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【コミカライズ始動】アラフォー警備員の迷宮警備 ~【アビリティ】の力でウィズダンジョン時代を生き抜く~  作者: 日南 佳
第四章

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閑話16 月ヶ瀬美沙は受け継がない(後)

 父上の合図で先に動いたのはちー姉様だった。……と言うより、先手を譲った。

 急接近するちー姉様の動きに各種神経の反応速度を合わせながら第三相を発動する。大体ちー姉様と同じくらいに調整する。

 素早く鋭い突きを最小限の動きでかわし、斬りかかりに木刀を少し当てて軌道をずらし、蹴りの勢いを利用して軽やかに宙返りをキメたりして、ちー姉様の攻撃を無力化する。

 ちー姉様も全くカスリもしない事に焦りの色が強くなる。こうして戦ってみて初めて気付いたが、ちー姉様の弱点はその剣術にある。



 ちー姉様の剣術は、お手本通りの剣術だ。

 こう斬ります、こう突きます、こう蹴りますといった基本動作に忠実な剣さばきを、血の力をふんだんに使ったつよつよフィジカルでゴリ押すだけの剣術だ。

 つまり虚実もなければ小賢しいテクニックもない、まさに王者の太刀筋だ。

 弱者はその単純な事実が理解出来ないし、よしんば理解出来たところで避けられない。

 反応出来ない速度で叩っ斬られたら、理解するだのしないだの、次に活かすだのなんて不可能だ。

 そして、そんな傲慢な剣筋が許されるのは強者のみだ。弱者は基礎を学んだらフェイントや回避等、当てる努力と当たらない努力を強いられる。

 ……つまるところ、才能だけでやってきた天才キャラなんだ、ちー姉様は。あたしがちー姉様の人生で始めて現れた壁なんだ。



 ちー姉様はなりふり構わなくなってきた。剣撃を飛ばしたり瞬間移動なんかも組み合わせたりしている……けれど、あたしに言わせれば付け焼き刃だ。

 飛んできた剣撃を打ち落とし、瞬間移動した先を予測して剣でつつき、分身したように見せているちー姉様の本体に蹴りを叩き込む。

 怒りに我を忘れたちー姉様が大上段から斬りかかって来た所で、第三相と第四相のギリギリまで力を解放し、木刀の柄頭にこちらの木刀のフルスイングを叩き込む。

 ちー姉様の握っていた木刀はあっけなく吹き飛び……あたしはちー姉様の首筋に木刀を添えた。



「そこまで!」



 父上の掛け声が道場に轟いた。

 あたしとちー姉様は血の力をゆっくりと鎮めて……しばらく動けなかった。

 こんなに汗だくになっているちー姉様は初めて見た。力の常時発動のせいで銀色になっていた髪も、今は鴉のように真っ黒だ。

 ……こうして見ると、やっぱりちー姉様はあたしの姉様なんだなぁ。髪の色がそっくりだ。



「……負けました……」



 あたしにしか聞こえないような声で呟いたちー姉様の目から涙が溢れ出す。

 ……初めてしっかりと負けたんだもんね、分かる。しかも自分より劣っていると思っていた妹に、次期筆頭の座を賭けた大事な戦いで。

 自分の人生は一体何だったんだって思うよね。あたしだって好きでこんな人生を歩んできた訳じゃない。そう言う意味では、ちー姉様とあたしは同じような境遇だ。

 あたしだって出来る事なら、最初から本家として皆に顔向けできるくらい強くありたかった。……ままならないよね。

 あたしは木刀を置いて、父上に向き直った。



「父上、本当に好きにしていいんですね?」


「いいよ、そういう約束だからね」



 父上がゆっくり頷きながら答える。あたしは軽く手を挙げて、全体に聞こえるように望みを告げた。



「んじゃ、あたしは月ヶ瀬を継ぎません。独立します」


「……え?」



 小さく聞き返したちー姉様を放置して、あたしは続ける。



「そもそもこれまで人のこと散々みそっかす扱いしといて、強くなったから一族のカシラ張れってのはムシが良すぎると言うか……どのツラ下げてって感じなんですよね。あたしの夢は好きな人のお嫁さんですから、切った張ったはそちらで勝手にやっててください。あたしの望みは三つです。あたしの月ヶ瀬家からの独立と御山への入山権、それにちっひー……月島千紘をあたしの世話役として譲って頂けませんか?」


「「「はあああああああああああ!?」」」



 分家衆が驚愕の声を上げた。まあ、それもそうか。

 筆頭を任された人間が辞退するどころか離縁宣言とも取れそうな独立を求める事も前代未聞だし、本家から離脱する人間が御山への立ち入りを求めるのも前代未聞だ。

 分家の人間の引き抜きは……まあ、一枚岩の月ヶ瀬ではあまり考えられない事だから前代未聞と言えば前代未聞か。

 普通なら一考すらされずに拒否されるような要求だ。当然筆頭である父上がにべもなく断るはずだ。だが……



「いいよ〜」


「「「えええええええええええええ!?」」」



 父上の返答に分家衆がさらに驚いた。かず姉様だけはゲラゲラ笑っている。そうだよね、こういうの好きだもんね。

 ざわざわしている分家衆をほったらかしにして、父上があたしに綺麗に折り畳まれた一枚の紙を手渡した。

 広げて中身を確認すると、さっきあたしが要求した内容が記載されており、当主としてそれらを認める旨と月ヶ瀬の印章が押されていた。

 この短い間に用意したと思えないし……もしかして、父上は事前に準備していたんだろうか?



「多分そう言うだろうと思ってたから、ちーちゃんに好きにさせた所があるからね。どっちにしても僕にはもうみーちゃんを止めるだけの力はないから、好きにしていいよ。でも……」



 父上がそこで言葉を止め、あたしの頭を撫でた。



「独立しても家族なのは変わらないんだから、いつでも遊びに来なさい。渉君も連れておいでね、家の裏の温泉とか気に入ると思うし。孫が産まれたらだっこさせてね、麻耶さんも楽しみにしてるからね」


「……はい、必ず」



 迂闊にも泣きそうになりながら、あたしは父上に笑顔で返した。

 ここで終わってれば感動のワンシーンで終わったはずなのに、無粋な闖入者が現れた。権三郎だ。



「なりません、なりませんぞ! 古よりの取り決めを違えてはなりません! 筆頭、これは無効! 無効でございますぞ!」


「だってどうしようもないじゃんね、みーちゃんを止められる人間がどこにいるのさ? ちーちゃんでもこの有様だし、潜在能力の差を考えても僕にも止められないんだよ?」


「それを止めるのが習わしであり掟でございましょう!? おい、美沙! 半端な末子の分際でお家に波風を立てるでない!」



 権三郎のあんまりな物言いに父上の眉が動いたが、あたしは父上に「手出しご無用」とのアイコンタクトを送る。



「お前こそ文字書きと金勘定しか能のない分家風情で、よく本家最強に吠えましたね? どうやら命が惜しくないと見えますけど」



 へらへら笑いながら挑発すると、面白い様に権三郎の顔が赤くなったり青くなったりする。



「ぐぬぬ、少し力を得たからと言って調子に乗りおって……そうだ。貴様、男が出来たとか言っていたな? 天地六家の一角である高貴な月ヶ瀬家にどこの馬の骨とも知れぬ穢れた血を入れるなど言語道断! 分家衆でその男を暗殺──」



 あ、しまった。挑発するつもりが挑発に乗ってしまった。

 いけないいけない、権三郎の両足があたしのゲーミングポン刀「月虹」の一閃でどこかに吹っ飛んで行ったけど、まあしゃーなし。これもコラテラル・ダメージと言うものだ。

 切り口がくっつかないようにファイア・エンチャントを乗せておいたので、縫合したってそうそう簡単に元には戻せないはずだ。焼肉と焼肉はひっつかないだろうからね。

 薬品庫には縫合キットと血止めと鎮静剤があるはずだから死にはしないだろう。知らんけど。殺しの月ヶ瀬は医療班も充実している。



 古い畳に血がぶちまけられ、権三郎は悲鳴を上げながらのたうち回っている。

 ここまで汚れたら血抜きは無理だから、全部張り替えになってしまうだろう。もったいない。

 こんな奴でも死んでしまうと里の経理関係が立ち行かなくなってしまう。一応仕事ができる様に両手は残しておいたから文句は言わないで欲しい。



「誰を、どうするですって? ……あ、ちなみに同じ考えの人っています? 今なら両足切断の手術を無料でサービスしときますけど」



 月虹を振るって血糊を落とすと、分家衆はあたしから急いで距離を取った。大丈夫大丈夫、変な事言わなければ斬らないよ。

 かず姉様も権三郎にはあまり良い印象が無かったのか「やれー! みーちゃん! いけー! 殺せー!」などと物騒な事を叫んでいる。あたしを殺人犯にしないで欲しい。



「そもそも月貞家って必要なんですかね? こんな時代錯誤のろくでなしが長をやってる家なら別に無くてもいいでしょ? 文書はパソコンで起稿してクラウドに上げとけば管理も楽ですし、金勘定も表計算アプリでマクロ組めば誰でも出来るじゃないですか。仕事も陳腐化してる上ロクに戦えないんじゃ意味が無いですから、いっそお取り潰しに……いや、それは本家の皆様方が決める事ですね。出過ぎた真似を致しました」



 月貞家の人間が権三郎を治療のために運び出すのを尻目に、あたしは月虹を消して、皆に頭を下げた。

 ドン引きしている分家衆を見て、これであたしを引き留めようとしたり渉さんにちょっかいを出そうとする奴は居なくなっただろうと胸を撫で下ろすのだった。



 § § §



 会合が終わり、本家組は本宅の食堂に集合して昼食を摂る事となった。リアルスプラッターの後でも平気で焼肉を食べられる家、それが月ヶ瀬だ。

 しかし、かず姉様と母上は気付け薬の影響で食欲が無い。そんな二人に合わせて、献立は肉うどんになった。久々の久美子おばちゃんの手料理がうどんかぁ……うん、まあいいや。



 結局、本家の次期筆頭はちー姉様で確定となった。

 まあそうは言っても、かず姉様が家から逃げてあたしが独立するから、本家の子供はちー姉様しかいない。そこは当然の帰結だと思う。

 しかしちー姉様は、これから婚活と言うこの世の地獄に叩き落とされる事になる。跡取りが必要になるもんね。

 並の男ではちー姉様の圧に勝てないし、挨拶すら出来ないだろう。マッチングアプリなんか使った事もないだろうし……お見合いのセッティングも絶望的だろう。

 ぶっちゃけ子供さえ出来ればいいなら、わざわざ旦那を作らずとも精子バンクか何かを活用して選択的シングルマザーになればいい。

 ……伝統を重んじる月ヶ瀬が、そんな先進技術に頼るとは思えないけど。

 渉さんを貸してくれないかと頼まれたので、秒でお断りした。当然だ。

 ……しかし、父上は何で事前にあたしの要求を把握していたんだろう? 誰にも言ってないのに。



「昨日千紘君を見た時から、こうなるんじゃないかなと思ってたんだよね。千尋君、血の力に目覚めかけてるでしょ? 血が薄いはずの分家でも力に目覚めさせられる特殊な訓練をみーちゃんが編み出したって分かったら、それこそ筆頭の座から逃げられなくなっちゃうよ」



 

 父上がうどんをすすりながら種明かしをする。やっぱりちっひーの事はバレていたのか。まあそうだよなぁ……

 本家の役割は世に蔓延る魔の盗伐と、その力を後世に伝えること。

 跡取りを作るだけが唯一の伝承の方法かと思いきや、多少月ヶ瀬の血を引いてる必要はあるけど、訓練である程度どうにか出来ますよとなったらえらい事だ。



「そうなんですよー、美沙ねぇにドツキ回され……えっと、半殺しの憂き目に……いや、えーと……愛ある指導のお陰ですかね? 何でか分かりませんけど、今まで無かった感覚と力が湧き起こるのを感じましたー。これ、本家では何て呼んでるんですかー?」



 ちっひーはもうあたしの世話役扱いなので、本宅に入る事を許されている。みんなと一緒にうどんを食べているが、どことなくそわそわしている。

 まあ、普通ここまで入れないもんね、分家は。あと今なんつった? 愛情が足りないみたいだな?

 そしてまたこの問題の登場だ。力の励起の方は正直どうでもいいけど、今までなかった感覚の方はそろそろしっかり決めた方がいいのか……



「ああ、そうか……力の操法が本家だけの話じゃなくなるから名前決めなきゃいけないのか……渉さんが呼んでるユーバーセンスでいっか……ってか、ちっひーよくあたしの第四相を耐えたね? かず姉様は気絶してたのに」


「もよもよしてる湧いてきた力を心の手で掴んで、体に塗りたくったんですよ。そしたら何かいけましたー」


「……それ、あーしが十年かかっても出来なかった奴……嘘でしょ、何で千紘が防御術を既に体得してる訳……?」



 かず姉様が本気で落ち込んでいる。

 それもそのはず、かず姉様は渉さんがユーバーセンスと呼ぶ力の操法が滅法苦手で、力はあるのに使えない状態が続いていた。

 修行中は鬼のように厳しい父上の指導に心が折れ、家を逃げ出した経緯を持つかず姉様からしたら、ちっひーの驚異的な習得スピードは自身の無能っぷりを見せつけられる気持ちになるんだろう。分かる。

 ちっひーはかず姉様にぴーすぴーすってやるんじゃない、煽るな煽るな。



「……美沙さんは、本当に良かったんですか? 家を捨てるような判断をして」



 ちー姉様が申し訳なさそうな顔をしてあたしに尋ねる。いつもなら既に第二相を維持しているはずだが、今は全く力を解放していない。

 いつもの月ヶ瀬最終兵器といった威圧感も無く、濡羽色の艶やかな黒髪も相まって「なんでコレに彼氏がいないんですかね?」ってくらいの美人に印象が変わっている。

 いっそこれでマッチングアプリやったらいいのに、大勢釣れるから。釣った男が大量死しそうではあるけど。



「いいんです。あたし正直月ヶ瀬扱いされてなかったですし、家族のみんなが好きですから……たかがしきたりごときで円満な家庭が壊されるのは御免被りたかったって所です。クッソやかましい権三郎も潰せてみんなハッピーですよ」



 最後の一言には皆思う所があるのか反応がまちまちだ。「やめやめ」と嗜めるちっひーに「殺せば良かったのに」と不服そうなかず姉様、我関せずの母上に苦笑いを浮かべる父上、そして何故権三郎がここまで蛇蝎の如く嫌われているのか分からないちー姉様……ちー姉様は贔屓されてたもんね、しょうがない。



「これが里の外だったらあかりさんの力を借りて揉み消す所ですけど、ここは一種の治外法権ですからね。月ヶ瀬本家が認める人間に喧嘩を売って足を切り飛ばされたからホシを捕縛してくださいなんて恥ずかしくて言えんでしょ。協力する分家もいないはずです、しっかり脅しましたし」


「……うむ、美沙が立派に月ヶ瀬をやれる胆力の持ち主で良かった。母としては少し寂しいが、家族の絆が切れる訳ではない。帰りたくなったらいつでも帰って来い。久美子もお前がいないと張り合いが無いと寂しがっているからな」



 母上がうんうんと頷く。今日帰って来てから初めて母上の声を聞いた気がする。

 こんな強者のオーラ漂う喋り方をしているが、母上は異能を持たない。しかし薙刀と弓道の有段者で、武門に嫁ぐだけの素養を持ち合わせている。



「はい、必ず。……ちなみになんですけど、独立にあたってこっちでやる手続きとかありますか?」


「ないない、僕が渡した書状があるでしょ? アレが一種の免許皆伝みたいな奴だからね。破門にする訳じゃないから広く知らせる必要もないでしょ、今日の一件で知れ渡ったはずだし」


「それなら安心です、ありがとうございます」


「でも他家に輿入れしたかずちゃんと違って、みーちゃんは暖簾分けだからね。分家でもなければ本家でもない微妙な立ち位置になる事だけは忘れないでね。……高坂家に嫁いだら話は別だけどね」



 そっか、あたしがまだ独り身だから問題なのか。ならもうさっさと結婚するのもアリかな? 渉さんもあたしの事を好きだし、妹さんを籠絡すれば、あるいは……

 しかし結婚か。結婚……高坂美沙……高坂美沙か……うへへ……悪くない、全然悪くない。むしろ最高だ。渉さんがあたしのお婿さんに来ると妹さんの苗字が高坂のままでちょっと断絶感があるからきっと選ばないだろう。そうなるとやっぱりあたしが高坂家に嫁ぐのが一番の最適解になると思う。どちらにせよ早いうちに結婚まで漕ぎ着けないと横から渉さんを付け狙う卑しいハゲタカみたいなメスブタが同じ棟に三人もいるんだから面倒な事この上ない。あまつさえあかりさんは法律を変えて重婚が出来るように根回しをしているんだからここで攻め手を緩めるような愚を犯す訳にはいかない。もう既に一発と言わず何発もヤッているアドバンテージを活かす方法は無いだろうか? もういっそ授かり婚もアリなんじゃないか? 何箇所か穴を開けとけば当たったりしないかな? 今は妹さんがいきなり寝室へ乱入する危険性があるから誘えないけどもう少し落ち着いたら一気呵成に──



「空也、美沙の顔色が千変万化しているが……これは血の力のせいなのか?」


「うーん、多分違うと思うけど……何だろうね、思考が読めないや」


「多分美沙ねぇはいっそ高坂さんちに嫁いだら楽じゃないかなーとかデキ婚に持ち込めないかなーとか高坂さんと一発しけ込みたいなーとか考えてるだけだと思います、多分」


「なははー! みーちゃんもヤる事ヤってんねぇ! 今度高坂さんに元気が出るドリンクでも差し入れしてやろうかねー!」


「美沙さん……不潔です」



 家族全員の視線を受けている事にも気付かずに、あたしは渉さん籠絡作戦を綿密に組み立ていくのだった。



 § § §



 母上から一泊していくように勧められたが、あいにく明日は会社の集会があるので辞退した。

 行きと同じくちっひーの車に乗り込み帰途に着く。後部座席には野菜やら米やらが沢山積まれている。何故実家は野菜や米を持たせるのか……いや、ありがたいけどね。最近高いし。



「んー、でもどうしましょうかねー? 今住んでるマンションって月島家が借りてるんで、ボク名義じゃないんですよね……本家のお世話役じゃなくなったら放り出されそうですねー」


「うちの近くに住んだらいいんじゃない? ファーマメントは空きがないけど、霧ヶ峰に頼んだら紹介してくれそうな気はするよ」


「じゃあ帰ったら荷物まとめないとですねー……おや、月貞だ」



 ちっひーが右側に目をやったのでそちらを見ると、月貞家のみなさんがこちらを恨めしそうに見ていた。

 自分の家のトップの両足を部位破壊され、自家の職能を否定され、しかもそれが本家も分家も集まっている中で行われた訳だ。

 あたしの逆鱗に触れた権三郎に落ち度があるとしても面目丸潰れもいいとこだし、発言力の激減は逃れられない。あたしに対しては恨み骨髄だろう。



「お礼参り、あるかな?」


「ないでしょー、笛を吹いたって踊る兵隊がいませんよー。それに狙いが高坂さんだったら、美沙ねぇ以上の狂犬が暴れ狂いますから」


「一応聞いとくけど、誰?」


「雪ヶ原さんですねー。普段は金勘定に厳しい雪ヶ原も高坂さん絡みだと採算度外視じゃないですか。もはや金城湯池、誰も手出し出来ませんってー」



 さもありなん。ケラケラと笑いながらちっひーは車の速度を上げ、鬱屈とした里を一気に抜け出した。



「じゃ、新たな月ヶ瀬初代筆頭。今後ともよろしくお願いしますねー?」


「うん、しっかり鍛えてあげるからそのつもりでねー」


「あははー、お手柔らかに頼みますー。一年に三十分とかオリンピックイヤーに一時間とかでいいですよー」


「何言ってんの、市内まで帰ったらすぐに舟入の訓練所に行くに決まってるでしょ?」



 山深い道に、ちっひーの甲高い叫び声がこだました。

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