第39話
「東京で魔物が発生……祖師谷でミノタウロス!? じょ、冗談でござろう!?」
「千葉、埼玉、福島、茨城……嘘、何でこんなに!? めっちゃヤバいじゃん!」
闇ヶ淵と霧ヶ峰が自身のスマホを確認しては驚きの声を上げる。俺もシーカーズに入っている警報を確認してみると、広島市内の魔物出現情報が入っていた。
他県の情報も大量に入っているが、近場が優先で表示されている。
広島城近辺でハーピー類、廿日市市の平良でリザードマン類、尾道でゴーレム類が確認されているようだ。
この警報が真報であれば、民間人への被害が確実に出る。
「これは……非常事態じゃアないか! ウチは大丈夫なのか!?」
「多分大丈夫っスよ、呉は警報出てませんから。気になるなら連絡してみたらいいっスよ。さて……」
あたふたしている中本社長に声を掛けた後、美沙はおもむろに立ち上がり、俺に笑顔を見せた。
「じゃ、帰りましょうか。渉さん」
「「「!?」」」
闇ヶ淵と霧ヶ峰、そして中本社長が驚愕の表情を浮かべている。
雪ヶ原は心ここに在らずといった表情で前後不覚に陥っており、美沙の言葉も聞こえていないようだし、スマホにすら触れていない。
「つ、月ヶ瀬氏! 冗談を言っている場合ではござらんぞ! チャリで行ける程度の距離に魔物が出現してるんですぞ!?」
「広島城って事は城南通りや祇園新道を通らなければ巻き込まれずに済みますし、近隣の公共交通が死んでると考えても、最悪タクシー拾えそうな所まで出れば大丈夫っスから」
「月ヶ瀬ちゃん、天地六家の使命を忘れたん!? 月ヶ瀬が魔物に背を向けてどーするんよ!?」
「だってあたし、月ヶ瀬ではあるけど当主でも何でも無いですし……どうせちーねぇさまが飛んで行きますよ、あの人は生粋の魔物スレイヤーですから。渉さんも乗り気じゃなさそうですしね。と言うかですね」
美沙の雰囲気が変わった。殺気に似た刺々しい物を感じる。美沙に視線を向けると、先程までの笑顔を引っ込めて氷のような無表情を貼り付けている。
特例甲種の記者会見の時に、無礼な記者の対応をしていた時の顔だ。これ、もしかして相当怒っているのでは……?
「あたし、怒ってますからね。天地六家主導と言いながら実際は家督を継いでいない半人前の巫女、家を継いだばかりの情報屋、金を稼ぐだけで異能の無い新人金融アナリストの集まりじゃないですか。それがあたしの渉さんを傷つけた訳ですから、当然許すつもりはないですよ」
「ちょっ、月ヶ瀬氏! 言い方!」
「間違った事言ってます? 雁首揃えて半人前って言ってるんですよ。それが一丁前に情報封鎖して渉さんに近いあたしに事情が分からないようにして、ただの一般人でしかない渉さんをハメて、天地六家でもできない事をやれって? その上何の関係もない魔物発生までどうにかしろなんて言いませんよね? 冗談はその喋りだけにしといてくれませんか?」
ひとしきり啖呵を切った美沙は俺に向き直り、少しだけ悲しそうに微笑む。
「渉さん、ステータス取ってからこれまで、ずっと頑張ってましたもん。多少休んだって文句は言われませんし、あたしが言わせませんよ。本当にヤバくなったらうちのバーサーカーが殲滅しますから。装備だってオーバーホールに出してて十全じゃないんですし……帰りましょ?」
そうか……美沙は俺の為に怒ったのか。
何だかんだ言って、こいつはいつも俺のそばにいて、俺の話を聞いて、俺の事を見ていた。
先ほどの啖呵も、俺が抱いていた不満をしっかり代弁してくれていた。ありがたい。
確かに、俺が出張る必要はない。
俺や美沙に特例甲種という特殊なランクがあてがわれているが、実質的には五号警備の為の丁種探索者であり、緊急出動の要請は来ない。
現に、スマホには警報の類がバンバン入って来ているが、召集に関する通知は届いていない。
魔物討伐やダンジョン攻略ではなく、ダンジョン運営に主眼を置いた丁種探索者が危険な現場に駆けつけるのがそもそも普通ではないのだ。
ラピス襲撃の時は月島君を助ける意味合いが強かったが、今回は話が違う。別に身内が危険な戦いにに身を投じている訳ではない。
以前俺が中本社長に言った通り、俺は不特定多数の為に戦うような聖人君子ではない。手の届く範囲の人を守れればそれでいい。
力を得たから社会的責任を果たすべき、と言うのも懐疑的だ。
そもそも俺の本来の力はそこいらの五号警備員のナイト相当の物だ。偶然変な力を得たが、それはそれ、これはこれだ。
越智にも言ったが、高貴の「こ」の字もない警備員にノブレス・オブリージュもクソもあったモンではない。
何も得をしないのに、義務だけ求められてはたまらない。イマイチ乗り気になれないのも、そういった搾取の構造が丸見えだからだろう。
そして、俺は別に大金や賞賛を得たい訳ではない。
今の警備員生活で得られる糧で十分暮らしていける。わざわざ背伸びをしてまで無駄に働く必要がない。
「そうだな。ついでに昼飯食って帰るか。ラーメンと蕎麦、どっちがいい?」
「ラーメンっスね! 駅ビルに行ってみたかった店あるんでそこ行きましょ!」
美沙が俺の手を取り、退室を促す。俺は連れ立って会議室を出ようとしたが……その瞬間。
《警告。警告。管理者:高坂渉に警告します。ここより西に千六百メートルの魔物発生地点の魔素の収斂が極大に達しようとしています。エリアボスクラスの魔物が発生する兆候が見られます。当該地点をA地点と仮称します》
脳内アナウンスがけたたましく鳴り響く。俺の歩みが止まったのを見て、美沙が心配そうに俺の顔を覗き込む。
「どうしましたか? 具合が悪そうっスけど……」
「いや、大丈夫だ。ちょっとな……」
そもそも、エリアボスと言えば江田島ダンジョンのシャーク・ウォリアー程度だろう。
俺や美沙で対処が出来るなら、そこらの探索者がタコ殴りにすれば十分いけるはずだ。俺が出張る理由が無い。
《管理者:高坂渉の仮定を否定します。この現象は地上に滞留する魔素によって起きています。魔素の取り込みが行われるダンジョン内と異なり、地上では魔物死亡時に放出される魔素がそのまま滞留し、魔物の再生成を許す事になります》
つまり無限湧きの状態になってるって事か。でもそれは俺が出張ってもどうにもならないんじゃないのか?
《管理者:高坂渉のパッシブスキル:新規スキル003の効果により、魔素の効率的な吸収が可能となっています。地点Aでの討伐・魔素の吸収を行い、魔素濃度を魔物発生の手前に抑える事で、同時多発的な魔物の発生を一時的に食い止められる物と思われます》
ああ、呉でダンジョンのゴーレムを倒した時に作った奴か。
……今回ばかりは出張るつもりが全く無かったんだが……
《管理者:高坂渉の判断に一任します。確かに探索者が魔物を討伐し、ドロップ品を生成させ、経験値として魔素を吸収していけば、いずれ魔素濃度は落ちる事でしょう。しかし事態の収拾に時間がかかる上、探索者の戦力や都市機能を保っていられるかどうかは別の論点です》
こう言う言い方が一番困る。まるで街が崩壊したり死傷者が出るのが俺の選択みたいな言い方だ。
俺だって別に広島の町が壊れて欲しい訳じゃない。ただ、やる気が出ないだけだ。
それに帰るって言ってしまった手前、やっぱり行きますと言うのも闇ヶ淵や霧ヶ峰思惑通りになっているような気がして気持ち悪い。
《管理者:高坂渉に提案します。サポート人格の受肉体を召喚するパッシブスキル:アバター召喚を創造しましょう。現状の説明と解決策、並びに再発防止策の提示を行います》
つまり何だ、今こうして脳内アナウンスが喋っている事を美沙やこいつらに説明してくれるって事か?
いいだろう、やってくれ。あまり突飛な格好でなければ好きな格好で出て来ていいぞ。大義名分さえあれば討伐に行ってやらんでもないし。
《パッシブスキル:アバター召喚が創造されました。効果を始動させます》
会議室が一瞬光ったかと思うと、俺の隣にヒロシマ・レッドキャップと同じくらいの年恰好の少女が現れた。艶やかな銀髪に水色のワンピースの美しい少女だ。
「同調完了。突然の出現、失礼致します。私は管理者:高坂渉に宿る原初の種子のサポート人格です」
「えっなにこれ、また変な子テイムしたんスか?」
真っ先に反応したのは美沙だ。闇ヶ淵と霧ヶ峰も目を丸くしてサポート人格を見ている。……そういやこいつ、名前が無いな。
ラピスが「一にして全なる者」とか言ってたから、名前をつけるとしたら……何だろう? 一全さん? いーちゃん? それともヨグ=ソトースか? ……いや、いっそ名前は無くてもいいか。
「変な子とは心外です、奥方様。奥方様に分かりやすく申し上げますと、アビリティ:全体化のオマケです。管理者:高坂渉に名前すら頂けない悲しき付属品です」
原初の種子のアバターは無表情でありながら、じっとりとした視線を向けて来た。
美沙を奥方様と呼んだり、やけに悲壮感のある自己紹介をしたのは、さっき「名前は無くてもいいか」と考えた事に対する抗議の意だろう。
美沙も美沙で奥方様呼びに絆されたのか、アバターと一緒にじとっとした目で見てくる。チョロ過ぎないか?
これはアレだ、「名前くらい付けてあげたらどうなんスか」と言う意思表示だろう。
しかしコイツ、名前を要求するとか説明するだけかと思いきや、ガッツリ絡むつもりなんだな。
そうなると名無しでは意思疎通が難しくなってしまうので、仕方が無いので名前を付けてやる事にする。
どうせしょっちゅう出すつもりも無いので何でもいいが、しめなわとかはんぺんみたいな適当な名前を付けたら顰蹙を買いそうだ。
ヒロシマ・レッドキャップと同年代っぽいからナンバリングで考えて十……その能力の性質上願った事が何でも叶うから……十叶、トーカと言うのはどうだろうか?
「じゃあお前はこれからトーカだ」
「承知しました、基礎設定の変更を行います。以後、当個体をトーカと呼称します。ありがとうございます、しめなわやはんぺんと名付けられたら奥方様に泣きつく所でした」
トーカは無表情のままスカートの裾をつまみ、貴族の淑女が取るような礼を取る。その割には俺の思考に対して当て擦りのような余計な一言を残すあたり、性格の悪さが滲み出ている。
「では、本題に入りましょう。現在、同時多発的に魔物が発生しております原因と対策、そして再発防止策をお伝えします」
「え、原因分かってるんスか!?」
「もちろんです、奥方様。私は原初の種子シリーズの特異点、『一にして全なる物』のサポート人格ですから」
トーカが腕を一振りすると、ホログラム映像が展開される。簡易的な日本地図にいくつもピンが落ちており、それが魔物の発生地点だとすぐに分かった。
……こんな芸当も出来るのか、便利だな。スライドショー作成アプリと連携してプレゼンとか出来そうだな。
《管理者:高坂渉、集中して下さい。雑念を収めないと今後管理者:高坂渉の事をお兄ちゃん♡と呼びますよ》
それだけはやめて頂くよう伏してお願いしたい。特に「お兄ちゃん♡」の所だけアニメ声にするのは本当に勘弁して欲しい。
「それでは、ご説明致します。疑問点があれば挙手願います」
§ § §
トーカが言うには、これまで魔物が自然発生していなかったのが不思議なくらい、今の地球は魔素に満ち満ちているらしい。
ダンジョン討伐時にばら撒かれる魔素だけでなく、迷宮漏逸を起こした際の魔物の討伐、魔石発電による魔素の排出、ダンジョンゲートからの自然放出等、ここ十数年で環境が悪化の一途を辿っているそうだ。
風水で言う所の竜脈のような気のルートや霊的な磁場によって魔素は一定の区域分けがなされており、日本は特殊な区域に属する為、今回の魔物出現は日本のリージョンのみに起こっている現象なんだとか。
魔素が地上に留まる理由はいくつかある。これは先程俺が聞いた話と同じだ。ダンジョン討伐や魔石発電、迷宮漏逸による魔物の地上進出による所が大きい。
そしてこの魔素は、今の人類社会ではまだ十分に研究されていない。その存在が発見されたのもつい最近で、経験値の素くらいの認識だ。
だから誰も地上の魔素濃度に気がついていないし、計測する手段も無いはずだ。
ダンジョンが討伐されたら何故近場に再生成されるのかすら判明していなかったくらいだ、是非もない。
では、そのよく分かっていない魔素を回収する方法はあるのか? と聞かれたら、ある。それが俺だ。
「……つまり、高坂氏は空気中にある魔素を吸引力の変わらないただ一つの掃除機よろしく吸い取れるので、魔物の無限リポップを防げると?」
「はい。地点Aと仮称する魔物発生地点は、今現在特異な状態にあります。厳密に言えば違うのですが、皆様にわかりやすくするために例えますと、爆弾低気圧のような物です。常に大量の魔素が地点Aに流れ込んでおり、収斂作用により高濃度に圧縮されております。その魔素を管理者:高坂渉がスキルにて吸収すればこの日本リージョンの魔素がこちらに流れ込み、それを再び吸収する……といったサイクルで、魔物の生成を阻害出来る計算です」
トーカが言うには地点A……広島城近辺の魔素がどんどん薄まれば爆弾低気圧状態がさらに加速し、他の魔物発生ポイントに流れ込むはずの魔素がこちらに流れて来る事で魔素の濃度が全体的に薄まり、日本全体が助かるという事らしい。本当にそんなにうまくいくのか?
「でも、その魔素? を渉さんが取り込むとして……健康被害とか無いんスか?」
「魔素は探索者にとって、経験値のような振る舞いを見せます。レベルや能力値の上昇には欠かせない要素ですので有益な物ではありますが、過剰摂取は存在の維持に悪影響をもたらします。具体的に申し上げますと魔物化、ないしダンジョンコア化します。対応策はあります。魔素を消費すればいいのです」
美沙が「魔物化」と聞いた時点で俺の手を握ってぶんぶんと首を横に振っている。
既にもう美沙の頭の中では魔物と化した俺や、それを討伐せざるを得ない自分自身を想像したのだろうか、目に涙まで溜めている。
「いやしかしちょっと待て、そんな話聞いてないぞ。魔物やダンジョンコアになるって何なんだ?」
俺が疑問を口にする。脳内で回答を貰ってもいいんだが、これは共有する必要がある情報だ。
「個人差はありますが、レベル300程度までの貯留であれば問題ありません。しかしそれを超えると生体濃縮が起こり、細胞が変質する可能性が高まります」
何それ、マジで聞いた事ないぞ。
現存する探索者でも最高レベルが百ちょい過ぎくらいだったと思うので、そうそう簡単に達成出来る数字ではない事は分かる。
つまり、俺がこれから行かなければならない場所は、そうそう簡単に達成出来ないレベルを通り越すくらいの魔素が集まってるって事だろう?
そんな物の対応策なんて、本当にあるのか?
「だが、その魔素を消費する……って、どうやって?」
「テイムモンスターに魔素を譲渡しましょう。ジョブ:モンスターテイマーの高レベル帯にはアクションスキル:経験値譲渡があります。同じ機序のスキルを新規スキルとして創造、吸収した魔素をテイムモンスターに与えれば管理者:高坂渉の魔素濃度を保つ事が出来ます。スキル創造もコストとして魔素を消費出来ます」
「えっ、ちょっと待っ……え? スキルを創造? なんかとんでもない話になってない? あかりんこれどう言う事なん……ダメだまだ帰ってきてない! おーいあかりん! ヤバいってぇ!」
闇ヶ淵が挙動不審になりながらも雪ヶ原の肩を掴んで揺さぶっている。
そりゃあビビりもするか、ジョブスキルとスキルカード、それと追加スキル以外でスキルを得る方法なんて無いし、作るなんて論外だ。
「とは言え、今回を乗り切れば今後の地上での魔物生成の危機から脱する訳ではありません。魔素の発生を抑止、ないし魔素の回収を行う機構の開発が為されていない以上、再発は免れないでしょう」
「……そりゃアまるで、その魔素ってのを人工的に集積する技術があるような言い草ですが……そんなモンがあるんで?」
流石技術畑と言うべきか、中本社長が食いついてきた。
「はい。本来であれば人類にはこの技術へ自主的に辿り着いて頂きたい所でしたが、事態が事態です。材料と製法、機序をお伝えします。貴殿の情報端末に画像データを転送しておきました」
「なるほど、カメラロールに直接転送されているようですな。……ふむ、承知しました。これは弊社で開発しても?」
「そのつもりで送付しました。著作権フリーとお考え下さい。もし恩義を感じるようでしたら、管理者:高坂渉と奥方様へご高配を賜りますようお願いします」
トーカが中本社長にぺこりと頭を下げた。
お前、そんな気遣いも出来たのか……妙に空気読まない節があったから変な事を言い出さないかと心配していたが、杞憂だったようだ。
《甚だ遺憾です、お兄ちゃん♡》
やめなさいマジで! 俺が悪かったから!
「さて、それでは管理者:高坂渉に確認します。如何しますか? 放置されますか? それとも対処されますか?」
「……しょうがない、今回だけだ。今回だけは対処する」
「賢明な判断です。もしご心配でしたら奥方様も一緒にお越しください。手の数は多い程早く済みます」
「当然同行しますけど……渉さんの身の安全が第一です。決して無理はさせないで下さい」
「勿論です。管理者:高坂渉と当個体は一心同体です。管理者:高坂渉の死は当個体の死でもあります。……そうでした、そちらのお三方に申し上げます」
会議室を出ようとしていたトーカが、くるりとその場でターンを決めて闇ヶ淵達に向き直った。
「本来、管理者:高坂渉に管理者権限を付与するのは三年後を予定していました。その間に人類の技術が緩やかに進歩し、魔素関連の技術が開発され、様々な経験を経て自覚と覚悟を持った管理者:高坂渉が力に目覚めてゆくシナリオでした。それを台無しにしたのは、紛れもなく貴女方です」
「そんな……でも私、ちゃんと見たんだ……見たんだよ! 高坂さんがドラゴンに乗ってゴーレムと戦う未来視を!」
尚も食い下がる闇ヶ淵に視線を向け、トーカは指を鳴らす。浮かび上がったいくつかのホログラムを確認した後、闇ヶ淵に声を掛けた。
「なるほど、ジョブ:シャーマンの上位アクションスキル:フューチャーテリングに似た天然の異能ですね。貴女が見た物に間違いは無いでしょう。只々、解釈の違いです」
「解釈の……違い?」
「はい。例え話ですが、貴女はその映像を四コマ漫画の四コマ目として見ていた。だから四コマで辿り着くように手を回した。しかし実態は、長期連載漫画の十巻目のどこかの一コマだった。貴女方がイベントを無理矢理最短で押し込もうとした結果、緩やかに進むはずのタイムラインが圧縮され、あちこちにその皺寄せが押し寄せているのです」
「つまり……私達がやっていた事は……」
「はい。正直に申し上げまして、ありがた迷惑でした。目指した結果は同じでしたが、その過程に問題が多々あります。特に全ての計画が管理者:高坂渉の意思を確認しない物であった事が最大の失策です。今後は秘密主義的な行動を控え、関係各所に綿密に相談し、コンセンサスを得る事を推奨します。それが政治力と言う物です」
雪ヶ原と同じく膝から崩れ落ちた闇ヶ原をおろおろしながら介抱する霧ヶ峰に背中を向け、トーカは俺達に出発を促した。
「管理者:高坂渉、奥方様、お時間を取らせました。そろそろ参りましょう。地点Aの魔素濃度が更に高まっています。現地で探索者が魔物を食い止めているのであれば、間も無く戦線崩壊が起こります」
俺と美沙は顔を見合わせて、頷いた。
次の瞬間、俺達は弾かれるように会議室を駆け出した。




