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【コミカライズ始動】アラフォー警備員の迷宮警備 ~【アビリティ】の力でウィズダンジョン時代を生き抜く~  作者: 日南 佳
第三章

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閑話13 雪ヶ原あかりの華麗なる覚醒

【Side:雪ヶ原あかり】



「つっっっっかれたぁ……雪沢さん、うちまでよろしくお願いしまーす……」


「お疲れ様でした、惣領。明日はオフですからゆっくりお休みください」



 私はバンの後部座席に体を投げ出してうめくように呟きました。はしたないとは思いますが、もう限界です。一歩も動きたくありません。

 マネージャー兼私の世話役である雪沢さんが開けっぱなしにしていたドアを閉めて、運転席に乗り込みました。雪沢さんも今日は激務でしたのに、元気そうです。



 今日は朝からVoyageRの活動で福岡のローカルテレビに出演し、終わったらすぐさま全国区で流れるテレビ番組の収録の為に小倉や門司、山口県の下関を練り歩き、夜に広島のショッピングモールでミニライブという過密スケジュールでした。

 立体駐車場の最上階、あまり来場客も利用しない隅っこに車を回してもらい、バックヤードを抜けて車に乗った次第です。

 まだ門司で頂いたチーズたっぷりの焼きカレーがお腹に残っている気がして、食欲も出ないので座席の足元に常備しているクーラーボックスからゼリー飲料のパウチと栄養ドリンクを取り出して一気に飲み干します。今日の晩御飯はこれで終了です。

 後はマンションに帰るだけ……私は座席に寝転んだままぐったりとしていましたが、そんな私に叱責が飛んで来ました。

 


「個体名:雪ヶ原あかり、怠けている暇はありませんよ。家に着くまでの間にも出来る事はあるはずです。こうしている間にも管理者:高坂渉や奥方様は一歩も二歩も先を進んでいるのですから」



 助手席に座っているトーカちゃんが、こちらを振り返りもせずに受験を控えた子どもを持つ母親のような言葉を投げつけます。人の心は無いんですか?

 高坂さん達が御山に向かった日から私も仕事の合間にトーカちゃんの指導を受けつつアビリティ……いえ、原初の種子の練度を上げるための修練を行っています。

 しかし成果は全く無し。高坂さんのトーカちゃんのように原初の種子から話しかけてくれれば楽なんですが、そういった様子もありません。

 私は座席の上で座禅を組み……ふと、疑問を口に出していました。



「……本当にこんな事で練度が上がるんでしょうか」


「当個体は修練方法をいくつか提示しただけであり、練度が上がるかどうかは個体名:雪ヶ原あかり次第です」



 トーカちゃんは二週間修行してもヒントすら掴めないのは私の落ち度だと仰せです。ごもっとも過ぎて涙が出そうです。

 私は一つため息をついてから目を閉じて、意識を内面に集中させます。やがて周囲から音が消え、動いている車の振動が消え……心に浮かぶ雑念が消えていきます。

 ……しかし、それだけです。神経や心が研ぎ澄まされる感覚はありますが、それ以上でもそれ以下でもありません。

 程なくして肩が叩かれ、瞑想状態から離脱しました。車窓の外を見ると私と高坂さんの愛の巣……と後何名かの寝ぐらであるファーマメント南観音に到着したようです。

 私とトーカちゃんは車を降りて、雪沢さんに別れを告げて自分の部屋へと帰ります。



 月ヶ瀬さんの一階と高坂さんの二階には明かりが灯っていません。あと半月くらいは帰って来ないでしょう。

 私の部屋は三階ですが、電気が付いているようです。恐らく、高坂さんが召喚しっぱなしにしていたテイムモンスターの子達が訪れているのでしょう。

 四階は霧ヶ峰さん、五階は闇ヶ淵さんが入居していますが、まだ午後十時だと言うのに、どちらも消灯しています。

 お二人とも探索者の試験に合格されたようですし、明日は連れ立って実際にダンジョンに潜ると話しておりましたので、早めに就寝したのかも知れません。



「個体名:雪ヶ原あかり、家に帰らないのですか? 何か問題が発生しましたか?」



 いつの間にか私を追い抜いてマンションの入り口に辿り着いていたトーカちゃんが、こちらを振り返って待っていました。



「いえ、霧ヶ峰さん達はもう寝たんだなって思っただけです。今行きます」



 私は疲れた体に鞭打って、部屋への帰途である階段を目指して歩き出しました。



 § § §



 ドアを開けて中に入ると、二人の少女が出迎えてくれました。高坂さんのテイムしたヒロシマ・レッドキャップのうちの二体です。



「「おかえりなさーい!」」


「はい、ただいま戻りました。お出迎えありがとうございます」



 私は彼女達の頭を撫でて出迎えの労を労うと、二人はきゃいきゃい喜んで奥に引っ込んで行きました。

 高坂さんが留守番として置いて行ったヒロシマ・レッドキャップは数が多く、総勢九体もいます。それだけでもテイミングのスキルの仕様から見て異常です。

 高坂さんによってテイムモンスターのカード化が可能であるとの情報を受けて探索者協会が行った調査で判明した事ですが、同時にカード化を解除して召喚出来る魔物の数が使役数であり、それはレベルの十分の一の数に等しいそうです。

 つまり初心者を抜け出せたモンスターテイマーでも一、二匹同時召喚出来る程度です。

 そこに来て高坂さんはヒロシマ・レッドキャップを九体にヒロシマ・コボルトとスライム、カオスドラゴンのラピスちゃんの十二体を同時召喚したまま放置している訳です。

 本来であれば百二十以上のレベルが必要な荒技を原初の種子の力でねじ伏せています。ズルいです。私にもそのトンデモスキルを少し分けて欲しいです。



 私が部屋に上がると、リビングからテレビの音が漏れ聞こえてきました。

 そっと覗いてみると、六花ちゃんと八宵ちゃんがVoyageRのライブビデオを見ながら振り付けを真似ている所でした。

 今日のミニライブでも小さな子供が私達の歌を聴いて、目を輝かせていました。とても心が和む光景です。

 仕事の疲れを忘れて、二体の様子をそっと見守ってしまいました。



 そうそう、ヒロシマ・レッドキャップの話でした。

 先程出迎えてくれたのは銀髪セミロングの六花ちゃんと紫色のロングヘアの八宵ちゃんでした。

 四季ちゃんの姿が見えませんが、もしかしたら待ちくたびれて眠ってしまったのかも知れません。

 ヒロシマ・レッドキャップの面々はそれぞれ見た目も中身も個性があり、最初は誰が誰だか分かりませんでしたが、今では大分慣れてきました。

 彼女達は元々「痛い」と「こんにちは」くらいしか喋らない生き物でしたが、ラピスちゃんの薫陶のおかげか小学生程度の知能を得て、毎日沢山おしゃべりしています。



 一桜ちゃんと三織ちゃんと七海ちゃんは月ヶ瀬さんによく懐いています。月ヶ瀬さんは留守にしているので、毎日寂しそうにしています。

 彼女達は月ヶ瀬さんをお母さん、高坂さんをお父さんと呼んでいるようです。なるほど、うまい手です。既成事実を作った訳ですね。



 二葉ちゃんと五月ちゃんは闇ヶ淵さんの部屋に、九音ちゃんは霧ヶ峰さんの部屋に入り浸っています。

 闇ヶ淵さんの部屋には各種ゲームが、霧ヶ峰さんの部屋にはサブカルめいた変なグッズが……どちらの部屋にも遊ぶ物が沢山あるので、愉快な物が大好きな三体らしいチョイスとも言えます。



 そして四季ちゃんと六花ちゃんと八宵ちゃんは何故か私の部屋に居ることが多いです。

 ラピスちゃんが言うには、テレビでアイドルの特集を見てから私を見る目が変わったそうです。アイドル、やってみたいのかな……?

 高坂さんのお陰でテイムモンスターに対する世間の印象が変わりつつある今であれば、ジュニアアイドルとして売り出せる余地はあります。

 ビジュアルは問題なし。フィジカル面も元は魔物ですから一般人よりタフです。あの野球のレプリカユニフォームは短時間であれば着脱可能ですから、衣装の面も大丈夫でしょう。

 問題があるとすれば、歌とダンスをちゃんと覚えられるかどうかです。

 彼女達をコントロール出来るのはテイムした本人だけだけですから、高坂さんにうまい具合に調子に乗せてもらえればどうにか……



「個体名:雪ヶ原あかり、どうしたのですか? 入らないのですか?」



 二体の動きをチェックしつつ、アイドルとしての素養や今後の展望を妄想していたら、後ろからトーカちゃんに声をかけられました。



「いえ、あの子達が踊りの練習をしていたので、つい……」


「ああ、なるほど。いつもの奴ですか。ではしばらく好きにさせておきましょう。今のうちに入浴されてはいかがですか?」


「そうですね、先に頂きます。すみませんが、あとの事はよろしくお願いします」



 残務処理をトーカちゃんに任せて、私はお風呂に入る事にしました。

 明日はオフなので明日の身支度は不要ですが、掃除や洗濯等やることが溜まっています。

 それもトーカちゃんが率先してこなしてくれるお陰で、私は修練に集中できる訳です。逆に言えば修練以外の事をさせてくれないのです。気分転換が出来ません。

 お風呂は数少ないゆったり出来る機会ですので、なるべくゆっくり時間をかけて……



「あらかじめ申し上げておきますが、先週のように一時間以上経過しても浴室から戻らなかった場合、今度は入浴時間を最大五分に制限します。罰を甘んじて受け入れる覚悟があるなら長風呂もいいでしょう。選択する権利は差し上げます」



 バレましたか。早めに上がる事にしましょう。五分ではシャワー程度になってしまいますからね。

 確か御山には天然の秘湯があると聞きます。一般人の訪れない異界の山ですから当然混浴でしょう。月ヶ瀬さんが羨ましい限りです。



 § § §



 五十七分三十秒、セーフでした。ほかほか湯上がりも一瞬で湯冷めしそうなトーカちゃんの冷たい視線をよそ目に、私は寝室のベッドの上で寝る前最後の瞑想に入ります。

 宗教相手のバトルに備えて宗教じみた修行を取り入れるとはこれいかに。

 ……しかし実際、迷救会と一線交える時は権力を用いた社会戦でも暴力に訴える白兵戦でもない、スピリチュアルやオカルトめいた戦いになると思います。

 小学生がよくやる何物をも通さないバリアやどんなバリアをも貫通するパンチみたいな雑な能力バトルが近いでしょうか? 私はそういう遊びをやった事がありませんが。

 女子は男子と異なる遊びをしますし、この間高坂さんのお陰で始末出来たお目付け役の氷川が私に近づく者を皆排除していましたから、そもそも一緒に遊ぶ友達が……この話はやめましょう、雑念が混ざります。



 出先で瞑想する時は仕方がないのですが、自宅で瞑想する時はなるべく服を着ないようにしています。

 布が肌に触れる感覚のせいで集中が切れるのを極力減らしたいためです。

 しかし、一度全裸で瞑想している時に霧ヶ峰さんがノックもせずに寝室に上がり込んできたせいで酷い騒ぎになりました。自室で裸になって何が悪いんですか?

 それ以来、保険のためにハーフトップのキャミソールとスパッツを着るようにしました。苦渋の決断です。

 高坂さんが相手ならハプニングどころか淫靡な一夜の過ちが起こって欲しいくらいですが、生憎今はいらっしゃいません。むしろ同伴している月ヶ瀬さんが父親である空也さん公認のもと高坂さん相手に夜毎にいやらしいハプニングを起こしているのではないかと考えると胃の腑がムカムカと……今日はダメな日のようです、雑念にまみれています。



 こうして瞑想していても、魔力のパスが通っているので高坂さんとの繋がりを感じる事が出来ます。そのお陰でどれだけ激務だろうと、どれだけ離れていようと頑張れます。

 ですが、毎日昼過ぎの数時間、高坂さんの気配が急激に薄れる事があります。その間、酷く不安になります。

 御山は大昔からの取り決めにより月ヶ瀬家に管理が一任されている、情報が極めて少ない異界の地です。

 もしかしたら、高坂さんから頂いた江田島ダンジョンのレアドロップであるペンダント、「離れずの星」の効果を阻害する特殊な場所があるのかも知れません。

 私は常に欠かさず身につけている離さずの星を両手で包み込み、祈ります。高坂さんが怪我をしませんようにと。

 ……ふと、ドアからノックの音がしました。ヒロシマ・レッドキャップの誰かでしょうか?



「どうぞ、開いてますよ」


「失礼します──今日は全裸ではないのですね。いくら自宅だからと言っても油断しすぎるのは如何な物かと思っておりましたので重畳です」



 ひょっこり顔を出したのはトーカちゃんでした。一言喋るごとに皮肉や嫌味を挟まないと生きていけない性分なんでしょうか。



「どうかしましたか? 高坂さんに何か問題でも?」


「状況が変わりました。個体名:雪ヶ原あかりにおける原初の種子の修練状況はまだステータス離脱より程遠い物でしたが、自発的な成長を待つ猶予が無くなりました。当個体が覚醒をサポートします」


「……迷救会絡みで何かあったんですね?」


「はい。ですが順序立てて事を進めましょう。まずは個体名:雪ヶ原あかりの覚醒が先です」



 トーカちゃんはスタスタとこちらに歩み寄り、私の首に手を伸ばし……あろうことか私のペンダントを外して取り上げました。



「あっ、何するんですか! 返してください!」


「こんな物に頼っている間は、目的の領域には辿り着けません。個体名:雪ヶ原あかり、貴女は勘違いをしています」


「返して! 高坂さんから頂いた! 私の宝物!」



 トーカちゃんからペンダントを取り返そうと手を伸ばしましたが避けられ、体制を崩してベッドから落下してしまいました。強かにぶつけた頭や肩が痛いです。

 痛む箇所をさすっていると、トーカちゃんが相も変わらずに無感情な目で見下ろしていました。



「個体名:雪ヶ原あかり、貴女は何故この装備品を得ようとしたのですか?」


「それは……私のアビリティは対象の能力を底上げする物ですから……離れていては高坂さんに届かないので、射程無視の特殊効果が必要でした」


「それです。それが全ての勘違いの始まりです」



 トーカちゃんが目の前にペンダントを垂らしました。私はそれを掴もうとしますが、その度にペンダントを引き上げられて阻止されてしまいます。凄く馬鹿にされている気がします。



「アビリティは原初の種子より漏れ出た力の一端です。しかし、望ましい顕現を果たす訳ではありません。貴女のアビリティもまた、その一例です」



 私が差し出したままにしていた手に、トーカちゃんがペンダントを落としました。私はすぐに掴んで、急いで付け直しました。

 そうしないと、高坂さんとの繋がりが断たれるような気がして怖かったからです。



「当個体は貴女に眠る原初の種子が何かを把握しています。彼女は非常に臆病な個体であり、自らの能力が使い方によっては取り返しの付かない惨劇を生むことを理解しています。貴女の性質に不穏な物を感じていたのでしょう、故意に本質から離れたアビリティを表出させて種子の力に気付かせないようにしたと思われます」


「不穏な性質とは随分辛辣な物言いですね」


「自らの行く手を阻む物は親ですら斬って捨てる道理を世間一般で何と呼ぶかご存知ですか? 覇道と言います。彼女が最も恐れるタイプの人間です」



 トーカちゃんが私の額に手を当て、目を閉じました。その瞬間、トーカちゃんの手から魔力の奔流が流れ込み、私の左胸に集まっていきます。



「起きなさい。貴女の危惧はもっともですが、時間がありません。この者の危険性は当個体も理解していますが、当個体の管理者:高坂渉が存在する限り極端な悪性に傾く可能性は……いえ、既に半ば悪性と言えなくもないですし混沌に寄ってもいるとは思いますが……いいから早く目覚めなさい、魂を繋ぐ者【ソウル・リンカー】よ」

 


 投げやりな説得と共にトーカちゃんから注ぎ込まれる魔力が極限に達した時、私の中で何か扉のような物が開いたような気がしました。

 それと同時に、自分の中に自分とは異なる存在を感じます。微妙に嫌がられてる気配を感じますが……これが私の原初の種子なんでしょうか?



「手短に済ませます。ソウル・リンカーは魂を持つ生命体を検知し、望んだ対象と不可視の魔力パスを繋ぎます。パスを繋いだ相手の状況を秘密裏に監視・把握したり、何らかのアクションの対象に取ることが出来ます。これによりステータスシステムにおける射程の概念を超越し、本来であればアビリティとして漏出していたはずでした」


「……では、対象の能力値が三倍になるあのアビリティは何なんですか?」


「ただのオマケです。魂にパスを通す能力だけでは通しただけで終わってしまいますので、パスを通す事で便利な使い方も可能であると示す為のサンプルです」


「じゃあ……本来のアビリティだったら離れずの星は要らなかった……?」


「ですので、全ては貴女の勘違いだと申し上げました。管理者:高坂渉のパスを通せるよう意識を集中すれば、覚醒も可能だったはずです。ソウル・リンカーが非協力的だったせいもありますが……」



 なるほど、分かりました。ここ数日どころか、数年単位で計画を早める事が出来ていた訳ですか。しかもそれが原初の種子の反抗心からだったなんて……

 そうですかそうですか、分かりました。それなら私にも考えがあります。



「トーカちゃん、いくつか質問があるのですが」


「何でしょう?」


「原初の種子に人格ってあるんですか?」


「当個体のように自律的サポート人格ではありませんが、個々の意識はあります。それが何か?」


「私の中の種子の人格って消せます? 使いこなせないどころか邪魔をしてくる要素は残しておく理由がないので」



 私が提案すると、先程まで若干の嫌悪感を見せていた存在が急にガタガタと震えだし、怯えと悲しみと恐怖の感情を露わにしました。その程度で許す訳がありません。



「当個体であれば可能ですが、種子の能力を引き出す為のファームウェアの役目も果たしています。推奨しかねます」


「でも邪魔をしているんですよね? 感情や自我を司る部分を除去したり、人格を消して従順な物に書き換えたり出来ないんですか?」


「……ソウル・リンカーより『長年連れ添った私に何でそんな酷い事をしようとするんですか?』とのメッセージを着信しましたが、本当に実行するおつもりですか?」


「あら、会話出来るんですね? ではこうお伝え下さい。あなたも雪ヶ原の人間に長年寄生しているんですから、反逆者の末路がどう言う物か分かっているはずです、と」



 私にほとんど表情を見せないトーカちゃんのドン引き顔を初めて見ました。いかにトーカちゃんと言えども、同種の存在を手にかけるのは躊躇われるのでしょうか。

 では、こういう手段は如何でしょうか。適当な魔物の魔石に相当量の医療用麻薬を投与した物をカード化し、カスタムステータス導入機でアビリティにのみ作用するようパッチを当てるのです。

 最悪私にも影響は出るかも知れませんが、使えない同居人の反抗が無くなるならそれもまた一興……おや? 謎の存在の怯えが強くなったような気がします。私の思考が読めるのでしょうか?



 それならばと、私は考えつく限りの対処法を想像しました。

 殺人鬼や強姦魔といった凶悪犯とパスを通してその異常な精神を直接味わせる方法や、パスを通した者を拷問にかけて苦痛に喘ぎながら息絶える様をじっくり見せる方法……

 多数の虫にパスを繋いで上からロードローラーで轢き潰す方法を想像したあたりでトーカちゃんからストップがかかりました。



「ソウル・リンカーから『二度と逆らいませんので平にご容赦ください』との申し出がありましたが……一体何をしたんですか?」


「いえ、二度と逆らう気が起きなくなるようなお仕置きをいくつか考えただけですけど……しかし、そうですか」



 自らの愚行を認めたのなら、ちゃんと仕事をすることを条件に許しましょう。私は寛大です。

 しかし覚えておく事です。あなたも知っての通り、私はやると決めたらやる女です。分かっていますね?

 そう頭の中で念じると、私の身体が淡く光り始めました。そして、原初の種子の力の使い方が私の内面の奥深くから湧き出る様に伝わって来ました。



「……どうやら覚醒したようですね。まさか修行や対話でなく脅迫で原初の種子をねじ伏せるケースを見せられるとは思いませんでした。人の心はないのですか?」


「人の心ですか、高坂さんへの愛は売るほどありますよ。情けは父親を謀殺した時に投げ捨てて以来リポップする気配がありませんね」



 私はソウル・リンカーの力を使い、高坂さんの魂を探しました。元々離れずの星によって繋がりがある状態ですので、すぐに見つける事が出来ました。

 今は眠っているようですが、月ヶ瀬さんの魂の位置が近いのが気になります。高坂さんのすぐ横で寝てるんですか? いいご身分ですね? 私と代わっていただけませんか?

 意識を近場に戻して、私の周囲を探ってみると……霧ヶ峰さんが起きたようです。

 誰かと電話をしているようですが……まだ会話内容を聞き取れるほど力に順応出来ていないようです。

 間も無く霧ヶ峰さんの魂に緊張が走り、その所在位置が慌ただしく動き、下方向に降りて……私の部屋の扉が勢いよく開け放たれました。



「雪ヶ原氏! マズい、マズいですぞ!」



 血相を変えて飛び込んで来た霧ヶ峰さんは、レースをあしらった赤紫色の下着にスケスケの黒いベビードールといった格好でした。

 それが人の全裸を咎められる格好ですか?



「どうしたんですか? 同じマンション内とは言え、外に出るんなら服くらい着てくださいよ」


「あああしまった本当に忘れてて! いやそれどころではないですぞ! 一大事、一大事ですからして!」



 霧ヶ峰さんと出会ってから、ここまで慌てふためいている姿は初めて見ました。

 トーカちゃんが言っていた「状況が変わった」という話に関連するのでしょうか?



「大失態ですぞ……高坂氏の妹君が……梨々香嬢が攫われてしまいましたぞ!」



 あまりの報告に、私も自分のスマホが鳴動するのを忘れて呆然としてしまいました。

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