第48話
父、正彦。母、聡美。妹、梨々香。そして俺、渉。高坂家は貧乏ながらも仲のいい四人家族だった。
それがどうして、あんな事になってしまったのか……全ての始まりは、梨々香の体調不良からだった。
あれは俺が高校三年生の頃だった。梨々香が中学校で倒れて病院に担ぎ込まれた。
梨々香は三日間意識を失い、四十度台に度々タッチするような高熱に苛まれ、生死の境を彷徨った。
まだ世にダンジョンが無かった頃だ。当然ポーション類もなく、日本の科学力は現実的なレベルだった。
どんな検査をしても、原因となりそうな物が発見出来なかった。高熱が出る度に筋肉や内臓や脳に負担がかかるため、長くはもたないだろうと医者から言われていた。
しかし親父はどうにか梨々香を生かしてやって欲しいと懇願した。
世界的に見ても症例の無い奇病だ。対症療法しか取れないと念を押され、それでも親父は了承した。
俺は大学進学を諦めて、高卒で働く事に決めた。給料の良さから二交代制の自動車工場での工員としてやっていく事を決め、梨々香の入院費の足しになるようお袋に渡していた。
親父も日勤のドライバー職をやっていたが、それに加えて夜のガソリンスタンドのバイトを始めた。
高坂家の生活は、家にいない梨々香を中心に回っていた。
だが、決して嫌ではなかった。大変ではあったが、大事な妹の為に働いてると思うと頑張れた。
やがてダンジョンが現れ、世の中の仕組みが大きく変わった。ダンジョンから様々な未知の素材が取れることが分かり……日本は多少出遅れたが、それでもダンジョン素材や新興技術によってテクノロジーを進化させていった。
梨々香を取り巻く医療環境も変貌を遂げた。ポーションの使用については厚生労働省のゴーサインが出なかったが、技術の進化に伴い安価で高品質な医療が提供されるようになった。
しかし、梨々香の身に別の症状が出ている事を、俺達は誰も気付いていなかった。
この段階で、俺と親父は仕事を見直した。親父はガソリンスタンドの仕事を辞めてドライバー職一本に戻った。
俺は身体の限界を感じて工場を辞め、栄光警備に入社して家を出た。先週まで住んでいた社員寮のマンションに入居したのもこの頃だ。
警備をやろうと思ったのは、工場の守衛のおっちゃんが守衛室でラジオを聴きながら競馬新聞を読んでいるのを見て「こんな楽な仕事なら俺でも出来そうだ」と思ってしまったからだ。
実際の所は思ったより大変ではあったが、工場で一日中車体のバリ取りをやらされるより全然マシだった。
みーちゃん……美沙と出会ったのは、まだ俺が警備員としてはフレッシュな新人の頃だった。
みーちゃんとの出会いから半年近く経った頃。
病院から告げられたのは、梨々香の新しい症状の報告だった。梨々香が老化の兆候を示さないとの事だった。
老化と言うよりは成長だろうか。アラサーど真ん中の年齢であるにもかかわらず、梨々香は高校生程度の若さを保っていた。
新陳代謝が行われているのを確認してはいるが、細胞老化が起こっていないとの事だ。テロメアとか言う成分が変化していなかったそうだ。
これまでの治療と並行して、新たな症状についての研究が始まる事になった。ともあれ、入院費用は継続して支払う必要があった。
俺は自分が生活出来るだけの金を残して、収入の大半を実家に仕送りしていた。
そして三年前、親父が死んだ。美沙が栄光警備に入社してくる少し前の事だ。仕事で兵庫まで荷物を運んでいる際に、交通事故に遭ったそうだ。
葬儀を終えて数日後。数年振りに実家に行くと、そこは大きく様変わりしていた。
妙な札や木彫りの像が置かれていたり、ケバケバしい色使いの布がかけられていたり、どこの宗派の物とも知れない祭壇が鎮座していたり、分厚い本の束が積まれていたり、知らないジジイの写真が飾られていたりした。
俺は怪しい雰囲気を感じ取っていたが、お袋の顔を見て分かってしまった。
お袋は、俺がこれまで見た事のない、生気の抜けたような表情をしていた。
結論から言うと、梨々香がずっと入院していたのがストレスとして積み重なっていたようで、お袋のメンタルはボロボロになっていた。
俺は一人暮らしをしていたし、親父もなかなか家に帰れない生活が続いており、相談相手がいなかった。
そこで弱りきった心に龍心会の連中がつけ入り、多額のお布施をふんだくっていた。俺が送っていた仕送りも、親父の生命保険や葬式の香典も、金目のモノは全て持って行かれていた。
俺がお袋を問いただすと、「梨々香の体は龍禅様が治してくださるから病院なんて必要ない」の一点張りだった。……俺はこれまでの人生で初めて、お袋に手を上げた。
しかしお袋をぶん殴った所で、その宗教狂いは変わらない。俺はお袋と縁を切る覚悟をして、梨々香の入院している病院へ向かった。
俺は……梨々香に会えなかった。遠巻きにしかその姿を見ることができなかった。
俺を置き去りにするように若いままの梨々香に、どこか恐ろしさを感じてしまっていた事は否定出来ない。
それに金だけ出して何年も会いに来ず、ずっとほったらかしにしてきた兄だ、今更どんなツラで会えばいいのか分からない。
病院の医事課に事情を説明して、今後は俺が直接費用を支払うよう手続きをしてもらった。
お袋が押し掛けても面会出来ないようにしてもらい、俺の居場所を梨々香に知らせないようお願いもした。
病院からは明細と一緒に、梨々香からの手紙が届いた。「お兄ちゃんに会いたい」「お兄ちゃんと暮らしたい」と涙の跡が見える手紙を読んで、何度胸を掻きむしられるような思いをしたことか。
平和だった高坂家にトドメを刺した龍心会を、俺は死んでも許さないと決めた。
……とは言え、俺が実家から逃げた時点で何か出来る訳でもないが。
「……そういう事情があってな、龍心会についてはいろいろ調べたんだ。とにかく、とんでもないクソ宗教だよ、あそこは」
「渉さん、あたしちょっとやる事出来たんで失礼します」
過去最大級の殺気の嵐を身に纏いながら美沙が出て行こうとする。おい、まさかお前、和歌山まで行くつもりか?
「月ヶ瀬さん、少し待って下さい。皆で共有しなければならない話があります」
「何スか! 大事な人が酷い目にあったんスよ!? 首の一つや二つ、いや皆殺しレベルで晒して貰わないと気が済まないっスよ!」
今にも噛みつきそうな美沙の肩に手を置いたまま、あかりは俺に切り出した。
「月ヶ瀬さん、大事な話です。落ち着いて下さい。まず、最も重要なお話をします。高坂さんの妹さん……梨々香さんですが、その身柄はとある宗教団体に狙われておりました。下手人を捉えて吐かせた所、どうやら誘拐するよう指示されていたようです」
俺の心臓が強く跳ね、胃の腑が寒気を感じるくらい急激に血の気が引き、頭の中が真っ白になった。
膝から崩れそうになった俺を美沙が支えてくれたが、美沙もこれまで見た事がないような形相で歯を食いしばっている。
「危ない所でしたが、妹さんはこちらで保護し、霧ヶ峰家所有の医療施設に預けてあります。うちの手の者が二十四時間体制で警護しておりますので、ご安心下さい」
静香が「私がやりました」とばかりにドヤ顔をこちらに向けた。緊張感の無い静香の態度に少しホッとした。
ともあれ、梨々香の無事を聞かされた事で多少メンタルを持ち直す事が出来たので、俺は美沙の手を借りて椅子に座った。
「そして妹さんを狙った宗教団体ですが……それこそが形骸化した龍心会の後釜である、迷救会でした」
「……形骸化だって? もう龍心会はマトモに機能していないって事なのか……?」
「はい。求道龍禅、本名西島剛士は去年の春に亡くなっています。今は娘の求道聖蘭、本名西島真寿代が教主となり、主たる活動を迷救会に移しています。田島耕作さんにコンタクトを取ったのは、おそらく迷救会の方でしょう。そしてこの迷救会ですが、ここ数週間で活動がかなり活発になってきています」
「迷救会ってのは聞いた事ないが……どんな宗教だ?」
あかりは俺の質問に答えるためにタブレットPCを取り出して操作し、こちらに向けた。
タブレットPCの画面には迷救会と大きく描かれたホームページが映し出されていた。しっかりとwebデザイナーが拵えたような視聴に耐えうるページだ。
シンプルな作りの中に高級感と静謐さを感じるそのトップページに映っていたのは、廿日市市の栗栖にある現代建築の粋を集めたようなデザイン重視の栗栖会館だった。
……何故こいつがトップページを飾っているんだ?
「宗教法人迷救会は、ダンジョンが現れた最初期に発足した、龍心会ののれん分けとも言える団体です。本部は広島県廿日市市の栗栖、龍心会の栗栖教会として使われていた建物を改修して再利用しています」
なるほど、だからあの現代アートみたいに住み心地の悪そうな建物が出てきたのか。
俺が妙に納得しているとあかりは引き続き「迷救会について」と書かれた画像をタップする。
すると質素な白い服に身を包んだ信者達が祈りを捧げる画像と共に、細かい文字で何やら書かれているページが現れた。
「迷救会はダンジョンを人類に福音と繁栄をもたらす為に現れた神の贈り物と考えており、神の御使いである探索者が一般人に管理されている現状に憤慨し、ステータスを持たない者は探索者の支配を受けるべきであるという過激な教義を展開しています。当然、探索者協会とは対立関係にあります」
あかりがさらにタブレットPCを操作する。
何らかの宗教的な意味合いのありそうな祭壇の奥でダンジョンゲートを模したモニュメントに祈りを捧げる、修道服をアレンジしたような煌びやかな服を着た見目麗しい中年女性の画像に切り替わった。
着ている物が明らかに一般信者と違う豪奢な事から推察するに、この女が求道劉禅の娘であり現教主の求道聖蘭なのだろう。
……こいつが梨々香の誘拐を指示したんだろうか?
「こちらが迷救会教主、求道聖蘭です。年齢は四十五歳、聖癒の奇跡はまさに親譲りとの事ですが……求道聖蘭は父親と違って『本物』だそうです」
「うーん……うちもスピリチュアル界隈や宗教界隈とは密接に関係があるから事情は知ってるけど、本当に異能を持ってる宗教家なんてマーーージでいないからなぁ……ねぇあかりん、その『本物』ってのはどうやって判明したん?」
タブレットの画面に表示されている女性を胡散臭そうな目で見ながら、綾乃があかりに尋ねる。
「実際に大勢の信者の前で、医者が匙を投げるような重傷者を治してみせたからですね。潜入していたうちの手の者もしっかり確認しています。その事から世界に十六人しかいない回復系のジョブであるセイント……つまり十七人目の聖人ではないかと目されています。しかし、我々の見立ては若干異なります」
あかりがさらにタブレットPCを操作して、今度は動画を出した。これはホームページから引っ張って来た物ではなく、タブレットPC内にあるデータを起動しただけだ。
求道聖蘭が祭壇の上に寝かされている血まみれの男性に手をかざして何ごとか唱えると、男の体に付いた傷がみるみるうちに塞がっていく。
しかしケラマの回復魔法や俺のエリクシック・ヒールと違い、まるで動画を逆再生したかのような奇妙な傷の塞がり方をしているように見える。
「これはうちの内偵が隠し撮りした映像です。見ての通り、通常の回復魔法とは違った機序によって傷が塞がっています。これは現在判明しているどの回復魔法とも違う事が確認されています。第二に……この時、求道聖蘭からは魔力を感知しなかったそうです」
「魔力を感知しなかった……?」
まるでそれを不思議に感じているようなリアクションをしてしまったが、実際はちょっと違う。マジで分からないだけだ。
魔力を感知しなかったから何だと言うんだろうか、俺はセイントとかいうジョブについては全く知らないが、魔法じゃない回復方法があったりするんじゃないだろうか?
俺が顎をさすりながら思案していると、スマホを入れていない方のポケットが震えた。
手を突っ込んで中のものを取り出す。装備やテイムモンスターのカードの入っている東洋鉱業ご謹製のカードデバイス「神楽」だ。
その神楽の蓋が開き、二枚のカードが輝きながら飛び出す。すぐにそれは二人の少女の姿を取る。
「その説明は、妾と──」
「当個体が行いましょう。よろしいですか?」
金髪ドリルヘア黒ゴスロリのカオスドラゴンの人間体であるラピスと、俺の中に根付いている原初の種子のサポート人格がテイムモンスターとして受肉したアバター、トーカだ。
「ああ、正直魔力の有無がそんなに重要とは思ってなかったからな。説明を頼む」
「承知しました。ではまず、ステータスシステムのおさらいから参りましょう」
ラピスがテーブル上のタブレットPCをあかりに渡し、トーカがテーブルの上にホログラム映像を投影する。
「ステータスシステムはダンジョンの根幹部分に基づいて作用しています。その支配下にあるジョブ・スキルシステムもまたダンジョン……つまり魔素や魔力をベースとしています」
「簡単に言うと、ヴェルアーク……魔素で動いておるダンジョンと同じく、スキルや魔法を使うと魔力の残滓が放出される訳じゃな」
ホログラム映像ではソードマンのスマッシュ・ヒットやキャスターのファイアボルトの映像が流れている。サーモカメラのような魔力を表示する映像では、どちらも細かな粒子が体や武器に纏わりついている。
「これはどんなスキルじゃろうと例外は無い。じゃから、そのセイントもどきの回復魔法はスキルや魔法……ステータスシステムに基いた物ではないと断言出来る訳じゃ」
「じゃあ一体何だって言うんだ? 美沙の月ヶ瀬の血や綾乃の予知みたいな異能だとでも言うのか?」
俺の問いかけにラピスは首を横に振った。
「それこそまさか、じゃよ。こんなのがダンジョンの助けもなくゴロゴロ発生しとったら、今頃ステータスシステムはもっと煩雑になっとったじゃろうて」
「これはどちらかと言えば、アビリティ……当個体と同じ原初の種子の能力に近い振る舞いだと言えます」
トーカが軽く指を鳴らすと、ホログラム映像が求道聖蘭が回復魔法を行使する映像に変わった。
「こちらは先程皆様がご覧になっていた映像です。スキルや魔法の治癒と違い、まるで時間を巻き戻しているように見えませんか?」
「それは確かに……だが、そういう魔法は無いのか? こう、時間の逆行みたいな」
ゲームや漫画では時空魔法みたいな属性があったりするが、そういった物で再現出来たりしないだろうか?
俺の仮説を真っ先に否定したのはトーカだった。
「それはありません。現在のジョブシステム・スキルシステム共にそのような物は存在しません。そして、もし存在したとしてもひとたび魔法として行使したならば、そこには魔力が残留するはずです」
「うむ。そしてこの治り方、妾には一つ心当たりがある。一にして全なる者はとびっきりのアノマリーじゃが、アレもなかなかの異常個体じゃからな……」
「当個体の見立ても、恐らくラピス嬢と同じと思われます。事象の否定……『なかった事にする能力』を持つ原初の種子があります。撤回せし者、アンドゥアーと呼ばれています」
アンドゥアー……つまりパソコンによくある取り消し機能のアンドゥを行う者という事か。もはやここまで来ると、能力バトル漫画か何かだ。
矢で刺されて生き残れたら能力を持った守護霊が発現したり、死神の刀が能力を持ったりする漫画と変わらない。
……しかし、そうなると気になる事がある。俺はその気になった点について二人に確認する。
「トーカ、求道聖蘭はスキルシステムの枠を飛び越えてるって事だよな?」
「はい。当個体はそのように認識しています」
「ラピス……ダンジョン・ゴーレムに襲われた東洋鉱業に連れて行ってもらった時、俺が原初の種子の本当の力を引き出せたら、全てを超越して何でも出来るって言ってたよな?」
「うむ、言ったな」
「もし俺が求道聖蘭と戦う事情が出来たとして……スキルシステムの体裁を利用しなければ力を使えない俺と、それらを超越している求道聖蘭とでは習熟度や力量の差があるんじゃないか?」
俺の原初の種子の能力は「何でも可能にする能力」だ。しかし俺は十全に使いこなせていない。
今の俺は様々な要因のせいで、スキルシステムという補助輪を付けなくては種子の力を引き出せない。
それがまるでステータスを持たない一般人と探索者のように、超えられない壁になったりしないだろうか? というのが俺の懸念点だ。
現時点では、迷救会ならびに求道聖蘭とわざわざ事を構える必要は無い。
だが、梨々香を狙われた以上、向こうから俺に何かしらのコンタクトを取ってくる可能性はあるし、それが荒事であるパターンも大いにあるはずだ。
トーカとラピスは顔を見合わせ、頷いてから俺の問いかけに答える。
「その通りです。仮に通名:求道聖蘭と敵対するとして、今の管理者:高坂渉では非常に分の悪い戦いを強いられる事になるでしょう」
「うむ……少なくともステータスやスキルに依らない能力の発現が出来ねば、土俵にも上がれんじゃろうの。その問題はほれ、そこなアイドルも同じじゃろ」
「えっ、私ですか!?」
いきなり話題に出されて聴くだけになっていたあかりが素っ頓狂な声を上げて驚いた。
そう言えば、あかりもアビリティを持っていると言っていた。という事は、ステータスやスキルシステムを超える程ではないが何らかの原初の種子を身に宿している事になる……のか?
「うんむ。お主はアビリティを持っていると聞いておる。ならば原初の種子をどこかで取り込んでおるはずじゃ。……トーカ殿、どうじゃろか?」
「はい、確かに原初の種子の反応があります。しかし管理者:高坂渉と同様に力を持て余している状態です。アビリティの枠に囚われている以上、戦力とするには心許ないでしょう」
「……では、私もアビリティの力を高める事が出来れば、その領域……高坂さんと共に戦う力に辿り着けるのでしょうか?」
あかりが真剣味を帯びた顔つきで尋ねる。トーカとラピスは顔を見合わせ、頷いた。
「可能性は、ある。妾は抜きん出た個体はある程度覚えておるが、お主の種子はとんと想像がつかん。が、全ての原初の種子はステータスの枠を超える力を持つはずじゃ。本来、種子の役目は人間をステータスの軛より解き放ち、ダンジョンを滅する決戦兵器を産み出すためにあるのじゃからな」
「そうですね。もし個体名:雪ヶ原あかりに原初の種子を育てるつもりがあるならば、管理者:高坂渉を反面教師にすると良いでしょう。柔軟な想像力とそれを受け入れる心理的キャパシティ、そして自らの種子を理解する為の自己対話を意識する必要があります。管理者:高坂渉は全て足りていないので、スキルシステムを利用せざるを得ないのです」
反面教師とは失礼な、俺だって好き好んで石頭のおっさんをやってる訳じゃないんだぞ。
トーカ達の話を聞いて、あかりが瞑目しながら自分の胸に手を当てる。次にあかりが目を開いた時、そこには並々ならぬ決意がこもっていた。
「管理者:高坂渉ならびにお集まりの皆様に忠告します。求道聖蘭、並びに迷救会に敵対的行動を取らないようにして下さい。現状の戦力では太刀打ち出来ない公算が非常に高い為です」
トーカの提言に、これまで沈黙を貫いてきた綾乃と静香がため息混じりに口を開いた。
「そーれはしょうがないよねぇ、胡散臭い宗教家に思う所はあるけど、私やしずかちゃんはその原初の種子? どころかステータスすら持ってないからねぇ」
「とりあえず拙者は金を動かすしか能の無い限界オタクでござるから、高坂氏と雪ヶ原氏に任せるしかなさそうですな……能力バトル系の物語は大好物でござるが、自分でやりたいかと言われたら話は別ですぞ」
どことなく安心した雰囲気を醸し出す綾乃と静香だが、逆に切羽詰まった表情で美沙が割って入った。
「ちょっと……ちょっと待ってください! そしたらあたしはどうなるんですか!? あたしはアビリティ持ってないんですよ!?」
「奥方様、今回は矛を収めて、管理者:高坂渉に全てお任せ下さい。原初の種子を持たない者では、そもそも戦いになりません」
「そんなこと……! あたしは、あたしは月ヶ瀬の娘ですよ! 魔を討つ者の血を引いてて、異能だってあるんですよ!」
必死に食い下がろうとする美沙の話を聞きもせず、トーカはリビングの片隅に置いてあった布団叩きを取って来た。
「では奥方様。もし当個体がこの布団叩きで奥方様をえいやと突いたら、どうしますか?」
「え……そりゃあ避けますけど……」
「もし当個体が求道聖蘭で、種子の扱いがステータスを超越するレベルの練度であれば……奥方様の回避行動を『なかった』事に出来ます。そうすれば必中となります」
トーカが布団叩きで美沙の左胸をとんと軽く突く。決して力を入れている訳でもないのに、美沙はよろりと一歩後退した。
「奥方様の攻撃を『命中しなかった』事にも出来ます。もし能力の掌握が我々の想定を上回っていたならば……奥方様の求道聖蘭に対する敵意も『なかった』事にされ、大きな隙が生まれるでしょう。奥方様に出来る事はありません」
「で、でも! あたしは渉さんだけに戦わせたくないんです! あたしも一緒に!」
「奥方様、聞き分けてください。貴女は管理者:高坂渉にとって替えのきかない方です。貴女を失えば、管理者:高坂渉は大きな心の傷を抱える事になります。それがどれほどの損失になるか、分からない奥方様ではないでしょう?」
トーカの説得が無理だと気付いた美沙が、俺の手を取って懇願する。
「渉さん、お願いします! 連れてって下さい!」
「連れて行きたいのは山々だが……トーカの話が本当なら、美沙を危険に晒してしまうから……」
「何で……どうしてですか! あたしの事、置いてかないって約束してくれたじゃないですか! 困難は二人で抱えていこうって言ってくれたじゃないですか! どうして! どうして!」
美沙が目から大粒の涙をこぼしながら、俺の胸に抱きついてきた。俺は小刻みに震えながら嗚咽を漏らす美沙の頭を撫でてやる事しか出来なかった。
「どちらにせよ、今はワタルもこのアイドルも未熟じゃからな。すぐにどうこう出来るとは思えん。ミサも少し心を落ち着けるがよい」
「先程も申し上げました通り、現時点では迷救会に対して敵対的行動を取らないようお願いします。情報を集めたり、原初の種子の習熟に努める程度に留めてください。個体名:高坂梨々香も安全な場所に移送済みですので、敵に我々の手の内を律儀に教える必要はありません」
あかり、綾乃、静香の三人は頷き……美沙は聞き分けのない子供のように俺に抱きつく腕に力を入れるだけで、返事をしなかった。




