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【コミカライズ始動】アラフォー警備員の迷宮警備 ~【アビリティ】の力でウィズダンジョン時代を生き抜く~  作者: 日南 佳
第四章

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第65話

 十月三日、中区加古町にそびえるアステールプラザ。

 ここはコンサートやお笑いライブ、能や演芸などの出し物が催される立派なホールが備わった文化施設だ。

 その中でも五百人弱を収容できる中ホールが、今日の俺達の目的地だ。ちゃんと「霧ヶ峰ホールディングス・栄光警備 合同説明会」と銘打たれている。

 うちの従業員は大体三百人から四百人いるので、十分収容しきれる大きさだ。



 開会まで十数分前といった頃合いに会場に入った俺と美沙は少し驚いた。思った以上に隊員が栄光警備に残っていたからだ。

 言い方は悪いが、うちはやらかした会社だ。制服を着れば「ああ、あの人殺しを出した栄光さんね」と後ろ指を指されても仕方ない。

 そんな会社にしがみつくなんて正気ではない。……まあ、俺も正気ではない人間の一人だが。

 栄光以外での働き方に馴染めない不器用な奴、今更転職出来るアテもない年寄り、何だかんだ言って同僚が気に入っている奴……事情はそれぞれだろう。

 とりあえず空いてそうな後ろの方の席に座る。美沙は俺の左隣だ。……しかし制服姿の警備員がこの大人数で揃うと壮観ではある。

 今日の説明会は一応仕事扱いなので、参加する隊員は制服の着用を求められている。



「しかし思ったより出席者が多いな、うちの従業員のほとんどが出て来てるんじゃないか?」


「渉さん聞いてないんスか? 今日の説明会、出席するだけで一万五千円付くんスよ。話聞くだけで基本給二日分くらいの手当が出るんスから来ない奴はアホでしょ」


「そんなにもらえるのか!? ヤバいな、何に使おう……」



 思わず大声を出してしまった。一万五千円、大金だ。

 梨々香の入院費も家賃も水道光熱費もいらない現在、食費とスマホの支払いと税金以外に金を使う必要が無い。

 梨々香に服を買ってやってもいいし、俺もそろそろ私服を新調してもいいだろう。ちまちま貯めてバイクを買い替える資金にしてもいい……うん、でも、まあ。



「ここ最近ずっと世話になりっぱなしだから、美沙とデートに使ってもいいな」



 俺が呟くと、隣に座っていた美沙がポカーンと口を開けたまま凍りついた。美沙の目の前で手を振ると、最大まで巻き切ったゼンマイ人形のようにじたばたし始めた。

 美沙の表情が凄まじい勢いで切り替わっている。時折野獣のようにギラついた目をしてるのがとても怖い。時折聞きとれないレベルの速さで何やら呟いているのが不気味さを増長させている。

 まさか……妄想してるのか? 俺とのデートを? このスピード感で?



「……判断、ミスったかな」



 美沙の見たことのない姿を目の当たりにして、俺は軽率な発言を少し後悔した。



 § § §



 説明会が始まる頃には、流石に美沙の暴走も止まった。疲れ切っているが、幸せそうな顔をしている。

 ……よく分からんが、楽しかったなら何よりだ。妄想の中の俺によろしく言っておいて欲しい。



 前方の舞台にバインダーを持った春川さんが上がり、下手にセットされているマイクスタンドの前でバインダーを開いた。その中へ視線を落とし、緊張しきったカッスカスの声で開会を告げる。



「只今より、霧ヶ峰ホールディングス、並び、栄光警備株式会社広島本社合同説明会を開始します。一同、気をつけーッ! 敬礼ッ!」



 上等なスピーカーから流れる春川さんの号令で、会場の観客席に居る隊員達が一斉に起立し、体を十五度傾ける。いわばお辞儀のような敬礼だ。

 警察や警備員がやるイメージの右腕を曲げて、指先をこめかみあたりに持っていく「挙手の敬礼」は屋外用の物であり、屋内はもっぱらお辞儀となる。

 一拍遅れて春川さんが同様に答礼をし、「直れ」の号令でお辞儀をやめ、「休め」の号令で皆が着席する。

 これはお約束の流れだ。今後、誰かが壇上に上がったり、話が終わったりするたびにこの流れが繰り返されていく訳だ。敬礼するのも我々警備員の大事な業務、この説明会も仕事扱いなんだから当然だ。



「本日の説明会の司会進行は私、栄光警備株式会社広島本社、春川正一が執り行います。……でははじめに、霧ヶ峰ホールディングス代表取締役CEO、霧ヶ峰静香より従業員に向けた挨拶、並びに説明を行います。一同、気をつけェッ!」



 皆が総立ちになり、舞台を見つめる。上手の舞台袖からパリッとしたスーツに身を包んだ静香が現れた。……悔しいけど、ああやって黙ってると本当にカッコいいし美人なんだよなぁ。黙ってれば。

 会場でもひそひそ話が聞こえて来る。やはり静香の美貌についての話題のようだ。「あの人がうちの社長だったら毎日管制室に通うのに」とか言ってやがる。

 そんな事になったら過労で死ぬぞ、静香が。昨日も深夜に帰って来るのを偶然見かけたけど、疲れがピーク通り越して死相が滲み出てたからな。

 ……いやちょっと待った、あのクタクタのボロボロ状態から一晩で瑞々しさを感じさせる所まで持ち直してるってどういう事だ? 特殊メイクか? それとも何かしらのポーションを服用してるのか?



 静香が中央のマイクの前に着くと、春川さんの敬礼の号令がかかる。俺達は室内敬礼、静香もお辞儀で答礼した。

 ふと横を見ると、げんなりした顔で敬礼している美沙がいた。

 うん、気持ちは分かる。人の部屋に押しかけてTシャツ短パンで裂きイカ片手にビール飲みつつ漫画読むような奴に敬礼なんてな。

 微妙な心境でお辞儀していると、「直れ」の号令がかかる。直後の「休め」で座るのだが、お年を召した隊員の膝がそろそろ辛そうだ。



「ご紹介に預かりました、霧ヶ峰ホールディングス代表取締役CEO、霧ヶ峰静香です。ご挨拶の前に、この度亡くなられた栄光警備広島本社、木下専務への哀悼の意を表すべく、黙祷を捧げたいと思います」



 先程より控えめなトーンで、春川さんが黙祷を促した。が、正直言うと、黙祷と言われても困ってしまう。

 木下専務の良かった所を思い出そうとするが、びっくりするくらい何もない。無茶振りするわ隊員に八つ当たりするわ配置ミスするわで我々一般隊員は迷惑ばかり被ってきた。

 死ねばいいのにと思う程ではないが、かといって死を悔やむ程の関係性でもない。非常に微妙でやりづらい。

 人間死んだら皆仏の精神で、とりあえずのご冥福をお祈りしておいた。



「……皆様、ありがとうございます。さて、つい先日の十月一日、霧ヶ峰ホールディングスは栄光警備グループの全株式を取得、子会社化致しました」



 静香の宣言に一同ざわつく。

 俺達は身内扱いで既に色々情報を回して貰っているが、栄光警備は営業停止、話し合いは上層部による内密の物となれば情報が出回らない。

 結果、このようにちょっとした混乱が生じたりする訳だ。察しのいい奴は今日の説明会に霧ヶ峰ホールディングスの名前が入っている時点で分かっていたとは思うが。



「静粛に願います。……さらに、昨晩のニュースをご覧になった方はご存知かと思いますが、今回の事件を受けて栄光警備の浜田良三会長、並びに新庄智史社長が書類送検されました。浜田会長はこの度の件を重く見て会長職を退き、新庄社長は職務停止となりました。これまで栄光警備の発展に寄与されたお二人の退任、ならびに職務停止は誠に残念でなりません」



 あちこちで小さな明かりが灯る。スマホの画面だ。昨日のニュースを見ていなかった奴が静香の発言をファクトチェックする勢いで検索している。

 直後、あちこちから「ホンマじゃ……」との声が漏れた。そりゃそうだ、こんな所で嘘を言ってどうするんだ。



「本日、司会をお願いしている春川氏も、隊員の配置を預かる者として責任の一端があります。協議の結果、次長職として再出発して頂く事になりました」



 静香からもたらされたその人事発表に、今日一番会場が騒然となった。

 春川さんは確かに容赦無いシフトの組み方をするし、人の好き嫌いも多い。だが、逆に春川さんに救われた人も沢山いる。



 北川さんがいつ休んでるのか分からないくらい働いてるのは、別れた奥さんへの慰謝料と娘さんの養育費を賄う為だ。春川さんはそれを知っていて、ちゃんと協定を結んだ上で激ヤバ配置を組んでいる。

 嶋原さんも他の警備会社をクビになって、どこも採用してくれなかった所を拾ってもらった恩があるし、俺だって入社の際に梨々香の件で相談した。

 春川さんを毛嫌いする人間は確かにいるが、恩を感じている人もまた大勢存在する。



 そんな春川さんに救われたであろう誰かが何人も「春川さんは助けてやってつかあさい!」と叫んでいる。同調する者も現れ、もはや収拾が付かなくなっている。



「静粛に!」



 ハウリング混じりに会場に響いたのは、春川さんの怒声だった。波が引くように皆の声が止んだ。



「……霧ヶ峰CEO、少しだけお時間頂いてもよろしいでしょうか」



 春川さんの伺いに、静香はゆっくりと頷いた。春川さんはスタンドからマイクを抜き取り、壇上の真ん中一番前まで出てきた。



「ワシは、お前らの事をよーく知っとる。採用面接を担当した時の奴もおるじゃろ? 直接面談した奴もおる。現場の視察や管制室で話す奴も、現任教育で顔を合わす奴もおる。宮永、お前なんかいっつもワシの受け持ちの時に寝やがってから……なぁ? 聞いとんか?」



 観客席前方で頭をかきながら頭を下げる隊員がいる。見た事のない人だが、うちは大きな会社だから知らない人も一杯いる。



「家庭環境、金銭面、体調の良し悪し、将来の希望、差し迫った事情……そう言った物を考慮して、各員が出せる労働力のギリギリの所まで仕事を振っとった。そうは言うても、現場に対して人が足らんから無理してもろうた事は百や二百どころじゃあない。……まあ、えげつない配置の組み方しとったんは認める。木下さんもそうじゃったが、ワシも殺されるくらい恨まれても仕方ないと思うとる。じゃが、こんなワシの事を助けたれーって声を上げてくれる奴がおったっちゅーのが、ワシは嬉しいよ。ありがとうな」



 春川さんが目尻に涙を溜めながら頭を下げた。だが、すぐに頭を上げて涙を手で拭い、今まで見せた事がないような厳しい表情で、吠えた。



「じゃけどのう! 今はワシの仕事を邪魔せんでくれ! 何でワシら重役の給料が現場で汗水流して働くお前らより高いか、分かるか!? 何でいつも偉そうにふんぞり返っとるか、知っとるか!? ようけ金貰っとって偉そうにしとる奴が頭下げるけぇ、謝罪に価値が生まれるんじゃ! 何かあった時、そういう奴がクビにされて! 一番下まで蹴り落とされて! ようやく世間は溜飲を下げて許してくれるんじゃ! これがワシの仕事じゃ! 次長になったんは罰じゃのうて、次長で残してくれた上でお前らの面倒を見る事を許してもろうた、この上ない温情じゃ! ワシの為を思うなら……!」



 春川さんはそこまでまくし立てると、観客席に対して再び大きく頭を下げた。



「……霧ヶ峰CEOの話を、しっかり聞いてくれ。……頼む」



 しばらくは水を打ったのように静かになったが、やがてあちこちから拍手が沸き起こった。

 春川さん、俺が思っていたよりも人望あったんだなぁ。俺の周囲だと嫌ってる人もそこそこ居たんだが。

 そしてこういうノリに滅法弱い静香が観客席に背を向けて上を向いている。アレはかなりダメな状態だ、相当こらえてるな。何ならもう涙腺が決壊している可能性だってある。

 案の定、参加者全員を一旦落ち着かせる名目で十分間の休憩を取る旨のアナウンスが流れた。ここぞとばかりに皆トイレに立ったり雑談に興じたりし始める。



 シーカーズを立ち上げ、ファーマメント南観音の住人用チャットルームを確認すると、美沙が「やーいなきむしー」とメッセージを送っていた。死体蹴りはやめなさい。

 すると間髪置かず静香から「だからああいうのマジでダメなんですぞ、ドラマでしょあんなの」と返ってきた。

 「気にするなよ」と慰めのメッセージを送ってやろうとしたが、いきなりあかりが画像を投下した。

 それは静香が観客席に背を向けて上を向き、ボロボロに涙を流している画像だった。問題は、泣いている静香の顔がしっかり見える角度から撮影されている事だ。どうやって撮ったんだ、その画像……?

 続けざまにSDキャラの幸村灯里が目を細めてほくそ笑むイラストに「見てたよ」とキャプションのついたスタンプが貼られた。マジで怖いから勘弁してほしい。

 しかし俺が一番恐怖したのは、その直後あかりとの個人チャットに「私とのデートは月ヶ瀬さんの後でいいですよ(╹◡╹)」とのメッセージが届いた事だ。

 ……聞いてたのか? どうやって?



 § § §



 休憩が終わり、説明会再開予告のアナウンスが流れる。三々五々に散っていた警備員も皆席に戻って来た。

 春川さんの説得の甲斐あってか、そこからの説明は非常にスムーズだった。数日前に静香が言っていた「体の良い人質兼通訳」の意味がようやく分かった気がする。

 霧ヶ峰ホールディングスの企業紹介や沿革、居なくなってしまった栄光警備の重役の後任となる出向社員の紹介、グループ会社になった事で発生する福利厚生等、ヒラ隊員にとっても重要な話がいくつもあった。

 特に福利厚生の手厚さが凄かった。短い時間では説明しきれないので従業員には後日改めてガイドブックが送付されるとの事だ。



「栄光警備株式会社は霧ヶ峰ホールディングスの子会社となりましたが、栄光警備の組織自体は従来とほぼ変わりません。栄光警備グループと言う枠組みに対して弊社の社員が取締役や監査として常駐し、適宜本社や支社の運営状況を把握・管理しつつ、問題のある箇所があれば是正を求めます」



 静香が手元のリモコンを操作すると巨大なモニターの画像が切り替わり、組織図が現れた。

 確かに静香が言う通り、広島本社の下に各支社があり、その栄光警備グループの枠組みを上から霧ヶ峰ホールディングスが囲っている形だ。一瞬クラゲか風鈴みたいだなと思ってしまった。



「栄光警備は現在、先日の殺人事件……並びに営業停止の影響で相当数のクライアントが離れている状況です。工事関係、イベント関係、施設関係もそうです。ですが、弊社の傘下には様々な業種の企業があり、そこから栄光警備へ案件の発注をかけます。その為、現場が無さすぎて働けないといった事態は避けられるでしょう」



 モニターから組織図が消え、グループ企業の一覧が表示されている。その中には子会社化前からお世話になっている企業もいくつかある。

 他の隊員も目ざとく見つけたようで、少し気を緩めているように見える。グループ会社だから多少ヘマしても許されるだろうとか考えてるんじゃないだろうな?



「この一覧の中にも、皆さんが一緒に仕事をした事がある会社も含まれていると思います。しかし、はっきりと言っておきます。グループ会社だからと言ってなあなあな仕事や甘えは許されません。これまでは良くも悪くもよその会社だからと許されてきた点も、身内ともなれば厳しくチェックしますし、上に報告が行きます。適当にやっても大丈夫などとは決して思わないようにお願いします」



 さっきまで余裕そうな顔をしていた隊員も、タカを括っていた所を早々に否定され、バツが悪そうにしている。容赦無いなぁ。



「組織的は話は以上です。では、皆さんの業務に関わる大事な話に入ります。眠たくなってきた方は一度背伸びをしてリフレッシュしましょう。よろしいですね? では、一号業務と二号業務の話から──」



 その後も説明が続いたが、隊員に対する説明を大体をかいつまんで説明するとこんな感じだ。

 霧ヶ峰ホールディングスとしては現在の施設警備や交通誘導、イベント警備は従来通りの仕事量になるように調整を予定している。

 従来の方法に固執せず、安全性を維持したまま利便性と現場の疲労を軽減するための新しい資材や装備、システムの開発並びに導入を検討しており、なるべく現場に混乱を来たさないように慎重に採用の協議を行う。

 ダンジョン警備は一定の条件はあるものの、希望者にどんどん丁種探索者の講習会を受けられるように、手配と教育を確約する。

 グループ会社であるマテリアル関係の製造業者と殺人事件が起こったと言うのに栄光警備のスポンサーを降りる気配が無い東洋鉱業が合同で開発を行い、現場で働く隊員の装備の拡充とその使用に関するフィードバックの収集を計画しているとの事だった。

 静香にとっての一番の狙いは最後のダンジョン関連の研究開発の促進と隊員を使ったモニタリングテストだろう。

 しかし五号警備が始まった今年の春先の事を思えば、新品の装備が常に供給可能な状態になるのは非常にありがたい。

 最初の頃はボロボロで変な匂いのする酷い品質の貸与品だったからな。あんな装備ではいつか事故が起こる。東洋鉱業がスポンサーでなければ、今日までに何人か死んでいたかも知れない。



「……なお、栄光警備株式会社広島本社、警備部所属の高坂渉警備士、並びに月ヶ瀬美沙警備士は半年前のドラゴン撃退の功労者として日本迷宮探索者協会より特例甲種探索者の資格を付与されております。両名の戦闘能力は一線級の探索者と比較しても卓越した物であり、これを眠らせておくのは我が社の損失にもなります」



 ボーッと話を聞いていたら、いきなり俺と美沙の名前が呼ばれてびっくりした。

 客席でもひそひそと話し合ったり、こちらをチラチラ見てくる奴もいた。……嶋原さんが愉快そうにニヤニヤ笑いながらこっちを見ている。何が言いたいんですか。



「今後は両名を軸に迷宮関連業務特別対応チームを編成し、高度な流動性を持つ部隊編成を行い、様々な要請に対応していきます。栄光警備の五号警備員でありつつも、霧ヶ峰ホールディングスの社員として探索者業務にも携わって頂くつもりです。当社規定の能力水準を満たしており、今現在五号警備に携わっている隊員も、希望があれば丙種以上の探索者試験の受験を支援し、チームに編入する事も考えています」



 俺と美沙は顔を見合わせた。

 言ってしまえばスペシャルタスクフォースを組織しますよって事だろう? 静香からは何も聞いてない。

 ……が、そういう特別な受け皿があって困る物ではないと言うのが実際の感想だ。



 俺や美沙は、基本的に五号警備以外でダンジョンに入らない。装備は仕事に使う物なので、緊急時以外には使いたくない。貸与品の盾を溶かした事があるからな。

 それに休日に個人でダンジョンに潜って怪我をした場合、その治療にかかる費用は完全に自分持ちだ。会社の活動とは無関係だから、労災にはならない。

 探索者として名を上げたり、レア物を手に入れて山師的にビッグマネーをこしらえたい訳ではない俺達には、個人的な探索者活動はリターンの方向性が的外れな割にリスクが高い。



 だが、これが会社から命じられた「仕事」となると話が変わる。装備品や消耗品は備品扱いになり経費で落ちるし、ダンジョン・アタック中の怪我は労災になる。

 何より「探索者協会発注のダンジョン以外入場不可」という五号警備の縛りに囚われず、会社に面倒事を押し付けて、探索だけに注力出来るのは大きい。

 綾乃が言っていた「世界の破滅を救う為」に活動するには丁度いい隠れ蓑になるだろう。これを見越して考えたなら大したモンだが、せめて一言欲しかった。

 ……多分、忙しくて忘れてたんだろうな。仕方がない、今度見かけたら肩でも揉んで……え、ダメなの? 肩だぞ? そもそも触れるのがダメ? そんなに鋭く睨まなくてもダメならやめておくよ。美沙は厳しいなぁ。



 静香の言葉に考える素振りを見せた隊員が何名かいる。嶋原さんと北川さんだ。

 嶋原さんはこの間一緒に居酒屋で呑んでいる時も「こんなに暇でステータスがあるのにダンジョンに行けんのは勿体ないよな」とこぼしていた。

 週の三日か四日くらいダンジョン警備できっちりと討伐巡回をしている嶋原さんのレベルは相当高くなっており、警備業務で立ち入る程度の敵にはほぼ無双状態だ。恐らく物足りないんだろう。北川さんは純粋に金の為だろうな。

 ……まあ、少なくともうちの五号警備メンバーならチームとして一緒に探索してもいいかなと思える。クセ強メンバーではあるが、皆悪人じゃないしな。



「……我が霧ヶ峰ホールディングスは、それなりに大きな会社です。ですが、大きい事を恃みに歩みを止めるような守りに入ったりしない会社です。皆さんには、妥協して立ち止まったりせず、先を、上を目指して頂きたい。その為のサポートは我々が行います。今日が、その一歩目です。皆で栄光警備を盛り立てていきましょう。私からは以上です」



 マイクから離れて一礼する静香に、拍手が注がれた。ちゃんと社長してる所は初めて見たが、やっぱりあいつも天地六家に名を連ねる家の当主なんだな。様になっている。

 その後質疑応答の時間になったが特に大した質問も無く、合同説明会は終了した。



 § § §



 俺は会場の隊員が捌けるまで美沙と喋って時間を潰す事にした。

 ここに来たのも俺はバイクで美沙は自転車だから、わざわざ人混みに混じってバスを待つ必要はない。空いてきたくらいに出て、適当に昼飯を食って帰るくらいでちょうどいい。

 先に帰る隊員の中でも俺達を知っている奴らは「頑張れよ」とか「お前らそんな強かったんだな」とか「末長く幸せになりんさいね」とか声を掛けて去って行く。最後の奴、待て。まだだ。まだ結婚してないぞ。

 八割以上の警備員がいなくなり、そろそろ俺達も帰ろうかと相談していると、春川さんがやってきた。



「春川さん? どうしてここに?」


「高坂君……霧ヶ峰さんから聞いたんじゃけど、妹さんの体の具合ようなったんじゃって?」


「あ、すみません。連絡が遅れまして……病気が寛解して、入院する必要が無くなったんですよ。これまで気にかけて頂いてありがとうございました」


「ホンマか! そりゃあめでたい! 高坂君ずっと頑張っとったもんな! ホンマに良かった!」



 俺が頭を下げると、春川さんは笑顔を浮かべて喜んでくれた。まるで自身に初孫でも産まれたかのような喜び様だ。

 ……他人の事でもこれだけ喜べるのは、まさに人徳だな。配置はエグいくらいの鬼なのに。



「そうかぁ……良かった、良かったのぉ……ずーっと心配しとったんじゃ……ほしたら何や、もうあんまりひーになって(必死になって)働かんでも良うなったんか?」


「そうですね、あんまり無理せず余裕を持って……と言いたい所ですけど、今さっき言ってたみたいに特殊部隊入りするみたいですしね」


「……ワシも、キミら二人を動かしやすうするんが栄光を生き残らせる条件じゃって言われてのう……あんまり危ない事はさせとうなかったんじゃけど……キミらを売るような真似をして、すまん」



 春川さんが深く頭を下げる。……そうだよな、普通に考えれば半年前まで剣すら握った事のない警備員にダンジョンで魔物の相手をさせるなんて、非道としか言えない。

 春川さんは古い考え方をする人だから、きっと俺達のダンジョン関連業務の比率を高くするって話を、生贄として死地に追い込むような残酷な行いだと思っているんだろう。

 これがそこらのダンジョン警備員ならそうなのかも知れないが、俺と美沙は別格だ。ドラゴンを倒し、ゴーレムを倒し、探索者では絶対勝てない宗教団体の教祖を倒してきた戦闘のスペシャリストだ。



「大丈夫です。春川さんはご存知ないでしょうけど、俺達めちゃくちゃ強いんですよ。何たってドラゴンを倒してますからね」


「そうですよ。それに今までは渉さんと別現場ばっかりで寂しい思いをしてましたけど、一緒に働けるチャンスが増えるから万々歳です」



 俺がフォローを入れると、美沙も尻馬に乗って賛同した。そういやお前、夏頃に俺と働けないからって全方位に殺意ばら撒いてたもんな。



「……キミらがそう言うなら、ワシは何も言えんが……それでもキミらは探索者であると同時に栄光警備の警備員じゃけぇ、もう魔物なんぞと戦っとれるかい! 守衛やっとる方がよっぽどええ! ってなったら、いつでも言いんさい。ワシがええがに(いい具合に)やっちゃるけぇの」



 春川さんはニカッと笑うと、俺達の肩を叩いて会場を後にした。



「……あんな人だから、嘆願の声が上がるんでしょうね」


「ああ。あれで配置に多少の手心を加えてくれさえすれば最高なんだけどな」



 俺達は春川さんの後ろ姿を、見えなくなるまで見つめていた。

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