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【コミカライズ始動】アラフォー警備員の迷宮警備 ~【アビリティ】の力でウィズダンジョン時代を生き抜く~  作者: 日南 佳
第三章

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閑話11 栄光警備・霧ヶ峰HD臨時会合(非公式)

【Side: 栄光警備株式会社常務取締役 春川 正一】



 栄光警備が営業停止を食らってしもうてから数日経ったある日、新庄社長に呼び出されて広島市内のホテルの中にあるレストランに行くと、奥まった個室に通された。

 そこには新庄社長ともう一人、ワシの子供よりも年若い女の子がおった。

 カッチリとしたスーツを着込んどる様はOLと呼ぶにはあまりにも存在感を放っとった。何じゃろか、この娘さんは?

 その謎のお嬢さんが軽く会釈して、挨拶をした。



「本日は急な呼びかけに応じて頂きまして、ありがとうございます」



 全く何も聞かされとらんワシがぽかーんと口を開けとると、新庄社長が一つ咳払いをしてから紹介した。



「春川君、こちらは東京からお越しの霧ヶ峰ホールディングスの代表取締役社長、霧ヶ峰静香さん。霧ヶ峰社長、こちらは……」


「いえ、皆さんのプロフィールは把握しておりますので紹介は結構です。栄光警備広島本社の施設警備メインの営業と管制室の取りまとめをなさっている春川常務ですね? お噂はかねがね」


「は、はぁ……よろしくお願いします」



 霧ヶ峰ホールディングスと言えば……失礼な物言いにはなるが、地味としか言いようがない。

 歴史は古いが財閥系でもなく、ガッポガポに儲かっている素振りも見せん。

 ダンジョン関連の素材研究や基礎研究に重きを置く企業を買収し、最近は東洋鉱業との経済協力を発表したばかりじゃったはず。

 そんな霧ヶ峰ホールディングスが、栄光警備が営業停止になる前に買収話を持ちかけて来とった事については、社長から聞かされとった。

 ……まさか、今日は買収関係の話じゃろうか……?



「春川さん、今日はご飯を食べましょう……と言う集まりです。御社は営業停止中ですから、しっかり議事録の残る形でTOBの話をする訳にはいきませんしね。ただ、何故か防音がしっかり効いている個室に通されて、何故かウェイターさんはボタンを押して呼ばない限り来ないので……色んなお話は出来そうですけどね」



 霧ヶ峰社長が空いている席を手のひらで差し、にこやかに「どうぞお掛けになってください」と指示する。

 ワシはその笑顔に含まれる妙な威圧感を肌に受けながら、席に着いた。



「そう言えば、もうお一方招待していたはずですが……本日はお見えになられないんですか?」


「生憎、吉崎は体調を崩しておりまして……本日は欠席させて頂きたいとの連絡を受けております」



 霧ヶ峰社長からの質問に、新庄社長が汗を拭きながら答える。

 吉崎君も招待されとると言う事は、間違いない。この席は買収の話をするための会食じゃろう。

 霧ヶ峰ホールディングスが栄光警備を買う話が出たのは、うちが五号警備を請け負っとるからで、吉崎君は五号警備の担当者じゃろう。

 じゃが吉崎君は極度のビビり、こがぁな所に呼び出されたら確実に腹を壊す。体調を崩しているとは嘘も方便もええとこじゃ。



「そうですか、残念です。体調不良では仕方ありませんね、ご自愛くださいとお伝えください」



 霧ヶ峰社長はそう言うと、手元のボタンを押した。程なくウェイターが入室と共に一礼し、皆の前にメニューを置いた。

 メニューとは言うたが、場末の飲み屋のような「この中から好きな料理を選んで下さい」みたいな奴では無く、今日はこれを出しますよと言うコース料理のお品書きと飲み物の一覧じゃった。



「さて、皆さんは何をお召し上がりになりますか? さすがに無礼講という訳には参りませんが、適度なお酒は胸襟を開いて話すための潤滑油になりますからね」



 これがそこらのお姉ちゃん相手なら「胸襟を開く」って単語からセクハラに発展させそうな新庄社長じゃが、今日ばかりはそう言う訳にもいかんようで大人しくしとる。珍しいモンを見させてもろうた。

 ワシはワインみたいなこまっしゃくれた酒は飲まんので、日本酒を頂くことにした。

 程なくして前菜と共に飲み物が運び込まれ、赤ワインを片手に霧ヶ峰社長が乾杯の音頭を取った。



「では……そうですね、お互いの会社の繁栄を祈念しまして、乾杯致しましょう」



 霧ヶ峰社長がワイングラスを軽く掲げた。ワシらもそれに合わせてコップを掲げて応じた。

 かくして、胃の痛くなる会食の幕が上がった。ストレスでダウンした吉崎君は本当に運が良かったと後のワシは思い知る事になるが……この時のワシは飲み干した日本酒の旨さに興味を全て持って行かれとった。



 § § §



「……そろそろ、お聞かせ頂けませんか? どうして弊社の株式を買い取ろうとしたんですか?」



 なかなか食べられない上等なステーキや海鮮焼きに舌鼓を打ち、コース料理のシメとなるデザートが供され、ウェイターが退室したタイミングで、新庄社長が口を開いた。



「うちは広島でも規模の大きい会社だと自負しています。この度の事件で縮小を余儀なくされるとは思いますが……しかし、警備会社なんて零細を含めて掃いて捨てるほどあります。何故、ウチなんです?」


「本来なら自社の目的をベラベラと喋る経営者なんて下の下ですが……今日は楽しかったので、お話しましょう。御社を傘下に収めたい目的は二点あります。うち一点が本命です」



 霧ヶ峰社長が人差し指を立て、軽く指を振りながら説明を続ける。ワシはその様子を真剣に見つめながら、しっかりと聞く為に耳をそばだてた。



「一つ目に、弊社はダンジョン関連の基礎研究に力を入れています。ダンジョンから産出される素材の加工技術や魔力や魔素といったビフォアダンジョン時代には考えられなかった要素を多分に取り入れた研究を進めています」


「最近では東洋鉱業とも業務提携を結んだとお聞きしておりますが……」


「はい、せっかく開発した素材も使われなければ意味がありませんから。そして装備が出来上がれば、テストを行う必要があります。品質チェックは製造ラインで行いますが、製品として常用出来るかどうかは恒常的にダンジョンに潜る人にモニタリングをお願いしなければなりません」



 なるほど。数ヶ月前に東洋鉱業から装備の提供とメンテナンスの申し出があった時のように、現場の隊員を使った実地テストをしようっちゅーハラか。

 そういう人の使い方に思う所が無い訳ではないが、五号警備特有の割高な装備費用は参入における最大のネックじゃった。

 全ては運が良かっただけじゃけど、東洋鉱業さんがそれを解決してくれたのは感謝しとる。

 じゃが、それなら別にウチを使わんでもええ話ではある。五号警備をやっとる所はウチだけじゃない。

 全国区の大きな警備会社も五号警備部門を立ち上げとる。何でウチなんじゃろうか?



「それなら、他にも警備会社があるでしょう? ウチ以外にも日連警さんとか、セキュア株式会社とかあるでしょう。何でウチなんです?」



 ワシが疑問に思っとった所を新庄社長が聞いてくれた。やはりそこが一番の疑問になる。

 霧ヶ峰社長がその質問を対して、中指を立ててピースサインを作った。



「それが、残る一点です。お宅に在籍している隊員で、目を付けている者がいます。高坂渉さんと月ヶ瀬美沙さん……この二名の為に、弊社は動いています」


「はぁ!? 高坂君と月ヶ瀬君!?」



 ワシは思わず立ち上がって声を荒げてしもうた。

 もはや弊社のバカップルとして隊員内で広く認知されとるが、二人ともウチのスター選手じゃ。

 商業施設でクレームを出さず、交通誘導で事故を起こさず、雑踏警備で適切に広報が出来る隊員はそうそうおらん。

 それに、高坂君はあまり五号警備に入れたくない。アイツには働かんといけん理由がある。

 負傷のリスクが高いダンジョン警備で怪我でもされて、勤務日数が減ったら高坂君にとっても不幸になる。マズい、本当にマズい……



「春川常務、どうぞお掛けください」


「は、はぁ……」



 霧ヶ峰社長に声をかけられて冷静さを取り戻したワシは、椅子に座り込んだ。



「高坂渉さんと月ヶ瀬美沙さんは、非常に卓越した才能をお持ちです。月ヶ瀬さんは知る人ぞ知る武門の家系で、先の広島高速三号線におけるドラゴン討伐の立役者です。高坂さんは東洋鉱業を襲った超大型ゴーレムを一人で押し留める程の実力を持っています」


「いや、ドラゴン討伐で特例甲種探索者証を授与されたのは報告に上がっておりましたが……あの呉に現れた迷宮漏逸のゴーレムの事ですか? 何も聞いておりませんが……春川君、どうなっとる?」



 いきなり新庄社長から話が飛んできたが、当然ワシの所にも情報は来とらん。

 何かでっかい奴が呉に出たらしいとニュースでやっとったのは見たが、それに高坂君が関わっとるとは本人の口からも聞いとらん。寝耳に水もええとこじゃ。



「いえ、ワシの方でも何も聞いとりません……どう言う事なのかさっぱり……」


「なるほど、情報が統制されているようですね……言い方が悪くなってしまいますが、ご容赦下さい。高坂さんと月ヶ瀬さんはただの警備員として遊ばせておくには惜しい人材です。彼らには五号警備メインに立ち回ってもらうつもりでいます」



 やはりそう言う話じゃったか。本当に困る、現場を知らん素人が配置を引っ掻き回すとロクな事にならん。

 木下専務の件もそうじゃが、考え無しに無茶な勤務を隊員に強いると要らん恨みを買う。その結果があの惨殺事件じゃ。

 いくら二人が優秀でも、一号警備や二号警備に比べて心身にストレスが掛かりやすい五号をメインにするのは負担がかかり過ぎてしまう。

 ワシは隊員の事情や個別の資質を見極めてギリギリを攻めとるだけで、隊員を無駄に苦しませとうてキツいシフトを組んどる訳ではない。



「お言葉ですが、ウチは慢性的な人手不足でして……使える人間を独占されると通常の業務に支障が出るんですが……」



 ワシは意を決して反論した。霧ヶ峰社長は鞄からタブレットを取り出して、何やら操作している。



「春川常務、そもそもどうして警備業界が人手不足なのか……考えた事、ありますか?」



 そう言いながら霧ヶ峰社長がタブレットに表示したのは、広島県内の警備業者の統計のようじゃった。



「警備員は大変な仕事です。突っ立ってるだけでお金が貰えるモンキービジネスだと勘違いして新人が入社して、まず新任教育で三十時間以上、法令や技術を叩き込まれます。仕事が始まっても大変な現場ばかり……それでも給料が良ければ頑張れそうな物ですが、酷い会社だと手取りが二十万を切る事もザラにある……そんな業界で、誰が真面目に働くとお思いですか?」



 警備員に対するアンケートや会社の規模、隊員の給料のデータがまとめられた資料を提示され、ワシと新庄社長は閉口してしまった。



「バブル崩壊後の不当なダンピングで単価が極端に下がってしまった事実はありますが、中抜きの率が高すぎる会社が多いのもまた事実です。給与に還元出来ていないから人が居付かない、人が居付かないから現場を取れない……悪循環を容認しているから人手不足なんです」


「そうは言っても、人がおらんのはしょうがないんで、今の従業員でやりくりするしか……」


「その点は問題ないと思います。先程新庄社長がおっしゃった通り、御社の規模縮小は免れないでしょう。何なら従業員も大幅なリストラを断行しなければならないのではありませんか? 調整次第では適正な人員に落ち着きますよ」



 図星を突かれてしまって、ワシは言葉を失ってしまった。警備会社の営業停止は影響がとてもデカい。

 一度現場に大穴を開けた所に警備を任せるような所は少ない。長年の付き合いがある取引先なら分からんでもないが、新規顧客の獲得は難しくなる。

 うちは山口と愛媛の支社があるんで、そっちが頑張ってくれている間は顧客の離反はまだそこまで深刻ではない。じゃが、それでも信用に傷が付く事は避けられん。

 止まない雨は無いと言うが、被害が極大化するのは雨が止む直前のタイミングじゃ。

 営業停止明けが今から既に恐ろしい状態じゃけぇ、霧ヶ峰社長の言う通りになりそうで怖い。



「……本来なら、栄光警備さんを傘下に収めずともいいんですよ。ウチとしてはね」



 霧ヶ峰社長の目つきが鋭くなり、新庄社長やワシを射抜く。

 ……この若さでこの眼力、どうなっとるんじゃろうか。相当な修羅場を潜ったに違いない。冷や汗が止まらん。



「高坂さん達を引き抜いて、ウチで五号専門の警備業者を立ち上げれば目的は達成なんですよ。営業停止を受けて、今後価値が更に下落すると分かっている栄光警備さんをわざわざ買い取って存続させるのは非合理的なんです」


「じゃあ、何で……何でウチを子会社化しようとしたんです?」



 ワシは思わず聞いてしもうた。新庄社長は蛇に睨まれたカエルの様にノーリアクションじゃったんで、ワシが聞くしかなかったって事もあるが。



「高坂さんが望んだからです」


「高坂君が……?」


「はい。給料は安いし、待遇も良くはないけど同僚はいい人ばかりだし、慣れた会社を辞めたくない。会社にも苦しい時に雇ってもらった恩があると。正直言ってナンセンスだと思いましたが、高坂さんの意向を最大限に汲みました。月ヶ瀬さんは高坂さんさえ居れば他はどうでも良いとの事でしたし」



 その話を聞いて、高坂君が入社した当時のことを思い出した。

 高坂君は元々ワシが面接を担当した子じゃった。その時から入院しているご家族がおるとは聞いとった。

 面接時の人柄も良かったし、真面目に勤務出来るようじゃった事もあって、ワシはなるべく高坂君に実入りの良さそうな仕事を回しとった。

 実入りの良い警備の現場は、軒並み激務じゃ。本人が嫌がるなら外そうと思うとったが、高坂君は文句も言わずに働いた。



 高坂君だけじゃなく、今回問題を起こした田島君も借金があって、その返済の為に必死で働いとるのを知っとった。

 そういう裏の事情を知らん木下専務が無理矢理に酷い配置を組もうとするのを阻止する為に、ワシはなるべく管制室で配置を指示しとった。

 ……田島君のフォローが出来んかったのは、正直悔やまれる。ワシが休んでなければ避けられとったかも知れん。



 ワシはキツいシフトを組むし、それが原因で一部の隊員に嫌われとるのも知っとる。

 じゃが……もし、高坂君が霧ヶ峰社長の好条件を蹴ってでもウチでやっていきたいと思ってくれとるのであれば、ワシがやってきた事も間違っとらんかったっちゅー事になるんじゃろうか……?



「しかし、いくら高坂さんが納得しているとは言え、栄光警備さんの出勤シフトはかなりブラックですし、そこはしっかり改善していく必要はあります。霧ヶ峰から資本を注入し、不採算事業と化す警備事業を無理矢理生かしていく方向で進めるつもりです。正直言って、高坂さんと月ヶ瀬さんが自由に動けるだけでこれらの損失分は十分に補填出来ます」


「……霧ヶ峰社長、一つ確認したい事があります」


「はい、春川常務。何でしょう?」



 もし栄光警備の在り方が変わるとしても、これだけは確認しとかんといかん。ワシは霧ヶ峰社長の目を見て、聞いた。



「高坂君は……家庭の事情で稼がんといかんのです。これまでは大変じゃけど金になる現場に出てもらう事でどうにかしとりましたが……もし、ウチがお宅の子会社になったとしても、どうかええ具合にしてやってもらえんでしょうか?」


「勿論です、きっちりフォローしますよ。その為の子会社化ですから」


「……他にもおるんです、大変な事情を抱えとる隊員が……別れた奥さんへの慰謝料で首が回らん奴や、引きこもりから初めて社会に出た奴、警備員以外の働き方を知らん奴も……ワシはアイツらを切り捨てたくないんですわ、大企業の社長さんに言わせればナンセンスなのかも知れんですけども」



 霧ヶ峰社長の視線がさらに凄みを増す。冷や汗が止まらんが、ワシも部下を抱える常務の身、ここで引き下がる訳にはいかん。



「当然の事ですがワシの減給や降格、最悪クビも覚悟しとります! なのでお願いします! アイツらのクビを切るのだけは待ってやってつかあさい! この通りです!」



 ワシは腰を深く曲げて頭を下げた。こんな風に頭を下げるのは数ヶ月前、高坂君が東洋鉱業から借りとった装備をドロドロに溶かして壊した事を中本社長に謝った時以来じゃろうか。

 どうにもワシの人生は栄光警備が五号警備を初めてからガラッと変わってしもうたようじゃ。胃が痛うてしょうがない。



「春川常務、頭を上げて下さい。三点ほど勘違いされています」


「勘違い……ですか?」



 ワシが恐る恐る頭を上げて、霧ヶ峰社長の顔色を伺うと、霧ヶ峰社長は先程までの威圧感満点の眼光は治り、どことなく苦笑いを浮かべとるようじゃった。



「まず一点。ウチが指示命令系統の上位に入るとは言え、それじゃあ皆さんのクビを切りましょうとはなりませんよ」


「え……しかし先程はリストラを断行せんといかんのではとおっしゃっていたので……」


「当然、そうしない為の方策を取りますよ。第一、儲からないんで従業員のクビを大量に切ります、全ては高坂さんを生かす為です……なんて言って、誰が幸せになるんですか? 高坂さんだって居づらいでしょう?」



 霧ヶ峰社長は残っとるワインを一気に飲み干してため息を吐いた。



「霧ヶ峰の傘下は地味ですけど広いですよ。広島や山口、愛媛にも商業施設をいくつか持ってますし、インフラ関係の施工会社やイベント会社もあります。そう言った部分の警備を他社から自社グループの栄光警備に切り替える事で、適正価格の雇用を創出します」


「え……ええんですか? そんなの……横暴だとか言われません?」


「いいんです。経済界は沢山金持ってる奴が正義です。法律さえ守ってれば何やったっていいんです。そしてウチには金がある。誰が止めるんです?」



 霧ヶ峰社長は胸の前で腕を組み、これでもかとドヤ顔をワシに向けた。真面目な話をしとる所でそうやって胸を強調されるのは目のやり場に困る。



「第二に。私は大きな会社のトップですから、無慈悲な決断をしなければならない時もありますが……基本的に従業員を大事にしますよ、まるで鉄面皮みたいに思われるのは心外です。お二人もウチの傘下に入った暁にはうちの従業員になる訳ですからね」


「あー……それは誠に申し訳ないです」


「第三に……今日はただのご飯を食べる会合ですから、あまりヒートアップしないようにお願いします。まぁ、貴重なご意見をいただいたって事で参考にさせて頂きますよ」



 ワシの冷や汗と頭に上った血が、霧ヶ峰社長の笑顔で凍りついた。ワシがやっとる事は、上のモンへの直訴じゃ。

 これが会社組織の話であれば、何人もの頭上を飛び越えていきなり親分に物申す無礼極まりない行為じゃが、霧ヶ峰社長は非公式の場として収めてくれた。

 状況が状況なら、ワシのクビが飛んどってもおかしくない所じゃ。



「霧ヶ峰社長、ウチの春川がご迷惑をお掛けしまして……申し訳ありませんでした」



 新庄社長が霧ヶ峰社長に頭を下げて謝罪しとるのを見て、ワシも急いで体をくの字に曲げる。



「先ほども申し上げました通り、今日はただの食事会ですから。特に謝るような事はありませんでした……と言う事にしておきましょう。ですが……」



 新庄社長が頭を上げる気配がしたので、ワシも追従して頭を上げる。視界に入った霧ヶ峰社長の表情はとても晴れやかじゃった。



「なかなか今の時代居ませんよ、従業員を切らないでくれって頼み込む上の者は。一緒に頑張りましょう」



 ワシは、霧ヶ峰社長の笑顔を直視出来ず、また頭を深く下げた。



 § § §



「ま、言うてワシらは降格じゃろうな。ワシは副社長か専務、春川君は本部長って所じゃろ」



 会食が終わって解散になり、霧ヶ峰社長を見送った後、新庄社長と話をしながらタクシーの乗降場へと向かう。

 やはり新庄社長も相当心労が絶えなかったようでげっそりとしとる。ワシも新庄社長とは別の意味でへろへろになってしもうた。



「やっぱり降格になりますかねぇ」


「そりゃあなるじゃろ、あんだけ騒がれたんじゃから……ま、一兵卒から頑張るしかないわ」


「言うて副社長や専務は一兵卒じゃないと思いますけどねぇ……」



 新庄社長はそのままタクシーに乗るが、ワシは電車通りまで出て市内電車で帰るつもりじゃ。ここでお別れになるはずじゃが、新庄社長は神妙な顔付きでワシに頭を下げた。



「春川君……すまんかった」


「な、何しとるんですか社長! 頭上げてつかあさいや!」



 ワシは咄嗟に新庄社長に駆け寄り、肩に手を添えて頭を上げるように促すが、新庄社長は少し小刻みに震えながらも頭を下げ続けた。



「ワシは何も知らんかった。春川君が隊員の事をしっかり把握しとった事も、木下君が無茶苦茶しとった事も……ワシが人を見ずに、数字や報告書しか見んかったせいじゃ。ホンマ……ホンマに、すまんかった……!」



 ワシは新庄社長の背中をさすり、ゆっくりと話しかけた。



「……社長、ワシは思うんですが……会社の従業員は、それぞれ役割があると思うんです。隊員はしっかり現場に出て働く。ワシら役職持ちは下のモンをしっかり見る。社長にも社長の役割があると思うとります。ワシも怠った部分もありますし、社長もまた怠った部分があるんじゃと思います。……一緒に栄光警備を建て直しましょうや」



 新庄社長は頭を下げたまま泣いとるようじゃった。あまり人に見せられるような姿じゃないんで、乗降場で待機しているタクシーに社長を乗せて、ワシは電停を目指して歩く。



「しかし、高坂君に救われた形になってしもうたなぁ……妹さんの病気、いつか治るとええんじゃが……ええ奴が報われんなんて、ホンマにやっとれんよなぁ」



 ぽつりぽつりと降り始めた雨から逃れるように、ワシは小走りで駆け出した。

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