表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/49

【番外編】性犯罪被害者ってどうやって立ち直るの?

本編が気になる人はスクロールして最後ちょろっと読んでください!



「その…性犯罪被害者はどう立ち直っていくんでしょうか…?プロセス的なものを…教えていただきたくて」



 私は彼女の目をしっかりと見て言った。あぁ…でも口角はどこか吊り上がってしまう。


 彼女の正体を知った後だとやっぱり目を合わせるのが怖い。



「佐々木刑事…聞く相手間違っているんじゃない…?」



日高検事はそう言って、大口を上げサーモンを食べた。日高検事の口はリスのようにパンパンになった。


 ここの寿司屋はやっぱり魚のネタが大きい。全国チェーンの寿司屋とは比べ物にならない。



 しばらく待っても彼女からの返答はなかったので、私は箸で鉄火巻きを口に入れた。あ、醤油つけ忘れた。やばい…緊張していているな私。




「うふふ…佐々木刑事、お醤油つけ忘れたんですか?」


 彼女は左手で口を軽く押さえて笑った。


「いえ…あ、最初は素材の味を楽しもうかなと思って…」



「そんなこと言って、私に久しぶりに会って緊張しているんでしょ」



「そ、そんなことないです…冬梅さん」




 彼女は時間をかけてゆっくり微笑んだ。あぁ…相変わらず不思議な目だなこの人。


 凛とした手入れされた黒髪。

 綺麗な背筋。

 北国生まれの白い肌。

 綺麗なピンク色の口紅。


 そして瞬きする度に一重になったり二重になったり変化する瞼。


 回転寿司のボックス席、私と日高検事の前に座る彼女の名前は冬梅桜という。

 

 現在は大学院の2年生。


 彼女と初めて会ったのは4年前警察署の相談室だ。


「レイプ被害に遭った」と泣きながら彼女は私に訴えた。私は彼女の涙を見て犯人を絶対に法律で裁いてやろうと決めた。


 しかし、彼女の涙は全くの嘘だった。


 彼女は男を貶めるために全て計画して、自分からレイプされに行ったのだ。わざと睡眠薬を飲まされ、わざとレイプされにいった。


 理由は復讐。親友を犯したその男の社会的地位を奪う為。



 最終的にその男は冬梅さんをレイプした罪で法廷で裁かれることになった。


 彼女があの時、レイプされに行かなきゃ犯人は一生司法で裁かれることはなかったのだ。



 私は当時この事件をどう受け止めれば良いのか分からなかった。いや今も分かっていない。



「でも突然ですね佐々木さん…また性犯罪の事件やってるんですか?」


 冬梅さんは頬杖をつきながら言った。


「…あっえと」


「言えるわけないでしょーが」

と日高検事がすかさずフォローをしてくれた。


「冬梅、あんたはこっちの質問に答えればいいの」



「人使い雑ですよぉ…」

と冬梅さんは頬を膨らませながら、タブレットを操作し寿司を注文した。


「すみません。冬梅さん…奢りますから」

と頭を下げた。


 教師からレイプ被害を受けた海野カナエは示談することになった。


 示談を飲まなきゃ否認事件にすると被疑者側の弁護士から言われたからだ。


 海野カナエは日常の死守を何よりも考えていた。


 法廷で証言をして自分が被害者だとバレるくらいなら、“性行為に同意があった”事にするのだ。


 これを17の女の子に決断させるのが日本だ。


 日本は被害者の日常を守ることは考えられていない。






「どう立ち直るかねぇ…」


冬梅さんは人差し指をピンと綺麗に立て、それを軽く鼻先に当てた。静かにしろ…というジェスチャーかと一瞬思ったが違うだろう。


彼女は5秒ほど黙ってから


「時間です」と言った。


「アンタにしては無難な解答ね」

と日高検事はつまらない顔をしイカを食べた。


「期待に添えなくてすみませんね。結局時間なんですよ。魔法の言葉も記憶を消す方法もこの世にありません。」


 私も日高検事と同じように少しガッカリしてしまった。そんなの一般論じゃないか。



そんな私たちの様子を見て、冬梅さんはため息をついた。



「時間をかけて、ゆっくり痛みと向き合うんですよ。ある時は楽しいことをしていてふと思い出して胸がチクっとなって、ある時は寝る前に思い出して涙が止まらなくなって、ある時はなんともなかったと自分に言い聞かせて虚しくなって、それを繰り返すんです。」



「それは性犯罪に限らずね…。」

と日高検事は目を細めて言った。



「そうですね…。痛みと様々な角度で何度も向き合っていくうちに被害に遭った痛みの処理方法を知っていくんですよ。」



「でも乗り越えなれない人もいますよね」



 私はどこか強い口調で言ってしまった。



 私が以前担当した被害者の女の子は自ら命を絶ってしまったからだ。レイプされたと証明するために。彼女は自分の痛みを乗り越えることはできなかった。


「そうです…これは完全な私の推測ですが、乗り越える為には揃えるべき3つの条件があります。」



「そういうのが聞きたいのよ」と言って日高検事は身を乗り出した。


 「あ、でも寿司食べてからね」と言って冬梅さんは割り箸をパチリと割った。


 そしてガリをぽりぽり食べ始めた。


「寿司食えよ!!」と日高検事がブチ切れた。


 そして冬梅さんの第一次もぐもぐタイムが終わった。


 新たな寿司を注文するべく、冬梅さんは再びタブレットを操作し始めた。





「性犯罪被害者が早期に立ち直るために整える条件は3つです。」



「冬梅、急に始めるな!」




「まず一つ…信頼できる絶対的な支援者がいること」


 冬梅さんは淡々と話し始めた。


「まぁ…親、兄弟、友達に限らずです。事件に対する些細な不安や憤りを常時気軽に話すことができる人が必要です。」



「次に二つ目、支援者が粘り強く被害者を支えること。性被害に遭うと感情の浮き沈みが顕著に出ます。それに対して否定や逆上しないで支えるんです。まぁ滅茶滅茶負担かかりますよ。支援者こそ仕事や家事といった日常生活を送りながら、非日常に叩き落とされた人のフォローをしなきゃいけないんですから。こっちの人も本来フォローされるべきなんですけどね」




「そして最後に三つ目、心に傷を負った被害者に対して許してくれる環境があるかどうか。被害に遭うと学校に行くのが辛い、仕事に行く気力がない。そうなります。でも学校に行かないと進路がマズイ。仕事に行かないと生きる為の金が稼げない。そうなった時に学校だったら授業の補填をオンラインでしたり、仕事だったら在宅勤務や有給を積極的に承認するとか、まぁ、そういう環境を周囲がいかに整えるかですね。」


「そんなの無理よ。3つ目に関しては自分が被害者だと打ち明けた前提じゃない」


 日高検事は箸先を冬梅さんの方に向けて言った。日高検事の頬には米粒が付いている。冬梅さんは、その反論を待っていたかのようにニコリと口角を上げて頷いた。



「その通りです。その場合は金です。金は最高の時間稼ぎの道具ですから。金があれば仕事を辞めても生活を維持できる、被害に遭った子供のフォローに入れる。」


 冬梅さんはピンクのイルカの絵が描かれた湯呑みを両手で握りながら言った。



「ですが…被害に遭ったのが子供の場合、お金はあまり通用しません。学生生活というものは一度だけで戻れないですからね。小中高は特に…。」


 冬梅さんのその言葉を聞いて、海野カナエの顔がチラついた。



「子供の性被害は死ぬほどキツいですよ。子供って大人に比べて感性10倍なんですから」


「そんなこと知ってるわ」と日高検事が噛み付いた。冬梅さんは黙って頷いた。



 そして冬梅さんは小さな声で「貧乏で家庭環境が悪い子供が性犯罪に遭うパターン。これが1番立ち直り遅いですよ」とどこにも焦点を合わせず言った。


 あまりにも小さな声で言ったので、私も日高検事もその言葉に返答出来なかった。



 一通り冬梅さんと日高検事はお寿司を平らげ、デザートを平らげ解散の雰囲気になった。


 


冬梅さんは立ち上がり、肩にバックをかけた。


「佐々木さん、今日はごちそうさまでした。私、この後デートなので失礼します…」



 日高検事は自分が食べた皿を数えながら、


「今日は、オカマ、弁護士、キャバ嬢、どれとデートなの?」と聞いた。


 改めて聞くと凄いラインナップだな。


 

「えと…弁護士とカラオケ言って、キャバ嬢とデパコス回って、オカマと映画です」


 そう言って冬梅さんは先に店を出た…と思ったら戻ってきた。


「なに、アンタさっさと帰りなさいよ」

と日高検事は睨みつけた。


「私が今言ったのは、大前提に司法が正しく機能しているうえですからね。性犯罪者の猿が正しく法で裁かれないと被害者の回復は倍かかりますよ」


 そう言って、冬梅さんは片手で日高検事の頬を触った。


「あんた、何すんのよ!」


「私は、日本の司法には何一つ期待してないけど、佐々木刑事と日高検事には期待しているんです」


と言って、冬梅さんは日高検事の頬に付いてた米粒をぺろっと食べた。


「相変わらずですね…冬梅さん…」と私はクスクス笑ってしまった。



「ちゃんと性犯罪者を法律で裁かないと鬼が出ますよ。」



と冬梅さんは目を一重にして冷ややかな目で言った。


「へ〜鬼って…?」


「すぐ近くに…佐々木さん、油断禁物ですよ…」

と言って、冬梅さんは私に1枚の写真を見せた。



「どうしてこれを貴方が…」


その写真には制服を着た海野カナエが写っていた。


「冬梅さん…海野さんと知り合いなんですか?」



冬梅さんは何も答えずクスクス笑った。


「忠告はしましたからね。佐々木さん」と言って冬梅桜は店を後にした。



 そして2日後、冬梅桜の忠告通り本当に鬼が出た。





 私は警察官になって初めて人を殺す現場を目撃することになる。








次回から最終章です

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] え? 最後の1行が怖いよー……。
2024/08/02 08:39 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ