第60話
梨々香の病室を訪れてから数日。修行で持っていった荷物の整理も終わったが、会社は絶賛営業停止中につきする事がない状況が続いていた。
俺は梨々香からの連絡を待ちながらテイムモンスターの面倒を見たり、バイクの整備をしたり、同じく手持ち無沙汰な嶋原さんに呼び出されて居酒屋で呑んだりしていた。
このタイミングで、美沙は一泊二日で実家に帰省した。空也さん……と言うより、月ヶ瀬本家から招集がかかったらしい。
美沙からは一緒に行こうと誘われたが、美沙をピックアップしに来た月島君が真剣な表情で「今回は一族以外の方はご遠慮頂かなくてはならない議題がありますので」と美沙を嗜めた為、美沙は俺の同行をしぶしぶ諦めた。
そして昨日の晩遅くに帰ってきた美沙はとても不機嫌だった。何があったのか聞いても「言えないっス」としか答えない。
しかし俺から片時も離れない事から、俺にも多少関係のある話し合いだったんじゃないかと推測できる。こう言う時の美沙は分かりやすい。
梨々香から連絡があったのは昨晩。美沙が機嫌をようやく持ち直し、あかりが静岡ロケを終えてうなぎを模った夜のお菓子と称するパイ菓子を土産に持って帰ってきた時だった。
§ § §
日本迷宮探索者協会広島支部・南原迷宮研究センター。
よく言えば風光明媚、悪く言えばド田舎な、俺や美沙が丁種探索者の認定を受けでステータスを付与された、世界的にも珍しい「魔物の出ないダンジョン」だ。
ダンジョン関連の最先端研究も行われており、普段であれば試験に合格した探索者候補か研究者、探索者協会職員でしか立ち入れないこの南原迷宮研究センター……通称南原研修所の地下ダンジョン区画に、俺と美沙とあかりと静香、それから梨々香の姿があった。
綾乃は出身地である島根に帰郷している。お婆さんの具合が悪く入院が決定した為、見舞いに行くらしい。
いつものやかましさは無く、どこか覚悟を決めた表情をしていた綾乃はお婆さんとの別れの未来でも予知していたのだろうか。
それでも綾乃は出発間際まで梨々香の事を心配していた。
やかましいし勝手に人の家のストックを食い尽くしたりするが、根は優しい奴だ。納得いくまでお婆さんに付き添ってもらいたい。
「しかし申請が通るとは思わなかったっスよ。最悪、無断侵入して職員を脅すしかないのかなとか思ってました」
梨々香の肩に触れたままの美沙が呟いた。
美沙は今、月ヶ瀬の力の第四相……神の力を解放している。魔力の対極に位置する神力で梨々香を包み込んで、魔力アレルギーを力技で抑え込んでいる。
ステータスを付与するタイミングで神力を切る必要はあるだろうが、それまではこのままだ。
第四相を発動すると人ではない何かに変容する感覚があると美沙は言っていた。
しかし、それは戦闘機動でフルパワーを出している時の話であり、梨々香を魔力から遮断する程度なら第三相より少し出力を強めた程度で事足りるらしい。
「月ヶ瀬さんは脳筋プレイを控えて下さい。何で梨々香さんにステータス付与するひらめきがあって、政治的な根回しをする頭が無いんですか……まあ、表沙汰にはなりませんが渉さんは功績が溜まってますからね。これくらいの譲歩は引き出せる訳です」
あかりがセカンドバッグから取り出した数枚の書類を俺に渡してきた。俺は歩きながらその書類を受け取り、ざっと目を通す。
レーフクヴィスト症候群の罹患者である高坂梨々香への治療を目的としたステータス付与を認め、その際発生する違憲状態は、これを追及せず罰しない物とする。
この措置は飛来したドラゴンの脅威から広島を守り、迷宮漏逸由来で発生した超巨大ゴーレムを倒し、突発的に発生した広島市街地の魔物の大多数を初期段階で討伐し、迷救会の問題の解決に大きな貢献を果たした特例甲種探索者・高坂渉に対し、例外的に認める物である。
しかし、あくまでレーフクヴィスト症候群の治療を目的とした物であるため、高坂梨々香を探索者として認定せず、治療に関係のないダンジョンへの立ち入りは禁止する物とする。
特例措置ではあるものの違憲状態に変わりはなく、この措置を行った事実が広く知られると市井の人々に不必要な疑念を抱かせる可能性がある。
心ない非難を受ける恐れもある為、高坂梨々香には探索者講習会を受けさせ、可能な限り速やかに探索者資格を保有させるように……とまあ、だいたいこんな所だ。
「拙者も拝見しましたが、そんな書類が出てくるとは思いもしませんでしたぞ。探索者協会会長に警視庁長官、さらには防衛大臣と法務大臣の連名って……高坂氏はもはや国家戦力的な存在になりつつあるのでは?」
梨々香が乗っている車椅子を押しながら、静香が会話に加わってきた。
一日のほとんどを病院のベッドで過ごしてきた事もあり、満足に歩けない梨々香にダンジョンを歩かせていてはステータス付与装置まで辿り着けないだろう。
その為、車椅子を借りて連れて行く事になったのだが……車椅子を押す役目を静香が買って出た。
梨々香を福岡県の医療施設に収容していた時も様子を見るついでに車椅子での散歩に連れて行ったりしていたそうだ。
事実、押す側も押される側も非常に手慣れている。
「実際に高坂さんは国家戦力級ですよ。一体どこに山ほどの大きさのゴーレムの攻撃を単身で受け止める人間がいるんですか? ……そうなるよう仕組んだのは私達ですけど。その節は申し訳ありませんでした」
あかりが思い出したようにぺこりと頭を下げる。
あの時……ホテルでの話し合いの席では腹も立ったが、俺のやってきたあれやこれやがこうして梨々香の治療に一役買ったのであれば、決して悪い事ではなかったのかも知れない。人間万事塞翁が馬という奴か。
「その件についてはちゃんと謝罪も受けたし、今後はちゃんと相談するって話になったし、実際そうしてくれてるだろ? 俺から蒸し返して責めるような事はしないぞ」
「はい、ありがとうございます」
俺が書類をあかりに返し、話す事もなくなったので黙って魔物の出ないダンジョンを歩いていると……梨々香が口を開いた。
「あの……」
「どうかしましたかな? 喉が渇きましたかな? お茶でもお出ししますかな?」
「いえ、そうじゃなくて……皆さんのお話を聞いてたんですけど、国家戦力とか何とか……お兄ちゃんは一体何をしたんですか? 私、全然知らなくて……」
梨々香は戸惑いの表情を浮かべている。
疎遠になっていた事もあるが、今年に入ってから起こった事を話しても信じてもらえないだろうと思ったからだ。
冷静になって思い出してみると、まさに漫画やゲームのような話だ。
特に今月に入ってから輪をかけてフィクションの趣を強めている。
正直、自分で自分が信じられないくらいだ。
当事者である俺がこんな状態だ、長い事何をしていたのか聞かされていない梨々香は浦島太郎どころの話ではない。
「それは追々お伝えしましょう。立ち話で済ませられるような簡単な話でもありませんし、梨々香さんも当事者になる訳ですから」
あかりがにっこり笑って答えた。見事なまでのアイドルスマイルだ。
……そうだ。梨々香から原初の種子を残したままステータスを取得させるのは俺や美沙、あかりのように尋常ならざる能力を身に宿す特殊な探索者になるって事だ。
梨々香にはしっかり言い聞かせておく必要がある、事故や情報漏洩が起こってからでは遅い。
少しだけこの選択は早まったんじゃないかと思ったが……悩んだ所で今更だな。梨々香が気兼ねせずに生きていける環境が一番いいに決まってる。
そうこうしている間に、俺達はステータス付与装置が設置されている部屋に辿り着いた。
§ § §
ステータス付与装置を操作するのは、俺や美沙のステータス付与を担当した技師ではない。
原初の種子の情報の漏出を防ぐ為、あかりによって事前に用意された雪ヶ原の人間だ。本当どこにでもいるんだな。
その技師達が梨々香を台に乗せ、ヘッドギアを被せている。俺としてはステータス付与の時の激痛が脳裏に蘇ってしまって少し辛い。
「お兄ちゃん、凄い嫌そうな顔してるけど……そんなに痛かったの?」
梨々香が俺に不安そうに尋ねた。
正直、兄として格好悪い所は見せられないとは思う。だが実際にメチャクチャ痛かったし、今もトラウマになっているのか落ち着かない。
「脅す訳じゃないが……俺の時はとんでもなく痛かった。我慢できるレベルじゃなかったし、叫んでないとやってられなかったな。気絶したし」
「えー……なんかすごく怖くなってきた……」
俺の不安が伝播してしまったようで、梨々香の表情が曇る。
「ステータスの付与自体は一分もかからないですし、痛みを除去する方法もありますからね。……さて、それじゃあ始めましょうか。月ヶ瀬さん、ヘッドギアの部分だけ魔力が通るようにしてください」
あかりからの指示を受け、美沙が神力の調整をする。計器をチェックしていた技師が慌ただしくコンピュータを操作し始める。
梨々香は拳をギュッと握って、不快感を堪えている。呼吸が浅くなり、意識が朦朧としている。俺は梨々香の手を包み込むようにして握ってやる。
神力を止めたのは頭だけで、それ以外の部分は依然魔力をシャットアウトしている。なのでこうやって触れてもアレルギー反応が出る事はない。
しかし、こうして見てるとアレルギー反応の辛さはあるようだが、痛みは無い……んだろうか? 叫んだり痛みを訴えたりはしていない。
特段痛みに強いタチって訳でもなかったはずだが……どうなってるんだ?
《原初の種子の取り込みに伴う激痛は、専用の魔力回路を増設する際に発生します。管理者:高坂渉はステータス用魔力回路と当個体用魔力回路の開設を同時進行で行った結果、痛覚への異常なフィードバックがもたらされたと仮定できます》
(俺が痛かった理由は分かったが……じゃあ美沙はどうなんだ? ステータスの取得と原初の種子の取り込みは数ヶ月単位のスパンがあったが、気絶したぞ?)
《奥方様は気絶したとはおっしゃいますが、痛みに言及していないのは不自然です。これも仮定ですが、高次元の存在によって奥方様の意識がシャットアウトされている間に専用魔力回路の増設が行われたのではないでしょうか?》
(なるほどな……それじゃあ梨々香が痛がらないのは、既に原初の種子を取り込んでいるからってのが理由か?)
《はい。既に専用魔力回路が増設されています。アレルギーは外からもたらされる魔力に反応して起こる為、体内魔力は問題なく流れています。最低限の種子の能力が発動し、成長が止まったのはその為でしょう》
俺とトーカが脳内で考察をしている間に、ステータス付与が終わったようだった。ヘッドギアを外されて台から上半身を起こした梨々香が息も絶え絶えに不満を口にする。
「お兄ちゃんの嘘つき、全然痛くなかったよ。……そりゃあ、かなりしんどかったけど」
「お前が中学生の頃、学校でぶっ倒れて病院に運ばれただろ? どうやらあの時に痛い奴は終わってたみたいだ」
「あー……そんな事あったねぇ。いきなり全身を針で刺されたような痛みが出て、次の瞬間には入院してたんだよね、あの時」
恐らく、その「全身を針で刺された痛み」が専用の魔力回路を作る時の痛みだったんだろう。
学校側からも「突然痛みを訴えて倒れた」と聞かされ、当時は病気を疑うしかなかったが……今になってようやく腹落ちした気分だ。
俺が納得していると、美沙が梨々香に話しかける。
「それじゃあ妹さん、これからあなたを包んでいた魔力を通さない力を少しずつ消していきます。気分が悪くなったりしたら言って下さいね」
「はい……お願いします」
梨々香が生唾を飲み込んで返事をする。俺の手の中で、梨々香の手が小さく震えている。
俺はほんのり視覚にユーバーセンスをまとわせ、美沙の神力の膜を見ていた。
神力はゆっくりとその存在感を失い、最終的には完全に消失した。……が、梨々香の様子は変わらない。
「どうですか、梨々香さん? 極度の息苦しさとか痒みとか倦怠感はありますか? 私の手が当たっている所に違和感はありますか?」
あかりが梨々香の背中をさすりながら声をかけた。梨々香は劇的な反応を見せる事なく、落ち着いた様子で受け答えをする。
「いえ……特には何も……」
「分かりました。ではこれから、梨々香さんに魔力のこもったスキルを使います。吐き気や頭痛等、体の不調が出たら教えて下さいね」
あかりは静香に目配せをして、静香は「分かりましたぞ」と頷いた。
あかりのジョブはアイドルで、歌ったり踊ったりしないと発動しないスキルが多い。
まさかこんな所で歌うのか? とも思ったが、静香のジェネラルの方がよほど扱いやすいし手っ取り早いてのだろう。
正直、ジェネラルの使い勝手は分からない。第三班の戦闘内容を誰も教えてくれないんだから仕方のない事だが。
「梨々香嬢、体調不良はすぐにお申し付けくだされ。それでは参りますぞ! 【タクティクス:オフェンス】!」
静香の掛け声が部屋に響くと同時に、その場にいる全員に赤いオーラがまとわりつく。ご丁寧に技師にもオーラが付いた。俺も高揚感と共に筋力の上昇が感じられる。
梨々香の顔つきは特に変化はない……が、両手を開いたり握ったりして何かの感触を確かめている。
「梨々香さん、どうですか? 辛くありませんか?」
「いいえ、全然……それどころか、凄く力が湧いてきてて……」
「外部の魔力に対する反応は良好、と。……梨々香さん、今後精密検査やリハビリは必要になると思いますが、現時点で言える事は一つです」
あかりが梨々香の肩に手を置いた。
「おめでとうございます、梨々香さん。これからはお兄さんと一緒に、普通に生活できますよ」
これまで実感が湧いておらず、どこか他人事のようだった梨々香だったが、あかりにそう宣言されて自分の事として認識出来たんだろう。
梨々香が爆ぜるように台から飛び降り、俺に抱きついてきた。しゃくり上げるような泣き声を上げながら謝る梨々香の頭をぽんぽんと撫でてやる。
「お兄ちゃん、ごめんね、ずっと迷惑かけてごめんね」
「大した事じゃないさ、たった一人の妹だからな」
「もう二度と病院から出られないって……お兄ちゃんも来てくれなくなったから一人ぼっちなんだって……ずっと思ってて……!」
「そうだな、忙しかったから……いや、見た目がずっと子供の頃のままの梨々香を見て、怖くなってしまった部分があったよ。金さえ払っておけばいいかと思ってしまった所もある。そこはごめんな」
「ううん、しょうがないよ。私だって自分が怖かったもん……でもこれからは私も頑張るから……お兄ちゃんに苦労かけた分、私も頑張るからね」
俺の顔を見上げて、涙を流しながら笑顔を作る梨々香を見ていると、何だか今までの人生が報われたような、そんな気がした。
§ § §
「そろそろ落ち着きましたか?」
梨々香の涙が止まり、ようやく緊張感がほどけたステータス付与室には技師達の姿は無かった。いつの間にか退出していたらしい。
微笑ましい物を見るような目をこちらに向けている美沙とニコニコ笑顔で梨々香の肩に手を置くあかり、そしてボロボロにもらい泣きしてティッシュで鼻をかんでいる静香しか残っていなかった。
「いやあ、拙者こういうのに激弱でして……うっかり数年分は泣きましたぞ。あ、拙者はこう見えてしっかり落ち着いておりますからな。心配をおかけしまして面目次第もございませぬ」
「ええ、霧ヶ峰さんの心配をしていた訳ではないんですが、落ち着いたのであれば何よりです。……梨々香さん、いかがですか?」
あかりはおざなりな言葉を静香に投げかけた後、改めて梨々香の体の具合を確かめる。
「体調が良いってこんな感じだったんだなって久しぶりに実感してる所です。体の芯に残っていた嫌なだるさも無いですし、どこも痛くも痒くもないですし……」
「そうですか、それは重畳です。梨々香さんは一旦病院へ戻りましょう。明日からきっと良い日が続いていきますよ」
あかりが梨々香が車椅子に乗るのをサポートしている横で、ポケットティッシュを使い切った静香がふと何かを思いついたのか、ふと独りごちる。
「いやーしかしアレですな、探索者ではないにせよ梨々香嬢も我々と同じステータス持ちとなった訳ですなぁ……ジョブは何でござろうな、見た感じ可愛らしいのでアイドルですかな?」
「アイドルは見た目だけで選ばれるジョブではありませんが……そうですね、気になる所です」
あかりが同意を示すと、車椅子でそわそわとしていた梨々香が俺に手招きをする。
「お兄ちゃんお兄ちゃん……ジョブって何?」
「ああ、昔やってたゲームにもあったろ? 職業とかジョブとか……その人の性質に見合った称号みたいな物をで、それによって使えるスキルとか魔法とかが違ったり、成長しやすい能力値が決まったりするんだ」
「それって、私でも見れるのかな?」
「見られるんじゃないか? ステータスオープンって言ってみろ、確認できるウィンドウが出るから」
俺がそう教えると、梨々香は少し恥ずかしそうにステータスオープンと唱えた。
俺達には見えないが、梨々香の目の前にはステータスウィンドウが表示されているはずだ。
「お兄ちゃん、ほらこれ」
梨々香が前方を指差している。……まあ、そうだよな。一般人でも「他人のステータスは見られない」と知らない奴がいるくらいだ。梨々香は当然知らないだろう。
「梨々香、他人のステータスは見られないんだ」
「え、そうなの!? ちょっと不便だなぁ……これ人に教えられないの?」
「そうだな、梨々香は携帯が無いからな……いや、待てよ。トーカ、梨々香のステータスを俺達が見える様に表示出来ないか?」
俺はトーカを召喚し、梨々香のステータスをいつぞやのホログラムで表示出来ないか尋ねた。
何も無い所からいきなり少女が現れた事に梨々香は驚いていた。
「えっなにいきなり!? お兄ちゃん、こちらの方はどちら様!?」
「あー……えーと……魔物みたいな奴だ。テレビで見た事ないか? 魔物を従えた探索者とか」
「いつもしんどくてベッドから動けなかったし、テレビも本も見る体力なかったし、ラジオも電波入らなかったからねぇ……あ、でも前に看護師さんが教えてくれたけど、アノニマス・フォックスって人が有名らしいねぇ。広島のスタジアムか何かの有名人なんでしょ? 退院したら見てみたいなぁ」
俺の背中を冷や汗が流れる。美沙は堪えきれず吹き出し、あかりは「知ってますからね」と言わんばかりのにんまり笑顔をこちらに向けてくる。お前ら本当にいい性格してるよ。
何も知らない静香だけが呑気に使用済みのティッシュをゴミ箱に捨てていた。お行儀が良いな。
「うん、まあ……そんな感じのアレだ」
「お初にお目にかかります、個体名:高坂梨々香。当個体はトーカと申します。マスターである管理者:高坂渉から『そんな感じのアレ』で片付けられてしまう悲しき存在です。いずれ当個体の詳細を説明する日もございましょうが、今の所は頼れるコンシェルジュとでも認識しておいて頂けると僥倖です。個体名:高坂梨々香、ステータスを開示してもよろしいですか?」
「わあ、凄く丁寧……ステータスの開示? でしたっけ、よろしくお願いします」
バカ丁寧かつ皮肉を言わなくては気が済まないトーカの自己紹介を間に受けた梨々香がぺこりと頭を下げて開示を頼むと、トーカが中空にホログラムを投影する。
それは俺達が日頃自分で確認しているステータスと同様の物だったが、項目の内容が違っていた。
そして……やはり原初の種子を変な形で取り込むような変わり種である梨々香のステータスもまた、とんでもないレアモノだった。
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Advanced Status Activate System Ver. 5.09J
◆個人識別情報
名前:高坂 梨々香 性別:女性 年齢:16(停止中)
所属:N/A
ジョブ:プリンセスLv1 武器種:杖・短剣
◆基礎能力
筋力:F 体力:F 魔力:E 魔技:E
敏捷:F 器用:F 特殊:D
◆ジョブスキル
《カリスマ:パッシブ》
周囲30m以内の味方への支援効果
基礎能力値1ランク上昇、攻撃力・防御力上昇、
耐性強化・士気高揚を同時に発動する
任意で発動・停止の切り替えが可能
◆追加スキル
N/A
◆アビリティ
【アブソリュート・スタティクス:アクション】
任意の対象・現象を停止・停滞させる
《現在停止中の対象》
高坂梨々香の成長・老化現象
高坂梨々香の迷宮化
(解決・解除後に消滅)
タイム・ルーラーによる高坂梨々香の魂への侵食
(解決・解除後に消滅)
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「なん……だこれ」
俺がようやく絞り出せた一言がそれだ。他の皆も声が出ないようだ。
プリンセスなんてジョブは見た事ないし、アビリティが強すぎる。使い方によっては求道聖蘭のような無敵状態を作り出せるだろう。
これまでの状況から察するに、タイム・ルーラーが梨々香に宿る原初の種子の名前だろうか? 直訳すれば時間の支配者……既に強キャラ感が滲み出ている。
誰もが押し黙ってしまった事に不安を覚えた梨々香が俺の服の裾を引っ張った。
「お兄ちゃん、これどうなの? 強いの? 弱いの?」
「ああ……強い、と思う。だがそれ以上に見た事がないジョブだ。あかり、プリンセスなんて聞いた事あるか?」
「いいえ、初耳です。見た感じスキルがソロではなくパーティ向けのスキルですし、引く手数多になりそうですね。探索者として働く道もアリだと思います」
「いや、ダメだ。梨々香はずっと病院に居たから人慣れしていない。変な奴に騙されでもしたら大変だし、弱い奴に任せる訳にもいかない。最低でも俺に勝てるくらいの探索者でないとパーティを組ませる訳にはいかない」
俺は梨々香の頭を撫でながらあかりの提案を拒否した。
レアジョブに種子持ち、そしてこんなにかわいい妹だ、悪い虫が寄ってこない訳がない。
兄である俺がしっかり注視しておかなくてはならない。
「渉さん、自分がどれくらいの強さなのか分かってないんスか? そこらの探索者じゃ渉さんに勝つどころか一太刀浴びせるのも難しいレベルっスよ?」
「私はそういう高坂さんも好きですが、あまり梨々香さんに対して過保護なのもどうかと……いえ、私に対しても過保護にして頂いてもいいのですがっ!」
「まるで年頃の娘さんを嫁に出したくない父親みたいですな……娘からしたらそういうのが一番ウザいですぞ」
三者三様の反応だが、静香の一言がグサッと突き刺さった。
「……ま、まあ探索者になるには試験に合格する必要もあるしな。どうせすぐの話じゃない。今日の所は帰って、次の機会に今後の展望を話そうじゃないか」
俺がトーカを送還し、ステータス付与室から出ようとした時──
《管理者:高坂渉、個体名:高坂梨々香の扱いには留意して下さい。タイム・ルーラーは非常に強力な能力を有した原初の種子です。使い方によっては容易に人間社会を滅亡に追い込んでしまいます》
トーカから念話で釘を刺された。それは重々承知している。
梨々香のアビリティは、言ってしまえば時間停止だ。いかがわしいビデオのネタになるようなフィクションではない。
世界の時間を一気に止める……なんて事はできないだろうが、局所的に使っても十分に都市機能を壊滅に追い込める。
そんな凄まじい力を、社会から隔離されたまま長年過ごしてきた梨々香が握ってしまったのだ。レーフクヴィスト症候群が治ったのは喜ばしいが、これは由々しき事態だ。
(あかりもその危うさに気付いたからアビリティに触れなかったんだろう、後で梨々香抜きで対策を考える必要があるな)
《はい。憂慮すべき事案ではありますが、タイム・ルーラーを手にしたのが宗教に傾倒した狂信者でなかったのは不幸中の幸いと言えるでしょう。兄としての役目をしっかり果たすよう望みます》
俺は脳内で「へいへい、分かりましたよ」とトーカに返事をした。
振り返ると、美沙達に囲まれながら車椅子に乗っている梨々香が嬉しそうに笑っていた。
また一つ面倒が増えてしまったが……これまで知らず知らずのうちに背負い込んでいた重苦しい義務感が、梨々香の笑顔で溶けて消えていくような気がした。
毎度お読み頂きましてありがとうございます。
少し短めですが、この話をもって第三章終了です。
第四章は4/27(日)を予定しております。
今後とも変わらぬご愛顧の程よろしくお願いします。




