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閑話15 梨々香と不思議な時の妖精

【Side:高坂 梨々香】



 ふと、うたた寝から目が覚めた。

 広いリビングの凄く沈み込むやわらかソファで一桜ちゃんやトーカさんとお話をしながら本を読んでるうちに、眠気が来てしまった。

 あたりを見渡すとトーカさんの姿が見当たらない。私達にタオルケットをかけて、お兄ちゃんの部屋に戻ったのかも知れない。

 私に寄りかかって眠っている一桜ちゃんを起こさないようにゆっくりとソファから離れて、時計を探してみたけれど……どこにも時計が見当たらない。

 付きっぱなしになっていたテレビも、今やってる番組が何時に放送されている物なのかも分からない。みんなどうやって時間を調べているんだろう?

 そう言えば、一緒に買い物した時美沙さんに時間を聞いたらケータイで調べてたっけ。



「……あ、ケータイ……どこやったっけ」



 お兄ちゃんが買ってくれたケータイ……スマホを持ち運ぶのをまだ習慣に出来てなくて、どこかに忘れてしまっている。

 あちこち探して、ようやく見つけたのは学習机のある個室だった。そっか、昨日ここで使ったんだっけ。

 スマホのボタンを押して画面を付けると、二十二時半だった。お父さんやお母さんがいたら早く寝なさいと怒られる時間だ。……どっちも、もういないけど。

 もう一回寝直すにも、少しうたた寝したせいで眠気が無くなってしまった。

 テレビを見ようかとリビングに戻ると、低いガラス製のテーブルに雑に積まれた本が目に入る。



(みんなが借りてきた本、静香さんに返さなきゃなぁ……まだ起きてるかな……うーん、そもそも帰ってるのかな……)



 私が「一人は寂しい」と駄々をこねたので、一桜ちゃんとトーカさんが静香さんの部屋からいくつか本を持って来てくれて、一緒に読んでいた。

 静香さんはまだ帰ってなかったので、無断でお借りしてしまっている。早いうちに返さないと、静香さんも困ってしまうだろう。

 私が静香さんに返すために借り物の本をまとめていると、一冊の本がこぼれ落ちた。



「何だろ、これ……なんたら……種……探索者?」



 分厚い教科書のような本の表紙には、難しい漢字が並んでいた。

 ……確か、静香さんは「へーしゅ」って言う探索者になったと聞かされた。

 じゃあこの「丙」って漢字、へいって読むんだ。難しいなあ。

 こんな分厚い教科書を読んで、テストに合格しないと探索者になれないんだろうか。とても大変そうだ。

 パラパラと中を開いてみると、文章にちゃんと漢字に振りがなが書いてある。表紙の漢字にも振りがなを振っておいて欲しい。読めないもん。

 ……中身は私でも読めそうだけど、内容が少し難しい。数行読んだだけで頭が痛くなりそうだ。一旦教科書? を閉じて、溜息をつく。



「……お兄ちゃんも、こういうのを読んで探索者になったのかなぁ」



 優しくて、私を大事にしてくれるお兄ちゃん。

 誰かを傷つけるのを嫌がるような性格のお兄ちゃんが、ダンジョンで魔物をやっつける仕事をしているのは、きっと私のせいだ。

 入院していた間、ずっと私の入院費用を工面してくれていたのはお兄ちゃんだ。お兄ちゃんには感謝しかない。

 それと同時に、申し訳ない気持ちと自分への情けなさで胸が押し潰されそうになる。



 どうしたらこれまでの恩を返せるだろうか? 

 何をすればこれ以上お兄ちゃんに迷惑をかけずに済むだろうか?

 お兄ちゃん達がおかしくなったお母さんや、気味の悪い宗教の人から助けてくれて、二十年くらい苦しめられていた病気を治してくれた時から、ずっとそればかり考えていた。

 でも、私が知らないうちにお兄ちゃんは凄い人になっていて、凄い人が沢山そばにいて……私に出来る事なんて、一つも無さそうだった。



「……私が探索者になったら、お兄ちゃんの助けになれるかな……?」



 私は手の中にある探索者の教科書を見つめる。

 優しいお兄ちゃんの事だから、「危ないことはするな、俺が何とかするから」と言いそうだ。でも、それじゃダメだ。

 働かないと……この世界に生きてていいんだと私が思えるような生活しないと。甘えてばかりじゃ、私の心が腐ってしまう。



 私は中学生の頃に入院して、ずっと病院にいた。いつの間にか中学を卒業した事になっていたけど、結局は中学生中退だ。

 これからしばらく氷谷先生が勉強を教えてくれる事になっているけど、それは大きなマイナスがゼロに近づくだけで、私自身に何もないのは変わらない。

 学歴もない、頭も良くない、仕事をした事もない、特技もない私を、採用してくれる会社やお店なんてあるはずがない。

 ずっと入院してたような弱い体だから、力を使う仕事も出来ない。お兄ちゃんみたいに警備員なんて、私には無理だ。

 江波のおうちに居た時に隣の部屋に住んでた三沢のおねーちゃんみたいな、綺麗なお洋服を着て男の人にお酒を注ぐ仕事は……多分、お兄ちゃんが猛反対しそうだ。

 でも、ステータス? を作った時、お兄ちゃんやあかりさんは「珍しいジョブ」と言っていた。

 それなら、探索者になれば物珍しさで雇ってくれる人もいるかもしれない。

 探索者、探索者かぁ……



「……寝る前にちょっとだけ、読んでみようかな」



 私はテレビの電源を消して、教科書を持って個室に入る。椅子に座ってデスクライトを付け、すぐそばにスマホを置いて最初から読み進める。

 分からない漢字や単語が出たら、スマホの検索機能を使って読みや意味を調べる。スマホを買ってすぐに月ヶ瀬さんが教えてくれた令和の時代の基本行動だ。

 分からない事はすぐに検索、最初に出てくる情報は偽物の場合があるから四、五件分確認して判断する、辞書のページが出た場合は八割信用していい、「大学」や「研究所」を名乗るページやビデオはちゃんと現実にある所の物じゃなかったら警戒する……だったかな?

 でも、このスマホの文字を打つのが全然慣れない。ボタンを押す訳じゃないからしっかり画面を見ながらゆっくり操作しないとうまく文字が打てない。

 ケータイも使った事がない私に、いきなりこのレベルのハイテク機器を持たされても難しい。



 教科書とスマホを行ったり来たりしながら、結構な時間をかけて読んだ。

 ……これダメだ、難しい本だ。「はじめに」のページだけで相当手間をかけて読むことになってしまった。

 こんなペースで読んでたら、いつ全部読み終わるか分かった物じゃない。

 実際時計を見て見れば二十二時……四十分? 読み始めてまだ数分しか経っていない。



「おかしいなぁ……もっと時間かかったと思うんだけど」



 でも、スマホの時計が嘘をつく訳がない。まだまだ眠気は来ないし、時間もたっぷりあるならどんどん読んでみよう。



 § § §



「つかれたぁ……」



 ダンジョンが発生してから今までの歴史がまとめられた章をなんとか読み終えた。

 ここに書かれている事だけが全てではないんだろうけど、私が入院している間に世界がこんな大変な事になっているなんて思わなかった。

 ダンジョンが発生してから今までを簡単にまとめると、たくさんの人の命を助ける為に探索者の命を差し出すような時代だ。

 今みたいに安定して魔物を倒して、ダンジョンから魔物が溢れないように管理できるようになるまで、大勢の探索者が亡くなっている。

 こんな言い方は良くないって分かってるけど、そこにお兄ちゃん達が入っていなくて本当に良かったと思う。



 お兄ちゃんだけじゃなく、月ヶ瀬さんも、あかりさんも、綾乃さんや静香さんも、ダンジョンのある世界を生きている。

 何だか私だけが平和な世界でだらだらと過ごしていたように思えて、自分が嫌になる。

 ……嫌になるけど、がんばらないと。これ以上お兄ちゃんに迷惑をかけられない。

 ここで読むのを一旦やめて休憩を挟んだのは、この次の章は法律についての説明だからだ。

 法律とか絶対に難しいだろうし、検索しながらでも相当な時間がかかってしまう。

 歴史の部分でかなり丁寧に読んでしまったから、夜更かしになってしまったかも知れない。集中し過ぎて時計を見るのを忘れてしまった。

 少し慌てながらスマホの時計を見ると二十二時四十分を示していた。



「あれ? これ……壊れてるのかな?」



 どう考えても、おかしい。

 目次の前のページにある、やる気をへし折るくらい難しかった「はじめに」を読んだのが二十二時四十分だったはず。全然時間が進んでいない。

 これが普通の時計だったら電池が切れているか壊れているかのどちらかだけど、昨日買ったばかりのスマホがたった一日で壊れるとは思えないし、電池が切れていたらそもそも使えないはずだ。

 ……でも、時間が経ってないならそれはそれで好都合。読める所まで読んでしまおう。少しでも早く、少しでも多く、実になる本を読んでお兄ちゃんの助けにならなきゃ。

 私は気合いを入れて、教科書のページをめくった。



 ……覚えているのは、法令の章を数ページ読んだ所までだった。あまりにも難しい言葉や検索しても分からない単語が多く出てきたせいで、私の頭は限界を迎えた。

 気が付いたら机に突っ伏して寝ていた。部屋の窓からは朝日が差し込み、外では鳥のさえずりが聞こえる。

 ゆっくりと体を起こしてみるけど、身体中がだるい。ちゃんとお布団で寝なかった罰かも知れない。

 寝違えたりしなかっただけ運が良かったって事にしておこう。



 軽くシャワーを浴びて、普段着のTシャツに袖を通す。下は……ズボンでいいかな。楽だし、どうせ後でセーラー服に着替えるし。

 Tシャツは一昨日ショッピングセンターで買った無地の奴だ。月ヶ瀬さんが着ているようなイカしたTシャツが欲しかったけど、どのお店にもなかった。残念。

 朝ご飯はお兄ちゃんの部屋で食べる事になっているので、一応スマホを持っていこうと思ったけど……電池が切れている。

 昨日沢山使ったし、ケーブルに繋ぐのを忘れて寝ちゃったから仕方がない。

 ケーブルに繋いで放置しとこう。帰って来る頃には使えるようになってるといいなぁ。



 玄関のドアを開けたら、すぐそこにトーカさんがいた。昨日と同じように、どこを見ているのか分からないぼんやりとした……それでいて何でも見通しているような鋭い目でまっすぐ私を見ていた。



「あ、トーカさん。おはようございます」



 私はぺこりと頭を下げて挨拶する。トーカさんも少し遅れて頭を下げた。



「おはようございます、個体名:高坂梨々香。そろそろ部屋を出る頃かと思いまして、お待ちしておりました。鍵を預かっておりますので、施錠をして朝食を摂りましょう」



 トーカさんが私にかわいいうさぎのマスコットが付いている鍵を差し出した。

 ……あ、そうだ。確かに私はこの部屋の鍵を持っていない。私の物なんて服とスマホくらいしかないけど、鍵を開けっぱなしにするのは無用心だ。

 私はトーカさんから鍵を受け取って、感謝の気持ちを伝えた。



「わざわざ届けてくれて、ありがとうございます。鍵の事、すっかり忘れてました」


「お気になさらず。それと、当個体は生まれてまだ半年も経っておりません。若輩者故、当個体に対して丁寧な言葉遣いは不要です。ヒロシマ・レッドキャップと話す時と同様に、フランクに呼びかけて頂いて結構です」



 フランク……フルト……? ではないよね、ソーセージの話はしていないし。

 よく分からないけど、多分敬語とかを使わずに、一桜ちゃん達と話すような感じで話して欲しいって事なのかな?



「タメ口きいてもいいよって事?」


「その通りです。お気遣い頂かなくても結構です」


「うん……分かった。よろしくね、トーカちゃん」


「はい。よろしくお願い申し上げます。……本日訪れたのは鍵の件のみではありません。個体名:高坂梨々香に一つ確認しなければならない事柄がございます。よろしいでしょうか?」



 私がドアに鍵をかけていると、トーカちゃんがそんな事を言い出した。確認しなければならない事? 一体何だろう。



「うん、いいよ。何かな?」


「……昨晩、何か不思議な現象が起こったりしませんでしたか? 例えば、時間の流れが遅く感じられるような」



 トーカちゃんの質問に心当たりしかない。昨日の教科書を読んでいる時の時間が全然経たなかったのは不思議な現象以外の何物でもない。

 私は素直に昨日起こった事を話した。



「昨日の夜、中途半端な時間に起きちゃったから本を読んでたんだけど……スマホで分からないところを調べながらゆっくり読んでたはずなのに、一分も経ってなかったんだよね。もしかして、これのこと?」


「……そうですね、間違いありません。昨晩、個体名:高坂梨々香の近くで妙な事が起こっている気配がありましたので、もしやとは思ったのですが」



 一桜ちゃんはぐっすり眠ってたくらいなのに、トーカちゃんはしっかり何かが起こっているって判断できたんだ、凄いなぁ。

 でも、私が何かしたって意識は全くない。私はただ、スマホを使いながら本を読んだだけだ。



「私……なんか変な事してたのかな? ただ本を読んでただけなんだけど」


「個体名:高坂梨々香の落ち度ではありません。原初の……いえ、今は正確にお伝えしても理解出来ないでしょうから、貴女を溺愛している妖精がいて、貴女の役に立とうと勝手に働いてると思って下さい」


「できあい……?」


「……とんでもなく愛していて、やりすぎなくらい可愛がる事です」


「なるほど、お兄ちゃんみたいな妖精さんがいるんだね? おっけーおっけー」



 私がそう答えると、トーカちゃんは仏頂面のままで盛大に吹き出した。妖精の姿のお兄ちゃんを想像しちゃったんだろうか?

 しかし、トーカちゃんは器用だ。肩も息も震えてるのに、真顔のままだ。

 もしかして、素直に笑えないタイプの魔物なのかな? そんなのがいるのか知らないけど。

 小刻みに痙攣しっぱなしのトーカちゃんの背中を数分間さすってあげた。



「……落ち着いた?」


「はい。お手数をおかけしました」


「で、妖精さんがいたずら……? ええと、何かしたせいで私の時間の感覚が変になってたって事だっけ? どうしたらいいのかな、私何もしてないんだけど……」


「私から無闇に力を使わないように言いつけておきますので、特に気をつける事はありません」



 そんな事出来るんだ? トーカちゃんってもしかして妖精の王女様みたいな強い魔物なのかな?

 でも、妖精さんもせっかく良かれと思って頑張ってくれたんだろうし、あまり責めないで欲しい。



「……妖精さんの事、あんまり怒らないであげてね」


「何故です? 少なからず個体名:高坂梨々香も戸惑ったのではないですか? 迷惑をかけられた側でしょう?」


「びっくりしたのは確かにそうなんだけど、誰かの役に立ちたいって気持ちは私も分かるからね。もし私に力があったら、お兄ちゃんやみんなの為に迷わず使うと思うし……」



 私が昨日の夜に探索者の教科書を読んだのだって出来る事を探すつもりだったからで、そうでなければあんな難しい本を読む気も湧かなかったと思う。

 だから、出来る事で役に立とうとする妖精さんの気持ちも分かるし、羨ましく思う。……私には、まだ出来る事が何も無いから。



「分かりました。ではあまり叱らないでおきます。その代わりに、個体名:高坂梨々香。貴女には、貴女のそばにいる妖精の持つ力についてお話しましょう」



 階段を降りかけていたトーカちゃんが、三段下から見上げるようにして私に振り返って、そう言った。



「そんな事、私に教えてもいいの? 私、探索者じゃないけど……?」


「はい。貴女が何も知らずに妖精の力を引き出す可能性があります。黙っておいて取り返しのつかない事故が起こる前に、妖精の持つ力が如何に危険かを認識させるべきだと判断しました。貴女の妖精のようなお兄様には後で報告いたします」



 やめて、その言い方は本当にやめて。私までフェアリーな格好で空を飛ぶお兄ちゃんを想像しちゃうから。



「貴女の傍にいる妖精の持つ力は、『時間を操る力』です」


「時間を……操る?」


「止まった時間で活動したり、何かの時間を止めたり、あるいは遅くしたり早くしたり……そういった、あらゆる物の時間を操作出来る力を持っています」


「……それってめっちゃヤバくない?」


「ヤバいです。ヤバヤバのヤバです。故に、この妖精の取り扱いには細心の注意が必要です」



 トーカちゃんが指を振ると、空中にディスプレイのような物が浮かび上がる。前に私のステータスをみんなに見せた時に使っていた奴だ。

 ディスプレイにはどこかの高速道路が映っている。大きなトラックが結構なスピードを出して走っているVTRが流れている。



「さて、このトラックは今高速道路を走っています。もし貴女の妖精がトラックの時間をいきなり止めたら、どうなるでしょう?」


「うーん……高速道路でしょ……あ、後ろを走ってる車がトラックにぶつかっちゃうね」


「正解です。道路上に大きな障害物が急に現れるような物です。後ろから来ている車は逃げられず、衝突します。こんな風に」



 ディスプレイの中では、一時停止ボタンを押したようにトラックがピタッと止まった。

 そこに銀色の乗用車が突き刺さり、さらに後ろからもう一台のトラックが衝突する。玉突き事故だ。

 凄いビデオだけど……これ、どうやって撮ったの?



「こういった事故だけではありません。電車の時間を止めれば何百人、何千人の足に影響が出ます。株式市場のコンピュータを止めれば、何万人もの自殺者が出るでしょう。雨雲の時間を早めれば災害レベルの大雨となり、ダムや都市を破壊します」



 ディスプレイではトーカちゃんが説明した通りの事柄が起こっている。一向に動かない電車に苛立つ人達、ニュースでよく見る株のあれこれを写す画面が消えて大パニックになっている人達、大雨でダムが崩壊して川沿いの家々が濁流に流されていく映像……

 こうして見ると、妖精さんの持つ「時間を操る力」がどれほど危ない物なのかがとてもよく分かる。

 便利なんだろうけど……使い所を間違えたらとんでもないことになってしまう。



「妖精の力は強力です。このように、ちょっとしたイタズラや良かれと思ってやった事が取り返しのつかない事態を引き起こします。……さて、では問題です。個体名:高坂梨々香がお買い物に出かけている時に、道路上に亀を見つけました」



 大災害を写し続けていたディスプレイが切り替わり、私が近くの道路をてくてく歩いている場面になる。待って? 私まだそこ歩いた事ないよ? どうやって撮ったの?

 画面の中の私が車道の上をのったりのったり歩いている亀を見つけた……けど、その直後。



「そこに車がやって来ました。このままでは亀が車に轢かれてしまいます。どうしたらいいでしょう?」



 大きなトラックが向こうから走って来ているのを、画面の中の私が発見する。トラックのタイヤの位置を見るに、このまままっすぐ走ってくると亀の位置が重なってしまう。

 さあどうしよう? という状況でVTRが止まった。うーん、どうにかして亀を助けたいけど……でも……



「トラックを止めたら、さっきの事故みたいになっちゃうよね」


「そうですね。亀の為に後ろの車と運転手が犠牲になる事でしょう」


「亀を超早く動けるようにするのは……それはそれで問題あるよね」


「どこに行くか分かりませんからね。ネズミ花火のように高速でうろちょろする亀に他の歩行者がびっくりするでしょう。車道を引き返す可能性もありますから、他の車にも迷惑がかかります」



 そうなると、取れる方法なんて一つしかない。



「私が超早く動いて亀を捕まえて、安全な所に放す?」



 私が答えると、画面からピンポーンと音がする。当たり?

 画面が急に灰色になり、そこに映っている全ての物が動きを止める。画面の中の私が亀に駆け寄って拾い上げ、元の歩道に戻った。

 するとゆっくりと画面の色が戻り、車や人の動きが元に戻る。トラックも亀がいた場所を通り過ぎていく。

 画面の中の私は近くの川に亀をぽちゃんと投げ込んで、ばいばーいと手を振っている。

 そこでディスプレイが空気に溶けるように消えた。……時間を操るよりトーカちゃんの力の方が便利なんじゃないの? それどうやってるの?



「正解です。他の物の時間を操るのではなく、自分自身の時間を操れば、このように誰にも迷惑をかけずに対処が可能です」


「んー……でも難しいよね、今はビデオの再生が止まってたから考える時間があったけど、とっさに判断するのは難しいよね」


「そうですね。ですので、力を使わずに済むように変な物や危ない場所には近付かないで下さい。何かあったらお兄様や奥方様、個体名:雪ヶ原あかりと愉快な仲間達、テイムモンスターや私に相談して下さい。勝手な判断はしないように。よろしいですね?」


「はーい、きをつけまーす」


「以上です。それでは朝食のついでにお兄様に妖精について報告しておきましょう」



 話は終わったとばかりにトーカちゃんが階段を降りていくのを追いかけながら、私は気になっていた事をついでに聞いた。



「トーカちゃん、さっきのディスプレイってどうやってるの? 私の妖精と話が出来るって事は、トーカちゃんも妖精なの? もしかしてディスプレイを出す力を持ってる妖精?」



 トーカちゃんはお兄ちゃんの部屋のドアの前で立ち止まって私の質問に答えてくれた。



「実はそうなんです。私は貴女のお兄様と契約している、何でも出来る特別な妖精なんです。内緒ですよ」


「内緒かぁ……お兄ちゃん以外だと誰が知ってるの?」


「ここに住んでいる人間やテイムモンスターは皆知っていますよ。それ以外で知っている人間はいませんよ」


「そっか……じゃあ秘密にしておくね」



 トーカちゃんは「約束ですよ」と言うと中に入って行った。私も追いかけて中に入ると、今日はお兄ちゃんしかいなかった。

 月ヶ瀬さんはおうちに帰っていて居ないとお兄ちゃんが言っていた。残念だなぁ。

 今日の朝ご飯はお兄ちゃんが作ってくれていた。トーストの上に目玉焼きをのっけた奴だ。

 目玉焼きの端っこが少し焦げてたり胡椒の固まりが乗ってて辛い所もあったけど、おいしかった。

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