閑話16 月ヶ瀬美沙は受け継がない(前)
【Side:月ヶ瀬 美沙】
栄光警備の社員集会を明日に控え、あたしは実家に帰っていた。
うちの実家は、御山のある安芸高田市と三次市の中間地点より少しだけ北寄りの山間にある集落だ。
集落……里のほとんどが月ヶ瀬の分家衆や関係者で構成されており、ほぼ全員何らかの武芸を嗜んでいるって言うんだから時代錯誤もいいところだ。
いつもは農家や牧畜をしているが、ひとたび本家の号令が掛かれば馳せ参じ魔を狩る手伝いを行ったり、魔に与する奴がいると聞けばすぐさま出張ってとっちめる。
なあに、狩るのが稲から首に変わるだけの話だ……酒の席で笑いながらそんな事をのたまうナチュラルボーンデーモンキラー、それが月ヶ瀬の里の民だ。
そんなおっかない村をちっひーの運転する黒塗りの高級車で駆け抜けて、坂道を登りながら一際大きな邸宅に向かっている。あたしの家、月ヶ瀬本家だ。
……あたしはこの家があんまり好きではない。誤解されないように言うが、家族は好きだ。
父上も母上もかず姉様も好きだし、少し人間性に乏しいけれどちー姉様も嫌いじゃない。だが、月ヶ瀬家となると話は別だ。
あたしは長い事力を封じられ、分家からも「本家にいるのが不思議なくらいのみそっかす」として扱われていた。
ちゃんと本家の一員として扱ってくれたのは、それこそ本家の面子を除けば久美子おばちゃんとちっひーくらいだ。
「んで、今日は何の用だっけ?」
あたしは気分を変える為にちっひーに話しかけた。あまり上等とは言えないガタついた舗装をハンドルを細かく動かして対応しているちっひーが、こちらを振り返る事なく答える。
「ボクは何にも聞いてないですよ、筆頭から美沙ねぇを連れて来いって言われただけですのでー。あ、でもうちの師匠も来る事になってますよ」
「かず姉様も? 逃げずに来るなんて何かあったのかな」
「月ヶ瀬の印章が押された招集状を持って来られたんですよー? 流石に師匠でも逃げられませんって」
当主である父上のみが使う事が許されているハンコがあり、これを押した書類は月ヶ瀬家に連なる者にとっては「ここに書いてある内容は絶対に遂行しろよな」という強制力を持つ。簡単に言えば玉璽みたいな物だ。
だが、そんな強力な代物を三文判感覚でポンポン使う訳にはいかない。現に父上は伝家の宝刀として扱い、長い間使わずにいた。
そんな物を使ってまで家族を集めてやる事が鍋パーティやただの組み手なはずがない。……父上は一体、何を考えているんだろう?
「そろそろ邸宅が見えて来ましたよー、降りる準備をしといて下さいねー」
「あーい」
あたしは徐々に近づいてくるやたらデカい古びた平家の本宅と、それに負けずにデカい道場に胃の辺りがムカムカしてくるのを堪えていた。
§ § §
今の所、本宅に寄る必要は無い。全員集合系の会合は本宅ではなく道場でやる事の方が多いし、実際今日もそうだ。
あたしはちっひーと一緒に道場に向かい、入り口で靴を脱いで靴箱に入れ、中に入った。
そこには既に父上と母上、ちー姉様にかず姉様、久美子おばちゃんといった本家組だけでなく、分家の世帯主が勢揃いだ。
中には一家全員で来ている家もあるのか、結構な人数が集まっている。
(げっ、やっぱり居やがったか)
そんな分家の中でも、あたしが一番会いたくない奴が案の定来ていた。
月貞権三郎……月ヶ瀬の分家衆の中で唯一の「編纂者」だ。
月貞の家は代々月ヶ瀬一門の歴史を書き留めて後世に伝える役割を担って来た。
先祖伝来である神の血の力を持つ本家と、その兵隊として便利に使われる分家衆で構成される月ヶ瀬の血筋は得てしてマッシブ特化型であり、頭を使う作業がとても苦手だ。
そんな脳筋極まった月ヶ瀬本家に成り代わり、その功績や技術を書き記すのが「編纂者」たる月貞の仕事だ。
本家の魔を討つ者としての歴史のみならず、本家や分家が開発した武術を子々孫々に継承出来るよう言語化したり、里で生まれた子供達の教育、分家衆への連絡や月ヶ瀬一門の経理管理等、頭を使う作業は月貞の領分だ。
今では分家筆頭の月島家の次に家格が高くなってしまっている。その月貞家の当主である権三郎なんて、分家衆の集まりで自分が本家の一員であるかのようなツラをしている。
事務方の権力が高くなるなんて一体どこの共産主義だろうか? いっそ書記長でも名乗ってればいいんだ、あんな奴は。どこぞの像みたく引き倒してやる。
そうそう、月貞権三郎だ。
こいつは分家のくせに、本家のあれこれに対してとやかく口を出してくる。
次期筆頭と目されているちー姉様をえこ贔屓して、家を出て行ったかず姉様を裏で口汚く罵って、弱いあたしを居ない者扱いしてきた。挨拶しても一瞥すらしない。
そのくせあたしが無視すると、父上や母上の目の届かない所で「血の力の薄い半端者は礼儀も半端なのか」とか嫌味をぶつけてくる。何様のつもりだ。
とにかく、あたしはこの権三郎が嫌いだ。あたしは見ないフリをして本家の皆が並んでいる所に合流した。
案の定、あたしの姿を見つけた権三郎は挨拶がない事に嫌な顔をして鼻を鳴らしている。知らんがな。
「お、みーちゃんだ。マリンフォートレス坂で会って以来じゃん。おっひさー、元気してたー?」
あたしより先に来ていたかず姉……今では月ヶ瀬ではなく坂本を名乗る姉、万沙姉様が気軽に話しかけて来た。
元気してたー? とか、父上がお帰りになられるような大事な時に高跳びしていた人に言われたくない。
あたしは少しジトっとした目を向けて、少しだけ皮肉を込めてかず姉様に挨拶を返す。
「父上が帰って来たってのにアフリカ大陸まで逃げてたかず姉じゃないっスかー、ザンビア土産はないんスか?」
「あははー、結局あの後とーちゃんにバレちゃったからね、あんま怒んないでよー。お土産だったらザンビアの隣国の有名なお札ならあるよ。ジンバブエドルって言うんだけど、いる?」
「一周回って凄く興味あります、あとで下さい。写真はシーカーズにでも載せてるんでしょ? ダンジョンとか行ったんスか?」
「うんうん、あそこは外国人のダンジョン入場がかなり緩くてねー。首都のルサカダンジョンは一階層からゴブリン・シャーマンがわんさか出て来てヤバかったよー」
あたしとかず姉様が雑談していると、背後から咳払いが聞こえた。振り返るといつの間にか本家の長姉である千沙……ちー姉様がいた。
さっきまで居なかった事を考えると、あたし達が喋ってる間に来たのかな? 何か任務でもあったんだろうか?
「もうすぐ会合が始まります。二人とも、あまり騒がないように」
「は、はひっ、わかりました、ちー姉様!」
かず姉様がびくっと震えて、怯えるように答えた。
ちー姉様は普段から月ヶ瀬の力を第二相で維持している。そのオーラは特殊な訓練を受けている屈強な男性でもあっさりビビるレベルだ。
現に、かず姉様はちー姉様の威圧感のせいで体が強ばり呼吸が浅くなり恐慌状態に陥っている。いわゆる「気当たり」みたいな症状だ。
オーラへの対処が苦手とは言え、血の力を持つ次女でもこの有様なんだから、当然の事ながら道場内に集まった分家衆も皆ざわついている。中には顔色が悪く、今にも倒れそうな人もいる。
そうだ、これが通常の反応だ。あたしも少し前まではそちら側だった。でも──
「美沙さん、返事はどうしましたか?」
「あ、はい。承知しました、ちー姉様」
別に何とも無いんだよなぁ。
これは恐らく、あたしの力の封印が解かれた事に起因しているんじゃないかと思う。
あたしはこれまで、本家の中では最弱だった。
それは父上があたしに魔を討つ者として修羅道を歩むのではなく、普通の人として娑婆で生きて欲しいとの願いの下、力を封じたからだ。
その結果、血の力も無ければ肉体的な強さもない、月ヶ瀬本家の娘とは思えない程か弱い薄幸の美少女が生まれてしまった訳だ。
渉さんに出会って血の力がほんの少し解放されるまではちー姉様には三メートル以内に近づく事すら出来なかったし、その後も話も出来ない程度には威圧されていた。
しかし、今の私は月ヶ瀬歴代の最高到達点……うちの初代である女神様が「真なる月ヶ瀬」と呼ぶプレミアムなご先祖様達と同じ第四相まで解放出来るようになった。
今は無駄に力を垂れ流したくないので力の蛇口を完全に閉じているが、ちー姉様程度の解放なら何のデメリットも無く瞬時に出せる。
その余裕のお陰か、今までは恐怖しか感じなかったちー姉様のオーラに対して恐れを抱かなくなっている……って事なんだろう。多分。
あたしがそんな考察をしている間に、ちー姉様はあたし達の背後から居なくなっていた。居場所を探すと、父上に何やら話しかけている。任務の報告かな?
「いやー、やっぱりちー姉様は怖いねー。あーしも色んな魔物と戦ったけど、ちー姉様とタメ張れる程の奴はいなかったもんなー」
額にびっしり脂汗をかいたかず姉様が、ハンカチで顔を拭いながらあたしに同意を求めた。
正直ミリほどにも怖くないが、かと言って怖くないと答えるのも人目があるので避けたい。あたしは曖昧な返事で逃げようとした。
「あー、うん。そうだね? 怖いよねー」
「それにしちゃ随分と涼しい顔してるけど……みーちゃん、あんまり無茶な修行とかするんじゃないよー? 千紘から聞いたけど、芒の君といい仲になったんでしょ? もうみーちゃんの体はみーちゃんだけの物じゃないんだからさ」
あたしの余裕が死に物狂いの修行の成果だと勘違いしたかず姉様が、あたしの背中を軽く叩きながら諭す。
うん、実際そうなんだよね。もうあたしは一人ぼっちじゃない。大切な人と……人生を一緒に戦う人と出会えたから、もうあたしだけのあたしじゃないんだ。
「うん……渉さん、約束してくれたんだ。一人で勝手に無茶しない、無茶する時は一緒にって」
「え待ってそれとーちゃんがかーちゃんにプロポーズした時の奴じゃん!? 何それクッソエモいんだけど! やるなぁ! あーしの次に幸せになりやがってこのこのー!」
かず姉様ちゃんがあたしをからかうように肘で小突く。それでも自分が一番だと主張すらかず姉様の自己肯定感は凄い。
あたしがえへへと笑いながら頭をかいてると、途端にかず姉様が引き付けを起こしたような声を上げてフリーズする。
よく見ると、父上のそばにいるちー姉様が殺気混じりの視線を飛ばしていた。
なるほどこれのせいかぁ……あたしはちー姉様にぺこりと頭を下げておいた。
ちー姉様の殺気に当てられたかず姉様は、結局父上による開会の挨拶まで復活する事はなかった。
§ § §
「さて……本日はお忙しい中、お集まり頂きありがとうございます」
組み立て式の朝礼台に乗った父上が、道場に参集した皆に頭を下げる。
父上は御山の霊水のせいで中学生か高校生くらいまで若返ってしまったせいでちんまりとしてしまっているが、それでも存在感はとんでもなく大きい。
分家衆の皆が一斉に頭を深く下げる。月貞家の人間だけ軽い会釈で済ませているのがどうにも気に食わない。
「今日みんなに集まってもらったのは、伝えなければならない事が起こったからだよ。……我らに宿る血の力、その第四相を発現出来る者が現れた」
途端に道場が騒がしくなる。
それもそうだ、近代月ヶ瀬最強と謳われる父上ですら第三相止まり。次期筆頭と目されているちー姉様でさえ普段は第二相、戦闘中に第三相に到達するくらいだ。
御山にある古文書の類は本家にしか読む権限がないが、分家の中でも第四相を発現する者は神と同一視され、特殊な任務を賜るとか噂されていた。
……その古文書を最近読んだから、噂は真実だと知っている。神に逢っては神を斬り、魔物に逢っては魔物を斬る役目をご先祖様から直接申し付けられた訳だし。
「第四相を発現出来る者が現れた時、その者に筆頭の座を譲る事とする古からの取り決めにより……僕、月ヶ瀬空也は筆頭の座を降り、その者に譲渡する事にしたよ」
父上がそう宣言すると、道場に集まった分家衆だけでなく母上やかず姉様、ちー姉様まで驚いていた。
……多分そんな事になる予感はしていたけど、正直言うと、この家も月ヶ瀬の後目もいらない。
あたしは渉さんがいれば後はどうでもいい。変な手枷足枷になるくらいなら無い方がマシだ。
こんなデカいだけで利便性ゼロのオンボロな家と時代遅れな足手纏いばかり押し付けられてもどうしようもない。
ちっひーだけ下さい、あとはクーリングオフでお願いします。
「お待ち下さい、父上」
分家衆のざわつきが一向に止まない中、ちー姉様が挙手をして発現した。
「何かな、ちーちゃん」
「私ですら第三相が関の山です。万沙さんは私の圧に怯える程度です。一体誰が、人外魔境への到達を成し遂げたのですか?」
「あと一人いるじゃん?」
「え……しかし、美沙さんは……」
みんなの視線が一気にあたしに集中する。そーだよね、お前弱かったはずじゃんって思うもんね。あたしだってそう思う。
渉さんが悪目立ちしたがらない気持ちが少しわかる。めっちゃ居心地が悪い。
「……みーちゃんの力は、みーちゃんが生まれた時に星ヶ峯に頼んで封じてもらったんだ。魔を討つ者としてではなく、人間として長生きして欲しかったからね」
父上が壇上からあたしの顔をじっと見つめる。その目は渉さんと御山で修行していた時、真相を教えてくれた際の悲しそうな目と同じだった。
「でも、星ヶ峯の呪術の力を持ってしてもみーちゃんの力を封じ切れなかった。ちーちゃんや皆がこれまで弱いと断じていたみーちゃんの力は、封印から漏れ出ていた分だったんだよ」
「そんな馬鹿な……一番弱い美沙さんが、第四相を……おおよそ信じられません」
「こればかりは見てもらった方が早いね。みーちゃん、お願いしていいかな?」
本当は今すぐここから逃げ出したいけど、そういう訳にもいかない。あたしは朝礼台を登り、父上の横に並ぶ。
……これ、第三相と第四相の瀬戸際で止めても誰も納得しないんだろうなぁ。あたしは中途半端なパフォーマンスで誤魔化すのを避けて、一気に第四相の最奥まで力を引き出した。
鏡が無いから分からないけど、視界にチラチラと入る髪の毛が銀色になっていたり全身が微妙に発光している事から、素人目に見てもヤバい変身をしていると分かってもらえると思う。
能力解放の代償として、結構なペースで心の奥底から暖かさと人としての拠り所が急激に失われていく感覚が全身を苛む。
第四相は人ならざる力の領域、SAN値を支払わなければ辿り着けない極致だ。
あまりにも危険な感覚にあたしはチキってしまい、十秒くらいで力の解放をやめた。
しかし、たった十秒だけでも第四相の効果は絶大だった。ちー姉様も先程のかず姉様のようにびっしょりと汗をかいている。かず姉様は……あ、ダメだ。気絶してるわ。母上もダメ、と。
本家の次女ですら気絶するレベルだ、分家衆に耐えられるはずがない……と思ったら、ちっひーだけは苦しそうにしていたが耐え切っていた。他の分家衆は死屍累々だ。
さすがレストでの買い物の後であたしの愛情たっぷりの訓練を生き延びただけはある。後で褒めてあげよう。
父上も両手を握りしめてこらえているが、これは恐れじゃなくて「自分より強い相手と戦いたい」って本能を押さえつけてるんだと思う。月ヶ瀬が脳筋と呼ばれる由縁だ。
あたしは朝礼台の前に広がる阿鼻叫喚の地獄絵図を指差して、父上に尋ねた。
「父上、これどうするんです? 軒並み気絶してますけど、話続けるんです?」
「……しばらく、みんなが起きてくるのを待とうか。みーちゃん、それまで組み手やらない? ハンデ無しで」
「嫌ですよ、そのハンデ無しって第四相の解放が最低条件でしょ? あの状態マジでキツいんですから勘弁して下さいよ」
父上の組み手の申し出を断るとそれはもう不服そうな顔をしていたが、諦めてもらうしかない。
あたしもしんどいし、この道場が無事で済む保証が無い。一応先祖伝来の大事な道場だし、半壊どころか全壊まで持って行ったら後で何を言われるか分かったモンじゃない。
あたしは朝礼台の上で、皆が起きるのを待っていた。
……強烈な殺意のこもった、ちー姉の視線を背中で受けながら。
§ § §
生き残ったちっひーが倒れた皆の介抱をしてくれたお陰で、事態は割と早めに収拾がついた。
一口飲ませれば秒で目覚めるけど、半日は口の中が苦味と酸味と辛味とエグみに支配されて何も食べる気が起きなくなる先祖伝来の気付け薬が大活躍した。
効果は絶大だが、味の問題があまりにも大きすぎるって事で今ではこの里でも使われなくなり、死蔵されていた所だ。在庫が捌けて良かったと大喜びだろう。
「……さて、これで分かってもらえたかな。もはやみーちゃん……美沙は月ヶ瀬筆頭である僕よりも強くなった。娘より弱い筆頭なんて恥以外の何者でもないからね。異議のある人はいるかな?」
父上が目覚めた皆に切り出した。
第四相の威光をその身をもって思い知った分家衆は押し黙ったままだ。
母上はそもそも、こういった武門としての月ヶ瀬の会合では「餅は餅屋」と言わんばかりにノータッチを決め込んでいる。
かず姉様は気付け薬の味がまだ舌と脳内にこびりついているのか、しきりに水を飲んでいる。意義を申し立てる余裕も無さそうだ。
誰もが異議を差し挟めない中、たった一人手を挙げた人がいる。ちー姉様だ。そんなにあたしが強くなったのが気に食わないのかな……?
「……私は、これまで長姉として、月ヶ瀬のお役目を果たして参りました」
「そうだね」
父上がちー姉様の言葉に頭を縦に振る。
「月ヶ瀬の次期当主として恥ずかしくないよう、鍛錬を積んで、日本全国を飛び回り……魔と、魔に与する者を狩り続けて来ました」
「……うん、そうだね」
「それなのに! 父様の勝手で力の順序を入れ替えて! 弱いからとお役目から遠ざけて! 当人は男にうつつを抜かし! あまつさえ強くなったから筆頭の座を勝手に譲るなどと言われて誰が黙って受け入れられましょうか!」
ちー姉様が父上に食ってかかるが、これには私も同意見だ。
ちー姉様が次期筆頭としてこき使われていた事も、かず姉様が月ヶ瀬の閉塞感にやられて逃げ出した事も、良かれと思ってあたしの力を封印した事も、全てが空回っている。
言い方は悪いが、父上は子育てを失敗したとも言える。
あたしの力を封印したのなら封印が解けても継承権の順位は固定すべきだし、ちー姉様を次期頭目として育てたのなら頭目に据えればいい。
こんな事をしたら本家も分家も荒れるに決まっている。父上は一体、どうしてこんな事を言い始めたんだろう?
「……うん、ちーちゃんの言う事も一理ある。それなら、一度だけみーちゃんと戦ってみなよ。勝った方が好きにする。それでどうかな?」
「いいでしょう。……美沙さん、よろしいですね?」
もはや殺意と全力の第三相を隠そうともしないちー姉様は、あたしの返事を聞く事もなく道場の隅に置いてある木刀を二本取り、定位置に立つと一本放り投げた。
あたしは投げられた木刀を受け止めて、反対側の定位置に行く。試合の気配を察して、分家衆やかず姉様は道場の端に避難した。
「じゃあ、勝った方が好きにするって事でいいんですね? どんな判断でもいいんですか?」
あたしが父上に再度確認すると、父上は「いいよ」と返事をした。
どっちにしたって結果は同じだとは思うが……一度でいいからちー姉様の鼻を明かしてやりたいとは思っていた所だ。
「じゃ、父上。合図お願いします」
木刀を構えもせずに父上に合図を頼んだあたしを、ちー姉様は露骨に嫌悪感をあらわにして睨みつける。
前のあたしなら、その夜叉のように鋭い視線を受けただけでビビり散らかす所だ。今のあたしにはただ睨んでいるようにしか見えない。
ちー姉様の平常心を削るのと同時に、舐めプからの完全勝利でもって「月ヶ瀬美沙にはちー姉様が全力を出しても勝てない」という事実を全員の心に刻み付けてやる所存だ。
木刀をバットのようにスイングしたりしてちー姉様をおちょくっていると、父上が咳払いをする。……ちょっとやり過ぎたかな?
「二人とも、やり過ぎないように。……それでは……始めッ!」
父上の掛け声が、道場に響き渡った。




