつはクビになったし、示談書には二度と海野カナエには近づかないと書かれていた。」
「うん…」
「少し落ち着いたら3人でドライブして海に行こう。」
「海…?」
「この前のビジネスホテルでカナエちゃんが言ってたんだ。覚えてない?」
「そうだったね」
「そしたら俺が…いるから、カナエちゃんに言うんだ…」
冬馬は右手で目元を抑えつけた。良かった。効いてきたようだ。
「何を?」
「君が…嘘を…タイムスリップしてなか…」
冬馬はようやく自分に置かれた状況に気づいたようだ。
「しのぶ…?なにした?」
冬馬は椅子から転げ落ちた。そしてすかさず指を自分の口に突っ込んだ。さすが医者だ。判断が早い。
でも睡眠薬が効いている状況じゃ女の私でも力で勝てる。
私は冬馬の上に馬乗りになり手を抑えつけた。
冬馬は目をパチパチさせどんどん虚になっていく。
「な…んで…」
「好きだよ冬馬」
「や…いやだ…」
「幸せになるんだよ」
「い…いかな…いで」
冬馬はそう言って目から一粒涙を流し瞼を閉じた。
私は冬馬の唇にそっとキスをした。
私はスマホを開き時間を確認した。もうすぐドライバーが迎えに来る。
私は洗面台に行って急いで化粧を落とした。
タオルで顔を拭い、顔を上げた。
鏡の前には海野カナエが写っていた。
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