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【コミカライズ始動】アラフォー警備員の迷宮警備 ~【アビリティ】の力でウィズダンジョン時代を生き抜く~  作者: 日南 佳
第二章

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第44話

 あかり達との会談や前代未聞の迷宮漏逸ではない魔物の出現から数週間が経った。

 あの後あかり達から「なるべく早く話し合いの場を持ちたい」と提案があったが、なかなか実現しなかった。

 あかりはアイドルとしての地方行脚、霧ヶ峰は東洋鉱業との資材の流通や業務提携の話し合いでてんてこ舞いだ。

 俺と美沙は夏休みの時期という事もあり、イベント盛り沢山の繁忙期に伴う休日の減少と、関係者の日程が全く折り合わなかった。

 予定がガラ空きなのは定職を持たない闇ヶ淵だけで、よっぽど手持ち無沙汰なのか俺のスマホに「ひまだよー」だとか「何か面白いゲームなーい?」などとメッセージを高頻度で送って来ていた。

 友達は居ないのか? 他にやる事はないのか?



 そんなぼっちな暇人である闇ヶ淵の実家は島根の奥出雲にあり、そこで祖母と二人で暮らしていたらしいが、最近は広島のホテルに長期宿泊している。

 どうやら闇ヶ淵は美沙を体の良い暇つぶし相手としてロックオンしたようで、夕方くらいに美沙の部屋へ押しかけては大騒ぎして、夜九時頃にホテルへ帰っていく姿を時々見かける。

 一度だけ闇ヶ淵が無断で俺の部屋に上がり込もうとしたが、美沙にコブラツイストからパロスペシャルを経由して卍固め、倒れ込んだ所にキャメルクラッチという流れるようなコンボを食らって以来近寄ろうとしなくなった。

 ……重篤な傷害に発展する可能性が非常に高いので、素人にプロレス技をかけてはいけない。



 結局九月に入り、俺達も勤務も一段落ついた所でようやく皆の予定が落ち着くタイミングがあり、一堂に会する事になった。

 俺としては大した話をする訳でもないだろうから近くの居酒屋でいいんじゃないかと提案したが、あかりから猛反対された。

 あかりが「何でカップル揃って国家レベルの大事な話を居酒屋で済まそうとするんですか!」とブチ切れていたが……美沙もあかりに似たような提案をしていたんだろうか?

 結局、俺と美沙と三馬鹿の五人で、正午から中区の三川町にある個室が完備されている高級会席料理屋での会食と相成った。

 今に始まった話ではないが、女子率が高すぎるのはどうにかして欲しい。ただただ落ち着かない。



 § § §



「そんな訳で、トーカ氏によってもたらされた技術と東洋鉱業の生産能力のおかげで魔素貯溜装置のプロトタイプが完成して、今は実証実験でダンジョンゲートの近くに配置している所ですぞ」



 ランチミーティングのトップバッターである霧ヶ峰の発表が終わった。

 話している途中に料理が運ばれてきたため、小鉢に手をつけられていなかった霧ヶ峰が急いで割り箸を割る。

 しかし、割り箸一つ取っても流石は高級料理屋だ。俺達が普段スーパーでよく貰う、何故か片方に大きく偏って裂ける悲しみの貧民用割り箸とはレベルが違う。

 何ならこの後持ち帰って綺麗に洗えば何ヶ月かは使い回せるのではないか? と思わせるような気品を感じる。

 ……いや、しない。しないぞ、そんなみみっちい真似は。勿体無いが。



 俺達は霧ヶ峰の話を聞きながら前菜を頂いたが……正直言って、俺には味がよく分からなかった。

 こういった席の料理は強い味でブン殴るジャンキーな物ではなく、素材の味を活かすタイプの薄味が多い。

 長年のコンビニ弁当とファーストフードで培われたバカ舌では、滋味やほのかな風味といった繊細な味覚に対応しきれない。

 俺以外の皆は旨そうに食べていたので、やはり彼女達は俺のような平民とは育ちや文化レベルが違うお嬢様なんだなと思い知らされる。

 ……コースの中盤にでも味の濃い物が出ることを祈るばかりだ。

 ちなみに会席料理は一品ごとに酒が出される物らしいが、あかりは未成年者との事もありアルコール無しとなっている。

 お酒は飲まれますか? とあかりに聞かれたが、真昼間から酒を飲むのは少し憚られるので固辞しておいた。


 

 霧ヶ峰が話していたのは、魔素が地上に溜まってしまい魔物が発生する問題に関する話だ。

 ダンジョンゲートを開けているだけでもかなりの魔素が飛び出していたらしく、日本中に結構な数が確認されている全てのダンジョンで魔素が飛散するとなると、馬鹿にならない量が地上に出ている計算になるんだそうな。

 それを防ぐ為に開発されたのがダンジョンゲート設置式貯留型魔素吸引機、開発コードネーム「ナオビ」だ。

 名前の由来は日本神話のイザナギが黄泉から持ち帰ってしまった穢れより生まれた災いを鎮めた神様、直毘神(なおびのかみ)から取ったんだそうな。

 俺はついぞ聞いたことのない神様だが、もしそんな神がいたならば縁起の良い名付けと言えよう。



 この魔素貯留機はどれくらい放置したら満タンになるのか、満タンになった魔素に利用方法は無いのか、大々的に発表したとして世界の科学者やダンジョン関連企業のお歴々にハイ喜んでと受け入れてもらえるのか……等々、課題は山積している。

 とは言え、この間の魔物出現で結構な数の民間人が犠牲になってしまった。そんな事態を引き起こした大きな一因に、ダンジョンから排出される魔素も数えられる。

 彼らの犠牲を無駄にしないためにも、なるべく早い段階での正式配備を目指したいというのが東洋鉱業と霧ヶ峰ホールディングスの公式見解だそうな。



「まぁ実際、ビジネスの匂いはしますからな。溜まった魔素を発電に使えるならエネルギー関連、魔力版モバブーとして使えるなら探索者関連と夢がひろがりんぐですぞ。ダメならダメで産業廃棄物管理票の項目が一つ増えるだけですな」


「溜め込んだ空気中の魔素を使って魔法をぶっ放した俺だからこそ言うが、魔素は決して体に良い物ではないぞ。トーカが言うには、魔素は適切に加工しないと魔力の代替物としては使えないそうだ」



 俺は霧ヶ峰に指摘しながら、あの時の体調不良を思い出して身震いした。健康のありがたみを再確認する次第だ。

 あの騒動で不具合が生じたのは、俺だけではない。実はトーカが一番被害を受けている。

 エリクシック・ヒールをあかりに行使した後、トーカは音信不通になっていた。こちらからの呼びかけにも答えず、アバターもカード化せずに消えていた。

 長い事不在にしていた理由をトーカ本人から聞いたが、本来魔素を魔力として使うには加工する必要があるようで、生の魔素をそのまま使う際の悪影響をトーカが全部肩代わりしたせいで大ダメージを受けていたそうだ。

 トーカにエリクシック・ヒールを試みたが、アバターであるトーカではなく原初の種子側の問題であり、生物的な傷病の埒外の不具合との事で、何の効力も発揮しなかった。



「その話詳しく……と言いたい所ですが、トーカ氏は?」


「表に出たくないそうだ」



 トーカは今日の会合に出たくないとの事だったので、俺の中で話を聞くに留まっている。

 不調か、はたまた仮病か……どちらにしても顔を見せたくないと言うのだから仕方がない。



《管理者:高坂渉、仮病とはあんまりな物言いです。私はそもそも危険を冒してまでの個体名:雪ヶ原あかりの蘇生には否定的でした。しかし管理者:高坂渉たっての希望でしたので方法を提示し、不服ながらも積極的に協力し、あまつさえデメリットをこちらが負担したにもかかわらず、言うに事欠いてその立役者を仮病扱いとは……人の心は無いのですか?》



 あーあー分かりました分かりましたごめんなさい! 俺が悪かった!



《理解して頂けたようで何よりです。貯留された魔素の加工方法は後ほど管理者:高坂渉の通信端末にファイルを生成しておきますので、関係各所への伝達を推奨します》



 皮肉屋で生真面目だが、何だかんだ言って面倒見の良いトーカだ。ちゃんと求めた物を拵えてくれる。ありがたい。

 後で加工方法を送付する事を霧ヶ峰に伝えると、それなら問題ないと頷き、再び前菜を口に運んだ。

 俺から皆に魔素の加工方法を送信する旨を皆に伝えたタイミングで、次の料理が配膳される。……俺の前に置かれたのは漆塗りの汁椀が一つだけだが、これは味噌汁だろうか?

 蓋を開けると味噌汁ではなく、見たことのない白い肉だか魚だかが鎮座する、三つ葉を散らしたお吸い物だった。

 あかりが言うには、白い何かはハモだそうな。名前は聞いた事があるが、加工前の姿を見たことなければ、当然食べた事もない。

 一つだけ確実なのは、またもや薄味だろうという事だ。そろそろ肉が食べたい。ラーメンでもいい。



「んじゃ、次は私ねー。ばっちゃまと二人で色んな占いを試してみたり、ビジョンが見えやすくなるお薬を使ってみたんだけど、やっぱ数年以内に世界滅亡シナリオに突入するのは既定路線っぽいねー」



 闇ヶ淵があっけらかんと言い放つ。その口調と声から、ハンバーガー屋で女子高生が今週の星占いの話をしているようにしか聞こえない。

 あと少し気になったんだが、ビジョンが見えやすくなる薬? 何だその不穏な響きのアイテムは?

 どう聞いてもヤバそうだが、俺は好奇心に突き動かされてついつい聞いてしまった。



「ビジョンが見えやすくなる薬って、何だ……? 怪しい薬か何かか?」


「あー、だいじょぶだいじょぶ! 神経と循環器に作用して幻覚を見やすくする奴だから! ちゃんと用法用量を守って使えば安心安全で依存性も無い、百パーセント天然由来の生薬だから! 家系ラーメンの方がよっぽど依存性高い奴だから!」



 闇ヶ淵が慌てて反論する。天然由来の生薬って、それを言うとアヘンも大麻もジャンルは生薬なんだが? 本当に大丈夫か?

 ……依存性が無いなら麻薬や脱法ハーブの類では無いのかも知れんが、健康被害は出たりしないんだろうか? 少しだけ心配だ。



「まあ、闇ヶ淵自身の仕事の事だから俺は何も言えないが、薬に頼るのは……」


「そうだ! 忘れてた! 高坂さんに言いたい事があったんよ!」



 テーブルを叩いて立ち上がった闇ヶ淵が、俺に指を突きつける。



「個人的には闇ヶ淵って気に入ってなくてさー! なんか占いよりも怪しい魔法で呪い殺す感じに聞こえるじゃん? みさっちやあかりんを名前で呼んでるんだから、私やしずかちゃんも名前で呼んでよー!」


「しずかちゃん……? ああ、霧ヶ峰か。いや、しかしな……」


「お願いお願いー! ほら! いっぺん試しに! ほい! リピートアフターミー! あーやーの! ヘイカモン!」



 闇ヶ淵のノリが果てしなくウザい。だがこれは一度は呼ばないと延々と繰り返されるだろう。

 仕方がないので名前で呼んでやる事にした。若い女性を名前で呼ぶのは慣れない。どうにも小っ恥ずかしい。



「……あ、綾乃……」


「キャッホーイ! 名前呼びで照れる中年男性からしか得られない栄養素があると思いませんかァー!? ハイ最高! 優勝! 優勝ですわこれ!!」



 ハイテンションで大はしゃぎする闇ヶ淵……いや、綾乃だったが、突如、俺の横から裁判官がハンマーで机を叩くような激しい音が響いた。

 音の方向を見ると、美沙がガラスのコップをテーブルに叩きつけていた。

 かなり大きな音がしていたので結構強めに叩きつけていたと思うが、ガラスにはヒビ一つ入っていない。とんでもないコントロール技術だ。

 美沙はドス黒いオーラを幻視させるような殺意を発しながら、薄ら寒ささえ覚える笑顔を綾乃に向けて釘を刺す。



「闇ヶ淵さん、渉さんからしか得られない栄養があるのは認めますが、調子に乗るのはやめましょうね」


「は、はははははいっ! チョーシコキましたすみませんっ! 以後気をつけますのでどうか命ばかりは! プロレス技だけはどうかご勘弁を!」



 冷や汗を流しながら綺麗な直立の姿勢で挙手の敬礼をする綾乃に、美沙が呆れたようなため息をついた後「座ってください」と促した。

 綾乃は立ち上がった時と同じくらいの速さで着席した。やれやれ、これで一息つける。

 汁椀に口をつけ、ふと視線を感じたのでそちらに目をやると、霧ヶ峰が上目遣いでこちらをじっと見ている。……もしかして、こいつも名前で呼んで欲しがってるのか?



「どうした、何か言いたいことでもあるのか? えーと……静香」



 俺が声をかけると、静香は一瞬呆けたような顔をした後、ニヤニヤしながら自分の頬を両手でむにむにと揉みしだいた。



「あー、なるほどなるほど……拙者、名前で呼ばれるだけでオチたりするようなチョロインではないつもりではありますが、コレはコレでアリよりのアリではござらんか? 高坂氏ぃ、月ヶ瀬氏や雪ヶ原氏とも懇ろなのであれば後一人増えても支障は無いでござろう? いっそ拙者も抱え込んで……ひっ」



 美沙から再び殺気の嵐が噴出する。それだけでなく、あかりからも冷たい視線を浴びせられた静香はひきつけを起こしたような声を漏らし、顔色が真っ青を通り越して真っ白になっている。



「霧ヶ峰さん、申し訳ありませんが定員オーバーです。駆け込み乗車はご遠慮下さい。渉さんも誰にでも優しくしないようにして下さい、困るのは渉さんっスよ」



 美沙が静香にしっかりと釘を指し、ついでに俺の肩を掴んで忠告する。

 美沙の手ががっちりと俺の肩に食い込み、ミシミシと音がするくらい強く握りしめている。

 あかりのバフのおかげでほんの少しの痛みで済んでいるが、普通の探索者なら五秒と持たずに部位破壊が発生しているダメージ量だと思う。



「……分かった、あまり迂闊な事はしない。まあでも、名前で呼ぶくらいは大したことじゃないだろ?」


「……しょうがないっスね、じゃあ名前で呼ぶのは許します。で、闇ヶ淵さん? 他に何か報告する事はありますか?」



 仕切り直しと言わんばかりに美沙が手を叩く。



「あー、それなら一個あるんだけど……私としずかちゃん、探索者の資格取ることにしたからねー。何だかんだ言ってステータスは便利だし、いざって時に戦う力はあった方がいいでしょ?」


「差し当たって今月下旬開催予定の丙種講習会に申請を出す予定ですぞ。拙者は何のジョブになるんでしょうなぁ……月ヶ瀬氏みたいなキャスもメレーもどちらもこなすジョブとか厨二心をくすぐられますなぁ……デュフフフ……」



 様々なジョブを空想している静香の口元からよだれと共に気持ち悪い笑い声が漏れる。少しはシャキッとして欲しい。



「なるほど、試験自体は大した物じゃないんでお二人ならすぐに取得出来ると思いますよ。別に戦闘の腕を見られる訳でもないですし。……じゃあ、霧ヶ峰さんのお話はそんな所ですかね? 他何か言いたい事がある人は?」



 美沙の呼びかけにあかりが手を挙げた。



「私からも一つ報告……と言うか、高坂さんと月ヶ瀬さんに黙っていた事があるんですが……ここよりも現地でお伝えした方が話が早いので、食事が終わったら皆様お付き合い願えますか?」



 あかりからの提案を聞いて綾乃と静香は互いに顔を見合わせて「あー、あれの事だね」と頷き合っている。

 俺と美沙も視線を合わせているが、美沙は美沙で嫌な予感と言うか、そこはかとなく匂う面倒事の雰囲気に少し顔を顰めている。



「この期に及んで、一体何を隠してたんスかね……? あたしは一個だけ心当たりがあるんスけど」


「奇遇だな、俺も一個だけある。……同じ心当たりだったらいいな、違ってたら二つある事になる」



 俺達はやれやれと肩を竦め、汁椀のお吸い物を飲み干した。ただでさえよく味の分からない上品な料理が心配のせいでさらに分からなくなった。



 § § §



 会席料理を全て平らげた俺達は、あかりが手配した車に乗った。

 あかりが言う「現地」に向かう間、美沙と先程食べた料理の話をしていた。

 珍しい物はあったが、量が食べた気がしない。吸い物の後に出たふぐの刺身は味が全くしなかったし、西京焼きに添えられていた謎の赤い棒状の植物は口に合わなかった。

 ……美沙が言うには、あの赤い奴ははじかみ生姜と言うらしい。

 生姜だったのか、道理で口に合わなかったはずだ。俺は牛丼にも紅生姜をかけない程度には生姜が苦手だ。



 そんな話をしていたが、車の辿っているルートに見覚えがある。と言うより、これは俺と美沙の帰宅ルートだ。

 俺と美沙は首を傾げながらあかりにどういう事か尋ねようとした時、車が俺達の住むマンションの前で停まった。

 運転手によってドアが開けられ、あかりに降車を促された。俺達が降りると、見慣れたマンションと仮囲いで立ち入れないようになっている工事中の別棟が視界に入る。

 あかりが黙っていた話の心当たりがこの別棟だ。



 このマンションの建設は、アリオンモールでVoyageRの催事警備を担当した翌週から始まっていた。

 ここには元々、小さな駐輪場と植栽があった。駐輪場は場所を移転し、植栽は地面ごとごっそり掘り起こされて強化土と柱状セメントで埋め立てられた。

 あかりとの江田島ダンジョンアタックや呉での騒動の最中でも工事は着々と進められ、既にほぼ完成しており、残るは外構工事のみとなっている。七階建ての堅牢そうな総コンクリート製だ。

 本来マンションの工期は階数に三〜五ヶ月足したくらいの期間を要する。

 しかしこのマンションにはダンジョン産の新しい建材やテクノロジーがこれでもかと詰め込まれており、とんでもない速度で建築が進んでいった。

 当時はこんな所に目玉が飛び出そうなくらい金を注ぎ込んで何を考えてるんだ? と首を傾げたものだ。



 この別棟は普通のマンションと構造が異なり、一階ごとに一世帯分の部屋しかない。

 基礎工事の様子を見ていたから分かるが、その部屋も俺達のワンルームマンションとは違い、平屋の一戸建てくらいはありそうな間取りだった。

 随分と奢った物を建ててるなあとは思ったが、建築計画や法令許可票を見ていなかった。

 この贅沢マンションが普段の光景になった頃には、誰が建てようとしていたのかとかどうでも良くなっていたからだ。

 もしかしたらこのマンション、あかりと霧ヶ峰が結託して無理矢理建てた物なんじゃないか? というのが俺の心当たりだ。

 ……果たして俺の予想は当たり、俺達はあかりの先導で例の別棟の前に立っている。



「これです、このマンションが黙っていた事の一つです」


「これって数ヶ月前から建て始めたマンションですよね? いつの間に完成間近になってんスか、早すぎでしょうが」



 仮囲いに貼り付けられた建築計画のおしらせプレートを睨め付けながら美沙があかりに尋ねた。

 俺もプレートに目をやると、建築主の項目は霧崎ハウジングとなっている。……これ、例によって天地六家の分家なんじゃないか?



「そりゃあもう、ダンジョン産の素材を大量にぶっこみましたからなぁ……従来のコンクリートとは比べ物にならない強度と速乾性の骨材と硬化剤が見つかったんで、取り扱う企業ごと買収しましたぞ。内装も随所にこだわりを追求しておりますぞ。ただ、麻布十番に家が五軒くらい建つ程の費用がかかると判明した時には宇宙猫になりましたがね!」



 静香が両手を腰に当てて、むふーと鼻息荒く自慢する。ここまで威張ったポーズをしているのだから、相当金とクチを出したのだろう。

 俺が建築計画のプレートから目を離すと、あかりが一歩進み出て説明する。



「ここには闇ヶ淵さんや霧ヶ峰さん、そして私が住みます。それでも部屋が余っていますので、そこにはお二人に提供したく思います」


「提供って、俺と美沙がここに住むって事か? ……こんな所に住むっつってもお前、家賃がどうなる事か……」


「いいえ、高坂さん。私が申し出ておりますのは賃貸契約の締結についての話ではありません。家賃、水道光熱費、通信費を私達で負担しますので入居しませんか? というお誘いです」



 つまり住環境にまつわる出費が全部ゼロになる上、今の狭くて古びたワンルームマンションとは別物の綺麗で広い部屋に住めるって事か?

 ありがたい話ではあるが、ホイホイとこの話に乗ってしまっていいのだろうか?

 こうやって話し合いをする関係になる前に計画された物だ。部屋にいろいろ仕掛けられたりしているんじゃないだろうか?

 盗聴器や隠しカメラなんかあったら笑えない。プライバシーが死んでしまう。

 しかし現状では俺の部屋にはテイムモンスターや美沙が常駐している状態であり、ワンルームにプライバシーもへったくれもあったもんじゃない。



 どうしたもんかと悩んでいると、俺の服の裾がくいくいと引っ張られた。誰だと思って引っ張られた方向を見ると、美沙だった。



「渉さん、悪くない話だと思います。間取りを見せてもらいましたけど、ここ今住んでる部屋より全然広いんで、多くのテイムモンスターやトーカちゃんを置いとけますよ」


「うーむ……そうは言うけどなぁ……」


「渉さんの懸念点はあかりさん達が盗聴だとか盗撮だとかを仕込んでるんじゃないかって事っスよね? そこに関してはあたしが入居前に徹底的にチェックします」



 美沙が妙に乗り気で推すのが不気味だが、実際気になる部分はそこだけだ。

 実家も2Kのオンボロアパートで、今の住処はそれよりも小さい。もっと居住性の高い部屋に住んでみたいと言う気持ちは無くもない。

 俺は少し悩んだが、美沙に頷きを返した。



「とりあえずここが完成してからだな。俺等が住んでるのは社宅だから、春川常務に相談する必要はあるだろうと思うぞ」


「あ、その事なんですが」



 あかりが俺の話に挙手しながら割って入った。



「黙っていた事その二です。お二人が所属している栄光警備ですが、霧ヶ峰ホールディングスによってTOBを試みている最中です」


「「……はい?」」



 俺と美沙が同時に素っ頓狂な声を上げてしまった。美沙は「何言ってんだコイツ」と言いたそうな表情をしているし、恐らく俺も同じような顔をしているだろう。

 TOB、株式公開買い付けは対象企業の株を保有している株主から株を買い付けて子会社化し、経営権や指示命令系統を得るために行われたりする手法だ。

 かつて新興IT企業が放送事業者の株式をダマで買収ようとした事があったが、それと似たような物だろう。



「栄光警備は非上場ではありますが株式会社です。金融商品取引法によりTOBは可能であり、現在霧ヶ峰さんが奔走しているところです」


「……もし、TOBが成功したらどうなるんです?」



 美沙が恐る恐るあかりに訪ねた。その問いに答えたのはあかりではなく、静香だ。



「栄光警備の経営自体は変わりませんぞ。我々がお宅の社長の上に居座る形なんで、栄光警備の重役の頭の上を飛び越してお二人に指示を出せる形になりますな」


「つまり静香の会社がうちの親会社になるって事か?」



 俺の問いに静香は指パッチンしながら答える。



「ご明察ゥ! 現状お二人は一号・二号警備業務の比率が高く、五号警備に携わる機会があまりにも少なく設定されておりますな? これは社内のガバナンスが乱れている為である事が判明しておりますぞ。つまり栄光警備の上層部の頭上を通り越して我々が『特例甲種持ちを遊ばせておくのは非合理的、二人をダンジョンに行かせなさい』と命令する事も可能でござるよ」


「だが、そんなの新庄社長や木下専務、春川常務が良いと言うかどうか……」


「良いと言わなければクビを切ればいいだけですぞ。上に従わなければパージされるのは零細企業から財閥まで変わらない本質でありますからして」



 事も無げに言ってのける静香の冷たい目にぞっとする。

 そうだ、喋りと態度があまりにもひどいから忘れそうになるが彼女もれっきとした天地六家の一人、金融や商売を一手に牛耳る霧ヶ峰の一員だ。

 広島の中堅警備会社である栄光警備なんて、彼女のお小遣いで消し飛ぶ程度の泡沫企業でしかない。



「おや、怯えさせてしまいましたかな? 失敬失敬。拙者、身内はベタベタに甘やかす気質ですからな。高坂氏も月ヶ瀬氏も心配はいりませんぞ? ただ親会社の社長と何故か仲がいい珍走団上がりのサラリーマンの漫画や釣りバカの映画みたいな感じになりますな。あとダンジョン警備の比率が高くなるくらいですかな?」



 ニッコニコで答える静香に毒気を抜かれ、俺も美沙も深い溜息をついた。

 あかりが「黙っていた事」と言っていたくらいだ、結構前から計画自体は動いていたと思われる。

 未だに末端の隊員に情報が出回っていないということは、まだ現実的な段階には至っていないはずだ。



「……まあ、どうせすぐに決まる類の話ではないだろうから、それは追々聞かせてもらおうか」


「そっスね。……あたしの心当たりは外れましたけど、あかりさんがあたし達に黙っていた話はこんなところですかね?」



 美沙があかり達を見回して尋ねると、あかりが両手をポンと打ち鳴らし、思い出したかのようにスマホを取り出した。

 あかりがスマホを操作したあと、俺達のスマホにURLを送付してきた。



「月ヶ瀬さんが言っていた心当たりって、これですか?」


「どれどれ……うわ、マジでやりやがった! どうやったんスかコレ!? むしろ何やったらコレが動くんスか!?」



 美沙がスマホを取り落としそうになりながらあかりに叫んだ。俺もURLを開くと、ニュース記事のようだった。



「なになに、ダンジョン出現に伴う危難により人口減少ならびに将来的な少子化に拍車がかかる事を念頭においた対策として、民法第七百三十二条に対する特別措置法を次期臨時国会での成立を目指し……って、何だコレ?」



 あかりが俺の手を取り、とても良い笑顔を浮かべる。何故だろうか、これまで以上にとんでもなく嫌な予感がする。



「高坂さん、私が『高坂さんのお嫁さんになるチャンスがありますか?』って聞いたらおっしゃいましたよね? 重婚や不貞は不法行為だから私の想いには答えられないって」


「……ああ、言ったな。それが何か?」



 待て、待ってくれ。その話の流れはマズい所の話じゃない。

 あかりは情報を牛耳る天地六家の惣領だ。情報を何より欲するのは俺達庶民ではなく天上人のような方々だ。

 つまり政治家や権力者……そんな連中だ。もしそんな連中を動かせるなら……あかりは一体何を望み、何をさせようとするだろうか?

 俺の思考がその結末にたどり着く前に、あかりが盛大な爆弾を投下するようにネタバレをぶっ込んだ。



「重婚出来るように、法律を変えちゃおうと思いまして。良かったですね! うまく行ったら月ヶ瀬さんだけじゃなく、私とも合法で結婚出来ますよ!」


「はああああああああああああああああ!?」



 俺の渾身の絶叫が、南観音の閑静な住宅地に響き渡った。


毎度ご愛読ありがとうございます! 第二章はここまでとなります。

来週は第二章の登場人物を軽くまとめまして、12/1(日)より第三章を開始します。

今後ともご愛顧の程よろしくお願いいたします!


キリもいいところなので、お気に召しましたら

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