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【コミカライズ始動】アラフォー警備員の迷宮警備 ~【アビリティ】の力でウィズダンジョン時代を生き抜く~  作者: 日南 佳
第二章

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第35話

「東洋鉱業が……襲撃を受けてる……?」



 氷上と名乗った女性警察官に扮する雪ヶ原家の諜報員によってもたらされた凶報を、俺はオウム返しした。氷上さんはそれに首肯でもって応えた。



「はい。今はまだ国道487号線を彷徨っているようですが、ゴーレム系は金属を接種する性質がありますので……」


「鉱石目当てに襲われるのも時間の問題って事か……ここから呉まではどうやっても間に合わない……何か、何か手は無いんですか!?」



 俺は思わず氷上さんの肩を掴んで揺さぶってしまった。氷上さんの感情の抜けた冷たい視線で俺は平静を取り戻し、肩を掴んでいた手を離した。



「す、すみません」


「いえ、お気になさらず。そしてこの襲撃に際して、天地六家は関与しない旨を伝えるようにと惣領より言付かっております」


「つまり美沙やあかりの力は頼れない……自力でどうにかしろって事ですか!?」


「ええ。惣領が言う事には、高坂さんは現状をどうにか出来る力を既に有しているはずだ……と」



 一体どういう事だろうか。妙なバフはかかっているが、当然ながら俺自身にそんな力は無い。

 いくら敏捷がS+だからって、右足が沈む前に左足を出す要領で海面を爆走出来る訳がない。出来たとしても間に合うとは思えない。

 船があれば陸路より早く着くだろうが、マリーナに停泊しているボートは使えない。雪ヶ原の手の者とは言え、警察の目の前で窃盗を働く訳にはいかない。

 空でも飛べたら話は違うだろうが……ん、空……?



「空を飛べたら……ッ!?」



 俺はカードデバイス「神楽」から一枚のカードを引き抜き、カード化を解除……いや、「召喚」した。

 眼前に現れたのは黒いゴスロリ服の少女、カオスドラゴンのラピスだ。

 ラピスは元北朝鮮のダンジョンから飛び出したドラゴンで、その時は短時間且つとんでもないスピードで日本に襲来した。

 それだけの航空能力があれば、もしかしたら間に合わないでもないかも知れない。間に合った所で討伐方法が思いつかないが、ぶっつけ本番は今に始まった話じゃない。



「ラピス、頼みがある!」


「ワタルよ。あの闘技場でも言うたが、妾は上位種であるが故、表の事はある程度分かっておる。お主を乗せて飛べと言うのじゃろ?」


「ああ、空を飛べるドラゴンなら行けるんじゃないかと思ってな……無理か?」



 ラピスは俺に背を向け、海の向こうへと目を向けた。ここから南東、呉のある方向だ。



「無理ではない、行くだけならな。じゃが……相手が悪い」


「相手が悪い? 巨大な人型の鉱石って話だから、ゴーレムみたいな物じゃないのか?」


「そんな生優しい物ではない。ここからでも分かるあの魔力……お主ら人間が迷宮漏逸と呼ぶ現象が形を得た物じゃよ。魔物とは存在の格が違う」


「もしかして、お前や美沙でも敵わない相手なのか?」


「……分からぬ。ミサならば一矢報いる事は出来るじゃろうが……魔力の戻っていない妾なら、一発ぺちっと叩かれただけでカードに逃げ込む事になるじゃろうな。じゃから『行くだけなら』と言うておる。妾では戦力になれぬからな」



 ラピスを戦力としてアテにする事は出来ない。美沙は天地六家の関係者だから参戦は難しいだろうし、もし助けてくれるとしても、迎えに行くだけの時間的余裕がない。

 ……本当に、俺一人でやるしかないのか……?



「もし戦うとして、勝ち目があるとすれば……」


「!? 何かあるのか!?」


「……お主じゃよ、ワタル。原初の種子をその身に宿す、可能性の子葉よ」



 振り向いたラピスの顔は、普段ののほほんとした物ではなかった。真剣味を帯びており、どことなく悲壮感をも漂わせている。

 俺はと言うと、ステータス付与のトラブルで気絶している間に見た、原初の種子という表記……誰にも告げたことのない話を言い当てたラピスの言葉に、目を見開いて驚愕した。



「ドラゴンの姿で初めて出会った時から既に、ワタルからは強いヴェルアーク……お主達人間が言う所の『魔素』を感じておった。ダンジョンに長く潜った強者故かと思いきや、魔物と相対したのもつい最近。さらにステータスの制限を解除するその類稀な権能……何となく、察しはついておった」


「ラピス、お前は……知っているのか? あの木の実の事……」


「勿論、知っておる。じゃがその前に、ワタルがあの災厄のもとへ行くと言うなら、妾が連れて行こう。行かぬのもまた一つの選択じゃ。どうする?」



 宵闇の中にあっても視認出来るような黒い霧に包まれたラピスは、マイクロバスくらいの大きさの黒竜へと姿を変じた。



「……行こう。ラピス、頼んだ」


《任されたぞ、ワタルよ。落下防止と衝撃分散の為に結界を張る故、我が首にまたがり角をしっかり掴むがよい……あ、そこ、そこでいいよ。もっと強く……よしよし》



 俺が竜と化したラピスの背中を登り、首に跨り、頭からにょっきりと飛び出している角を握ると、ラピスは二、三度羽ばたいた。

 その翼からもたらされた強風が海浜公園の地面を強く吹き付けられ、砂埃が同心円状に舞い、先ほどまで話をしていた氷上さんが風圧をこらえるように前屈みになった。

 俺の視点はそのまま上昇を続け、水平線の彼方……呉方面の工業地帯に豆粒ほどの人型の何かが見えた。

 ここからでもその姿を視認できるって事は、敵は相当デカいはずだ。本当に大丈夫だろうか?



《それでは行くぞ! 喋ろうとするでないぞ、舌を噛む程度では済まぬからな!》



 俺の返事を待たずして、ラピスは大空へと飛び出した。物理法則を無視した加速度に悲鳴を上げる暇もなく、俺はラピスの角を握りしめるしかなかった。



 § § §



 周囲の景色は凄まじい勢いで流れていく。電車とは比べ物にならないスピードだ。

 俺は乗った事がないが、新幹線や飛行機のような超高速の乗り物と同程度なんじゃないか?

 つくづく生身でラピスにしがみついているだけの今の姿勢が怖い。普通に考えたら息もできないだろうし、手を離したりしよう物なら一瞬で海面に叩きつけられてミンチより酷い有り様になるだろう。

 バイクのヘルメットでも被ってきた方が良かったか……? いや、この高さからこのスピードでは頭を保護した所で気休めにもならないだろう。首がもげる。

 不吉な想像が脳裏をよぎり身震いした俺は、気を紛らわせるためにラピスに念話で話しかけた。



《あ……あとどれくらいで着く予定だ?》


《そうじゃのう、この調子じゃと……カップラーメンが妾好みの硬さになるくらいかのう?》



 のほほんと答えてはいるが、ラピスはカップラーメンは柔らかめが好みだ。大体三分過ぎ……二百秒前後と言った感じだ。

 観音から呉まで直線距離で大体二十キロメートル、つまり……軽く見積もっても時速三百六十キロメートル!?



《……結界だけはマジで切らさないように。俺が死ぬからな》


《分かっておる。安全運転を心がけておる故、心配するでない!》



 安全運転でこの速度、危険運転だとどうなるのか考えたくもない。身が竦む恐怖を押し殺しながら、前方を見据える。

 向こう岸がぐんぐん近くなるにつれ、話にあった巨大ゴーレムの威容が改めて浮き彫りになる。

 観音マリーナから見えた時から「相当大きいんだろうな」などと漫然に思っていたが、これは大きいなんてモンじゃない。

 建物が直立歩行でうろついているような規模の大きさであり、いくら俺の基礎能力値に下駄を履いている状態だったとしても、人間が足元でぺちぺち叩いて倒せるビジョンがまるで見えて来ない。

 それこそ戦隊モノやロボットアニメに出てくるような巨大ロボに乗る必要があるんじゃないのか?

 



《ワタルよ、一つだけ伝えておかねばならぬ事がある。……お主が取り込んだ原初の種子についてじゃ》



 無策で飛び出した事を少し後悔していると、ラピスが神妙な声色で声をかけてきた。



《あの木の実の話か……どうした? もしかしてアレを拾ったのはマズかったか?》


《いや、逆じゃよ。ワタルが取り込んだ原初の種子は原初の種子の中でもひときわ特殊な奴じゃ》


《特殊な奴……?》


《ああ。追加スキルとやらが妙に強くなった話を聞いてうっすらと予感があったのじゃが……恐らくその種子の名は「一にして全なる者」じゃ》



 ちょっと待って欲しい。俺とてアニメやゲームや小説である程度の知識はある。その通称はマズいんじゃないか? SAN値が激減するのは勘弁して欲しい。



《原初の種子は取り込んだ者に強力な能力を付与するアイテムでな。役目を与えられた特殊なダンジョンは原初の種子を必ず産み落とさなければならないルールになっておる。見つからないようにこっそり出して、誰にも拾われずダンジョンに消える……そういう物なんじゃが》


《何の因果か俺が拾っちまったって訳か》


《うむ。しかしダンジョンにとって幸運じゃったのは、それを拾ったのが発想が貧困で想像力に欠ける頭の固い中年男性だった事じゃろうな》



 何だかとんでもないディスり方をされたような気がするが、仮にもテイムモンスターであるラピスが主人を悪し様に言うとも思えない。何か裏があるはずだ……そう思いたい。そうだよな?



《……その心は?》


《種子の力を使いこなせていない、という事じゃよ。ワタルに宿る種子、「一にして全なる者」の本来の力は「何でも可能にする力」じゃよ》



 何でも可能とは随分大きく出たもんだ。じゃあ何だ、ナイトだけどソードマンやマーシャルアーティスト、何ならアイドルのスキルも使えるって事か?

 ……いや、アイドルは勘弁して欲しい。江田島でのあかりとの会話のフラグ回収なんて望んでいない。



《それこそジョブも、スキルも、能力も、ステータスでさえ超越出来る可能性があるというのに、凝り固まった想像力が常識に囚われておるから、追加スキルが多少便利になる程度の能力に収まってしまっておる。本当に稀有なのは全体化ではない、ワタルのアビリティの方じゃ。本来のアビリティにスキル改変なんて権能は無いからのう》


《だが、何でも出来るなんてチートがあるなら、お前が広島に飛んできた時もっと楽に戦えたはずだろ?》


《前提が違う。そもそも妾は上位種のカオスドラゴンじゃぞ? Aランクの能力値が一つもなかった経験の浅いナイトが、妾の攻撃をいなし続けた時点で奇跡を通り越してチートじゃぞ? おかしいと思わなんだか?》



 言われてみれば確かにそうだ。美沙があまりにも規格外過ぎたから実はラピスは弱いのかと思ったが、そんな訳がない。

 中国・韓国・ロシアの混成軍がおめおめと取り逃がすくらいの大物だ、本来なら先駆けて対処していた探索者達のようにズタボロにされていてもおかしくはなかった。

 VoyageRを襲った厄介ファンの時もそうだ。負傷明けのルーキーが隠密職と対人戦なんてそうそう出来る物じゃない。確かに俺はジャイアントキリングが多すぎる。

 種子の能力とやらを自由に使えたらいいんだが、イマイチピンと来ない。瞑想か? お祈りか? それとも自己暗示か?



《……どうやったら種子の能力を使いこなせるようになるんだ?》


《そうじゃなぁ……まずは力を疑わぬ事、そしてとにかくやってみる事じゃの》


《とにかくやってみる……? それだけでいいのか?》


《最初のきっかけとしてはな。例えば、宝くじなんぞ当たらんと言いつつも宝くじを買ってしまう者は、心の何処かで当たってほしいと望んでおるじゃろ? でなければ宝くじなぞ買いはせん》


《そういうモンか?》


《そういうモンじゃよ。ステータスを初めて見つけた者も「ステータスなんて開くはずがない」と思いつつも、ワンチャンあるかもと思ったからステータスオープンと唱えたはずじゃ。行動が願望を裏付けておるのなら逆もまた然りと言えるんじゃないかの……む?》



 ラピスは何か気が付いたのか、説明を中断してゴーレムの方を見た。話している間にもう東洋鉱業の工場の近くまで来ていたようで、被害の有り様がよく分かる。

 東洋鉱業の西隣とも言える昭和埠頭に点在していた建物が激しく燃えており、どうやらゴーレムは発生直後昭和埠頭の方に進行したようで、東洋鉱業への襲撃はこれから本格するといった状況だ。

 ゴーレムの襲撃を受けたせいで高い煙突のある建屋が壁ごと崩落しており……その半壊した建物の前には二人の人物がいた。

 片方は倒れている作業服を着た老人、もう片方は倒れた老人を庇うように前に出ている青いアロハシャツの壮年の男性……俺に装備を預けてくれた東洋鉱業の社長、中本さんだ。あんな所で何してるんだ?

 もしかしてゴーレム襲来に際して、社長自ら残留者確認をしていたのだろうか? 上は替えが利かないとばかりに部下や警備員に丸投げしてさっさと逃げるのが上のモンだとばかり思っていたが、中本社長はやはり思考回路が特殊だ。



《あれは……中本社長……?》


《マズい! これは間に合わん!》



 崩壊した建屋……恐らく精錬所や溶解炉だったと思われる施設を挟んで中本社長と対峙していたゴーレムが、拳を思い切り引いた。

 このモーションから最悪のパターンを想像してしまった俺は、すぐさまカードデバイスを取り出して装備一式を装着する。

 しかし、中本社長をカバーリング・ムーブの射程内に収めるには遠すぎる。こちらはまだ呉港沖の海上、八百メートルくらい距離がある。

 謎のバフのお陰でスキル効果が三倍になっているとは言え、それでも十五メートルだ。八百メートルを一瞬で詰められる程、カバーリング・ムーブは万能じゃない。

 かと言って、ラピスが中本社長の所にたどり着く頃にはゴーレムの拳は振り下ろされている事だろう。



 ラピスが言うには、俺はスキルの制限を無視出来るらしいが……本当に? 発動しなければまだマシで、この高度から海に叩きつけられる可能性もあるんじゃないのか?



「生きろやァ! 社員の皆ァ! 生きろやァ! 俺の家族ゥ! 生きろやァ! ヤスゥ!」



 俺が逡巡していると、風に乗って雄叫びが届いて来た。中本社長の声だ。その周囲に探索者は……中本社長を守れる者は、誰もいない。

 自衛隊と思しき車列も間も無く東洋鉱業の敷地に入場する所だ。だが、到底間に合わない。

 ここまで響いてくる中本社長の鬼気迫る怒号が、俺には遺言のように思えてしまった。

 


「生きろやァ! 高坂ァーーー!!」



 ……俺の名前が、呼ばれた。

 その瞬間、久しく忘れていた感情が身体中を暴れ回った。その感情に名前を付けるとしたら、「後悔の先取り」だ。

 中本社長はまだ死んだ訳ではない。しかし、俺の中では「もう少し早く出発していれば、中本社長を救えたのに」という後悔が、既に俺の身を蝕んでいる。

 もはや今際の際とも呼べるタイミングで俺の名を呼んだ……それは、ただの気まぐれではないはずだ。

 きっとそこには、期待や希望が込められているはずだ。自分亡き後、皆に無事であって欲しい、助けてやって欲しいと言う願いだ。

 ……そしてそこには、俺も含まれている。



 中本社長はまだ死んでいない。不確実だが、俺には中本社長を死なせない手立てがある。ならば、やるしかない。

 ノブレス・オブリージュなんて大層な物じゃない。俺には期待に応える義務がある。信じてくれた人を守る義務がある。

 確定していない後悔に身を焼く余裕なんて、今の俺にあるはずがない!



「間に合えェェェェェェェェェ!!」



 ステータス取得の時から俺の中に紛れ込んでいたんなら、原初の種子よ! そろそろマトモに家賃を払いやがれ!



「俺のカバーリング・ムーブは、この距離だって届き得る!」



《承認しました。高坂渉に管理者フラグを付与、能力使用に伴う各種上位権限の掌握が可能となりました》


《カバーリング・ムーブの距離制限を解除しました》



 そんな内容の女性の声が脳裏に響いたと同時に、視界が切り替わる。

 ラピスの首から中本社長の眼前へのテレポーテーションに成功した。盾をゴーレムに向けて構えた体勢を取った状態というおまけ付きだ。

 しかし移動するのが少し遅かった。既にゴーレムの拳は唸りをあげて俺に……というより中本社長に向けて迫って来ている所だ。

 


《特例により、ホストへの補助を行います。肉体の操作権限を一時的に取得》



 俺の体が勝手に動いた。盾の縁を両手で掴み、解体用鉄球を思わせるゴーレムの拳を下からぶっ叩く。

 運動エネルギーを無視して拳を上へと跳ね上げると同時に、重苦しい金属音が周囲一帯を揺らした。

 明らかに人間には出せない超常的な物理攻撃力によってゴーレムは片手を頭上高くに掲げる形になり、衝撃を殺しきる事が出来ずに体勢を崩して、背中から海へと倒れ込んだ。

 呆然とする俺をよそに、先程から聞こえる女性の声のアナウンスは止まらない。



《スキルの創造に成功。自身より質量の大きな対象への攻撃が基礎能力値の1000倍となるパッシブスキル:新規スキル001を登録しました。後で改名可能です》


《新規管理者・高坂渉に助言します。既存のスキルを改竄する形での能力使用は確かに安定した効果を得られますが、切迫した現状では最良の選択とは言えません。もっと大胆な運用を心がけるべきです》


《「家賃分の働き」として、今後も折を見てサポートを行います。後はご随意にどうぞ》



 言うだけ言って沈黙してしまった謎の脳内ナビゲーターはとりあえず脇に置いておくとしよう。

 ゴーレムは水たまりで遊ぶ幼児のようにじたばたしているので、全力で戦うためにも今のうちに中本社長ともう一人の残留者を避難させなくてはならない。

 


「大丈夫ですか、中本社長?」



 俺は振り返って中本社長に声をかけたが、中本社長はポカーンと口を開けたまま、水飛沫をあげてもがくゴーレムを見つめていた。

 ……これ、説明どうすっかな……

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