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起訴される地獄、不起訴になる地獄②

 「あの男…全部計算してやったわね」




 谷村弁護士は腕を組み鋭い目つきで言った。怖い。でも後ろのヤシの木の壁紙がとてつもなく可愛くて私は少し笑いそうになってしまった。


 どうしてカラオケ室ってヤシの木の絵が描かれた壁紙が多いんだろう。


 そんなくだらないことを一瞬考えてしまった。


 当初予定していたジョイポリスはもちろん中止になった。そして今後の作戦会議ということでタクシーに乗り3人で有楽町のビックエコーに入った。



「計算というのは何でしょうか?」

 私の膝枕で眠るカナエの頭を撫でながら、私は谷村弁護士に聞いた。


「教師は不起訴になるように最初から仕組んでいたのよ」



「それはカナエのことを襲ってからですか?」

 

「違う。襲う前からよ」



「え…」


「緻密に計画していたの下衆野郎は。」


「カナエが自分が被害者だとバレたくない気持ちを利用したということですね」


「そういうこと」


 カラオケ室の黒いソファにはいくつも穴が空いていた。穴の空いている部分からは黄色のヨレヨレのスポンジが見える。谷村弁護士は自分の近くにある穴を手ひらで押さえ見えないようにした。



「教師側の弁護人からは示談を持ちかけられているの」谷村弁護士は示談の三文字の語気を強めて言った。


「じ、示談…」


「『同意のある性行為でした。教師のことを不起訴にしてください』っていう示談書にサインをしろって言われてるのよ。」



「そんなのサインするわけ…!」


「サインしなかったら裁判になるわ。否認事件になってカナエちゃんは法廷で証言しなきゃいけなくなる」


「そんな…」


 今回、運良くカナエは“先生にレイプされた被害者”だとクラスや周囲に知られていない。だから、かろうじて日常を送れている。


「谷村先生、でも今はビデオリンクって言って法廷に行かないで中継で証言することもできますよね?」


 私の発言に谷村弁護士は大きくため息をついた。

「ビデオリンクもある。だけどカナエちゃんの声は法廷に流れるのよ。」


「つまり…」


「カナエちゃんの知り合いが裁判に1人でも来ていたらバレる」


「そんな…」



 ゴミ教師はちゃんと法で裁かれて苦しんで欲しい。


 でも…この気持ちは被害者じゃない他人のエゴだ。


カナエからしたら、被害者が自分だとバレると今までの日常生活が送れなくなってしまう。

受験だって来年だ。これ以上カナエの環境を日常を奪ってはいけない。



 性犯罪のニュースで犯人が不起訴になったと聞いた時、今までだったら警察の誤認逮捕とかハニトラだったのかなとか考えちゃってた。


でも、今回カナエのように裁判まで行くと自分が被害者だとバレるから、被害の話や自分の落ち度を法廷で話したくないから示談せざるを得ない状況があるということを知った。


無知って怖…。



「あの弁護士さん…その、さっきカナエが話していた“先生とドライブして胸触られたって”言うのは…」


「あぁ…あれはね…」

と谷村弁護士は再びしかめっ面になった。


「ドライブっていっても学祭の備品を買いに行っただけなのよ」


「備品を…」

 

それは学校祭の準備中。行燈に使う接着剤を買いに行くと言ったカナエに対して教師は自分の車で一緒に買いに行こうと提案した。


 申し訳ないと断ったカナエに対して、暗くなると危ないから乗っていけと教師は説得した。


 この時他のクラスメイトも周りにいたし、学祭の備品を買うのに教師が車を出すことは頻繁に合った。だからカナエも疑問に思わなかった。


 しかし、接着剤を買い終わった帰りの車で、教師は運転中にカナエの胸を揉んだ。カナエは笑って先生の手を払いのけた。その後もカナエと先生は楽しそうにおしゃべりしていた。


 「教師からしたら、あの時抵抗されなかったから自分に好意があると思ったって主張しているのよ」 


「え、そもそも教師は本当にカナエの胸を触ったんですか?証拠は?」


「あるわ。教師はカナエさんをレイプする1ヶ月前にドライブレコーダーを買って設置してたみたいなのよ」


 ここでさっき谷村弁護士が言った“計算”という言葉が脳裏にチラついた。


「このゴミ教師はね、カナエちゃんと元々親密であったことを証明する為に事前にせっせっと準備していたのよ。カナエちゃんに備品を買いに行くように誘導して」


「それって…」と私が言いかけたところで、カラオケ室の電話が鳴った。


 電話を取ろうと思ったが私の膝下にはカナエの頭があるから動けない。


「すみません。電話とってもらっても良いですか?」

 

 私がそう言うと谷村弁護士は軽快な足取りで立ち上がり、受話器を取った。


「すみません。1時間延長で、あ、コーラも一つお願いします」


 女子高生と錯覚してしまうようなスムーズな注文。私が目をパッチリ開けて谷村弁護士のことを見ていると、


「前に事件やった被害者の子とよくカラオケ行くのよ」と谷村弁護士は素っ気なく答えた。



「咄嗟に胸を触られたら貴方ならどうする?」

 谷村弁護士はコーラをストローで飲みながら私に聞いた。


「私に聞かないでください」

 風俗嬢の私に聞いても参考にならない。


「どうして?」と言って谷村弁護士は目を見開き不思議そうな顔した。


 「だって私は…」


 「風俗嬢だからっていうヤボな回答はしないで」


 「え?」


 「貴方はあくまで仕事…金という対価を貰って体を触らせているだけでしょ。仕事とプライベートは別でしょ。胸突然触られたらビックリするでしょ?」


 「いや…私は…」そう言って言葉が詰まった。


 私はなんて返せばいいのか分からなくなって再びカナエの頭を撫でた。泣き疲れたのかカナエはぐっすりと眠っている。


 カナエは後2日で決めなきゃいけない。



 法廷で教師と戦うか、


 教師を許し日常を選ぶか。




 


今回説明チック回なんですが、次回から物語は大きく動きます。

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