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【コミカライズ始動】アラフォー警備員の迷宮警備 ~【アビリティ】の力でウィズダンジョン時代を生き抜く~  作者: 日南 佳
第三章

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閑話14 【Master Scene】突入、迷救会本部・栗栖教会

【Master Scene】



「突入! 突入! 突入!」


「非探索者は出過ぎるな! 魔法部隊、一気にぶちかませ! どうせ施設ごと埋めるから敵はどうなっても構わん!」


「オラァ! 広島県警やぞ! はよここ開けんかい!」



 色とりどりの魔法が迷救会本部の前庭で舞い踊り、前庭で待ち構えていた信者達二百三十人に襲いかかる。

 雪ヶ原の兵隊の攻撃に倒れていく信者達の横を通り抜け、ドアや壁面に張り付いた警官姿の者達が、各々引っ提げていたレミントンM870をドアや窓に向けてぶっ放す。

 今回投入された雪ヶ原の私兵は警官や自衛隊員、アイドル・幸村灯里の動画撮影クルーといった戦闘に特化した人員に警察官やSWATの制服を着せた者達だ。

 第三班の役割は露払いと陽動、並びに第二班よりも先に保護対象の高坂梨々香と鉢合わせた場合のエスコートだ。

 レーフクヴィスト症候群によって魔力アレルギーを発症する高坂梨々香の身柄の確保は、非探索者でなければ行えない。

 しかし、非探索者では探索者との戦闘に耐えられない。故にショットガンを装備し、盛大な発砲音と施設の破壊をもって陽動の役目を果たそうとしていた。



 まるで号砲のように鳴らされた銃声は、周囲を取り囲む森林に吸い込まれていく。

 廿日市と吉和を結ぶ道のど真ん中にある栗栖は、日帰り温泉と道の駅が点在しているだけで、大半が山と森で構成されている長閑な田舎だ。

 そんな山間にショットガンの銃声が鳴り響いているのだ。住民や近隣を通っていた人々はすわヤクザの抗争かと肝を冷やした事だろう。



「ドアが開いたぞ! 銃撃部隊、後退! 探索者部隊、突入せよ!」


「かかって来んかいワレェ! しごう(ブッ殺)しちゃるけぇのぉ!」


「各員、拙者のスキルの範囲から出ないように! そこ、出過ぎですぞ! 自重なされよ! これ一度言ってみたかったので役得ですなデュフフフ」



 開いたドアからどやどやと第三班が教会内部へとなだれ込む。違法な手段でステータスを得ているであろうステータス持ちの教団員の襲撃に備え、ショットガン部隊が下がる。

 霧ヶ峰静香が気味の悪い笑い声を漏らしている間にも、内部では戦闘が始まっている……が、教団員達の動きは緩慢だ。

 個々の戦闘力よりも統制を選んだ教主によって施された催眠は、その戦闘センスを鈍らせていた。



「【タクティクス:オフェンス】! 一気呵成に攻めるタイミングですぞ! 叩けば叩くほどおいしいのが迷救会、まっこと旬でありますからして!」



 戦場に不似合いな激励が教会に響くと、武器を携えた警官達の体に赤いオーラがまとわり付く。

 すると、それからの攻撃は鋭く、素早く、力強くなる。教団員が藁束のようにポンポンと投げ出され、砕かれ、切り裂かれる。

 その様子に警官姿の者達から喝采が上がり、さらに士気が上がる。第三班は破竹の勢いで教団員を蹴散らしていく。



 迷救会の誤算は、霧ヶ峰静香のジョブにあった。

 霧ヶ峰静香のジョブ、ジェネラルは一定の範囲内の味方へのバフ効果を配布する事に長けたジョブだ。

 司令官の名を冠するジェネラルは中々発現しないレアジョブの一つで、同じバフ・デバフ主体のジョブであるアイドルとは趣を異とする物だった。

 アイドルは対象の士気の高揚を得意とするが、ジェネラルは士気の下降を防ぐ役割がある。

 アイドルのバフやデバフは歌や踊りが視聴可能な状態でなければならず、効果の発生に多少の遅延が存在する。しかし、バフ効果は非常に高い。

 対してジェネラルはバフ効果こそアイドルに比べて控えめだが、遅延がほぼ無く、継戦力の維持に有用だ。



「しーずーかーちゃーん、遊びに来たよ〜」



 これまた戦場に不似合いなハイトーンボイスで静香に話しかける女性がいた。天地六家の占卜師、闇ヶ淵綾乃だ。

 


「闇ヶ淵氏、これは遊びじゃないんですぞ!? これは我々の失態を挽回するチャンス、言ってしまえば一回負けた戦隊モノの怪人が巨大化するような物でありますからして!」


「それって負けフラグ立たない? 大丈夫? 巨大ロボにずんばらりーってやられちゃう奴だよね」


「うぐぐ、そう言えばそうでしたな。巨大化した怪人はその回のうちに討伐されるが必定……で、闇ヶ淵氏。ユーは何しに三班へ? 貴女の居場所は後方でござろう?」


「うん、あたしのフォーチュンテラーがこっちに加勢するべきだって言ってるんだよね。闇ヶ淵の異能だとまだ思い通りに占えないのに、このジョブだとぴょこぴょこインスピレーション湧いてくるのマジでズルいわー」



 綾乃はやれやれと肩をすくめながらため息混じりに愚痴を漏らした。

 この度の探索者試験に静香と共に合格した綾乃が取得したジョブはフォーチュンテラー。ジェネラルに負けず劣らずのレアジョブである。

 自分や仲間の不利になる短期的な未来に気付く【アテンション】や数日から数週間にかけての中期的な予言を行う【プロフェシー】といった未来予知に長けた特殊なジョブだ。

 未来という不確定要素を扱う為に他のジョブから軽んじられる事はあるが、その有用性は他のジョブでは替えが効かない唯一無二の性能を誇っている。

 その未来予知のスキルは日本最古の占い師の異能を持つ綾乃との相性がすこぶる高く、そのジョブ性能が十二分以上に発揮されていた。

 ただし、その有用性はともかくとして純粋な戦闘能力は貧弱と評されるモンスターテイマーと同程度であるため、綾乃は後方部隊でのお留守番を言い渡されていた。

 そんな綾乃は静香の隣に並ぶと唐突に苦痛に顔を歪め、こめかみを抑えた。



「ああー……なるほど、これのせいでこっちに呼ばれたのかぁ、つらー」


「おや、闇ヶ淵氏? その痛がり様、異能の方のビジョンで何か見えたんですかな?」


「うーん、そだね……こっちはやっぱり私がいなきゃダメな奴だし、高坂さんが来なくて本当に良かったよー。しずかちゃん、魅了耐性オン!」


「拙者良いも悪いもリモコン次第で動くロボットではござらんですぞ!? ええい、ままよ!【タクティクス:カームダウン】!」



 静香のスキルが発動すると、第三班の面々が纏っていた赤いオーラが消え、代わりに緑色のオーラが発生した。

 緑のオーラのタクティクス:カームダウンは精神異常を引き起こすスキルやデバフを防ぐ。

 ジェネラルの基礎スキルであるタクティクスは高い汎用性を備えているが、反面、同じタクティクス系のスキルの同時発動が難しい。

 レベルが上がれば最大三つまでは同時発動が可能になるが、先日探索者になったばかりでダンジョンでのレベル上げもまだ行っていない静香では一種類の発動で手一杯だった。

 その為、静香は攻撃力上昇効果のオフェンスを解き、精神異常無効化のカームダウンに切り替えた。



 第三班の人員と綾乃が緑のオーラに包まれた瞬間、耳障りな高周波ノイズがあたりに響く。明らかにこれまでと毛色の違う攻撃に第三班の面々は戸惑っている。

 教会の奥……見取り図では寄宿舎への入り口となっていたドアの側に、一人のやや高齢の女性信者が鬼気迫る表情を浮かべて立っていた。

 落ち窪んだ眼窩に瞳が爛々と輝いている。皺とシミは顔中に散っており、真っ白な司祭服がなければ魔女と呼んだ方がしっくり来そうな狂気を滲ませていた。



「不信心者どもめ! これより求道聖蘭様の救世の秘術が行われる! 邪魔立てするでない! 控えよ!」



 女性信者が何やらスキルを行使する。すると、先程鳴り響いていた高周波ノイズが再び教会内を支配する。

 ……しかし、何も起こらない。雪ヶ原の私兵も耳鳴りと間違えてか、耳の穴を小指でほじったりしている。

 女性信者の狼狽える様を見て、静香はその女性信者が教団付きの催眠術師であり、先程から聞こえていた高周波ノイズがM型催眠……いわゆる魅了スキルであると予想した。



「な……何故! 何故魅了が効かない!?」


「なるほど、これがM型催眠の手法でござるか。こう、同じ女性として言いたくはないものの……あの感じ、需要としてはニッチでござるからな。魅了……うん……まあ、人の好みは千差万別でありますからして……」


「しずかちゃん。ここから先、ミスは許されないよ。トゥルーエンドを迎える為には、私達が完璧に終わらせないといけないんだから──【リトル・フォーチュン】!」



 綾乃が発動したのはリトル・フォーチュン。フォーチュンテラーの基礎スキルの一つだ。

 クールタイムが三時間程発生するが、術者にとって少しだけ幸運な事象が起こるスキルだ。今回訪れた幸運は、教会と寄宿舎を繋ぐ扉の故障だった。

 女性信者が開けておいたはずの扉が閉まり、鍵が掛かる。自らの不利を悟り逃げ出そうとした女性信者がドアを開けようと試みるも一向に開く様子が無い。



「年貢の納め時って奴ですな。まあ、あの服装だと教団幹部でしょうから、捕らえて尋問──」


「殺せェ!」



 静香の指示を遮って声を張り上げたのは綾乃だった。静香は止めようとしたが、綾乃の勝手な行動に気を取られたせいで、指示を出すのが遅れてしまった。

 女性信者ににじり寄っていた班員が女性信者に斬りかかり、殴り飛ばし、踏み付けにし、魔法の炎で焼く。

 苦悶の絶叫を上げていた女性信者が事切れたのは、それから間も無くの事だった。



「闇ヶ淵氏! マズいですぞ勝手に殺したら! もしかしたら情報が得られたかも知れませんのに……」


「どうせこいつは何も持ってないよ。高坂さんを絶望に突き落として、梨々香ちゃんを取り返しが付かない状態にするだけのタチの悪い爆弾だから」



 綾乃は教会奥に集まっていた第三班の班員にとてとてと近寄り、声を掛けた。



「早々にここを離脱して、適切に死体を処理して、簡単には情報が出て来ないようにしてね。この奥にも教団の端末とかがあるだろうけど、こいつのだけは確実に抹消するように。特に第二班とは絶対にかち合わないように留意してね。雪ヶ原なら出来るよね?」


「勿論です。恐らく惣領もそれを望まれる事でしょう」


「あ、こいつが誰だか知ってるんだ。さすがだねー」


「作戦前に一通り資料には目を通しておりますので。では、迅速に対応致します」



 綾乃と言葉を交わした男性警官は周囲の数人と協力して物言わぬ骸と成り果てた女性信者をブルーシートで包み、急いで教会から担ぎ出した。



「ふー、これで一件落着ー。後は他班の仕上げをご覧じろってね。陣地帰っておやつ食べよー」


「闇ヶ淵氏……その、つかぬ事を聞きますが……何故あの女性信者を捕縛しなかったんですかな? 見えたビジョンに関係あるんですかな?」



 リトル・フォーチュンの効果が切れ、ただの扉に戻ったのを確認した第三班が寄宿舎に突入していく様を見ながら、静香は綾乃に尋ねる。



「アレは生かして捕縛してたら求道聖蘭によって『捕まってなかった』事にされて梨々香ちゃんの所に行ってたし、殺したまんまで放ったらかしにしてたら『死んでなかった』事にされて梨々香ちゃんの所に行ってたんだよね。そうなるとバッドエンド、地球の滅亡に一歩近づいちゃうんだよね」


「何を見たのか知りませんが、一介の催眠術師がどうしてそんな世界の命運に関わってるんでござろうか……奴は一体何なんです?」


「あー、しずかちゃんは知らないのか。じゃあしょうがないね。……アレの名前は高坂聡美、高坂さんと梨々香ちゃんの母親で、宗教と世界崩壊の為に娘を売り渡した人非人だよ」



 自分の仕事は終わったとばかりに静香に背を向けた綾乃は、一言だけ告げて教会を出て行った。



「高坂さんや梨々香ちゃんには絶対内緒だよ、悲しませたくないからね」



 § § §



 第三班が教会内への派手な突入を開始した頃、雪ヶ原あかり率いる第二班は前庭を大きく迂回し、寄宿舎の裏手にある非常階段への配置が完了した。

 陽動部隊である第三班が衆目の中で働く間者であるなら、こちらの第二班はおおよそもって表の世界に出て来ない者達……雪ヶ原本家近縁の手練れの工作員だ。

 建造物侵入から諜報活動、破壊工作、果ては暗殺まで多岐に渡る業務を誰にも悟られる事なく完遂する現代の忍者である。



「惣領」


「はい、ありがとうございます。では」


「承知しました」



 全身黒ずくめの人間が十秒とかからず扉の解除を終え、雪ヶ原あかりと一言二言話すと、控えていた他の黒ずくめ達と共に寄宿舎へと侵入していった。

 事前に入手していた間取り図で、教会側からではどうしても辿り着けない場所があることを突き止めていた。

 それは裏手にある非常階段を登った二階より入り、正面からでは動線が繋がらない廊下を通り、階段を登った先の四階部分であった。

 この寄宿舎と同じ建物でありながら全く別物の構造として存在する「裏口ルート」は、外部への接続点が入口しかない。

 外から見える窓や扉は全てカモフラージュであり、全て内側からコンクリートで塗り固められている。通気口のみが正規ルートに繋がっており、空調によって空気の循環が行われている。

 



 その為、求道聖蘭を直接叩く高坂渉・月ヶ瀬美沙のコンビを除いた人員を二手に分け、別々の入り口から突入する作戦を立てた。

 雪ヶ原あかりに宿る原初の種子、ソウル・リンカーの能力によって、最優先の確保対象である高坂梨々香が四階にいる事は分かっていた。

 その為、あかりは最強の懐刀とも言える暗殺者部隊を手元に残し、まずは内部で待ち構えているであろう教団員の皆殺しを命じている。



 あかりは瞑目し、ソウル・リンカーの力を用いて周囲の魂を俯瞰的視点から眺めた。

 前庭での戦闘は概ね良好なようで、雪ヶ原側の損耗はほぼ無かった。その代わり、教団側の生存者は前庭に揃えられていた二百三十人が三人にまで落ち込んでいた。その三人も微動だにしない事から「死んでいないだけ」だと思われた。

 寄宿舎内裏口ルートも同様だ。数人の精鋭が凄まじい速度で廊下や部屋をクリアリングしていく。教団員の命の輝きが急速に数を減らしていく。

 事前に見取り図とソウル・リンカーによって教団勢力の配置を把握していた為、雪ヶ原の暗殺者にとっては失敗のしようのない仕事であった。



「そろそろ頃合いですね。雪沢さん」


「はい、参りましょうか」



 あかりは非探索者であるマネージャーの雪沢を従え、内部へ潜入した。

 正規ルート側の寄宿舎と違い、裏口ルートの寄宿舎は装飾が全くなく、打ちっぱなしのコンクリート壁に明らかに安そうな塩ビ防滑シートが敷かれた廊下が広がっていた。

 廊下に繋がるどの部屋からも人の気配は途絶えており、その中では既に事切れている教団員が綺麗に並べられていた。

 あかりも雪沢もこの程度の光景は見慣れている為、わざわざ覗く価値もないとばかりに素通りしていく。



 暗殺者達が露払いを済ませた道を進み、階段を上がり、四階に辿り着いた時、一人の暗殺者が重厚な引き戸の鉄扉の前であかりを待ち受けていた。



「惣領、こちらです。……対象の様子が少しおかしいようです。雪沢様、ご確認を」


「分かりました。私が様子を確認しましょう。惣領は?」


「霧ヶ峰から上がっている情報なら、アレルギーは触れなければ問題ないレベルまで落ち着いているはずです。……一緒に行きましょうか」



 暗殺者は頷き、鉄扉に手を掛けて力を込めた。金属の擦れる様な音があたりに響き、ゆっくりと開いていく。

 あかりと雪沢が中を伺うと、そこは独房のようだった。部屋の隅に粗末なベッドが置いてあり、そこにあかりの知る少女の姿があった。

 ベッドの上で自分の膝を抱え、そこに顔を埋めて小刻みに震えているのは高坂梨々香、今回の作戦の最重要人物であり確保目標だ。

 病院の検査着のままで、患者の情報が記された識別リストバンドも付きっぱなしになっている事から、攫われた直後にこの部屋に収監されたと推測される。



「梨々香さん」



 あかりが呼びかけるも返事はない。雪沢が梨々香の肩に軽く触れると梨々香はビクリと跳ね上がり、怯えの色を強く滲ませた顔を見せた。



「あかりさん……? それに雪沢さん……?」


「はい。お久しぶりです。転院の時にお会いして以来ですね。お元気……ではなさそうですね」



 あかりの声掛けに、梨々香の膝を抱く力が強くなる。



「助けに来ました。ついでに梨々香さんを誘拐した集団が二度と手出し出来ないようにお仕置きをしています。そうそう、あなたのお兄さんも来てますよ」


「お兄ちゃ……! ダメ、ダメです。私、ダメなんです」



 梨々香は一瞬喜びの表情を滲ませはしたが、すぐさま泣きそうな顔になって頭をブンブンと振った。



「私は……ここで死ななきゃいけないんです」


「どうして?」


「おか……おかあさんが」



 おかあさん……ちょうど今突入が始まった教会側にいる高坂聡美の事だ。



「私は普通の世界じゃ生きていけない、生きてると沢山の人に迷惑をかけるから、教主様の生贄にならないといけないって、お母さんが……」


「……梨々香さん」


「これまでも、お兄ちゃんやお父さんが休む間も無く働いて、ようやく生きて来れただけだって! どうせ人に寄生して生きていく事しか出来ないんだから最後くらい……役に立て……って……」



 涙と嗚咽をこぼす梨々香の話を聞きながら、雪沢はそっと梨々香の肩を抱き、あかりは拳を強く握り締めた。

 あかりはソウル・リンカーの力によって教会側の状況が把握できており、梨々香に心無い言葉を投げつけた張本人が今し方物言わぬ肉塊と化したのを確認した。



「大丈夫ですよ、梨々香さん」



 あかりは平静を装い、笑顔を浮かべて励ました。



「あなたのお兄さんが、全て解決してくれますよ」


「無理です……無理ですよ。私見たんです、あの教主っておばさんの、変な力」


「変な力?」



 梨々香は恐る恐る顔を上げ、怯えと恐れに塗り固められた表情をあかりへと向けた。 



「私を攫った時、いっぱい人がいたのに……誰もおばさんに勝てなかった……殴りかかったりしてたのに、ビデオの逆再生みたいに元通りになって……あんなの、お兄ちゃん勝てないよ……」


「お兄さんはこの半月、そのおばさんの変な力に勝つために特訓してきたんです。……それで今日、目処が立ったから帰ってきたんです。分かりますか?」


「でも、わたし……おばさんが死んでも、魔力を取り込んだら……あ!」



 これまでどこかぼんやりとしていた梨々香の顔色が悪くなる。



「あかりさん! 私、レーフ……なんとかって病気なんですよね!?」


「え、ええ。レーフクヴィスト症候群と言う珍しい病気です。それが何か?」


「珍しいって言っても、同じ病気の人がいるんですよね!?」


「日本では梨々香さんだけですよ。世界では数人……何かあったんですか?」



 梨々香はわなわなと震える手で頭を抱えながら、呟くように独白する。



「あのおばさん、言ったんです……私と同じ病気の人は……魔力をたくさん取り込んだら……ダンジョンの素になるんだって」


「……ダンジョンの素? もしかしてダンジョン・コア……?」


「私に沢山の魔力を入れて、ダンジョンにするって……ここを聖地にするって、そう言ってました! お願いします! 私の事はいいから、他の患者さんを看てるお医者さんに伝えて下さい!」



 梨々香があかりに訴える表情は必死そのものだった。あかりは入り口に待機していた暗殺者に目配せをする。

 暗殺者は一礼すると、瞬時にその姿を消した。



「梨々香さん、大丈夫です。心配しなくてもあなたは助かりますよ」


「あかりさん……慰めなくても大丈夫です。私、私……辛い思いをしてダンジョンなんかになるくらいなら、死んだ方が……お願いします、あかりさん。私を殺して……」


「いいえ、死ぬ必要はありません。先程も言いましたが、あなたのお兄さんがなんとかしてくれますよ」


「そんな事……だって、薬で治るような病気じゃないし、魔法だって……魔力を受けたら私、ダンジョンになっちゃうし、直す方法なんて……そんな奇跡みたいな事、起きませんよ」



 あかりは屈んで梨々香と視線を合わせて、にっこりと微笑んだ。突然向けられた笑顔に梨々香はきょとんとしてしまった。



「じゃあ覚えておいて下さい。あなたのお兄さん、今や奇跡も自在に起こせるようになっちゃったんですから」



 あかりが梨々香にそう告げると同時に、部屋に微かな振動が伝わった。今回の最大戦力の大暴れが始まった……そう判断したあかりは迅速に指示を出した。



「雪沢さん、梨々香さんをお願いします。ここに居る方が危険です」


「承知しました。……すみませんね、梨々香さん。少しだけ我慢してください」


「えっ、ちょっと待っ……いや、離して! 離して下さい! 私はここで死ななきゃ他の人の迷惑に!」



 梨々香は雪沢の手を逃れようとしてバタバタと暴れるが、長年の入院生活で力の衰えている梨々香では、非探索者でありながらあかりの付き人を任される程度には有能な雪沢から逃れる事は出来なかった。

 梨々香を横抱きに抱えた雪沢が手ブラとほぼ変わらないスピードで走って独房を後にする。



「では、私も早々に退散しましょう。万が一にも、ここが崩落したりしないうちにね」



 あかりは部屋を一通りぐるっと見渡し、梨々香の私物が無い事を確認してから悠然と退出した。

 

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