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【コミカライズ始動】アラフォー警備員の迷宮警備 ~【アビリティ】の力でウィズダンジョン時代を生き抜く~  作者: 日南 佳
第二章

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閑話9 月ヶ瀬美沙は負けたくない

「……いくつか、確認させて下さい」


「はい、構いませんよ」



 あたしは今、雪ヶ原あかりに連れられて広島ヘリポートでヘリに乗せられている。澄ました顔で向かい合わせの席に座る雪ヶ原に、あたしは尋ねた。



「渉さんは無事なんですね?」


「はい、それは保証します。うちの手のものが確認しておりますから。それはもう、凄まじい大活躍だそうですよ。遠くからですが撮影しているそうですので、後で一緒に観ましょうね」



 雪ヶ原が言うには、どうやらあたしと渉さんは時同じくして襲撃を受ける所だったらしい。

 越智には呉にアジトを持つ半グレ集団とコネがあり、兵隊を借り受けて戦力を二つに分けた。

 渉さんは半グレ集団の頭が、あたしは越智が直々に来る予定だったようだ。

 あたしの弱点は、人間相手の手加減が難しい所だ。魔を討つ者の血筋は、とどのつまり殺しを生業にしている。生かす必要が無いからだ。

 生かさず殺さずというのは、存外に技術が要る。人間相手は殊更に大変だ。油圧ショベルで生卵を潰さず掬い上げるくらいの難易度ではないだろうか?



 とりあえず今回はただ数十人規模の大量殺人事件が発生し、このマンションの不動産価格がメキメキと下落する事は無かった。かと言って、



「ゲッヘッヘ……助けを呼んでも誰も来やしねえよ! あんなオッサンの事なんか俺が忘れさせてやるぜ!」


「ふざけるな! お前なんかに触られても、感じたりなんかしないッ!(やだ……助けて、渉さん……あたし、汚されちゃうよぉ……!)」



 みたいな、ド定番な寝取りモノのエロ同人のような事案も起きなかった。

 事が起きる前……越智とその兵隊がこのマンションに踏み込む前に、雪ヶ原の精鋭が平穏裏に対処した。

 あのマンションでは、今日、何も起きなかった。ただ結構な数の男性が人知れず行方不明になるだけだ。



「高坂さんがうまいこと殺さずにいてくれたおかげで、反社会勢力の首魁も捕える事が出来ましたからね。下っ端含めて、全員適切に処理していいですよね?」


「元々そのつもりだったんでしょう? あたしと取り合うくらい渉さんが好きなのに、渉さんを害する人間を雪ヶ原の惣領が適当にほったらかす訳がないでしょ?」


「ご明察です……と言いたいところですが、一点だけ訂正させて下さい。月ヶ瀬さんと高坂さんを取り合うつもりは無いですよ。正妻は月ヶ瀬さんで問題ありません、私は側室や妾で結構です」



 にこにこと腹の読めない笑顔で事も無げに愛人宣言をされてしまい、あたしは何も言えなくなってしまった。

 ここって現代日本だよね? いつのまにか転生とかしてないよね? 妾が許されていたのなんて戦前の話だろうし、重婚は法律で禁止されている。

 正直言って、雪ヶ原とはどちらが引き出物のバウムクーヘンを食べる事になるのか競争する間柄だと思っていたので、一線をあっさり退いたのが妙に気持ち悪いし、退いたように見えて全然退いてないのも気持ち悪い。



「……なかなかクレイジーな事言ってますけど、民法って知ってます? 不貞行為は犯罪ですけど?」


「知ってますよ、今法改正に向けて……いえ、今はその話は置いておきましょうか」


「何か法改正とか不穏なワードが聞こえてきた気がしますけど……まぁいいです、置いときましょう。次に聞きたいのは……」



 あたしが二つ目の疑問点を問いただそうとした時、スマホのデフォルトの着信音が鳴った。雪ヶ原のスマホだ。せめて着信音くらい変えたらいいのに。自分の曲とか。



「失礼します。……はい、私です。何かありましたか? ……なるほど、始まりましたか。では手筈通りに参りましょう」



 雪ヶ原は手短に話を終え、スマホをバッグにしまうと操縦席の男性に「お願いします」と声を掛けた。

 あまり間を置かずにローターの空気を切り裂く音がして、足元が少しだけ揺れた。窓の外の景色がふわりと下に流れていく。



「……すみません、次のお話は何でしたっけ?」


「『天地六家が渉さんに干渉しない』件です」



 雪ヶ原があたしの……正確にはあたしと渉さんの愛の巣である部屋に乗り込んで来た時に言われたのがそれだった。

 闇ヶ淵の予言に曰く、「迷宮より生まれし巨人が家々を踏み砕く時、天より黒竜に導かれし特異点が降り立ち、新たなる力を紡ぎてこれを破る。その力はいずれ、迷宮を食い破り世に平穏をもたらすだろう」。

 これから高坂渉は、世界の趨勢を決める分岐点に立つ。天地六家は今回の異変に干渉せず、その成り行きを見守る事とする。……そう告げられたのだ。



「あたし何も聞いてないんですけど?」


「それはそうでしょう、あなたはまだ月ヶ瀬の当主ではありませんから。こうやって気安く話をしてはいますが、私はこれでも雪ヶ原の惣領ですからね? 当主と当主の子供では立場が違います」


「いやまぁ、それはそうなんですけど……ん? 『まだ』? まだってどういう事ですか」



 雪ヶ原の顔に「失言でした」と言わんばかりの苦み走った表情が浮かぶ。



「他家の事は他家で話し合うのが一番なんですが……まあいいでしょう。同じ男性を好きになった仲ですからね。……どうやら月ヶ瀬家の御当主にあらせられる空也さんは、あなたに家を継いで欲しいようですよ」


「いやいやいや、ちょっと待ってくださいよ! 父上から何も聞いてないですし、そもそもあたし三女ですよ!? 出奔したかずねぇさまはともかく、ちーねぇさまが居るんですよ!?」


「千紗さんは高坂さんよりちょっと上のアラフォーなのに、魔物討伐や不穏分子の殲滅ばかりやっててお相手ぜんっぜん居ないじゃないですか……結婚できないバリキャリみたいな物でしょう?」


「それ、ちーねぇさまの前で言ったら物理的に首が飛びますよ……結婚出来ない事、割と気にしてるんですから」



 こうして噂してるだけでも背筋がゾッとする。今もどこかで見てるんじゃないかと恐ろしくなる。

 父上……は規格外だから除外するとして、月ヶ瀬の最高戦力である我が姉、月ヶ瀬千紗の恐ろしさを裏付けるエピソードは枚挙に暇がない。



「とにかく。長女は行かず後家、次女は家出して勝手に結婚。清く正しい……と言うにはお付き合い初日から随分と爛れた性生活を楽しんだようですが、三女にはお付き合いしている男性がいる。世継ぎを誰に求めるかは自明の理でしょう」


「そう言われてしまうと確かに……って、何でそれ知ってるんですか! まだあの日だけですよヤったのは!」


「情報は雪ヶ原の商品ですから、どうやって仕入れたのかは企業秘密です。後継の話は多分そのうち空也さんが直々に話をしに来るんじゃないですか? 高坂さんと顔合わせもしたいって言ってましたし」



 そんな話をしながらもヘリは広島湾の上を飛行しているが、やがて前進を止め、ホバリングでその場に留まるようになった。以前、渉さんと雪ヶ原、そして氷川と潜った江田島ダンジョンの上空だ。



「目的地はここなんですか?」


「いえ、あまり近づくとバレちゃいますから。あちらをご覧ください」



 雪ヶ原が指差す方を見ると、洋上を飛翔するラピスに乗った渉さんと、少し離れた所に東洋鉱業広島本社、そしてビル程の大きさのゴーレムが精錬所に拳をぶち当てて破砕している。



「……あれは一体何なんです?」


「あれが闇ヶ淵の予言が示す『迷宮より生まれし巨人』です。正体は半グレ集団がアジトに湧いたダンジョンを無許可で占有、管理を怠ったせいで迷宮漏逸を起こしたダンジョンの成れの果てです」


「待った待った、民家に被害出てるじゃないですか! 日本を裏から守る天地六家が裏から壊しにかかってちゃ駄目でしょうが!」



 日が暮れてしまっていて分かりにくいが、山の中腹から木や道路が崩れて山肌が見えているだけでなく、麓の住宅が踏み潰され、一部火の手が上がっている。

 明らかに住民に被害が出ている。このゴーレムの行動経路如何によるとは思うが、ラピスが北朝鮮から飛来して来た時と同様に、激甚災害指定されてもおかしくない規模の危機だ。



「いいえ、あれでいいんです。あのあたりはほぼ無人です。一部立ち退かなかった者もいますが」



 言われてみれば、壊れたり火の手が上がっている家は別として、被害にあっていないほとんどの家に電気が付いていない。

 いくつか照明のついている家はあるが、片手で数えられるくらいだ。

 あのゴーレムが出張ったと思われる時間はとうに日が暮れていたので、皆が皆律儀に電気を消してから避難したとは思えない。



「一昨年くらいからあの近辺の地盤が液状化しやすくいつ沈下してもおかしくないとメディアを使って欺瞞情報を流し、霧ヶ峰と共同で土地建物を買い進めて来ましたからね。細工は流々と言う奴です」



 霧ヶ峰はあたし達と同じ天地六家のうちの一つで、金融や商売に特化した家だ。

 霧ヶ峰のいやらしい所は、別に日本の金融や商売を「牛耳っている訳ではない」所だ。

 目立たず、敵を作らず、それでいて損をしないポジションでうまいこと確実に金を回収する技術はまさに天地六家の一角として相応しい物がある。

 かと言って集めた金を溜め込んで殺す事もなく、適切な事業に割り当てる才もまた秀でている。

 その為の目と鼻の代わりに雪ヶ原の諜報能力を活用しており、お互いに良好な関係性を保っている。



「スパイに占い師に金融アナリストまでもが、揃いも揃って何やってるんですか……」


「それはもちろん、闇ヶ淵の予言の成就の為ですよ。それだけの価値があるからこそ天地六家が動いているんです」


「予言ってつまり、渉さんの力が世界を救うって奴ですよね? でも、渉さんにどんな力があるって言うんですか? 全体化は確かに凄い能力だと思いますけど……」


「それは……これから分かります。ほら」



 雪ヶ原が指差した先、ラピスの首に跨っていた渉さんがポケットから何か取り出し……装備を纏った。ああ、あれは神楽だったのか。

 ヘリに乗る前にあらかじめ渡されていた双眼鏡で覗いてみると、渉さんは何やら叫んでいるようだったが、姿が一瞬でかき消えた。



「えっ、消えた!? どこに!?」


「ゴーレムの前ですよ。見えますか?」



 双眼鏡の倍率を最大にして除くと、ゴーレムが片手を大きく挙げ、そのままつんのめって倒れてしまった。

 渉さんはと言うと、盾を構え直して後ろに庇っていた人物に話しかけている。

 倒れている作業服姿の人物はわからないが、もう一人はすぐに分かる。ド派手な黄色いアロハシャツにジーンズの短パン、どう見ても中本社長だ。



「渉さん……どうやってあんな所に? カバーリング・ムーブはせいぜい五メートルが範囲なのに……絶対に届かないはずですよね?」


「そうですね、私の支援で射程が十五メートルに伸びていますけど、それでも全然足りません」


「雪ヶ原さんの支援……? それもおかしいですよ、軽く見積もっても十キロは離れてるのに、支援の範囲内なんて……しかもスキルの射程が伸びるバフなんて聞いた事がないですよ」



 わらわらと自衛隊が駆け込み、渉さんと合流する。やがて隊列を組んで盾を上に構えた自衛隊員に対して、ゴーレムが拳を振り下ろして潰そうと試みる、左右交互に叩いてる様は肩叩きのようだ。

 


「射程については私の方はズルしてますから。……なるほど、これは多分バレましたか、上手い具合に使われてしまってますね」


「バレる? ……何かやましい事でもしてたんですか?」


「やましい事は業務上いくらでもやってますけど、そうですね……月ヶ瀬さんには教えておきましょうか。その方がフェアでしょう」



 一体どうやったのかは分からないが、ゴーレムが燐光を放ちながら崩れていく様を見届けたあたしは、双眼鏡から目を離した。

 向かいの席で一緒に双眼鏡を覗いていた雪ヶ原は、いつの間にかあたしに神妙な顔をして向き直っていた。



「私は高坂さんと同種の力……アビリティを有しています。効果は範囲内の対象一名への永続的な支援です」


「……ッ!? じゃあ、あの時……」


「はい。ドラゴン騒ぎの後始末について貴女と話した時、私は既にアビリティの存在を認知していました。高坂さんのアビリティを放置する事にした理由は諸々ありますが、私自身の理由はたった一つです」



 雪ヶ原はピンと人差し指を立てた。



「それは……私の運命の為です」


「運命……? 随分と抽象的でオカルティックな事を言い出すんですね、確実な情報を是とする雪ヶ原なのに」


「ええ、闇ヶ淵の予言は確実ですから。幼少の頃に予言を受けたんです。私がアイドルとして活動するようになり、年齢が十八になる年に広島で世界を変える運命の星に出会い、強い絆で結ばれる事になる……と」


「世界を変える運命の星……それが渉さんって事ですか?」


「はい。しかしアリオンモールで初めて出会った時、まだ高坂さんは世界を変える程の力はありませんでした。……しかし今、この時をもって、高坂さんは世界を変える運命の星となりました」


「もしかして……霧ヶ峰と結託してあのあたりを買い占めたってのも、迷宮漏逸を起こすと分かってダンジョンの不法占拠を表沙汰にしなかったのも……」


「ご明察です。全ては私が頂いた予言を成就させる為です。もっとも、他の天地六家の思惑は違うようですけどね。……予言成就の為なら、街区をいくつか買い取って駄目にするのもコラテラル・ダメージです」



 くらりと目眩がしたような気がする。余りにも迂遠で壮大な計画だ。雪ヶ原の話が本当であれば、十数年前……雪ヶ原家が先代惣領の頃から既に計画が始まっていたのか?



「私は貴女が正妻でも構いませんとは言いました。高坂さんの『はじめて』もお譲りしました。でも、私が高坂さんと強い絆で結ばれるというこの運命だけは、誰が相手だろうと譲りません」


「……でもその絆が愛情とは限らないんじゃないですか?」


「……お伝えしておきましょう。私のアビリティの名前は『キング・アンド・クイーン』です。高坂さんが王ならば、王妃は私……もしかしたら月ヶ瀬さんを差し置いて、私が正妃となるかも知れませんよ? 努々、油断召されませんよう」


「……気をつけておきますよ」



 やはり油断ならない女だ、こいつは。笑顔の裏にとんでもない策謀を巡らせている。これはあたしに対する宣戦布告と取ってもいいだろう。

 雪ヶ原のアビリティ名から不吉な物を感じるが、月ヶ瀬の力以外何もないあたしではどうする事も出来ない。……何か対策を考えなくては。


 § § §



 雪ヶ原が操縦士に合図を送ると、ヘリは東洋鉱業へと近づいていく。地上の様子が双眼鏡無しでもはっきり見えるようになる。

 渉さんに手を振ると、渉さんも手を振り返してくれた。無事なようで本当に良かった。



 操縦士に東洋鉱業の駐車場とかでいいから早く降りて欲しいと掛け合ったが駄目だった。

 三十メートルまでなら着地の経験があるからここから飛び降りると告げてドアを開けようとしたら雪ヶ原に必死の形相で止められた。

 どうやらヘリ関連の法律が関わっているらしく、決まった所でしか降りられないとの事だった。何ともめんどくさい。

 雪ヶ原が根回ししておいた病院の屋上にヘリポートがあるらしく、一旦そこまで飛んでから車で東洋鉱業へ向かう事になった。

 一刻も早く、渉さんに会いたかった。会って、渉さんの無事と、私への気持ちを確認したかった。

 生まれて初めて芽生えた「負けたくない」という気持ちに、私の心は焦りと苦しさで焼かれていた。

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